2009年03月01日
「オリンピック・マーケティング」その1 ~リメンバーNAGANO
2010年バンクーバー冬季五輪まで1年を切り、いよいよ日本選手の動向も、オリンピックへ向けての報道内容が増えてきました。先頃、バンクーバーのパシフィック・コロシアムでは、フィギュアスケートの4大陸選手権が開催されるなど、プレ大会、リハーサル大会も目白押しのようです。しかし、世界的経済不況の波は、ここにも押し寄せているようで、選手村建設に6億8,300万ドルもの融資を行っているアメリカの投資会社、フォートレス・インベストメントグループがその融資を引き上げるというような報道が出たり、スポンサーとして決定していたGMカナダなどの有力企業が、スポンサーからの撤退を表明するなど、些か暗い影を落としていることが気になります。 カナダでのオリンピック開催と言えば、1976年のモントリオール五輪が思い出されますが、この時も、市は多額の負債を抱えて大会を成立させた経緯から、後に、長期に渡る税負担の増加を市民にもたらすことになりました。スポーツマーケティングの尖兵とも言われる1984年のロサンゼルス五輪は、こうした行政負担からオリンピックを開放するために、民間資金の導入によって多額の黒字をもたらし、後に、オリンピックは儲かる、という甘い妄想を植え付けたことも事実です。オリンピック開催により、競技施設はもちろん、交通から宿泊施設などに至るさまざまなインフラ整備の動きは加速され、一時的には巨大な経済効果をもたらすことは、先の北京五輪を背景とした中国経済の成長度合いも見てもよく分かります。しかし、本当に、オリンピックは儲かるのか?。 ひとつの答えは、1988年に長野で開催された冬季オリンピックの裏側を覗くと、その一端が見えてきます。 長野新幹線が開業し、後にさまざまな論議を巻き起こすことになる多くの“ハコモノ”が建設され、また、大いなる無駄と揶揄された道路整備も進みました。インフラ整備関連だけで数千億円規模の公共工事が行われ、特に、施設の維持管理費の負担は、未だに県民や市民にのしかかっています。大会組織委員会、NAOCの決算発表では、51億9,900万円もの黒字となったということで、冬季史上最大規模の総額1,143億1,000万円にも膨れ上がった大会運営費に対する論議も、表面的には、収束したかのようにも見られました。しかし、1,000億円を超える規模にまで膨らんだ大会運営費を巡る経緯は、IOC、国際オリンピック委員会が司るオリンピック・マーケティングを軸として、10年にも及ぶ長期に渡り、紆余曲折していたのです。そこには、オリンピックで開催地が儲かるなどという神話はどこにもなく、単に、IOCなどのオリンピック関連機関のみを潤していたという事実のみがありました。 当時の地元、信濃毎日新聞を紐解くと、その経緯が克明にわかります。1988年に、まだ候補地として立候補を検討している時点での大会予算規模は、約400円程度のものでした。内容は、下記の通りです。 <支出> ・仮設施設費 125億円 ・管理費 82億円 ・広報/報道費 48億円 ・競技/会場運営費 20億円 ・選手村運営費 20億円 ・輸送費 16億円 ・式典/文化プログラム費 18億円 その他 <収入> ・テレビ放映権料収入 310億円 ・スポンサー収入 50億円 ・入場料収入 20億円 ・募金その他 20億円 そして、その後の1991年に、IOCに提出された開催概要計画書に記載された大会運営費は、760億円となっており、当初予算の倍近くの規模になっています。結果的に、この内容で長野は開催地として決定されます。第1次財政計画とも言えるこの予算の支出面での内訳の中には、施設関連費、競技/会場運営費など大幅に増額されたものや、新たに国際映像制作が147億円規模で追加されています。しかし、オリンピック開催の2年前には、大会運営費の総額は、945億円になり、更に、1年前に発表された第3次財政計画では、ついに大台を超えて1,030億円までに膨らむことになります。2年前の第2次財政計画時点では、経費の削減を進めたにもかかわらず、結果的には、予備費のみが減額された程度で、特に下記の費目において大幅な増額となっています。 ・広報/報道費 208億円(当初から160億円増) ・情報通信費 191億円(当初はほとんど見込んでない) ・競技/会場運営費 140億円(当初から120億円増) これら支出の見込みに対して、収入面での目論みはどうなっていたかというと、IOCに全権があるテレビ放映権やスポンサーシップからの収入については、1996年頃に急激な円高傾向となり、1米ドル=135円で試算していた目論見が、95円にまで落ち込んだため、一時的には50億円以上の収入減という事態にまでなりましたが、最終的に、レートは115円程度にまで回復し、第3次財政計画時点での両者の合計で、637億円となっています。1991年の第1次計画時点で654億円だったようなので、落ち込みは最小限で納まっているのです。しかし、1,000億円を超える規模までに増大した支出規模を支えるだけの収入を賄うためには、約400億円足りません。この金額を穴埋めするがために、NAOCは、まず入場料収入のかさ上げをしているようなのです。その推移を抜粋すると・・・、 ・1991年(第1次計画時点) 33億円 ・1996年(第2次計画時点) 53億円 ・1997年(第3次計画時点) 72億円 という具合です。販売用にまわされていたチケットの総数は、128万枚。その内、61万枚は国内の一般向けに、20万枚は海外向けに、そして37万枚は関係者に対する特別枠として設定されていたようです。しかし、1997年の10月時点で、32万枚ものチケットが売れ残り、特に、海外向けに関しては、その半分が売れ残っていたということでした。実に3割弱ものチケットが売れ残っていた、という現状にも関わらず、大会運営予算を表面的に成立させるために、入場料収入の額は、支出の増加分を補うために、計画数字だけは増やされていたのです。 一方で、不足分の残り330億円は、どのように手当てしていたかというと、協賛宝くじからの収入を2.5倍にし、さまざまな細かい収入費目を足し併せて100億円もの収入費目を作り、最後には、税金の更なる投入をしない、という県民や市民との約束を反故にして、長野県と長野市は、併せて50億円もの税金投入をしています。更には、県や市から動員された職員の人件費の補填として、71億円もの公費が投入されています。入場料収入の目論見額の72億円と、事業外収入として計上されたこれら331億円の、合計400億円余りの数字が、これで完成していたのです。ただし、1,030億円とされていた支出規模も、本当は、1,400億円になっていた、という一部の報道もあり、ここでも収入の実態に併せて支出数字の見積もり合わせがあったのでは・・・、という疑念が残ります。 ◇テレビ放映権料収入(by IOC) 356億円 ◇スポンサーシップ収入(by IOC & NAOC) 281億円 ◇入場料収入(by NAOC) 72億円 ◇事業外収入 331億円 計 1,040億円(支出総額 1,030億円) ※第3次財政計画時点の予算 来年のバンクーバー五輪では、現時点で、競技施設関連予算の5億8,000万ドルを除く大会の運営費の予算総額は、約16億ドルとされています。長野五輪の2,176人という参加規模と比較すれば、2002年ソルトレイク五輪で2,399人、前回のトリノ五輪で2,508人と毎回拡大しており、恐らく、参加国、参加人数もより拡大するだろう、ということを考えると、長野の最終1,140億円に対するバンクーバーの16億ドルという規模も分かる気がします。ただし、長野五輪当時のTOPプログラム(TOPⅣ)からの全収入規模である5億7,900万ドルから、先のトリノ五輪と北京五輪を対象としたTOPプログラムからの収入である8億6,600万ドルに拡大している収入規模と、長野五輪で5億1,350万ドルであったテレビ放映権料収入から、バンクー場五輪で見込まれている11億2,700万ドルに拡大している収入規模を見ると、オリンピック・マーケティングから開催地が得られる収入は、その存在規模を大きく拡大している、ということが事実としてあります。つまり、開催地として試算した大会運営予算に対するオリンピック・マーケティングに対する依存度は、大きく拡大しているのです。長野五輪で得られたオリンピック・マーケティングからの収入は、国内スポンサー分も含めて637億円(第3次財政計画時点)。その割合は、大会運営予算に対して、約55%です。そして、バンクーバー五輪では、1,000億円を超える規模になり、大会運営予算に対する割合も6割程度で、割合としては長野五輪と大差ありません。この比較から考えると、長野五輪でのNAOCの財政に関わる問題は、収入という側面よりも、支出を抑制できなかった、というところにあったと言えるのではないでしょうか?。 ちなみに、IOCとオリンピック開催地組織委員会との間では、スポンサーやテレビ放映権料に関するシェアリングが明確に規定されています。現在は一部規定が変更されているようですが、長野五輪時点の規定を見ると、下記のようになっています。 ◆TOPスポンサーからの収入: IOC:10%,USOC:20%,各国NOCへの配分:20%,組織委員会:50% ※組織委員会分は、夏季大会が2、冬季大会が1の割合で配分 ※長野の場合は、受け取る額の1/7がJOCへ、6/7がNAOCへ配分 (NAOCが実際に受け取れる収入は、全体の15%) ◆ゴールドスポンサーからの収入: IOC:5%,JOM(当時):10% 上記残り85%の内、1/7がJOCへ、6/7がNAOCへ (NAOCが実際に受け取れる収入は、全体の73%) その他、ライセンス収入も、小売価格の5%か卸売価格の10%の高いほうが金額が収入と成るのですが、これもIOCは5%を取り、残りをJOCとシェアするようになっていました。テレビ放映権料については、当該大会のテレビ放映権料の40%がIOC、60%が組織委員会に渡っていたため、NAOCは、3億ドル以上の収入を得られることが出来ていたのです。(現在は、組織委員会が受け取れる額は、49%になっているようです。)為替幅が10円違えば、30億円以上もの損失が出るのですから、こうしたリスクに備える支出構造を計画しておくことも必要なのですね。 支出を抑制できず、当初の400億円から、760億円、945億円、そして1,030億円と拡大していった長野五輪における大会運営予算でしたが、その抑制できなかった要因は、果たしてどこにあったのでしょうか?。 当時の新聞報道を追っていくと、ひとつの事柄が見えてきます。それは、組織委員会事務局に190人もの役人を派遣していた県のお上意識が蔓延していた事務局の体質そのものです。会議は長い、無駄な資料作りに精力を費やしている、意思決定が遅い、情報などの共有意識がない、よって風通しが悪い組織になってしまう、などなど・・・。いまも、行政中心の組織には、同じような弊害があるようにも思いますが、長野五輪の組織委員会の場合は、それが、競技団体との対立や、末端ではボランティアとの軋轢さえも生んでいた様子が語られています。当時の事務局は、30人でスタートしたものが大会開催半年前には627人もの大所帯となっていたようですが、県と市の職員だけで半分を占めるその組織は、まさに行政の出先機関のような雰囲気があったようです。もちろん、民間からも86社197人ものスタッフが加わっていたようですが、役人主導で進められた準備作業が、如何に閉鎖的で、スポーツイベントに求められる臨機応変な対応の欠片もなかった様子が、分かる気がします。もしそうでなかった、と言うならば、身内とも言うべき競技団体との対立など起こるはずもありません。きっと、縄張り意識が助長していたのでしょう。また、ボランティアに対しては、「安い労働力」と、公言してはばからない県の職員もいたようです。延べ3万人以上とも言われたボランティアは、多くの応募があったようですが、最終的には人数不足に陥り、県や市の職員を半ば強制的にボランティアとして参加させていたようです。その数、延べ2,700人。自らの意志で参加することには何の問題もありませんが、以前取り上げた世界陸上大阪大会での大阪市の職員の失態など、プライドだけは高い中途半端なボランティアの存在は、大会運営上、時にはリスクにもなります。事実、「アッチの人に聞いてくれ!」のオンパレードだったようで、現場のボランティアは、途方にくれていたことでしょう。長野五輪期間中のインターネットへの書き込みの中に、あるボランティアの言葉がありました。「何も答えられないボランティアを通訳として差し向けたと、選手たちは私たちに不信感を持ったでしょう。選手たちから見れば、我々ボランティアもスタッフなのだから・・・。NAOCは、事前に情報をキチンと提供するなど、なぜしなかったのか。我々を信用していないのか」。「ボランティアをスタッフと同じ立場として考えて欲しい。情報をキチンと提供して欲しい」。世界陸上大阪大会の大会運営の様子を客観的に見ていても感じましたが、要するに、人の使い方を知らない人たちが、職責として上に立っているだけなのが問題なのです。上に立たされた公務員の皆さんは、やりたくてやっているわけではない、という意識なんでしょう。しかし、それでは、その下に配置されたボランティアの皆さんの意欲は、完全に削がれてしまいます。何のためのボランティアなのか?・・・。やはり、安い労働力、という認識が、本音の部分ではあるのだと思います。そんなところからも、長野五輪の組織委員会事務局の様子が伝わってきます。 物理的に抑制できないものは、最後は人的な手間を掛けてカバーしつつ、コストの抑制を考えなければ、解決策は見出せません。その意味から、予定を超えるボランティアの人的規模になったことは分かります。しかし、それをマネジメントできる体制も作らすに、単に人数だけを増やしても、それは、逆にコスト増に繋がってしまいます。その辺の感覚は、申し訳ありませんが、経験値の低い公務員の方々にはお分かりいただけない部分が多々あることは、私もよく感じることです。また、以前にも延べましたが、何が必要で、何は代替で賄えるか・・・、などという現場意識での運営計画の策定も、なかなかお分かりいただけない場面が多々生じます。決めたものは死ぬまで変えない、なんていう体質は、民間企業では有り得ませんし、特に、スポーツイベントの現場でそれを振りかざしたら、すべてがフリーズしてしまう危険性があります。主役である選手も、観戦する観客も、それらをサポートする運営スタッフも、みんな生身の人間なのですから・・・。 オリンピック・マーケティングというテーマから、少し逸脱してしまいましたが、長野五輪を振り返って検証すると、その財政を支えるオリンピック・マーケティングの拡大の兆しが見えてきた芽生えの時期でもあり、また、規模の拡大による開催費用の増大の深刻化が表面化していた時期でもあったような気がします。支出を抑制する、ということは、言葉では簡単ですが、そこには何かしらの犠牲が生じます。しかし、その犠牲を横目で見ながらオリンピックという価値を向上させて、大きな収入を得ることができている現在のオリンピックの姿を見ていると、オリンピックという世界最大のスポーツイベントの華やかな舞台の裏側にある、技術や人やノウハウなどの進化の過程、そしてその内容をしっかりと理解していくことこそ、健全な大会運営を実現させるスタートラインであるような気がしてなりません。大規模なだけに、そこには、人の欲やプライドがさまざまに入り組んできます。しかし、オリンピックに要求される最新の技術やノウハウ、そしてそれを扱うスペシャリストたちの力を、最大限に発揮する組織を構成し、運営していくことを、組織のトップの人たちは、もっと意識して、その指揮・統率する力を発揮すべきなのでしょう。 去る12日に、東京招致委員会からIOCへ、立候補ファイルが提出されました。開催経費として見込む組織委員会の予算は、3,100億円と言います。そして、その経済波及効果は、全国で2兆9,400億円ということですが、長野五輪の苦々しい轍を踏まないように、誰もが期待できるオリンピックが、ぜひ実現されるといいですね。
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posted by umekichihouse |02:35 |
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