2009年03月03日
「オリンピック・マーケティング」その3 ~“アンブッシュ”を封じ込めろ!
1998年長野オリンピックでは、長野市の中心部に、アルペンやノルディック競技などの屋外競技用の表彰式会場が設けられました。“セントラルスクウェア”という名の表彰式場は、日本の選手がメダルを獲得した際には、大勢の人が詰め掛け、特に、ジャンプ団体で劇的な勝利を収めたその夜は、もはや山手線の朝のラッシュ並みに、黒山の人だかりになったものです。そのセントラルスクウェアに、ちょっとした騒動がありました。「清太郎看板騒動」です。セントラルスクウェアに設けられたステージの背後は、長野市の繁華街でもあり、多くの飲食店がひしめき合っているのですが、その中の割烹料理屋の看板が、見事に国際映像のテレビカメラのアングルに入り込む位置にあったのです。その名も、“割烹清太郎”。大漁旗のような絵面に清太郎の文字がクッキリ見える、見事な看板は、一時は全世界に露出されてしまいました。“クリーンベニュー”を定めたオリンピック憲章に抵触すると危惧され、直ぐにIOCに報告されたようですが、このたった一枚の古びた看板が、まさか大きな騒動を引き起こすとは、当の割烹店はもちろんのこと、IOCやNAOC、長野五輪組織委員会ですらノーマークだったようです。最終的には、IOCが“ノープロブレム”という判断を下して事なきを得たようですが、全国ニュースで報道されるなど、この清太郎看板がもたらした広告効果は、ある専門化によれば、1回の露出で7,000万円と値踏みされたそうです。 長野での清太郎のケースは、ほとんど笑い話で済まされましたが、オリンピック開催地における広告看板等の掲出については、その内容はIOCと大会組織委員会によって、厳密にチェックされます。すべて、というわけではありませんが、競技会場はもちろんのこと、大会に関連する施設やスペース、そしてマラソンや50km競歩のコース上の路上周辺については、すべて規制の対象となるようです。先の長野五輪では、リースで大会運営用に用意された備品や機材の一つ一つの製造メーカーのマークがチェックされ、正式なオリンピックスポンサー以外のものは、すべてマスキング対象となりました。普段は普通に営業している店舗などでも、オリンピック大会のための施設やスペースとして使用される場合は、すべて規制の対象となるため、長野五輪では、選手の待機所となった白馬村の民宿やレストハウスですら、マスキング用のテープを持ったNAOCの職員がやってきて、ちょっとした騒動になったようです。厳しいと思うのは、その規制が、観客や選手を応援する人たちにも及ぶことです。応援するために持ってきたノボリや横断幕に、地元の商店街や旅館の名前など、企業名やその類似の文字やデザインが入っていようものなら、即刻取締りの対象となります。宣伝活動とみなされてしまうのです。観客の中にまぎれて、こっそりスポーツメーカーのスタッフが、オリンピックスポンサーでもないのに観客にキャップやTシャツを配っているのを見たことがありましたが、これも、観客だから・・・、ということで許されるわけではなく、明らかに意図的と判断されれば、すべて排除の対象となります。私も、某外資系スポーツメーカーに勤務時代、所謂“ゲリラ”という隠密プロモーションを仕掛けたことがありましたが、大会の主催者にとっては、いい迷惑ですよね。膨大なスポンサー料を得ているオリンピックでは、尚更です。 “アンブッシュ・マーケティング”という言葉があります。これは、オリンピックに限らず、FIFAワールドカップや国際競技連盟の主催する世界大会では、いまや、当たり前のようにその規制が行われていますが、一言で言えば便乗商法です。直接的にオリンピックなどの公式の商標や意匠を用いることはなくても、如何にもその大会を連想するように仕向けられた言葉や表現を巧みに使用したり、イメージ的な写真や映像を用いたりする表現方法は、法的にも権利侵害を追及できないケースも多々あります。しかし、こうした意図的な便乗表現を用いて消費者を引き付けようとする商法は、やがては、その大会などのイメージを低下させたり、時には粗悪なものに変えてしまったりする影響を及ぼします。そのため、大会の開催地の組織委員会などに対して、IOCや国際競技連盟は、厳しくその取締りや排除を義務付けています。それが、大会を開催するための条件にもなっており、その対策が出来ないとなると、開催地としての立候補も出来ない、ということです。 オリンピック大会では、競技エリアには、オリンピックスポンサーの広告すら一切許していません。テレビでの中継映像を見ると一目瞭然ですが、いつもは広告看板が設置されている場所には、オリンピック大会のイメージデザインがコラージュされた看板や装飾が設置され、オリンピックそのもののブランディングが施されています。基本的には、オリンピック大会の場は、そのスポンサーであっても、そのイメージを損なうことは決して許されていません。また、競技会場の周辺や大会に関連する施設、または、ロードレースなどで使用する公道沿いにも、基本的には商業広告の類は、すべて排除の対象となります。オリンピックスポンサーですら、決められた場所や、許可を得た内容でなければ、単独で広告表現を掲出することは出来ません(特定のブースや店舗、サービスステーションなどのみ)。オリンピック大会を盛り上げるイベントプレゼンテーションの一貫として、街中の外灯などに、オリンピックのイメージデザインやマークと一緒にスポンサーロゴが掲載されているケースはありますが、ここまでなのです。つまり、オリンピック大会期間中の開催都市の中は、視覚的にはオリンピックイメージ一色とならなければならないのです。長野五輪で騒動となったさまざまな事柄の中でも、この広告看板に関する案件については、理屈ではなかなか市民に受け入れてもらうまでに苦労があったようですが、IOCが行っているオリンピックブランドのイメージを守り、維持していくための活動によって、結果を見れば、多額の放送権料やスポンサー料が配分される恩恵を、その開催都市は受けるわけです。 2016年オリンピックに立候補している各都市が提出した“立候補ファイル”の中にも、こうした“クリーンベニュー”を保障させる内容に対して、その取り組み姿勢を記述した項目があります。東京の招致委員会のファイルを例として抜粋すると、以下のように記述されています。 ※招致委員会は、以下において屋外広告看板スペースを管理することを、書面にてその約束を取り付けている。 ・すべての競技会場 ・すべてのオリンピック大会に関連する施設 ・競技で使用される通行路および道路 ・競技会場の周辺エリア ・空港やIOC役員用のホテルを結ぶ路上ルート ・IOC役員用ホテルとオリンピック関連施設や競技会場を結ぶ路上ルート ・交通ターミナルと競技会場を結ぶルート 以上の内容において、具体的に示した広告用スペースの物量は、以下の通りです。 ◇屋外広告看板: 計1,565ヶ所(広告料金換算:35百万ドル相当) ◇公共交通の車両広告: 計約128万ヶ所+22,533車輌(同上:129百万ドル相当) ◇空港の広告スペース: 計1,129ヶ所(同上:3.6百万ドル相当) ちなみに、対象期間は、2016年7月1日から9月30日までの3ヶ月間ということです。総額で168百万ドル相当もの広告掲出に変わる権利を保障させるのですから、こうした面からも、オリンピックの開催都市の負担は、思わぬところにもあることが分かります。 オリンピックが世界で認知され、そしてその大会の価値が世界で理解されているからこそ、その商業価値を利用すべく、あの手この手で悪事を働こうとする人が後を立たないのでしょうが、北京五輪でも話題になったように、オリンピック関連グッズの非正規商品も、数多くの問題を引き起こしています。長野五輪の時や日韓ワールドカップの時は、開催地の主要な商店街が、大会を盛り上げる意味で、さまざまなPR活動を行おうとしていました。しかし、そのほとんどは、商店街のPR目的の宣伝活動だと判断され、中止させられています。その中には、子供用の景品のようなグッズを作って、買い物客にプレゼントしていたケースもありました。しかし、その景品が、果たして適正な品質のものだったのか、または、適切なデザインが施されていたものだったのか、というと、これらは内緒で作られたものですから、まったく適合するものではありません。そうすると、悪かろう安かろうというイメージが、もしかしたら正規商品に及ぶかもしれない。従って、それらは例外なく、“アンブッシュ”とされてしまうのです。もちろん、悪意があるなしに関係はありません。特に、オリンピックの公式ライセンス商品には、厳しくその品質管理が義務付けられており、既存商品に公式商品としてマークをつけるだけでも、非常に煩雑な手続きを要しなければ許諾に至りません。もし、品質管理が徹底していない“公式ラーメン”を食べて食中毒事件でも起こったら、影響は、その製造メーカーだけでなく、オリンピックの“公式”というところから、オリンピックそのもののイメージにも及んでしまうからです。衣料品などでも同じように品質が問題になるケースが多々あります。洗濯したらプリントがはがれてしまったり、素材そのものがダメになってしまったり・・・。たかが一着のTシャツであっても、時には、オリンピックのライセンスビジネス全体の信用を左右することにもなりかねないのです。大袈裟なようですが、それは、少しばかり値段の高いライセンス商品を買う立場に立ってみれば、その気持ちは良く分かるはずです。 オリンピックにおけるこうしたブラントを保護していく活動は、単に、多額のスポンサー料を支払っているスポンサーのためだけに行っているわけではありません。また、オリンピック大会期間中には、ほぼ全世界のオリンピック中継をモニタリングしているということですが、これも、多額の放送権料を支払っているテレビ局やラジオ局のためだけに行っているわけでもありません。すべては、オリンピックというブランドのイメージを、保護し、そして維持しながら、より価値の高いものへと高めていくために行っています。そして、その結果が、次の契約時に、より多くの権利料収入としてIOCに入り、そのほぼ半分の財源は、オリンピック大会を開催する開催地組織委員会のために使われていくのです。更に、オリンピック大会の価値を高めていくために・・・。 また、近年、放送権の領域に、インターネットによる動画配信や放送形式の中継が加味されるようになっています。更に、メディアとしてのウェブサイト上でのマーケティング権も、報道との境目を論議しながら、その価値を高めつつあります。事実、北京五輪では、放送におけるモニタリングと同様に、インターネット上でのモニタリングも行われたそうです。どの程度の規模になっているのかは、あまりにも規模が大きすぎて、想像すら出来ませんが、こうした地道な努力も、オリンピックのブランドを守っていくためには、必要な時代になってきているのです。 “アンブッシュ”の立場にもいましたし、それらと敵対する立場にもいました。“アンブッシュ”と見られる行為の、決してすべてが意図的で悪意で行われているものとは限りません。先の商店街のケースのように、好意的なものもあります。しかし、大元である価値の存在を損ねてしまうような結果は、“アンブッシュ”をも貶めることになるのだと、認識すべきです。それでもモラルを守れないならば、そこからは単なる犯罪にしかならないことを自覚するべきです。
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posted by umekichihouse |05:43 |
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