2007年03月30日
唐突な話題ですいませんが。
Jリーグのシーズン序盤の3試合と、ナビスコカップorACLの2試合を
終了した段階で、どのチームも万事OKという訳ではない結果だろう。
長いシーズン、自分達の思う試合が出来る事は少ない。
想定内も想定外も、もちろんある筈だ。
一喜一憂しがちだが、結果は結果として受け止めて、前に進むしかない。
骨休めとして書いている記事でも紹介した季刊誌、『サッカー批評』のNo.34では、
(「Jリーグはつまらない」なんて誰が言った? という特集)
オシム監督へ西部謙司さんが
ロングインタビューした記事が掲載されている。
興味深かったのは 「(代表合宿に)実際に呼んで見ると、印象が違った
(Jの試合で観客席で見るのとでは)」 という選手がいるという、
オシムの発言。誰かは、個人的に思うところあるが・・・
オシムですらそうなのかと思えば、我々が書く意見だって気楽になる^^;
#サッカー批評の中では、その後の発言での「その逆に、監督をだまして出場する
#選手がいた」という方に注意が向いているけれども・・・
いずれにせよ、マッチ・トレーニング・マッチ(MTM)の繰り返しが
チーム作りには必要であるから、その中で取るべき方向性は明確になる。
その舵取りを 慎重かつ冷静に行っていけるであろう、
最適解の近似解を求められる、計算高い名伯楽が日本にはいるのだから。
もちろん、彼とてミスをする。人間なのだから。
そこをサポートできるかどうかは、現在の日本の総力(走力?)が試される。
さて、タイトルの下りは、その中での言葉。
紹介した書では、オシムへのインタビューと共に、浦和やG大阪、川崎Fや清水、
そして柏、横浜FCの辿った変遷が書かれている。どれも興味深いものである。
個人的な思いいれのある、G大阪の歴史を書いた記事(宇都宮徹壱さん)を
読んで思うのは、かのチェアマンに「消えてなくなれ」とまで言われた頃も
含めての、松下電器 時代の歴史と 釜本FCのユース組織と、そして
西野監督によって、長い年月をかけて作られてきたものである。
(遠藤や山口智も2001年に移籍してきているのだから)
最近の年毎に変わるかのような、頻繁なメンバーチェンジは、意図的なものでは
ない事から考えてみても、チームの基盤と西野監督の手腕による所であろう。
もちろん、フェルナンジーニョの移籍のように、監督に問題があるように見える
事も忘れてはいないが、それは残念な事としても、どこにもある話。
こういった事が無いケースが、むしろ不思議なくらいであろう。
(ジュニア・)ユース出身者が、他チームに流れてしまうケースすらある。
誕生日を同じくする家長と本田圭の、ジュニア・ユース以降で2人の辿った
道は、光と影の様相を呈しているが、今は2人とも確固たる地位を築く。
本田圭の凄さを改めて感じると共に、タイトルの思いを禁じえない。
そして、秀逸なのは浦和の記事。(大住良之さん)
若手を愛媛FC等に放出した事を批難する向きもあるが、試合機会を増やす事が
選手にとってどれだけ大切かを判った上での、期限付き移籍の措置。
フロントとオジェック監督とが、話し合った上で決めたことでもある。
浦和ですら、欧州トップと比較して年間収入が5分の1である事を踏まえた
上での「基礎体力」をつけるべき過渡期の、Jリーグ15年目の位置づけ。
まだまだ不満な点もあろうが、現在の「良い体質の強化」には、
地域に根ざした真摯な取り組みの数々を必要とし、
それを藤口代表が先頭となって、実践している姿勢の高邁さ。
オジェックも95、96年シーズンでは、目の前の状況を考えた上で、
「リアクション・サッカー」で結果を出していったが、今季(以降)は
「ゲームを支配し、自分たちから仕掛けていくサッカーを目指す」と言う。
目の前の結果と、内容とは、常には一致しえないであろう。
それが勝負事の常でもある。
しかし、長期的にみた時の成功は、その一瞬一瞬での良い意味の
「こだわり」の積み重ねからしか得られない。心しなければと感じる。
posted by uj_lovesoccer |06:57 |
ひとり言2007 |
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