2008年04月19日

サッカーに関する無能な報道

おそらくサッカーファンなら誰しも日本のマスコミのサッカー報道に関して不満を持っていると思う。日本では国民性もあってか良いものを良い、悪いものを悪いと言う風潮が全くない。これはこれでいい側面もあったりするが、ことサッカー報道に関していうこれはいい加減直さないといけない。なぜかというと選手やクラブが正当な評価を受けられないからである。

スポーツ新聞をはじめとするほぼ全ての新聞や民放のサッカー番組では日本代表がどこの国と対戦しようと必ず"どこどこの強豪と対戦"と言ったり、結果がどうであろうと"惜敗、善戦"と書いたりするがどうしてこんなことが書けるのかと思ってしまう。いい例がキリンカップで毎年パラグアイ、ペルー、クロアチア、スコットランド、ホンジュラスという世界基準でいくとお世辞にも強豪と認識されてないチームが招待されて日本代表と戦うが、日本が負けるか引き分けると"強豪と互角に戦った"と報道し、勝ったら"強豪に快勝!"と出る。視聴率や部数を稼ぐにはこれがいいのかもしれないが報道としては最低だと思う。まず毎年日本代表と対戦するチームはほとんどがベストメンバーではないし、コンディションも悪いし、モチベーションも低いのにこういう事は全く報道されない。全てを踏まえた上で報道すべきなのにいつでも日本の都合のいい風にしか解釈しないのは問題。

テレビ番組も同じでどの解説者もお茶を濁す感じでしか意見を言わない。その中、セルジオ越後だけは色々悪い点があったらそれをしっかり指摘してくれる。雑誌やケーブルTVでもそういう人もいるが、一般の人が読んだり見たりする新聞でこそ普遍的な報道が必要で曖昧な報道が続くと世間が日本はそれなりに強いというひどい勘違いをしてしまう。2006年W杯前はなぜかグループリーグ突破を楽観する声があったがサッカーが本当に好きで理解してる人はどう考えてもグループリーグ突破の可能性は相当低いと思っていたはず。日本のW杯での惨敗ぶりは協会に第一の責任があるがマスコミにも責任がある。いつまでたってもしっかりとした批判や評価をしないから課題が隠れていき、ジーコや協会の批判も結局ファンの間でしか行われなかった。

ジーコも随分批判されたじゃないかと思う人がいるのかもしれないが、日本のバッシングは批判のうちに入らない。欧州や南米では下手なプレーや采配をするととんでもなく叩かれるので世間も評価のバランスが取れるし、逆に活躍したらチヤホヤされる。98年W杯優勝の当時のフランス代表の監督のジャケは随分一般紙のレ・キップに叩かれたし、ロナウジーニョも2006年W杯後に銅像を燃やされた。銅像を燃やすのは行き過ぎかもしれないが、それぐらい期待されていた活躍ができなかったのでいくらスターでも活躍できなければ批判されるのは当たり前。その分活躍したらスターなら素晴らしい待遇がある。

海外の日本人選手の報道も同じで中村、小野、長谷部、松井、や稲本がどういう活躍をしてるのか日本のマスコミの報道じゃ全くつかめない。チームが負けたら"それでも中村は相手を脅かした"と書いたり、チームが勝ったら"稲本の存在感が際立って随所で貢献"などと書いたり一体そのチームでどれほどの活躍をしているのか伝わらない。

結局正当なサッカー評価は解説者のコラムやサッカー雑誌でしかされないので、サッカーファンでない人は完全に的外れな報道しか受けていない。

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posted by uhi_futbol |11:48 | 日本サッカー | コメント(19) | トラックバック(0)
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