2007年02月12日
愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう
11月中旬に全国ロードショーとなった「麦の穂をゆらす風」(ケン・ローチ監督)の、 キャッチコピーのようなもの?がタイトル。 何の事を指しているかは、お判りではないかと思う。 記事にするにはやや遅いかもしれないが、問題は遅い早いで片付けられない。 なんとか再開にこぎつけられはしたものの、 先ずはお悔やみを申し上げたい、亡くなった警察官の家族にとっても、 中止となって試合を見る事が出来なかった一般の観客にとっても、そして、 前節の試合機会はおろか、無観客の状態で今節試合を強要された選手・監督達に とっても、そして、セリエAだけでなく、自国にも横行する可能性のある、 スタジアム内外での暴力沙汰の根絶を願う、多くの世界の方々にとっても。 奪われたものは、あまりにも多過ぎる。 引退試合で、かのペレは「Love」と叫んだ。つい最近、やべっちFCでも映像が 流れたのをご覧になった方もおられるだろう。 たまにお笑いネタに使う不謹慎な自分がいるが、ペレはその時真剣に 「世界に足りないと思った」として、心痛な面持ちで叫んだ。 彼は正しかった。 こういう事を語る時、逆に言葉はみつからない。感傷的かもしれないが。 ただただ、二度と起こらない為に何をすべきか。 遠く離れた地で実感が薄いながらにも、強く強く、皆の心に届かせたい。 愛するものが奪われぬように。
※ 以前より本記事には マシンスパムっぽいコメントが定期的に来て、 スパム機能により はじかれているのですが、管理者のコメントには その形跡が残り、不快な思いもありますので、コメント非許可としております。 悪しからずご了承願います。
posted by uj_lovesoccer |16:46 |
ひとり言2007 |
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Re:愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう
すばらしい
私もそう思います!!!!
posted by たい | 2007-02-12 17:50
Re:愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう
日本があれほど原爆を打ち込まれて、もう二度と戦争はしない、軍隊をもたないという誓いが、今こうも簡単に破られようとしている。いくらその時二度と起こさない、しないと誓っても、人間に欲求と言う物、感情というものがある限り誓いを守るのは無理なのだ。何かを失わなくては物事の大切さに気づかない、気づいてもまた時の流れとして忘れる。悲しく残念ながらそれが人間という生き物なのだ。
posted by tata | 2007-02-12 20:39
Re:愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう
コメント頂き、どうもありがとうございます。
一括レスで失礼します。
たい さん:
どうもです。でも他の記事は見ないでもらった方が・・・お言葉を訂正したくなるかもしれませんし^^;
tata さん:
悲しい人間の性なのでしょうか。悲劇の経験は、実体験者から後々まで引き継がれていくべき事であるのに、また無為な経験を繰り返さなければならないとは。ヘイゼルの悲劇の教訓は届かず、パリSGやフェイエの問題がないがしろになったかのような、今回のシチリアでの出来事は、残念でならないのが本心です。
posted by UJ | 2007-02-12 23:09
Re:愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう
語り伝えること、想いを紡ぐこと、そういったことが何より大切なのだと思います。
今は身近に感じられない、幸福な環境にあっても、いつまでもそのままである保証などありはしませんからね。
悲しい、という気持ちを礎石にして語り継ぐことが大事なのだと思います。
駄文コメントで申し訳ないです。
本当に、このような事件にであうと、感情ばかりが先にたって相応しい言葉が見つかりません。
posted by Tadahide | 2007-02-12 23:35
Re:愛するものを奪われる悲劇を、なぜ人は繰り返すのだろう
Tadahide さん、コメント頂き有難うございます。
決して駄文なんかではないです。悲しいという気持ちを礎石に語り伝え、思いを紡ぐ。今の幸福には未来永劫までの保証などなく、いつ身に降りかかってくるかもしれぬ出来事だと感じる事。とても大切な事だと感じます。
もし自分が亡くなった方の家族だとしたら、全然冷静ではいられず、愛するサッカーに裏切られ、何もかも奪われ、心が引き裂かれる感覚に陥ってしまうでしょう。書く程に無力感と憤りを感じずにはいられなくなりますので、この位で。
posted by UJ | 2007-02-13 00:40


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