2007年04月16日
如何に多くのストーリーを描き出せるかに尽きる
「それはサッカーじゃなくて 作家!」 というツッコミは甘んじて受けるとして。 今の日本でのサッカー普及度が想像だにつかない頃から 日本サッカーを知る者に とっては(実はオシムもそうだが)、色々と思う所があるだろう。 ふとしたきっかけで、68年に銅メダルを取ったメキシコ組の今はどうなのかと いう思いがあり、ネットで探していたら「出てきたぁ~」。 アステカの英雄・釜本邦茂ロング・インタビュー 2004年08月10日 (文=後藤勝) 結構面白いです、釜本さんの話。どう取るかは人次第ですが。 アテネ五輪の前後での、スポナビさんの企画。2回(計7記事)もやってる。 キーワードを見ると、オシムっぽい気もするので、 (リスクを背負えとか、常に考える事が重要とか) オシムの指導を素直に受け入れる事が、日本らしさへ戻る事かなという気もした。
タイトルのくだりは 第2回の(1/3) にある。 少し(かなり?)パクらせてもらう(笑)。
■点を取るためにはストーリーを描く ――ここ10年くらいのJリーグや代表の試合を観ると、 FWがなかなか自分の型で点を取れないですね。 1対1で少しでも時間と空間の余裕があるときに、ゴールキーパーが 取れないシュートコースを作り、自分が打ちやすい体勢に持ちこんで 入れる。そういうゴールが、あるにはありますが、少ないです 釜本 ないですよね。みんなが入れているのはいわば、 どさくさまぎれ。ボールが来たら、ガーンて足を出して、バーンと 当てている。 そういう点の取り方が、例えば代表で見たのが中山のゴンちゃんですよ。 ただ、あれはうまいわ。だからぼくは、あいつは勇気があると思いますよ。 そこで頭を出していく、体を当てていく、寄せていくっていうことはね。 最後はね、勇気ですよ。決断するっていう、シュートを打つっていうね。 ここで俺が失敗したら、なんか言われるのとちゃうかとかね。 そんなことを考えていたら、点取り屋にはなれない。失敗したら 次にどうやったらいいか考えればいい。蹴り方が悪かったのか、 タイミングが悪かったのか、姿勢が悪かったのか、何が悪かったのかを 考えたらいいわけでしょ。 センターFWっていうのは、どうやってシュートを打つか、 どこで自分がボールを受けるかっていうストーリーを書いとかなあかんわね。 「こうなったらこういうようにして、こう流れて相手からこういうように離れて、 こう走ったときにこっから味方がここへ出していく」っていう ストーリーをね。 そういうのを書かないで、バーッと行っても点の取り方は分かんないよ。 ストーリー、脚本を書いたやつは全部頭の中で分かってる。 このゲームでこういう点を取った、どうやって点を取ったのかって、全部分かる。 ぼくの場合は 絵に描いたとおりになっているんだから。 だからパッサーに、こうなったときにここに寄こせ、とこうなるわけや。 ――そうですね、具体的なイメージがあるから要求できる 釜本 そうでしょう。行き過ぎたらオフサイドになるし、下がったら ディフェンスが来るから、(相手ディフェンスライン)ぎりぎり いっぱいのところにおるわね。ボールが来なかったら点にならないから、 (パートナーに)おまえパスの練習せいって。 点取り屋っていうのはそんなもんですよ。ボールが来てなんぼなんだから。 自分がええところに走っても、そのボールが来なかったら点にならない んだから、おまえちゃんとボール蹴る練習せいよ、と。 逆にボールが来たときにパッと止めそこなってシュートを失敗してたら、 どないなります? せっかく出したのに、あいつ外しやがった。 もう次は出すのやめよう、となりますよね。それが信頼性。 釜本に出したらピュッと決める。こっちのほうが形はいいけど、 出してもゴールに入れよるか分からなかったら、ちょっと無理してでも こっち(釜本)に出したろか、とこうなる。 お互いの信頼関係で、そうなっているんだから。あいつのところに パスを出して、相手と1対1になってボールを取られるんだったら、 無理してでも俺が持っている方が楽や、とこうなる。取られたら守備に 帰らなあかん。俺が持っていたら取られへんって自信のあるやつは、 ボール離しよらないよね。昔はみんなそんなサッカーでしたよ。
ガーン、バーン、バーッとか、このあたりの言葉が監督に向いてないのはともかく、 今の時代にないもんが、彼の発言には、いっぱい詰まっている。 (ついでに、自画自賛もいっぱい・・・) 話は変わるが、フットサルとサッカーの違いを「2次元と3次元の違い」と 言った人がいる。 フットサルにスペースという概念は殆どないと。 しかし、本当のサッカーとは、3次元に時間(タイミング)と、人間の頭の要素と 人間関係(チームメイト)の要素と、その他 多次元的な要素が詰まっている。 そして、グランドにしか転がっていない、グランドでプレーした人種しか判らない、 対峙する相手によって、場所によって、その時々によって異なる「何か」がある。 それは、傍から見る者にとっては、後で判ればまだいい方で、 当事者から語られなければ 一生気付けない事も、たくさんあるだろう。 昨日の夜TBSでやってた「夢の扉」のブラインド・サッカーでもそうだろうし。 今、やっと時差ボケから開放されたであろう、シリアにいるU-22代表も (まだ、シュート外しまくる試合感薄い、時差 ボケ~ッ?の人もいるかも) その場でしか感じ取れない「何か」を得て、自らの力をふりしぼって 明後日に 勝利して、得点して「ボケ~ッ」という人間を、結果で黙らせるよう。 そういうの全てが面白さなのだろうから、その面白さが尽きる事がないのだが。 面白さを、思い描くストーリーを、実現できるのが 「表現のスポーツ」たる所以。 如何に多くのストーリーを描き出せるかに尽きる。 #今回、めっちゃ楽した感じ・・・
posted by uj_lovesoccer |20:21 |
ひとり言2007 |
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