2008年12月01日

「スポーツイベントとチケッティング戦略」その6 ~東京ドームでのNBA公式戦実施時の例

今回は、2006年に東京ドームでNBA公式戦を開催した際のチケッティング事例を元に、1日当り4万人を動員したインドアスポーツイベントの特殊なケースを検証してみます。それ以前には、東京体育館、横浜アリーナを使用して、それぞれ約1万人、約1万4,000人という規模で実施していましたが、ある程度の人気チームが来日するということで、また、公式戦ですから、それらチームへの入場料収入補償額がそれまでの1.5倍程度になったこともあり、最低でも3万人近い会場キャパシティが必要となりました。入場料収入だけで、2日間合計約6億円のネット収入を最低でも確保しなければならなかったのです。チケット平均販売単価が1万円としても、6万席という膨大な座席数です。その当時、仮にさいたまスーパーアリーナが開館していたとしても、その2万人のキャパシティでは、チケットの平均販売単価を1万5,000円以上にしなければならず、それでは机上計算では見合いますが、実際に販売できるかどうかの可能性を考えれば、非常に難しい選択を強いられたと思います。それでも販売単価1万円という高額な価格に対しては、懸念材料がさまざまにありました。チケットの価格帯は、それほど変わっていませんでしたが、問題はその販売しなければならない数の問題です。

横浜アリーナでは14,000人のキャパシティに対して、一般販売規模は、約90%の13,000弱。2日間で26,000席です。それに対して、ネット収入額は、3億1,000万円。単価にして、約12,000円です。それに対して、東京ドームでは、一般販売規模が、1日で35,615。2日間で、71,230席を売らなければなりませんでした。そして、最低目標である6億円を確保するためには、ネット金額ベースで、販売可能席数に対して70%、つまり、約5万席を最低でも売らなければならなかった、ということです。チケットの平均販売単価は、なんと13,000円を越える金額です。ちなみに、東京ドームでのシーティングとそれぞれのチケット価格は、以下の通りでした。

  ・RS席(@40,000円)    240席
  ・GS席(@25,000円)  5,330席(全体比15%)
  ・SS席(@20,000円)  7,316席(全体比20%)
  ・S席 (@15,000円)  7,536席(全体比21%)
  ・A席 (@10,000円)  4,374席(全体比12%)
  ・B席 (@ 5,000円)  6,271席(全体比17%)
  ・C席 (@ 3,000円)  4,266席(全体比12%)
  ・その他、バルコニー席   282席

さいたまスーパーアリーナでのスポーツイベント実施時の凡その販売可能席数は、19,000席程度ですから、上記のシーティング規模では、RS、GS、SS、そしてS席までで2万席を越えるものとなり、さいたまスーパーアリーナで最低でも15,000円のチケットを売ってバスケットボールのイベントを行うほどの意味合いです。しかも、ホームベース上付近にコートを設置し、2塁ベース上付近から外野方向にかけて約5,000席の仮設スタンドを設置した観戦環境ですから、通常のアリーナ施設、例えば横浜アリーナと比較すれば、お世辞にも見やすいと言えるものではありません。既存の内野席からは、イスに座った姿勢から少しグラウンド側に向きを変えないとコートをまっすぐに見ることが出来ない角度であることも、本来であれば万単位の高額チケットで売るような座席ではありませんでした。

通常のアリーナ施設と対比させると、所謂アリーナ席は、シーティングの位置から考えると、RS、GS、そしてSS席までの座席が相当すると考えられます。よって、全体に対して約35%程度の規模となり、この設定は、以前に検証したアリーナ施設の平均的な比率とほぼ一致しています。また、販売金額ベースでは、約2億9,000万円となり、最低販売目標額の6億円に対しては、約50%に近い数値となります。これも、以前にシュミレーション通りの比率となっています。

そして、最大の課題であるチケット販売に関するプロモーションとしては、2つのポイントに留意して計画を立案していきました。

1)NBAの公式戦という希少価値を最大限に訴求すること。
2)これまでの来場者となったターゲット層を分析し、彼らの生活動線上で認知を得るためのメディアを活用すること。

公式戦としての希少価値を訴求していくことは、それまでの3回の開催と変わりませんが、よりビジュアル的なインパクトを重視して、理屈抜きで「本物」「本場」ということを感じてもらえるようにするためにしていきました。必然的に、チケット購入のための文字情報は非常に小さなスペースとなり、チケットエージェンシーからは、彼らの過去の経験則から、“不利ではないか?”という疑問の声も出ました。インターネットの普及もまだまだの時代でしたので、詳細はウェブで・・・、という誘導も出来ません。しかし、それらの課題は、2)のターゲットインサイトをベースにしたメディアの活用方法で解決することにしました。1994年にNBA公式戦を実施した際に、実は、チケットはチケットエージェンシー経由では一切販売していません。すべてハガキでの申し込みに対する抽選販売とした経緯がありました。理由は、14,000のキャパシティを2日間埋めるだけの潜在的なファン層の存在が、凡そではありましたが確認できていたことと、彼らをその年から開始を予定していたファンクラブへの加入に導くためのデータベース作りを念頭においていたからです。今日では個人情報の取り扱いなどの規制のため、些か取り辛い手法ですが、1990年、1992年と、短期間でほとんどのチケットが完売していた状況も踏まえて、次のビジネスのスタンスに向けての布石を作る意味でも、このイベント事業を活用していたのです。イベントそのものは、全体のビジネスを活性化する、または伸ばしていくための市場戦略の一環として捉えていたため、それ自体での収益はそれほど大きくは期待していませんでした。イベントを開催することにより、より市場規模を拡大し、ファンを増やしていく、という戦略が、NBAの基本的なマーケティング戦略の一つであったからです。そのポリシーがあったからこそ、プレシーズンゲームなどの華試合ではなく、公式戦という本場アメリカと同様の価値のあるゲームを日本で実現できた、とも言えます。

1994年にハガキによるチケット購入申し込みは、1人で4枚までの購入を許可していたため、申し込みに漏れた人たちの分も合わせても、データベースリストとして活用できたのは、約8,000人分でした。東京ドームでの7万席を埋めるためのものとしては、1人当りの同伴率が4人としても半分に満たないものです。しかし、このデータにより、それまでNBA公式戦のチケットを購入していた人たちの凡その分類は可能でした。7万人を動員するために、どのような人たちをターゲットにしていくべきか、という属性情報は掴むことかできたのです。この属性は、もちろん、当時のすべてのNBAファンに当てはまるものではありません。1万円や2万円という高額なチケットを買って公式戦の会場に来場してくれた人たちのデータに過ぎません。逆に、東京ドームを満員にするための基礎データとしては最適だったのです。

最大のターゲットは、20歳代半ばから30歳代前半の若いサラリーマン、そしてOLと設定しました。ボリュームゾーンとしては、NBAやバスケットボールに限らず、エンタテイメントの観戦や鑑賞に余暇費用を使っている人たちの関心が高かったのです。NBAをバスケットボールというよりは、アメリカ本場のプロスポーツ、という捉え方をしていた人たちです。また、カップルでの来場も多く、同伴率は、大学生やファミリー層よりも落ちますが、情報を的確に与えることにより、確実に顧客となってくれる客層でもありました。第二には、大学生をポジショニングしました。アメリカンスポーツ独特の応援スタイルにイベント観戦の価値を見出してくれている人たちで、同伴率も比較的高かったのです。彼らに対しては、チケット価格にして、1万円前後からそれ以下の購入を期待できることも、狙いの一つにありました。

また、1994年のチケット購入者は、東京もしくは関東地区以外の在住者も多数含まれていましたが、彼らは、どんなにプロモーション規模を拡大して実施しても、その数が何倍にも増える見込みはありません。それよりも、東京ドームへのアクセスを前提として、東京への通勤圏に在住する人たち、つまり、東京のベットタウンに住む人たちに対する情報伝達効果を最大にしていく戦術が練られました。現在では、ターゲットの生活動線、つまり、日常的な行動経路や店舗などを含めた情報への接触パターンを分析した上でのメディア戦略は当たり前ですが、この時は、チケットの販売における戦略としても、この手法を応用することにしました。興行規模が10億円とは言っても、確実にどの程度の収入が確保できるかは、実際のところやってみなければわかりません。特に東京ドームでの開催という初の試みでもあり、リスクという視点での分岐点は、前回の横浜アリーナでの実施規模に設定しました。つまり、上限でも6億円というレベルです。そして、その規模に対して、約5%の3,000万円をプロモーション費用として予算化したのです。最低でも6億円のチケット販売を実現しなければならない命題に対して、3,000万円という予算が少ないのか多いのかは分かりません。しかし、イベントコストに対する回収という使命と、リスクを拡大しないという課題とのハザマでの判断としては、ギリギリ妥当なものであったと考えています。問題なのは、もしもの場合のリスクの増加度を如何に抑えるか、という点での見極めなのだと思います。

実施においては、TVスポットCM、新聞広告、駅貼りポスター、電車の中吊りポスターという、非常にオーソドックスなメディアを選択しましたが、TVスポットCMは、出勤前の時間帯、そして帰宅後の時間帯に、チケット発売1週間前から徐々に投下本数を増やしていきました。併せて、同様の期間に、東京近郊、および通勤客が多数利用する都心のターミナル駅に、ポスター広告を掲示し、また都心へ向かう主要な通勤路線の電車内では中吊り広告を掲示しました。また、懸念とされていたチケットの購入方法を文字情報として確実に伝えるため、新聞広告を利用しましたが、スポーツイベントに多用されていたスポーツ新聞の広告は控えめにして、日本経済新聞を中心として、朝日、読売という全国紙の朝刊に、日経以外は東京本社版だけですが、7段規模の広告を掲載しました。日経に関しては、スポンサーセールスにも影響するようにという意味合いも込めて、全国版として掲載し、また、複数回の掲載を行いました。すべてのメディアの広告枠の獲得と料金交渉では、担当していただいた広告代理店の方に相当に無理をお願いしましたが、なんとか当初の目標規模の計画は実現できました。

チケット発売は、6月下旬から開始し、スポンサーとなっていただいたコンビニエンスストアによる先行発売の告知効果も便乗して、初動1週間で約7割の販売を達成することが出来ました。しかし、ここからが難しいところで、当初から7月下旬から始まるアトランタ五輪でのアメリカチームの活躍による話題の喚起や注目との向上を期待して、オリンピック終了までには少なくとも9割のレベルにはもっていきたいと考えていたのですが、結果的には、ほぼ完売となったのは、それから2ヵ月後のことでした。先に述べたように、7割では、イベントコストを回収する程度に留まってしまいます。今後の市場拡大策などへの投資を考えると、少なくとも9割は販売したいという願いがありましたので、かなり神経をすり減らした2ヶ月となりました。3割、約2万枚のチケットの売れ残りは、覚悟はしていたとは言え、かなりの精神的プレッシャーだったことを思い出します。

1996年の東京ドームでのNBA公式戦では、チケット販売による入場料収入は、ネットレベルで約8億円。スポンサーシップ収入で、テレビ中継放送のCMタイム分を含めて約3億円。そして、マーチャンダイジングやその他のテレビ放送権などのライセンス収入で約1億円の、合計で12億円の収入となりました。イベントコストも今までにないほどの規模になりましたが、大幅な増加もなく収められ、幾分の利益が生み出すことも出来ました。

チケッティングという視点で、この東京ドームでのNBA公式戦というスポーツイベントを考えた時、先にも述べたように、野球を観戦するために設定された座席からの、グラウンド内の小さなバスケットボールコートの見え方が常に課題となっていました。現場での検証作業でも、コートの設置位置は正確にわかっていても、それが実際にどのように見えるかは、当日まで誰もが頭の中で空想を巡らすしかありません。しかも、チケットの販売単価は、万単位のものです。コート内でのゲームは価値の高いものでも、そのゲームの観戦環境が粗悪なものであれば、チケットを買ってくれた人たちにとっては、非常に高いものに映るかもしれません。終始歓声の包まれた会場の中の雰囲気から考えると、ホッとした部分はありますが、イベント会場における座席などの観戦環境にも留意しないと、行われているイベントの中身は素晴らしくても、観客にはチケット価格分だけの満足度は与えられないことを、痛切に感じることが出来た機会でもありました。イベントの内容だけでなく、イベントの現場となる会場そのものにも、客を呼ぶ力と満足させるための環境というものは必要なのだと思います。

このことを裏付けるかのように、1999年に同じく東京ドームで開催されたNBA公式戦では、1996年と対比して、目視による測定のレベルだけでも約2割以上は客足が落ちています。特に、3F席などの観戦環境が懸念されていたエリアにおける空席が目立ちました。比較的安い価格設定を維持すべき座席エリアでありながら、1999年の時は、全体的にチケットの販売価格が引き上げられ、約3割程度の値上げとなっていました。当然のことながら、安い価格帯の座席エリアも値上げの対象でした。1999年は、NBAが直接すべてのイベント運営を賄っていたため、私はスポンサーの対応という立場でしか見ていませんでしたが、1996年の表には出ていなかった数多くの懸念材料が、もし活かされていれば、こうしたことは回避できたのかもしれません。半ば偶然にも完売という結果になってしまったため、マイナス要因はどこかに埋もれてしまったのでしょう。

ちなみに、1999年には、来場者に対するアンケート調査を実施しています。約800名に対して会場内でアンケート用紙を配布し、後日郵送してもらう方式にて、有効回答数は139でした。その調査結果の一部を下記にご紹介します。10年も前の調査ですので、NBAに対する意識調査としてではなく、NBA公式戦のイベント会場に訪れた観戦者の属性という視点から、先のチケッティングの状況と併せて見て頂ければと思います。

<年齢層>
  ・10歳代   2%    ・20歳代  56%
  ・30歳代  40%    ・40歳代以上  1%  ※既婚率:66%
<在住する都道府県>
  ・東京都  27%  ・東京以外の関東地区  33%  計60%
  ・東北および北海道地区  10%  ・北陸および北信越地区  5%
  ・東海および中京地区   11%   ・関西地区  9%
  ・中国および四国地区  4%     ・九州地区  1%
<過去1年間でのバスケットボールイベントの観戦頻度>
  ・0回   66%   ・1-2回  16%
  ・3-5回  9%   ・6回以上  9%
<NBA JAPAN GAMESに関する情報の取得先>※複数回答
  ・雑誌記事  93%                ・テレビCM  42%
  ・雑誌広告  35%          ・テレビニュース  27%
  ・インターネット  51%       ・新聞記事  32%
  ・新聞広告  14%          ・テレビ中継番組  25%
<同伴者の相手>
  ・同姓の友人  40%     ・異性の友人や恋人  13%
  ・夫婦  13%         ・グループ  7%
  ・親子  2%          ・ひとり   17% 

最も特徴的なのは、過去1年間にバスケットボールイベントの観戦歴がない人が66%だったということです。また、4割の人は関東以外から来場していることから、このイベントのひとつの興行価値の高さが覗えます。

posted by umekichihouse |07:49 | イベントオペレーション | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL: (表示は許可制となっています)
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/umekichihouse/tb_ping/129
コメントする


(表示は許可制となっています)