2009年07月03日

コパアメリカ・アスンシオンの惨劇から10年

 今から10年前の日本時間の今日・99年7月3日はパラグアイで開催
されていたコパ・アメリカでトルシエ・ジャパンがパラグアイから0-4で
完敗した‘アスンシオンの惨劇’の日だ。

 西暦で奇数の年に行われる南米選手権のコパ・アメリカに日本が
2002年の開催国という事で招待された。
 貴重なアウェーでの試合を経験できると思いきや、協会は当時
平行して行われていたシドニー五輪1次予選を重要視し2002年の
W杯で出場したメンバーの殆どが召集されず。
 更に中田英寿はセリエAでの1年目の疲労を考慮され不参加で、
フランスW杯で唯一の1点を取った中山雅史も大会前の練習試合で
鼻骨骨折で離脱していた。

 そんな状態で臨んだトルシエジャパンは、初戦でペルーに2-3と
点の取り合いの末 敗れて迎えた2試合目が開催国のパラグアイ戦だ。

 一方のパラグアイは初戦のボリビア戦で攻めまくりながら0-0で
引き分けてしまい、パラグアイ対日本戦の前に行われたペルー対ボリ
ビア戦で終了間際にペルーが1点を挙げて1-0で勝ったためパラグアイは絶対に勝たないといけない試合になった。
 というのも このグループで1位になると決勝ラウンドの初戦を3位
通過した8番目のチームと対戦できるし、決勝までの3試合を全てメイン会場のアスンシオンで行えるのだ。

 試合は開始早々から一方的なパラグアイペースとなって押し込まれ、19分に早くも先制されると40分にも追加点を挙げられ0-2で前半
終了。
 後半も全くいいところがなく2点を追加されて終わってみれば0-4の
完敗だった。
‘パラグアイに0-4で負けるとは’‘なんでこんなに弱いのか’と
試合後マスコミは非難ごうごうだったが、これは十分予想された事。

 パラグアイといえば98フランスW杯前のキリン杯で来日し1-1で引き
分け、W杯でもブルガリア・スペイン・ナイジェリアとのグループを1勝
2分でスペインを抑えて2位で通過すると決勝トーナメント初戦でフラ
ンスに敗れたものの0-1の延長Vゴール負けだった。
 それぐらい守備が堅い堅守速攻のチームというイメージが強い。

 初戦で対戦したペルーとも23日前に行われたキリン杯で対戦して
0-0で引き分けているのだが、いずれも日本で行われた試合とコパ・アメリカでの試合では全く違うチームになっていた。
 やはりアウェーでの戦いとホームでの戦い方を使い分けていたのだ。

 にも拘わらず2002年のW杯でプレーしたメンバーはGKの楢崎正剛と
DFの森岡隆三・服部年宏ぐらいで独特のトルシエ戦術をマスターしてないチームではペルーやパラグアイには歯が立たなかったのは仕方ない。
 
 そういう事情も全く考慮に入れずに表面上の結果だけ見てトルシエ
無能論を垂れ流していたマスコミは、10年経っても全く進歩がない。
 こちらの方が 深刻なのではあるが・・・・・
 

posted by ue-kj |23:29 | サッカー | コメント(0) | トラックバック(0)
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