2008年08月07日

「子争い」の行方は「選手第一」の賢明な判断であって欲しい

スポーツ仲裁裁判所(CAS)が6日、FIFAの「各クラブは23歳以下の選手の
招集に応じる義務がある」(やや不正確な気もするが)とする通達に対して、
異議を申し立てていたバルセロナ(スペイン)、ブレーメン、シャルケ(ドイツ)の
3クラブの主張を認める裁定を下した。

「FIFA規約で出場を義務付けている公式行事に五輪は含まれておらず、
FIFAの理事会で義務付けに関し明確な決定がなされてない」などが理由らしいが、
これに対して、FIFAのブラッター会長は「CASが五輪精神を考慮しなかった
ことを遺憾に思うが、決定は尊重する」との声明を発表している。

これによって、アルゼンチン代表のメッシ(バルセロナ)、ブラジル代表のジエゴ
(ブレーメン)、ラフィーニャ(シャルケ)らに対して、今後クラブ側が
既に中国入りしている3選手を呼び返す行動に出るのかどうか。

これを読んで、たとえは 非常に悪いかもしれないが、
大岡越前の「実母継母の子争い」を思い起こしてしまうのは、私だけだろうか。

今は、クラブと代表とが「選手」の手を 引っ張りあっている状態であろう。

どちらも「ビジネス」と「国の名誉」の名にかけて、
そして「(マイナーな大会での)怪我が怖い」「一度きりのチャンス」といった 
選手思いの理由のようでいて、自己中の考えに見えなくもない事もブラフにしつつ、
互いに、CASとFIFAの見解をいいように使用しながら、
(もっとも、FIFAは上記で紹介したように、後ろ楯を外してしまったが)

その握った手を 緩めようとは、米粒ほども考えていないようである。

その両者の間で 手を引っ張られている「選手の心痛」は いかばかりであろうか?

中国には、大岡越前はいないのだろうかという気持ちになる。
もっとも、大岡越前の「実母継母の子争い」は フィクション で
中国の「棠陰比事」(裁判事例集)から来ているらしいであろう事は皮肉なのか。

「子争い」と違って欲しいと思う点としては、「子供の意見を聞く機会が持てる」
つまり、選手は子供ではなく、自分の意思でもって どちらかを選択しうる
(双方に配慮しつつも、ある程度の自己主張はしうる)べきではなかろうか
と思ったりする。

そういう意味では、CASの判決は出たけれども、
クラブ側が「子供の泣き叫ぶ声を聞いて、手を離す継母」になれるかどうか。
あるいは、代表チーム側が 子争いとは違って「手を離す実母」になるのかどうか。

#ビジネスもからみ、FIFAに対しての色々な思惑もあろうから、
#そう簡単にはあきらめないと思うが・・・

今後のクラブ側と代表側の動向に注目してはいるが、その結果、
選手の綱引きに勝った勝者が、「大岡裁き」での「実母」のように 
世間からの冷水を浴びせかけられるようならば ・・・

正直な所、どうなるか、良いか悪いかの判断は、私には判らないのだが。

ただ、言えるのは、どちらも「選手あっての」組織ならば、
「選手第一」の立場に立っての、大岡裁きにないような、
双方の協議等での「賢明な和解」を、後々の選手達の為にも 望みたいものである。

そして、五輪フットボール男子のグループリーグは、第一戦が本日始まろうと
しているのに、こういう状態での「平和の祭典」への臨み方というのは・・・ 

理由は「フットボールに携わる人々」ならば判らなくはないにせよ、
「他のスポーツに携わる方々」からみれば「ピッチ外の泥試合」と
取られても仕方ないのは、気のせいではないだろうとも思う。

posted by uj_lovesoccer |01:16 | ひとり言2008 | コメント(4) | トラックバック(1)
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北京五輪 メッシの出場は困難? 【KILOMAGAZINE】

  アルゼンチン代表が7日に上海でコートジボワールと1次リーグA組の初戦を迎える今になってスポーツ仲裁裁判所(CAS)が6日、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシの五輪出場問題について、所属クラブのバルセロナには代表チーム召集に応じる義務はないとの判断を下し、これにより、メッシの北京五輪出場は極めて難しくなってしまった。国際サッカー連盟(FIFA)は先に、各クラブに対し23歳以下の所属選手には招集に応じるように通達を出していて、スポーツ仲裁裁判所CASの判断待ちとなっていたが、メッシの五輪召集に不服...

2008-08-07 03:17 | 続きを読む
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「子争い」の行方は「選手第一」の賢明な判断であって欲しい

出場すべきか、否か、は難しい問題ですね。
クラブと代表の立場はハッキリしてますが、選手個人によっても「五輪」に対する想いはそれぞれでしょうし、辞退したマラソンの選手のように開催場所のよって「想い」が変わる選手もいるでしょうし。

ただ・・・、

五輪フットボール男子のグループリーグは、第一戦が本日始まろうと
しているのに、こういう状態での「平和の祭典」への臨み方というのは・・・ 

これがすべてを表してる^^;

posted by DGS | 2008-08-07 10:58

「子争い」の行方は「選手第一」の賢明な判断であって欲しい

「子争い」というたとえはちょっと違うんじゃないかな?(欧州の代表選手達と違って)南米の代表選手達はオリンピックに出たがってるからね。南米の選手達は明らかに代表側の立場です。この騒動が最終的にどう落ち着くかわからないけど、今後選手達とクラブとの関係にはかなり影響するでしょうね。自分のサポートするクラブは主力選手3人も召集(南米2名、欧州1名)されてるけど、仕方なく送り出しましたよ。南米の選手達はモチベーション大だけど、欧州の方は召集されて仕方なく、って雰囲気です。

posted by プレミアファン | 2008-08-07 11:48

「子争い」の行方は「選手第一」の賢明な判断であって欲しい

お久しぶりです。お邪魔します。

ブレーメンやシャルケは現実的な状況を優先したようで、ジエゴとラフィーニャは無事に出られるようです(補償のことやら色々難癖はつけたみたいですが)。

こうなるとさすがのバルサも「メッシを返せ」と声高に言い続けるのは難しいのかもしれませんが……
アルゼンチンにとって、サッカーは金メダルが狙える貴重な種目ですし、その辺の事情がスペインの人々には理解できないのかもしれません。

1つ感じたことは、東アジアにとっての欧州よりも、欧州にとっての東アジアの方が心理的距離が遠いのかな、ということです。あるいは東アジアを南米と置き換えることもできそうです。
特にサッカー選手、指導者、関係者の人の流れを考えれば、「かわいい子には旅をさせる」ことに不慣れなのは仕方ないのかもしれませんね。欧州にはサッカーにおける絶対的地位がありますが、それ故の構造的問題だとすれば、ちょっと皮肉な感じがしますが。

posted by bunchousann | 2008-08-07 11:51

[レス]_「子争い」の行方は「選手第一」の賢明な判断であって欲しい

コメント頂き、有難うございます。
単なる言い訳ですが、自分でも「違うかな、まだ途中なので、少し推移を待った方が
良さそうかな」と思う事を強引に書いていくのは、なかなか難しいもので^^;

レス遅れて失礼しましたが一括レスにて。
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DGSさん:

選手の想いは人それぞれ・・・まさしくそうだからこそ、手を引っ張りあう
綱引きのルールは、早めに計画的に決めておくべきだったのかなと思います。

とはいえ、大抵の事はルールを決めてきっちりと運営していくのが常の
欧州社会としては、ハナから「継母側」のクラブが自分達の「これまでの慣習に
従って正当な理由としてきたルール」に従順で、FIFAが何と言おうと「五輪軽視」
であり、南米社会の「慣習」から来る選手や代表側との想いは、同じように「軽視」
であった事は否めず・・・という議論が本文記事で出来ずーー;
----
プレミアファンさん:

ご贔屓のリバプール(間違えてたら失礼)の3選手の招集、ご愁傷様です。
欧州の選手でも、アンダーエイジの国際大会に出ての経験値がある選手だと、
招集には弱い(最終的に代表側へ行く)ような傾向があるのか・・・
バベルは怪我でユーロに出るチャンスが断たれた事も関係していそうですが。

五輪に出たがる「子=選手」の気持ちは、欧州社会では「ない慣習」のためか、
それを抜きにしての綱引きは、おっしゃるように「子争い」とは違う部分が
多々あるでしょう。代表スタッフと選手との関係が良好な場合、なおさらですし、
南米の価値観がやはり欧州での価値観と衝突しやすいのが「オフ」ですし。
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bunchousannさん:

お久しぶりです。こういった事は推移をみた上で、ある程度の目星がついてから
書いた方が良いようで(笑)、雇う側の欧州と 選手輸出先の南米との価値観が
ガッツリとぶつかった感のある今回の出来事ですが、ご指摘のように、

>東アジアにとっての欧州よりも、欧州にとっての東アジアの方が
>心理的距離が遠いのかな、ということです。
>あるいは東アジアを南米と置き換えることもできそうです。

論調として、欧州側の価値観にのっかれば「クラブ側の主張は納得できる」もの
でしょうし、そうでない場合には「五輪・代表精神」が優ってしまいがちだと
いう気もしていますが(予め想像がつく問題でもあろうことだったのに)。

吸引力がある側は「心理的距離」を埋める作業をしなかったという点では、
まぁ「なかなか他人の気持ちは判らないものだ」(自己中)とも言えそうですが。
実際の距離もあって、それは なかなか実感できない事でしょうし。
「子の心親知らず」「親の心子知らず」、いや違うか(笑)。

でも「子はかすがい」。これはクラブ側もよく判っているようですが・・・
----

posted by UJ | 2008-08-09 06:24

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