2008年09月04日
責めるのは楽だよ、我慢強く後押しする方が よっぽどしんどいよ。
だいぶサボり続けて、ご無沙汰しており 失礼しました。 サボりの間に ご訪問下さった方々(除くスパム)には、御礼申し上げます。 サッカーに限らず、個人的なフォローアップ(経過観察)は 続けているのですが、 ブログを書くまでに至らず、日々の積み重ねを怠っているような次第ですが ーー; 本番の試合が始まらないのに 練習の試合結果とかで ガタガタいうのが嫌なので・・・ #あくまで個人的な思いですので、他者に対してとやかく言うのではなくて。 #練習や試合内容を観た方がいれば、ご教示賜りたいものですが。 ・・・という訳で、本日は 遅ればせながらの紹介(だけに留まるかは不安だが)。 もう多くの方々が読み、あるいはお持ちになり、それについて考えておられるのでは? とも思ってますが、今年の2月頃に出た本、 「サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法」 (edu-book) に先週末に偶然に出会い、それを読み返してニコニコしてました^^; 「中途半端な自分」としては、うろ覚えで自分で噛み砕けていなかった事もあったり 本当に参考になった。サッカーに限らず、どのスポーツでも、 そして、少年サッカーに限らず どのカテゴリでも(一部)通用する内容に思える。
相手(子ども)を目の前にして、どのように接するかという事に対して 著者である池上正さん(現 ジェフ千葉のジュニア担当コーチ、 祖母井さんに引っ張られて、YMCAから来られたとか) が考える「基本的な考え方」が書かれているのだが、 参考:根本直伝講座 それは「未熟な自分の経験の範囲で決めつけるのではなく、相手に問いかけ、 相手に自分で解決策を探らせること」と言えば良いのだろうか(引用からのパクリ有)。 この本では、以前に池上さんが そうされて、トラウマが出来てしまった事、 「子どもを叱って、指示を出すことは、自分で感じる心、考える心を奪っている」 という事について、改めて「自分のあり方」を(ブログの書き方も?)自省した。 大人に対しても少なからず言えるであろう事として 「叱る?批判する? 意図」が、明確に感じられない限りにおいては、 相手の感じる心や考える心に、ポジティブに働きかけているとは言い難い局面に よく出くわすような気がする。(もちろん自分の場合もそうなのですが・・・) 子どもにかける魔法ではなくて 大人にかける11の魔法とは ◇ 肯定する ◇ 上達する ◇ 楽しませる ◇ 気づかせる ◇ 考えさせる ◇ 進化する ◇ 夢を持たせる ◇ 余裕を持たせる ◇ 自立させる ◇ 和をつくる ◇ 問いかける だということだが、各々の章での含蓄ある話には「昨今の間違い」や 「プロになって以降 伸び悩む若手が日本で多い原因」へのヒントになりそうな、 「周囲の接し方の間違い」 が、ふんだんに含まれていそうな気がしてならなかった。 それだけで問題が解決する訳でもないだろうが、こういった事を「必要条件」 として 是正しなければ、前に進んでも偶然にしかならないような気が。 池上さんは 千葉のコーチの方ですから、当然 イビチャ・オシムさんとの接点があり、 オシムさんの話も多く出てくるのですが(今更という方もおられます?) 個人的に気になったのは「進化する」の章にあった(原文に 全く忠実ではないが) 「ポストに当ててからのシュート練習」の話。(2年以上前の話で失礼だが) ボールをいったんポスト役の人に当ててから、シュート体制に入って、 ボールを蹴る直前に オシムさんが「右」「左」と蹴るコースを指示して、 その方向にシュートを打つ練習を、ギャラリーであるコーチに見せて、 練習後にオシムさんは「ウィンクをして」去っていったらしいのだが、 日本人選手は 「コースを見て」「ボールを見て」蹴るという2段階での教え方 をされている(と書いてあった気が・・・)せいか、指示通りのシュートが出来ない。 (昔の千葉の選手達、すまん) しかし、当時 千葉にいた チェ・ヨンスは、足首の向きを変えるだけで、 (ボールは間接視野でみながら)蹴るので オシムさんの方向指示がギリギリでも 的確に対応して、左右にシュートを打ち放っていたらしい。 日本人選手の「シュートが遅い」「シュートが打てない」と感じる事がある原因に 対してのヒントの一つではないかとも(妄想かもしれぬが)思える位の気持ちである。 ジーコが間接視野でボールを扱っているという話も、同じ章にあったので 代表監督時代のジーコからすれば「判っているけれども教え難い」事で、 忸怩たる想いでは なかったのだろうか。 もちろん、これが日本人FWの 決定力不足の「全て」とは思ってはいない。 しかし「何が悪いのか」は、選手個人の身体能力や精神力・気迫などだけではなく、 「幼少の頃から これまでに 身につけた 技術(考え方もひっくるめて)」 が ゲームの局面で充分に出せるようにする事が大事なのかな、と思うと共に、 取り巻く環境の他国との違い(一概に善悪判断はつけられないが、 ゲームの流れを熟知して小さい頃からゲームを観たり行えたりしていない)、 そして、アイデアを活かせる環境になっておらず、 「サッカーという遊びを「教わって」しまっている」 事に対しても、起きている事象に対して「今後どうすべきなのか」を考えさせられた 気がしている。 「責めるのは楽だよ、我慢強く(進むべき方向へと)後押しする方が よっぽどしんどいよ」 とも思うのは、これまた 気のせいなのかもしれないが、 それをサボり続けてきた「ツケ」が、大事な所で顔を出してきてはいないか。 自分が書いたモノを、発言した内容を 後で見直す度に、恥ずかしくなる事が 多いのだが、そんな中途半端な自分でも、もし何かの役に立てているのなら、 御礼は頂かなくとも「恥をかきつつも 良かった」と思うのだが。
posted by uj_lovesoccer |02:26 |
ひとり言2008 |
コメント(0) |
トラックバック(0)


管理人:
