2009年01月14日

ドイツ・ユーリッヒのフットボールクラブで奮闘する日本人スタッフ

先日、とは言っても、このブログを一時休眠する前のことですから、少し時間は経過していますが、このブログを見ていてくれたひとりの青年と知り合うことが出来ました。彼は、現在、ドイツのユーリッヒという、ケルンやデュッセルドルフから電車で1時間ほどのところにあるベルギーとの国境に近い町で、「SC Juelich 1910」というアマチュアのフットボールクラブで働いています。働いている、とは言え、完全なるボランティアなのです。名前は、鈴木謙太朗さん。25歳の青年です。

鈴木さんは、大学を卒業し、Jクラブのフロントへの就職を目指したものの、新卒にはなかなかチャンスはなく、フリーペーパーを発行する会社に就職したそうです。しかし、深夜まで及ぶ残業の連続に体を壊してしまい、一度はあきらめたスポーツに関わる仕事に付くことを目指して退社しました。その後、IT関連企業などで派遣社員として働きながら、夜は英会話の学校やスポーツ関係のセミナーに通い、海外へ行くことを考えていました。本人曰く、座学が苦手ですぐ行動に移すタイプということですが、彼は、当時ブームになっていた海外クラブの日本市場でのプロモートに則り、自らの考えで企画書を作成し、大量に海外のクラブ宛にばら撒いたそうです。(本人の言葉をそのまま使いましたが、本当に驚くほどの量の送付先に宛てて送ったそうです。)人間行動を起こすと何かしらの光明は見えるので、たったひとつだけ、レスポンスがありました。1990年頃にあのイビチャ・オシム氏が率いていたかつてのユーゴスラビアの首都で、現在のセルビアの首都でもあるベオグラードに本拠を置く名門クラブ「FKパルチザン」です。オシムさんのこともあり、オーナーが日本に対して非常に興味を抱いており、さまざまなアイディアについて話し合いの場が持てたようです。しかし、1月近く滞在したものの、その後、オーナーが急遽交代してしまい、新オーナーは中国市場に対して興味を優先し、結局はそれまでの話は頓挫することになります。

日本に帰国し、アルゼンチンの「ボカ・ジュニアーズ」の日本支部の仕事に関わりながら、フットボールクラブのビジネスの一端を勉強する機会を得て、そして、ベオグラードでの頓挫も糧として、次なる挑戦を模索します。そんな中で、鈴木さんは、今度は、Jリーグがモデルとしてドイツのクラブへ行くことを思い立ち、またまたドイツ中のクラブに自分なりの提案書をばら撒きました。ドイツに興味を持ったのは、その底辺に多くのアマチュアクラブが存在することを知り、また、それらアマチュアクラブですら、移籍金や給料などの補助があることを知り、そのシステムがどうなっているのかを知りたかったからだということです。そして、またまた行動に移します。行った先は、ドイツの田舎町、ユーリッヒにある「SC Juelich 1910」というアマチュアのフットボールクラブだった、という訳です。

「SC Juelich 1910」での鈴木さんのタイトルは、「Sports Manager」。クラブが彼に最も期待するのは、日本との交流を具体化することのようです。学生のインターシップや指導者の交流、もちろんジュニア選手の交流などを、クラブのハードやソフトのすべてを活用して具体化することです。アマチュアクラブですから、ユーリッヒという町の中で、地域のコミュニティの場という性格がクラブを表すには最も分かりやすいようですが、100年もの歴史があり、かつてはドイツのアマチュアチャンピオンに何度も輝いた実績を持つチームを運営している、ドイツでも伝統あるフットボールクラブでもあります。そして、そこには、3つのシニアチームと13ものジュニアチームがあり、クラブ全体では500人もの選手たちが在籍しています。当然のことながら、コーチ陣もおり、選手のほとんどとコーチ、フロントスタッフのほぼ全員は、ボランティアとしてクラブの運営、経営に携わっています。また、クラブが使用する施設は、広大な土地に素晴らしいグラウンドがあり、ブンデスリーガのように巨大な観客席を備えたスタジアムではないものの、こじんまりとした観客席も備わった試合会場となるスタジアムもちゃんとあります。クラブハウスも充実しており、地域のコミュニティサロンとしての設備は申し分ないようです。こうした施設は、ユーリッヒ市からクラブが無償で供与されているらしく、まさに町のシンボル的な存在なのかもしれません。鈴木さんは、こうしたソフトやハードを活用して、日本との交流の場を創出することを具体化すべく、日夜活動している、というところです。

さて、ボランティアで運営や経営に携わっている、とご紹介しましたが、ここがドイツのスポーツクラブの特徴なのかもしれません。現在のオーナーは、弁護士ということですが、オーナーに限らず、クラブのフロントにいる人たちは全員他に仕事を持っています。鈴木さんの上司は、IT関連の企業で働いているようですが、ここからが日本の実情との大きな違いなのかもしれません。鈴木さんの上司に限らず、クラブの運営や経営に関わる人たちは、ウィークデーの昼間でも、クラブに関する仕事を職場の中でもやっているそうです。「そんなことをやっても怒られないのか?」と思ってしまいますが、会社はクラブの存在意義やその役割をきちんと理解していて、本業の仕事に影響しなければ何も文句を言わない環境なのだということです。だから、ほとんどの人たちは、ボランティアでクラブ運営や経営に参加できるのです。また、こうしたクラブのような公の組織での肩書きが、社会的な地位を示す名誉のような価値を持っているかの如く利用することが、日本では当たり前に見られますが、ドイツでは、特にアマチュアのクラブの肩書きにほとんどそうした意味はなく、関わっている人たちは全員が“好きだから”やっているようなのです。鈴木さんの言葉をそのまま借りると、もっと軽い感じになるのですが、その辺が日本のスポーツクラブの実情に染まっている私などのような人間には、何か実感として分からない部分が多い、というのが本音です。

“好きだから”ということだけではないと思いますが、クラブに関わる人たちは、その全員がクラブをもっと良くするために働くことに対して、何の報酬も求めずに本当に真剣なのだそうです。ゲルマン魂という言葉を、ドイツの代表チームの試合の中で、よくアナウンサーが使いますが、まさに屈強で頑固な気質な人たちばかりのようで、特に、勝つことに対する執着心は本当に凄い迫力があるようです。「SC Juelich 1910」のトップチームは、現在8部リーグに属しているようですが、単に上のリーグに昇格するとか、将来はプロリーグに進出することを目指す、ということではなく、目の前の試合に負けることが嫌いなのです。勝つということに絶対的なこだわりがあるようです。これは、トップチームに限らず、クラブのすべてのチームに言えることです。鈴木さん曰く、ドイツ人は謝ることを知らない、と言いますが、それほどまでに頑固な気質なんでしょうね。そして、そのことは、クラブの指導にも現れているそうです。クラブの存在意義は、チームを強くすること、そして勝つこと。とにかく勝ちたいのです。そのために、選手たちに対しては、それぞれの得意な部分や優れている部分を伸ばすための方針が際立っているようです。全員を一律の型にはめ込むのではなく、言ってみればスペシャリストを養成している、ということに繋がるかもしれません。選手個々は、自分の得意とする技術やチームの中での活かし方を指導されますから、サッカーをすることが楽しくて仕方ないようです。時には、際立った能力がある選手が他のチームからの移籍のオファーを受けることも稀ではないようです。アマチュアでありながら、移籍が頻繁に行われているのも、ドイツのサッカー環境の底が深いところなのかもしません。一方で、そのような指導をしているコーチ陣たちも、その指導能力はユニークなようです。チーム戦術というよりは、日本流に言うと育成という観点でのノウハウが、日常的に身についているのでしょう。

ドイツの学校では、体育の授業はあるものの、クラブ活動、つまり日本流に言うところの課外活動は、町のスポーツクラブが受け持っています。だからこそ、たった3万人足らずの町のクラブでも、13ものジュニアチームがあるのです。「SC Juelich 1910」に他のスポーツ活動をするプログラムがあるかどうかは聞きませんでしたが、大きな都市のクラブには、いくつものスポーツ種目のプログラムがあり、それぞれチームとして活動もしています。サッカーが下位のリーグにいても、他のスポーツではドイツのトップリーグに所属する場合もあるようです。ちなみに、「SC Juelich 1910」には卓球のチームがありますが、つい最近まで、日本の岸川選手も在籍していたようです。卓球はドイツのトップリーグの実力らしいのです。岸川選手のことは、鈴木さんも把握していなかったようですが・・・。

さて、クラブの経営についてですが、アマチュアクラブですから、先のように、そこで働く人たちのサラリーとしてははほとんど出費がありません。トップチームの選手に限って、月額で約3万円程度の出場給は支給されるようですが、それでも大きな金額にはなりません。他の支出としては、施設の維持費やクラブの実費としての運営経費があるようです。税金の面でも、フェライン法という法律に則って、法人登録されていれば、非課税措置が取られます。結果的に、年間で掛かる予算は、約5万ユーロ。日本円にして600万円から700万円程度、ということです。施設が市からの無償供与であったり、人件費がほとんど掛からないからこその金額なのですが、それでもこの支出を支える収入が必要です。市や州からの補助金、スタジアムの広告収入、スポンサーからの協賛金、そして試合毎の入場料収入や会費があるようですが、たとえばスポンサー収入とは言っても、町のお店からのものが大半で、100年の歴史の中で脈々と続いた寄付や税金のようなものとして、当たり前のようにたくさんのお店などが拠出しています。ただし、スポンサーメリット云々などというビジネスライクな思想はそこにはありません。しかし、チリも積もれば・・・、ということで、合計すればかなり金額になるようです。入場料収入は、安くみんなが観戦できる環境を作ることが第一義なので、あまり多くはないようです。しかし、試合を見に集まる町の人たちが、その後、酒を飲みながら歓談する場としてクラブの社交場となるクラブハウスの賑わいは、クラブの存在意義が、町の人たちの生活の拠点的な意味合いを持っていることを実感させるようです。結果的には、補助金がベースとなり、スポンサー収入が上積みされて、5万ユーロは回収されているのでしょう。金額的なレベル以上に、生活のシステムや社会の環境がクラブを成り立たせているこうした状況は、お金がなくてはなかなか前に進まない日本の状況とは、まるで異次元のようにも感じました。100年という歴史の問題、だけでは語れないものが、そこにはたくさんあるような気がします。

ただし、ブンデスリーガのトップクラブも含めて、ドイツのクラブ経営には、厳しいルールや基準があり、高額な報酬を前提とした選手の獲得や無謀な経営規模の拡大に対しては、さまざまな規制かあるようです。かつては、アマチュアクラブと言えども、有力選手の引き抜きのための金銭を用意するために、脱税が頻繁に行われるなど、歴史の中には紆余曲折もあったということです。そのことを踏まえた措置が、クラブ経営に対する厳しい規制なのかもしれません。事実、特定のスポンサーからの支援のみに頼りすぎたクラブ経営の場合や、スタジアムなどのハードに多くの投資をしてしまったケースなど、破綻に繋がる過ちを犯したクラブも中にはあったようですが、ほとんどのクラブは赤字を出さずに経営を持続しているようです。ブンデスリーガを代表する世界的クラブのバイエルン・ミュンヘンも過去に一度の赤字も出していない、ということでした。町が、地域が、そしてドイツという国が、100年以上の歳月の中で培ってきたゲルマン民族文化のようなもの、それがドイツのスポーツクラブの在り方なのではないかと感じました。

鈴木さんが日本で総合型地域スポーツクラブの関係者と会談した際に、やたらと「ドイツのクラブに倣って・・・」とか「ドイツのクラブの実情を勉強して・・・」とかいう言葉が聞こえてきたと言っていました。大学の研究者などの発言ということでしたが、彼はこの言葉に非常に違和感を感じたそうです。次回は、そのことについて詳しく・・・。

posted by umekichihouse |07:15 | 日頃のあれこれ | コメント(0) | トラックバック(3)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL: (表示は許可制となっています)
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/umekichihouse/tb_ping/142
この記事に対するトラックバック一覧
ドイツのアマチュアクラブのスタッフとランチ 【なせばなる。。。】

今日はランチに、ある青年と会ってきた。そうそう、このブログで紹介されている青年、鈴木さんです。 ドイツ・ユーリッヒのフットボールクラブで奮闘する日本人スタッフ | ぶんきち日記 | スポーツナビ+ ドイツの、しかも小さな小さな街の小さなクラブの現場で時間を過ごし..

2009-02-04 01:08 | 続きを読む
「ドイツサッカー文化の現状」報告会 【SPORTS JOB NETWORK 公式ブログ】

【日時】: 2009年2月19日(木) 【会場】: (株)フォトクリエイト本社会議室(西新宿) http://www.photocreate.co.jp/company/outline.html 【時間】: 19:00~21:00(18:30~受付開始) 【内容】: ドイツのサッカークラブ「SC Juelich 1910/97 e.V.(8部)」のSports Managerとして活動中の講師にJリーグのモデルとされているドイツのサッカーの現状を現場の視点から語って頂きます。 主な内容は ①講師の経歴 ②

2009-01-30 09:10 | 続きを読む
ドイツ・ユーリッヒのフットボールクラブで奮闘する日本人スタッフ 【SPORTS JOB NETWORK 公式ブログ】

以前、このブログでもご紹介させて頂いた、スポーツマーケティングおよびスポーツイベントの企画、運営業務の実務に携わっている、今昌司さんのブログにて、私の知り合いの若者の事が取り上げられておりましたので、ご紹介させて頂きます。 (それにしても、丁寧に書かれており、感服致します) http://www.plus-blog.sportsnavi.com/umekichihouse/article/142 上記ブログを読んで頂ければ分かりますが、この若者の行動力には頭が下がります。スポーツ業界を目指す若者には

2009-01-14 09:31 | 続きを読む
コメントする

「他サービスID/メールアドレス」で投稿する場合は、そのID/メールアドレスは表示されず、当サービス専用の固定のコメント投稿者ID「英数+連番」に変換され表示します。

※コメント投稿手順
(1)上記リストから希望のIDを選択する。
  例: Yahoo! JAPAN IDでコメント投稿
(2)Yahoo! JAPAN上の本人確認画面でIDとパスワードを入力する。
(3)スポーツナビ+blog側のコメント入力画面が表示される。
(4)コメント本文を記入し、投稿ボタンをクリックする。
(5)コメント投稿者IDとコメントが表示される。

詳しくは以下2ページをご覧下さい
【仕様変更】PCからのコメント投稿について
ブログ利用マニュアル「コメント投稿方法」

※コメント投稿手順
(1)上記リストからログイン/メールアドレスのどちらかを選択する。
  例: ログインしてコメント投稿
(2)plus-blogのアカウントとパスワード/メールアドレスを入力する。
(3)コメント入力画面が表示される。
(4)コメント本文を記入し、投稿ボタンをクリックする。
(5)コメント投稿者IDとコメントが表示される。

詳しくは以下2ページをご覧下さい
【仕様変更】PCからのコメント投稿について
ブログ利用マニュアル「コメント投稿方法」