2006年12月21日

ポリバレントな価値観:解答は自らの中にある

2007年のアジアカップのドローも終わり、日本はベトナムでのグループリーグを
地元ベトナムと、UAE、そしてカタールと戦う事になった。
確かに「タフ」な相手ではあると思うが、今の段階での印象でどうこうよりも、
半年たった直前の時点で考えるのが、個人的には良いと思う。

事前に色々とこれらの国々や、出場する他の国々について注意を払うのは
決して悪いことではないだろうと思うが、アジアカップという大会での目標を
どこに置くかによっても、戦い方は異なってくる。どこに意義を見出すのか。
解答は各々の中にあるのだろうし、当然、チームを率いるオシムの中にもある。

さて、敢えて最近聞かなくなりつつある(当たり前になっているのか)言葉に
何故 触れるのだろうかという思いをお持ちの方もおられるだろう。

以前の記事 でも ほんの少し書いたが、その意味=多様性 については、
思うところがある。硬直化した意見を書きがちな、最も参考とすべきかもしれない
私自身ながらも、この考え方への自らの現時点での解答は持っているつもり。

決して、普遍的な解答を求めるものではない。解答は自らの中にある。
ただ、私の解答はひどく単純なものだ。

ポジティブな現実対応力。ああくれば、こうする(事で上手くやる)といった、
良い意味での流動性を持った、形なきもの。

ただ、そういった「化学変化」をしたとして、目の前の状況が好転しなければ
ポリバレントとは呼びがたい。
そして、それは自分自身の手で見つけ出すものでなければ。

トルシエが代表監督をしていた時からある言葉だが、例えば、
中田浩二が鹿島では守備的MFの位置ながら、U-19でフラット3の左(DF)
となったり(今はバーゼルで、チーム事情のためながらCBまでしているが)、
元々はボランチの位置の明神が、右サイドのポジションで攻守に活躍したり、
トルシエのラボに入り損ねた中田英寿が2トップの一角で起用されたり。

これ以外にも、戸田のフラット3の右(2001年のコンフェデ:カナダ戦だっけ?)
であるとか、tentative ながらも試合中の相手という、現実に対応する上での、
本来のクラブチームでのポジションではない位置での、選手交代を最低限に抑えて、
自チームを機能させ、相手の長所を消すよう、対応する術。

ヒディングの率いたチーム(オランダ代表、韓国代表、オーストラリア代表)でも
同じ事は見て取れるし、元々、オランダの「トータルフットボール」に起因する
ものであるならば、バルサだってCFメッシという奇策?を別とすれば、
今後も見られる「当たり前の事」なのであろう。それが機能するのであれば。

だから、個人的には今後、いかなる多様性が出てきたとしても、その際の
チームや監督の慧眼に感心する事はあっても、さして驚く事ではないと思う。
目の前の現実に対応する術として、日頃からチームを見ている人間が
それを良かれと思って行い、結果として、それが良い方向へ行くのならば。

だから、さしあたっての目の前で、全然別の話をする事にも驚かないで
欲しいのだが(笑)、多様性を持った価値観というのだろうか、
それについても少し書いてみたい。

目の前の状況が、自分が想定していたものと違った場合に、
それを「全否定」することで、あたかも自分自身がそれに上手く対応したかの
ように見受けられる意見を、見る事が多い気もするこの頃だが、
それは、果たして、良い方向へと向っているのだろうか?

ポリバレントを上手く使えていないだけなのではないだろうか。
自分の「あるべきフォーム」を、狭い了見だけで考えて、
単に自らを束縛し、硬直化させて、結果として何もポジティブな事を
生み出せていないのではなかろうか。

目の前の状況は、想定内だけで動くものではないだろう。
それで済む人生は、幸せかもしれないが、サッカーではそう上手くはいかない。
それだけで済まない人生の経験を、過去に皆さんは多く積んできてはいないか。

後で気づく事があれば、まだ「別の幸せ」を感じる事も出来るのだろうが。

漠然とした話の流れで、お茶を濁した感もあるが、
漠然とした根拠に基づいての、硬直化した意見を見るにつけ、
#おっ、ここにも漠然があった(爆)

「また、サポーターに関して『平均台』の話をしないといけないのか」

と、これまた、全然前に進まない、無意味な事を思う時があるこの頃である。

もし、これを読んで頂いたとして、不変の同一化した意見を求めるつもりは
毛頭ない。解答は自らの中にある。

試合では、目の前の現実として理解不能な事態に陥ることもあるが、
それは、サッカーを単なる一側面でしか見れていないだけかもしれない。
#これは単なる、時間つぶしのブログかもしれない?

posted by uj_lovesoccer |00:59 | ひとり言2006 | コメント(4) | トラックバック(0)
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不変の同一化した意見

難しすぎるよUJさん。
ポリバレント・柔軟性だからあまり考えすぎてもいけないんだと思う。
それが進化系だと化学変化が良い具合に起きるのかな。

負けず嫌いなので「敗因と」Amazonで注文しました^^v

posted by ちゃめ | 2006-12-21 20:55

そうきましたか・・・

ちゃめさん、コメントどうも有難うございます。

こりゃ一本取られたかも。「柔」軟性だけに・・・
その本、まだ手に入れてないので、先を越されちゃうかな。年末年始の間で読みたい本なんで。想定内のような想定ガイに感謝です^^;

posted by UJ | 2006-12-21 21:15

Re:ポリバレントな価値観:解答は自らの中にある

こんばんわ。
遊びに来ました。

ポリバレントに関してですが、要は空間把握能力の差なのかなぁ、と。
もちろんポジションごとに求められるキャラクターには違いがありますが、自分がどこにいて、ボールがどこにあって、味方・敵がどこにいるのか、そういった情報をキャッチするスピードが速い選手がポリバレントな選手なのかなぁと。逆にそうでないと、フィールドのどこにいても自分を表現するってことができないと思うんですよね。

報道の中でポリバレントって言葉が流行しちゃうと、ポリバレントな選手=便利屋って誤解されそだなと思っていたので、今の収束具合にちょっとほっとしてたりします。
にしても未だにオシムが何を考えているのかよく分かりません。オシム語録でも読んでみるかぁ???

posted by siesta | 2006-12-23 03:17

Re:ポリバレントな価値観:解答は自らの中にある

siestaさん、コメントどうもありがとうございます。こんな、段々と幽体離脱しつつあるおかしな所で良ければ、いつでも遊びに来て下さい^^;。
フィールドでの立ち位置と観客席から見た時の「取るべき位置」が一致する選手、常に周囲をルックアップしていてご指摘頂いた把握能力が素晴らしい選手は、ヒデを思い浮かべます。ヒデの印象はポリバレントとは思われにくいのですが、トップ下だけでなく記事に書いたようなFWの位置や、ローマでのレジスタ?、パルマでの右サイドの位置をこなした彼の「大は小を兼ねる」的能力こそ、あるべき姿なのかもしれません。

オシムの考えは・・・謎かけですね^^;
言えるであろう事は、日本人とは違う経験に基づく、日本人はおろか旧ユーゴや他の見識ある方々から見ても、たまに「理解不能」な宇宙人だけど、彼はちゃんとヒントを与えてくれていて、しかも目的に向って効果的かつ結果を出す(時にサッカーというゲームが彼を裏切りもしますが)場合が多く、後で気付かされるということなのでしょう。よく判らなくて当たり前!くらいで混乱しなくて済むのかもしれません。数学者だけに「良い意味で」計算高い事は書き添えますが。

posted by UJ | 2006-12-23 10:38

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