2009年01月15日

Jリーグ百年構想、そして100年経ったドイツの現状・・・その間にある矛盾と現実

たまたま保存していた資料で、1999年に発行された岐阜県産業経済センターの情報誌「岐阜を考える」の中に、元週刊サッカーマガジン編集長の伊東氏の特集論文があり、その中にドイツのフットボールクラブの実情と、Jリーグ百年構想に関する記述がありました。そこには、現日本代表監督の岡田氏の興味深い言葉が掲載されています。「西ドイツでは、休日に何をして過ごすか。家族で町のクラブに出かけて、子供たちはサッカーをして、親たちは他のスポーツをするし、お祖父さんはそれを見守っている。そして、帰りにはクラブのバーでビールを一杯飲んで家路につくわけです。そこには消費の思想がない。それが長い目で見れば環境保護につながっていく。いまの日本はどうか。遊園地にしても、デパートにしても、家族で休日にどこかに出かけるにしろ、余暇の過ごし方が消費型なんです」。これは、岡田氏が西ドイツに留学していた時の経験を踏まえて語った言葉です。

そして、岡田氏が目にしてきたような、こうしたドイツの総合スポーツクラブのある環境をモデルにして、Jリーグが1996年に打ち立てたのが“Jリーグ百年構想”です。Jリーグのホームページの中には次のように記載されています。

◇あなたの町に、緑の芝生でおおわれた広場やスポーツ施設をつくること
◇サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること
◇「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの輪を広げること

また、これも、伊東元編集長の論文に記載されている一説から取り上げるのですが、Jリーグはその創設前に、フランチャイズという言葉を使っていました。しかし、現在では、ホームタウンという言葉が使われています。では、フランチャイズとホームタウンとは、どのように言葉の意味合いが異なるのか。これは至極明解で、フランチャイズは企業や資本が持つ営業権を意味し、ホームタウンは、まさに地域密着。地域の根ざしたスポーツ活動をクラブが中核になって広げていこうとする意味合いです。Jリーグは、当時の川渕チェアマンの言葉を借りるまでもなく、世界で勝つための、日本サッカーのレベルアップを目的に創設されています。そして、Jリーグをスプリングボードとして、ワールドカップの日本開催を具体的に目標として掲げました。しかし、それは数年で方針転換され、クラブの存続という実情に見合った経営方針をメインとした新しい理念が創設されたのです。それが、“Jリーグ百年構想”ではないでしょうか?。地域に根ざしてクラブの存在意義を浸透させ、地域住民に支えられるクラブ経営を目指す。強化を念頭に置いたプロリーグ創設の目的から、普及の色を濃くしたビジョンに転換されていったのです。

前回ご紹介したドイツのユーリッヒのアマチュアクラブで奮闘している鈴木さんも、先の岡田氏の語った言葉のような情景を週末には見ていたのです。クラブハウスは地域コミュニティのサロンであり、生活の中にスポーツというものが完全に日常化しているのです。単に、クラブが持つ、またはクラブが運営している施説の素晴らしさや、緑豊かなグラウンドの広がりを見て、「ドイツは素晴らしい。ぜひこれを見習って日本にも地域スポーツを根付かせよう」、などという安易な意見を言ってる研究者や学者先生などの言葉は、本当の底辺の姿を見て、まさにその中で日常を送っている鈴木さんのように方の話と比べると、全く違う次元の話にしか聞こえてきません。実を言うと、その違いを実感したのは、鈴木さんと数時間お話しした時なのです。「これは全く話の根底が違うのではないか」・・・と。生活の中にスポーツがあり、町にはその場がクラブという形であり、週末をクラブで楽しむことは、単なる日常の延長でしかない暮らし。岡田氏が消費型というのは、日本人は、余暇に何か特別なことをするために、非日常を求めていることを言っているのだと思います。だから、常に新しい消費をしているのだと・・・。

日本でも、いま、総合型地域スポーツクラブの創設を促進する取組みが行われています。しかし、ほとんどのクラブにおける大きな課題は、その運営資金の調達です。つまり、NPO法人として成り立っていても、その存在が地域住民の中で日常的な存在にならなければ、それは単なる新たな消費先にしかならず、先のフランチャイズという言葉通りの存在でしかありません。ホームタウンとは、実態と遊離した単なる理想でしかなくなるのです。スポーツクラブを地域に創設して地域住民の中に溶け込んでいくような存在にするためには、クラブを利用する人たちの選択肢の中のひとつ、という存在ではダメなのですね。完全に日常の中にあって当たり前のものにならなければ・・・。ゲームセンターに行くか、スポーツクラブに行くか、という選択肢ではない、ということです。言葉で言うのは難しいのですが、それは、100年という時間の問題ではなく、元々ある日本国民の生活そのものが変わらなければ、ドイツをいくら模倣しても始まらない、ということだと思います。では、どうすればいいのか?・・・。恐らく、ドイツや他の諸外国の環境を模倣するのではなく、日本の生活文化や現状に見合ったスポーツクラブというものを考えたほうが早いような気がします。何もドイツのように芝生がなければスポーツが出来ないわけではないですし、たくさんのスポーツに接するための施策は、従来の学校の取り組み方ひとつでも叶えられるのではないでしょうか?。

伊東元編集長の論文の最後には、「パチンコ店が林立する地方の光景を眼にした時、それらが総合スポーツクラブと並存する時代が来るとは思えない。子供たちが大きくなってパチンコ店に通うことから、スポーツクラブに足を向かせるようにするのは、百年構想ではなく、個人個人の5年程度の生活構想だろう」(省略抜粋)、と論じています。鈴木さんが感じた違和感の正体は、実態と理想のギャップの狭間にあるこんな考えであったのでは・・・、と思いました。(伊東元編集長のお考えには、本当に感銘してしまいました。この場を借りて御礼申し上げます。)

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Jリーグ百年構想、そして100年経ったドイツの現状・・・その間にある矛盾と現実

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興味深いエントリーです。
しかし、日本人のスポーツ、余暇生活をサッカーだけで見ては正しい比較になるかどうか疑問ですね。

日本では、一般人が自らやるスポーツは、まず野球、草野球です、そのほかには、ゴルフ、テニスでしょうかね。
しかし、お父さんの草野球に付き合って家族がいっしょに行くようなことはないでしょうね。
日本人は、家族単位で行動しません。

Jリーグ百年構想、そして100年経ったドイツの現状・・・その間にある矛盾と現実

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>日本人は、家族単位で行動しません。

うちや、うちの子の友人の家族は家族単位で行動していますよ。サッカーにしろ野球にしろテニスにしろ。ごく限られた場所や時間しかない都心部ですけどね。(パチンコ店がないからか?笑)
父親だけ別行動、という昭和時代の悪癖も、徐々に変わってきているのではないでしょうか。

Jリーグ百年構想、そして100年経ったドイツの現状・・・その間にある矛盾と現実

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なるほど、そうかも知れません。私も昭和の人間です

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