2009年03月04日
「オリンピック・マーケティング」その4 ~競技運営を支えるテクノロジーの進化① 計時編
陸上競技、競泳では1/100秒、自転車競技トラック種目では1/1000秒を競う、もはや人間による目視では判定が出来ないゼロコンマの世界にあるスポーツの戦いは、正確無比で公正な時間を測定する最先端の計時技術によって支えられています。北京五輪で生み出された陸上・男子100mの9.69秒、同じく200mの19.30秒、また、競泳・男子100m平泳ぎの58.91秒、男子100m自由形の47.05秒、そして、自転車・男子スプリントの9.815秒、チームスプリントの42.950秒、などなど・・・。ウサイン・ボルト、北島康介、イーモン・サリバン、クリス・ホイなど、オリンピックチャンピオンたちの名声の輝き以上に、ただの数字で示された記録という歴史に刻まれたその重みを、スポーツ競技の最前線で活躍している“計時のプロフェッショナル”たちは、常に肌で感じているのです。そして、彼らなくして、オリンピックというスポーツの祭典は、語ることは出来ないのです。 去る2月14日の全国紙朝刊に、オリンピックのオフィシャルタイムキーパーであるOMEGAの全面広告が掲載されました。時計メーカーが全面広告を掲載することは、珍しいことではありませんが、この広告には、単なる商品PRとか、企業PRという域を超えた、OMEGAの威信のようなものが切々と謳われています。「オメガは2010年バンクーバー冬季五輪大会の公式計時を担当します」。その一文だけで、OMEGAの技術力に対する自信のすべてを表すことができるのです。北京五輪での全28競技302種目の競技を陰で支えたこの計時のエキスパートは、2010年で通算24回目となる大役を果たすために動き出しているのです。2012年ロンドン五輪では、通算25回目のオフィシャルタイムキーパーとしての大役も決まっており、より正確な計時はもちろんのこと、彼らの技術力は、スポーツ競技の運営のあり方や、体制そのものまでを変えるほどの力を発揮するまでの存在にあります。また、オリンピックでのOMEGAの果たしてきた業績を紐解くと、OMEGAの歴史自体にも触れることができます。 夏季オリンピックで、北京までの30回の歴史の中で、オフィシャルタイムキーパー、もしくはオフィシャルタイミングスポンサーとして、OMEGAの名で計時を担当してきたのは、実は、9回しかありません。冬季オリンピックでは、先のトリノ五輪までの22回の歴史の中でも10回です。OMEGAとは、現在、スイスの時計製造グループであるスウォッチ・グループの中の、時計宝飾ブランド部門のひとつのブランドであり、ファッション・リスト・ウォッチで人気のスウォッチもそのひとつになります。オリンピックでは、グループのブランドであるスウォッチも、その名をオフィシャルタイムキーパーとして掲げていましたし、ロンジンも過去に2回のオリンピックで名を馳せています。それとは別に、スイスタイミングという名で、オリンピックのオフィシャルタイムキーパーを、夏季オリンピックで4回、冬季オリンピックで2回、計6回の大役を担っています。実は、このスイスタイミングこそ、スポーツ計時の歴史に数々の革新的な技術をもたらし、また、実際のオリンピックの大会運営の場に、多くのプロフェッショナルたちを送り込んでいる、まさにスポーツ計時のスペシャリスト集団なのです。 スイスタイミングとは、1972年に、OMEGAとLONGINESが共同で設立したスポーツ競技の計時専門会社で、現在では、事実上、スウォッチ・グループのスポーツ競技部門と言える存在です。近代オリンピック発祥の第1回アテネ大会で、既に計時を担当していたLONGINES。そして、1932年のロサンゼルス五輪で、たった30個のストップウォッチと供にオリンピックの計時に関わり始めたOMEGAの、脈々たるオリンピックにおけるスポーツ競技計時の歴史の中で培われてきた技術力を、実際に競技の現場で活かしていくために、設立されたようです。 先の北京五輪では、1秒間に2,000枚ものスチル撮影ができるハイスピードカメラや、陸上や競泳などでのフライングを自動判定するシステム、そしてボート競技では、GPSを利用した測定システムを持ち込んでいます。これは、1秒間に5回、各ボートの位置を測定し、ボート間の距離を測定したり、また、オールを漕いだ回数も分かるものだということです。更に、テレビ中継でも紹介されていましたが、男女マラソンでは、ランナーのシューレースにICチップを付けさせ、コース上の複数のポイントに設置されたアンテナでデータを受信しながら、レースの状況をコンピュータ解析する、というシステムも活用されています。一方で、スイスタイミングが、現在のオリンピックの大会運営で最も重視していることは、「あらゆる競技データを、素早く、正確に、大会関係者に伝えること」、だと言います。つまり、計時及び計測したタイムやスコアなどの競技データを、各競技の判定用、会場の情報システム、メディア用モニター、CISやテレビ中継用のグラフィックシステム、そしてインターネット上のウェブサイトなどへ、まさにライブで送信し、次に活用できる環境を維持していくための情報供給を行っていくことです。競泳などでは、スイマーがタッチ板に触れてフィニッシュした後、たった15秒で、あらゆる情報端末やスコアボードに記録が表示されるようになっています。ただ単に、正確にタイムを計測したり、スコアを計時することだけではなく、それら記録データを汎用していくシステムに活かしていくための技術が、既に大きな進化を始めている、ということなのです。 日本でスポーツ計時と言えば、SEIKOの名が浮かびます。SEIKOも、過去、オリンピックにおける“オフィシャルタイマー”を担うことが、計6回ありました。1964年の東京、1972年の札幌、そして1998年の長野など、日本開催の際にはもちろんですが、夏季では1992年のバルセロナ、そして冬季では1994年のリレハンメル、2002年のソルトレイクと、海外での開催の際にも、立派にその重責を担っています。SEIKOは、現在では、陸上や競泳、スピードスケートなどを始めとした国内のスポーツ競技大会はもちろんのこと、IAAF、国際陸上競技連盟のパートナーでもあり、世界の舞台でも、日本のスポーツ計時の技術力の高さを、遺憾なく発揮しています。その技術面で、SEIKOは、来る3月に長野市で開催される「世界距離別スピードスケート選手権大会」において、自転車のトラック競技でも知られている団体で争うパシュートレースに、選手の足にICチップを付けてタイム計測を行うトランスポンダー計測システムを登場させます。最新のタイマーシステムも使用するらしく、オリンピックの舞台でも認められた日本の計時技術も、ますます健在のようです。 そう言えば、もう30年くらい前だと思うのですが、SEIKOは、時計というイメージよりも、“オフィシャルタイマー”という存在感をブランドイメージとして感じさせていた時代がありました。もちろん、現在でも、TVCMなどを通して、そのメッセージは送り続けられていますが、その当時のメッセージには、スポーツ競技における1秒1秒の時間を、非常に大切に、貴重な一瞬として扱うことに使命を賭けている、という高尚な意図があったように覚えています。アイスホッケーで、マイナーペナルティを犯した選手が、一時退場のためペナルティボックスの中でじっと出番を待っている姿を、選手の気持ちの中から、2分間というドラマを語るものです。耐える気持ちと、いまにも飛び出したい気持ちの交差が、切々と語られていました。たった、2分間。しかし、ペナルティを受けた選手にとっては、果てしなく長い2分間。スポーツ競技における時間という概念の重さを、初めて教えられたように感じたものです。また、テニスでのチェンジコートにおける選手の心の中を、これも切々と語っていたものもありました。テニスでは、試合中は外部から一切にアドバイスも補助も受けられません。その中での90秒間の静寂の中で、気持ちを整え、切り替えて次のセットへ向かう選手の静から動きが、スーパースローで非常に丁寧に描かれていたと記憶しています。どちらのCMも、最後は、SEIKOというロゴと、“オフィシャルタイマー、セイコー”というナレーションで締め括られます。スポーツ競技にとって、スポーツ競技大会にとって、計時を担当する時計メーカーとは、スポンサーという立場を超えて、もはや、レフェリー等のジャッジする側の人間と同じように、大会そのものを動かしている存在なんだ、と強く印象付けられた思い出がありました。もしかしたら、スポーツやスポーツイベントに関わりたいという気持ちは、そこが原点になったのかもしれません。 オリンピックを支えてきたOMEGAも、現在はTOPスポンサーとして、オリンピック・マーケティングを支える存在の一躍を担っていますが、それは、単なるお金の力だけでその立場を勝ち得ているわけではありません。もし、OMEGAに、オリンピックの高度な競技力を測定するだけの技術もノウハウもなければ、単なる高級時計メーカーとして、多額のスポンサー料を支払って、広告などでオリンピックを謳うことしかできないでしょう。それでは、OMEGAは、オリンピックという世界最大のスポーツイベントの力を享受できるはずもありません。つまり、スポーツイベント・スポンサーとしては、全くの失敗例となってしまいます。しかし、OMEGAには、オリンピックの舞台を変えるまでの技術力がありました。オリンピック・アスリートたちが絶大な信頼を寄せる正確で公正な計時環境を作り上げる経験がありました。そしていま、世界的にIT技術が進化する中で、計測、計時された競技データを、優れたIT環境で活かすための技術が、いよいよ新しい歩みを始めました。現代のオリンピック・マーケティングに、最も必要とされる、世界で認められるスポーツ競技における最先端の技術力。その象徴たる存在が、OMEGAなのかもしれません。決して新しいだけではない。決して古いだけでもない。スポーツの進化と供に、OMEGAも進化し続けているのでしょう。IOCとOMEGA、スポーツとOMEGA。まさに“WIN-WIN”ですね。 「スポーツは、競い合うことで進歩するものだ。競い合うことで、スポーツの素晴らしさが生まれてくる。人間は、競争の中で成長するものだから、スポーツは、人間にとって、非常に大切なものなんだ」。これは、ナイキの創始者であるフィル・ナイト氏に、20年ほど前にお会いする機会があった時、彼が語っていた言葉です。“オリンピックは参加することに意義がある”と、クーベルタン男爵は言いました。しかし、競争が選手たちの向上心をかきたて、勝つことを追い求めることで、オリンピックの舞台は、世界中の選手たちの憧れの場になっていきました。競い合うことで、勝者は生まれますが、同時に敗者をも生み出します。しかし、その競争が、1/100秒であろうと、1/1000秒であろうと、正確で公正な記録で勝負を決するならば、そこで敗れた敗者も、スポーツを素晴らしさを忘れたりすることはないと思います。次なる勝利を目指すところへ、純粋に向かうことが出来るからです。その勝負を決する重要なタイムやスコアを背負っているのが、“オフィシャルタイムキーパー”であり、スポーツ計時のスペシャリストである、ということなのです。 先に述べたように、スポーツ計時は、既に、新しい時代の技術と相対することに迫られています。タイムやスコアが、単なる数値としてだけではなく、それが解析され、分析されながら、ゼロコンマ単位での情報となって、スポーツ競技の勝負を左右するものとして活用されているからです。また、世界中の人々が、高質化されたテレビ中継を視聴する中で、より迅速で分かり易い情報の紹介が求められるようになっています。単なるスポーツ競技の結果としての計時だけではなく、競技全体の経過を計時することや、時には、そのデータを表示する手法や方式も、より分かり易く多様なものを求められるようにもなっています。計時に必要な機器やシステムだけではなく、スポーツ競技に関わるシステムインテグレーターの重要度が増しているように、IT技術との連動による新しいシステム作りや運営にも、“オフィシャルタイムキーパー”の役割は拡大しつつあります。より素晴らしいオリンピックの発展のために、次は、どんな技術が生み出されていくのか。オリンピックの舞台裏にも、興味は尽きることはありません。
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posted by umekichihouse |05:08 |
オリンピック |
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「オリンピック・マーケティング」その4 ~競技運営を支えるテクノロジーの進化① 計時編
コメント投稿者ID :
taxman様
ご質問ですが、下記の通りです。
スイスタイミング
・1976 モントリオール
・1976 インスブルック
・1980 モスクワ
・1980 レークプラシッド
・1984 ロサンゼルス
・1988 ソウル
ロンジン
・1896 アテネ
・1972 ミュンヘン
以上です。
posted by 今 昌司 | 2009-03-15 01:37
「オリンピック・マーケティング」その4 ~競技運営を支えるテクノロジーの進化① 計時編
コメント投稿者ID :
楽しく読ませていただいており、また大変参考になり感謝しております。
さてご質問させていただきたいのですが、スイスタイミング社の6回とロンジン社の2回とは、具体的にどの大会のことでしょうか。ご教授お願いいたします。
posted by taxman | 2009-03-14 19:53
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