2012年02月02日

三原正のビッグマッチの夢が消えて30年

 今から30年前の今日82年2月2日に東京体育館で行われたのがWBA:Jミドル級タイトルマッチで王者の三原正が10位のデビー・ムーアから6RKOで敗れて王座を陥落し初防衛に失敗したのだが、勝ち進めばラスベガスあたりでのビッグマッチに結びついていただけに痛恨の敗戦となった。

 ジムの先輩・輪島功一と同じJミドル級でプロ入り5戦目に東洋太平洋王者になって6度の防衛に成功し、81年6月にはヒューストンのアストロドームで行われたシュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズの
Wタイトルマッチの前座でKO勝ちを飾る。

 そして11月7日に敵地・ロチェスターで行われた決定戦で地元の2位:ロッキー・フラットからダウンを奪い2-0ながら判定勝ちして世界王者になっていたのだ。

 実は三原の戴冠は幸運に恵まれた部分があった。

 東洋太平洋王座を保持していたので80年には1位までランクアップしたものの王者は日本の工藤政志に完勝してタイトルを奪取しホームリングのコペンハーゲンでばかり防衛戦を行っていたアユブ・カルレだから敵地挑戦しての奪取は厳しいだろうと思われていた。

 ところが80年11月にWBCウエルター級王者に返り咲いていたレナードがWBA王者・ハーンズとの統一戦に色気を見せ統一戦の‘保険’としてカルレの持つJミドル級タイトルに挑戦し首尾よくKO勝ちして2階級制覇をしていた。

 本来ウエルターがベストウエイトのレナードはハーンズとの統一戦に勝てばJミドルは返上と言われ、実際9月の統一戦で勝ったためJミドル級タイトルを返上して2位のロッキー・フラットとの決定戦になったのだ。

 敵地とはいえカルレやレナード相手よりは数倍楽な相手に勝った
三原にはビッグマッチへの誘いが多々あり、実際に南アフリカのチャーリー・ウェア相手に敵地防衛戦の話も出ていた。

 ただ6月・11月と海外での試合だった事で放映権を持っていたフジTVは初防衛戦を日本で行う事を主張し、紆余曲折の末10位のムーア相手になったのだった。

 そしてムーアに勝ち4月のウェア戦と夏に予定されていたカルレ相手の指名試合をクリアしたらラスベガスでノンタイトルながらレナードとの一戦が予定されているという話だったから凄い話である。

 残念ながら日本での初防衛戦のプレッシャーから完敗したのだがムーアは三原への挑戦前まで8勝4KOだったのだが、三原から奪取したタイトルをウェア戦は当然ながら何とカルレにも10RKOで下し3度の防衛に成功。

 4度目の防衛戦で‘石の拳’ロベルト・デュランにKOされて王座陥落したのだが、コレ以降はハーンズやベニテスらの強豪が揃うクラスになってしまい王座陥落後に持病の腰痛を発症した三原では参戦は不可能になったのだ。

 結局王座陥落から9連勝したものの腰痛が原因で引退。

 日本人初のアメリカでのビッグマッチを期待された三原が失敗して
29年目の昨年、西岡利晃がラスベガスでラファエル・マルケスに判定勝ちして ようやく宿願を果たした事になったが、上手くいけば30年前の82年に実現していた可能性があったビッグマッチだったのだ。

posted by ue-kj |21:26 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2012年01月11日

金メダリストボクサー・桜井孝雄死す

 今日の夕刊に東京五輪ボクシングで日本人唯一の金メダリストの
桜井孝雄が死去したというニュースが載っていて驚いた。

 プロの世界では65人もの世界王者を輩出している日本のボクシング界だがアマチュアではメダリストが桜井の金を含めてローマ五輪の
田辺清とメキシコ五輪の森岡栄治の3つしかないのだから いかに偉大な事だか分かるだろう。

 プロは相手を選べるがアマチュアの場合は基本的に純粋なトーナメントだから相手を選べないため、相性の悪い相手にも勝たないといけないという特徴があるのだ。

 つまりアマチュアで金メダルを取ろうと思ったら しっかりした防御テクニックとポイントを取れるワン・ツーを打てないとダメ。

 そういう意味では桜井が東京五輪の金メダルを手土産にプロ転向した時には世界王者間違いなしと思われたのは分かるし、実際に東京五輪から8ヵ月後にプロデビューし22連勝を飾ってファイティング原田からタイトルを奪ったライオネル・ローズに挑戦できたのをみると今風に言えば‘持っている’と思った。

 代役挑戦者として原田に挑戦したライオネル・ローズは評価が今
ひとつだったので原田の負けは番狂わせ扱いだったし、負けた原因が過酷な減量苦だったからフェザー級に階級を上げる事になったため
桜井にチャンスが回ってきたのだ。

 そして2Rに見事な左ストレートを決めてダウンまで奪い‘楽勝’と思われたものの倒しに行かず、当時の感覚からいえば‘消極的な試合運び’になって逆転で僅差の判定負けを喫したのだった。

 アマチュアボクシングに批判的な面々に言わせると‘アマ特有の消極さ’という事になるのだが
‘例えKO勝ちしてもダメージを被って引退した後に後遺症を
負うよりも倒せなくても打たれずに判定勝ちした方がいい’
という考えは桜井の考えは今でこそ理解されるが、当時とすれば
‘根性のない’という考えになる。

 ただテクニックは素晴らしいものがあったので次は・・・・と思われたのだが、ローズに勝って世界を取ったのが‘怪物’と言われたルーベン・オリバレス。

 桜井は世界挑戦に失敗した後ロス遠征してオリバレスと対戦しているがコンディションを崩していただけでなくフットワークを使うには柔らか過ぎるキャンバスなどを考慮して粘らずにTKO負けしていた。

 だから‘日本でなら’と思われたが折り悪く腰痛が悪化してローズ戦のようなコンディションでリングに上がれなくなり東洋タイトルは取ったものの2度防衛して返上し引退してしまった。

 皮肉にもローズ戦まで順風満帆だったのがローズに敗れてから暗転した形だ。

 意外に現在のラウンドマスト・システムで桜井が戦っていれば案外
勝っていたかもしれないと思うだけに、早過ぎたボクサーだったのかもしれない。

 ちなみに所属していた三迫ジムはアマチュアの名だたる選手達が
所属していたが、最初に世界を取ったのがアマ経験なしで我流の変則ボクシングをやった輪島功一だったというのも歴史の皮肉かもしれない。

 今年は桜井が金メダルを取って48年目。

 昨年の世界選手権で日本人初の銀メダルを獲得した村田諒太あたりに桜井以来の金メダルを期待したいし、それが桜井への いい供養になると思う。

posted by ue-kj |23:26 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2012年01月04日

大晦日のボクシングイベントに ついて考える

 早いもので今日が仕事始めとなっているのだが大晦日だった先週の土曜日の3大世界戦は王者が全て防衛に成功する結果になり日本側の2勝1敗だった。

 特に結果的にトリを飾った内山高志の試合は素晴らしかったのだが残念ながら翌日にあたる元日の新聞には殆どが結果のみで戦評は載らず、スポーツ紙に至っては地方在住だからだろうが結果すら載ってなかったのだ。

 これでは せっかくレベルの高い防衛戦を戦って勝った内山の試合の感激が薄れるし、当然のようにスポーツニュースでも扱われないので OAしたTV東京が見られない地域の人達にとっても残念な話である。

 大晦日のボクシング世界戦といえば08年に当時WBAフライ級王者
だった坂田健史が前年11月に引き分けた1位のデンカオーセンとの
防衛戦が日本では初めて。

 ただし これは大晦日の格闘技中継の中で行われたため18:00に始まり坂田が2RでKOされるという最悪の結果に終わっただけでなく、終わると あっという間に格闘技中継に切り替わってしまった。

 井岡一翔の防衛戦が このパターンでOAする赤坂TVの5時間半にわたるスポーツバラエティの中での試合だったので最初は何時からのOAか分からず、当日になってスポーツ紙に‘19:30より’と載っていたので無駄な時間を過ごさずに済んだ。

 とはいえ試合自体は坂田の時より早い1分半で終わったのでTV局は難儀したようでリプレーを両者入場からやったのには笑った。

 一方のTV東京の場合は懐メロが夕方からOAされているので案の定21:30からだったが、嬉しい事にライブ中継だからメインの内山の試合が終わってから今回は30分ちょっとで新年を迎えるというボクシング
ファンには こたえられない展開だった。

 ただし前記したようにOAが民放では全国ネットが一番少ない小規模なTV東京だけに系列局がない地域では見られないし、あれほど素晴らしい試合をしながらスポーツニュースはなく元日の朝刊には間に合わず夕刊と2日は新聞休みになるので3日の朝刊に小さく結果が載るのみという状態だ。

 これが赤坂TVが以前 格闘技でOAしたボブ・サップ-曙戦のようにディレーにすれば 翌日の新聞に結果や戦評が載らないなどという事はないだろうが、ネット時代の現在ディレーでは先に結果が分かるのでライブ中継に拘ったという事だろうし それがボクシングファンへの最高のプレゼントだというのは言うまでもない。

 その結果が新聞の締め切りに間に合わず3日の朝刊に結果しか載らないという事態を考えると12月の世界戦は御用納めの28日より前に行う方がいいのかもしれないと思ってしまうのだ。

posted by ue-kj |22:50 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2012年01月01日

大晦日3大世界戦は全て王者が防衛

 昨日の大晦日に行われたボクシングの3大世界タイトルマッチは全て王者が防衛に成功。

 最初に大阪で行われたWBCミニマム級タイトルマッチでは井岡一翔が2分足らずで挑戦者のヨードグン・トーチャルンチャイをKOして2度目の防衛に成功すると、横浜で行われたWBAフェザー級タイトルマッチでは10位の細野悟が王者のセレスティノ・カバジェロの牙城を崩せずに大差の判定負けを喫したものの続いて行われたWBAのSフェザー級タイトル統一戦では内山高志が暫定王者のホルヘ・ソリスを11RでKOしタイトルを統一すると共にタイトル奪取試合から5試合連続のKO勝ちという事になる。

 注目したのが内山。

 もともと今回の試合は1月に行われる予定だったのがソリスの急病でキャンセルになっただけでなく復帰したソリスはフェザー級王者のユーキリス・ガンボアに挑戦しKO負けしていた。

 一方の内山は1月31日に代替挑戦者の三浦との防衛戦になったのだが試合前から右拳を痛めていたのが試合でも痛めて長期ブランクを作るハメになっていた。

 だから今回の試合は内山の復帰戦という事になったのでブランクが心配された中で暫定王者相手という難しい状況での試合になったの
だが、内山は意外にも手数は少ないものの右だけでなくブランク中に鍛えた左が多彩で次々にヒットさせる。

 ただソリスも手数は多いし内山の強打の直撃を顔を逸らすスリップアウェイで凌ぐのだが、徐々に内山から押され始め10R終盤にボディがヒットしてダメージを被って迎えた11R開始早々に左フック一撃でソリスは失神。

 見事なKOだった。

 浜田剛史が利き手の左拳を骨折してブランク中に鍛えていた右でアルレドントをKOしてタイトル奪取したのを思い出す。

 タイトル奪取試合も含めて全試合KO勝ちというのは素晴らしい成績で、ともすれば防衛戦の過去3試合は上位ランカー相手ではなかったので某兄弟のせいでKO続きにも相手の質を云々されていた現状だったが このKO勝ちで評価は急上昇だろう。

 考えてみれば昨年最初の世界戦は内山の防衛戦で三浦相手にKO勝ちで最後も内山のKOで締めるというものだったし、中継方法もバラエティの中でOAされた井岡の試合に比べて世界戦のムード満点だったのも好感が持てた。



posted by ue-kj |21:12 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年12月23日

大晦日のボクシング世界戦を比べると

 例年大晦日はK-1を中心にした格闘技中継が行われていたが、今年はボクシングの世界タイトルマッチが同じ時間帯でTBS系とTV東京系でOAされる。

 カードを見てみるとTBS系が井岡一翔と9位のヨードグン・トーチャルンチャイ戦をメインに11月に世界挑戦に失敗した名城信男の再起戦の10回戦に、井岡の後輩で東洋王者の宮崎亮のノンタイトル戦と内藤大助の引退セレモニー。

 TV東京系はWBA:Sフェザー級王者・内山高志が1月に対戦予定だった暫定王者のホルヘ・ソリスとの統一戦と、セレスティノ・カバジェロvs10位の細野悟というWBAフェザー級タイトルマッチに岡田誠一vs梅津宏治の日本タイトルマッチの3本立て。

 さてさて どちらを見たものか・・・・と思うが、コアなボクシング好きならTV東京で、ライトなボクシング好きなら井岡になるだろう。

 というのも内山は1月に暫定王者のソリスとの試合が決まりながら
ソリスの病気で中止になり、ソリスは復帰後にWBAフェザー級王者のユーリオルキス・ガンボアに挑戦して完敗したのに対し内山も代替の世界戦でTKO勝ちしたものの痛めていた右拳を悪化させブランクを作ってしまったので約11ヶ月ぶりの決着戦という事になる。

 更にWBA王者のカバジェロは2階級制覇した強打者でかなりの強豪だが、内山の戴冠試合と同じリングで1階級下げたSバンタム級王者に挑戦して敗れた細野が挑戦する。

 時間は21:30から2時間しっかり取っているのでフルラウンド見られる可能性が高い。

 一方のTBSだが確かに井岡は全国区で内山よりネームバリューはあるものの対戦相手が9位のヨードグンだから井岡の勝ち方が問われる一戦になりそう。

 というのが2月にタイトルを奪取した試合で井岡は指名試合では
なかったため2試合分のオプションを握られているので、前王者・
オーレドン側からの指名だから仕方ない。

 更にTBSは相変わらずのスポーツバラエティ枠内でOAするので格闘技のヒョードルvs石井慧との試合などの一環として行われるから、どうしても井岡戦と内藤の引退セレモニーなどごっちゃまぜでのOAだと思える。

 個人的には できれば3試合とも見たいので内山の世界戦が始まるだろう22:30頃から井岡も試合が始めるような事だけは止めて欲しいと思う。

posted by ue-kj |23:24 | ボクシング | コメント(1) | トラックバック(0)
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2011年12月08日

これを機に例の一家とは拘らない事

 昨日 行われたボクシングの‘暫定’世界タイトルマッチで亀田大毅は王者のテーバリットに0-3の完敗を喫し、兄弟での2階級制覇は ならなかった。

 今回の暫定世界戦で話題になったのが本来なら正規王者の清水智信が8月にタイトルを奪取したものの眼窩骨折で例の一家が主催するショーイベントで兄弟での2階級制覇に挑む試合に臨めなくなったため、強引に清水を休養王者に棚上げして暫定王者に過ぎないテーバリットを正規王者に格上げさせての世界戦になった事。

 これは本当にタチの悪い話である。

 正規王者の清水智信は今年の8月に本来のフライ級から1階級上げてWBAのSフライ級王者のウーゴ・カサレスに挑戦し激戦の末に所属していた金子ジムとしても悲願の世界王者になった。

 ただし このタイトルマッチは前日ぐらいまでWBAがタイトルマッチとして認定するかどうかで右往左往して ようやく世界戦として行われたのだが、実は この世界戦は亀田長男の防衛戦とのダブルタイトルマッチで勝者に1位に昇格していた亀田大毅が挑戦するための露払いイベント的な位置付けでの試合となっていたのだ。

 常に強敵と戦わず自分が確実に勝てる相手とばかり戦う事で評判になっていた例の一家が昨年末にボクシングのようなショーイベントを
開催し長男が‘自称’3階級制覇に成功していた。

 そして今年も同じようなイベントを企画したのだが今年の看板が‘兄弟揃っての2階級制覇’で、これまた確実に勝てそうな相手との挑戦を画策したものの肝心の標的である清水がケガのために試合がてきないという状況になった。

 お役所的発想のJBCも最近の乱立する(特にWBA)への批判が強いので国内での暫定世界戦を原則として禁止する事になっていたので、本来なら暫定タイトル挑戦が国内でできないため清水をWBAに働き
かけて休養王者にするように画策したらしい。

 休養王者とは世界王者がケガのために防衛戦が なかなか行えない場合に限り設置されるものの定義は曖昧で、WBAのSフェザー級王者の内山高志は1月の防衛戦で右手を痛めたため大晦日に行われる次の防衛戦まで1年近く休養しても休養王者にはなってないのだから清水が12月のイベントに出場できないからといって休養王者にする事は矛盾する。

 思えば この一家はトラブル続き。
 例えば08年の大晦日にWBAフライ級王者の坂田健史をKOしたデンカオーセンは3度目の防衛戦で坂田とのリターンマッチを受けるはずが亀田陣営の横槍で2度目の防衛戦の相手だった亀田大毅との再戦を割り込まれて返り咲きのチャンスを逃している。

 内藤大助も知名度こそ上がったもののタイトルを失った試合では
興毅のバンテージ疑惑など何かとイチャモンが付くし、リターンマッチで取り返そうとしたらポンサクレックに敗れ興毅もバンタムに上げてしまったためモチベーションを失い先日引退した。

 一方 WBCミニマム級王者の井岡一翔は昨年の7月に例の兄弟と同じリングで試合をしたものの袂を分かって2月に単独興行でタイトルを奪取した事を考えると、いくらTVが付いて名前が売れるからといって例の一家と組むとロクな事がないのが分かる。

 清水ではないが例の一家が‘負のオーラ’を発しているのは世間も認めているので、例えタイトルを取れてもトラブル続きで食い物にされるのがオチだろう。

 故・金平会長の息子でも持て余した一家なのだから‘必要悪’などと正当化して組んでもトラブルに見舞われるだけなのだし幸いにして彼らは日本人相手の試合には興味がないようだから、人気回復のためには例の一家を完全に無視した本格派の興行でアピールするべきだろう。



posted by ue-kj |23:53 | ボクシング | コメント(1) | トラックバック(0)
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2011年12月07日

亀田大毅に‘天罰’

 大阪府立体育館で行われたWBA‘暫定’Sフライ級タイトルマッチで
2階級制覇を目論んだ亀田大毅は‘暫定’王者のテーバリット・ゴー
キャットジムに0-3の判定負けを喫した。

 試合は序盤から激しい打ち合いになったもののテーバリットの方がジャブを含めて的確にパンチをヒットしたため亀田は2Rから鼻血を出すなど顔は腫れ上がり、両者の自力の差がハッキリ出た試合で113-115と付けたジャッジの目を疑うぐらいの内容だった。

 それにしても下らないイベントのために姦計を用いて正規王者を休養扱いにするなど えげつない手を使い、試合前には暫定王者をナメたようなコメントを発していたのに対する天罰てきめんという感じだ。

 8月にボクシングショーのメインイベントでウーゴ・カサレスに清水
智信が挑戦したWBA:Sフライ級タイトルマッチは12月のイベントで亀田大毅の2階級制覇をかけた相手を決めるという形で組まれたもの。

 その試合で首尾よく清水がタイトルを奪取し、試合前に清水陣営も‘初防衛戦は大毅と’と言っていたのが、清水は奪取試合で眼窩骨折のため12月の防衛戦は無理になった。

 本来なら12月のイベントでは噛ませ犬相手のノンタイトル戦で 
お茶を濁しておけばよかったのに‘兄弟での2階級制覇’という看板が欲しいTV局サイドからの意向か、WBA総会に乗り込んで強引に清水を休養王者にして暫定王者になったばかりのテーバリットへの挑戦を画策し実現させてしまったのだ。

 もともとフライ級でも とても世界王者と思えないレベルの試合ばかりで怪しげな判定に救われたりしていて減量苦を理由に返上し、Sフライに上げて噛ませ犬相手に3連勝してなぜか1位にランクアップさせていた。

 確かに減量苦から多少は解放されたのだろうが、それだけで相手の実力も計らずに‘3Rまでに終わらせる’などとコメントし既に2階級制覇は既定事実のようなムードを作っていたのには 物凄い違和感があった。

 フライ級時代同様 最初は足を使ったりしていたのだが攻め込まれるとジャブも使わず頭を含めてつんのめるようにして突っ込んでいく本性は変わらずで、あれではポイントを取れそうもないし倒すのも無理だと思っていた。

 テーバリットは23歳と若く上り調子にあるので清水も勝てるかどうかというのに噛ませ犬のような相手をKOし続けてランクを上げても、実力がなければダメというのが満天下に示された試合ではあった。

 間違っても清水が復帰してテーバリットとの統一戦に勝った場合、
また挑戦するなどと言わせないようにしなければいけないだろう。

posted by ue-kj |23:07 | ボクシング | コメント(6) | トラックバック(0)
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2011年11月14日

内藤大助の引退に思う

 元WBCフライ級王者の内藤大助が昨日引退を発表した。

 09年11月にタイトルを失ってから10年5月に5RKO勝ちで再起戦を
飾ったものの、それから全く試合を行わず今年に入ってライセンスを失効していただけに年齢的にも引退は近いと思われていた。

 通算成績は42戦36勝(23KO)3敗3分でKO率も高く敗戦は09年11月の試合以外は現WBCフライ級王者のポンサクレック相手の2敗のみで、ポンサクレックにも1勝2敗1分と ほぼ五分の戦績を残しているのだだから これは凄い事だと思う。

 キャリアを見ても在位時に並立していたWBAフライ級王者の坂田健史とは引き分けているし、中野博やトラッシュ中沼に中広大悟や小松則幸といったフライ級の日本のトップクラスを総なめにしているのだ。

 そして17度防衛していたポンサクレックに勝ってタイトルを奪取しリターンマッチでも分のいい引き分け防衛しているのだが、1つだけ心残りだったのがポンサクレック以外の海外の強敵との対戦がない事。

 つまり世界王者になって3度目が現WBAのSフライ級王者の清水智信、4度目が山口真吾で5度目は中国人の熊朝忠と東洋圏内の相手ばかりと防衛戦を行っていて、本来なら挑戦者決定戦で勝ったフリオ・セサール・ミランダとの防衛戦を行わないといけなかったにも拘らず
日本人相手の防衛戦に拘った事。

 これはジムの方針かもしれないし、 なおかつ内藤自身が34歳での戴冠だっただけに長くは防衛できないと考えて‘同じ負けるなら日本人相手の方がベルトは日本に残る’と考えての事かもしれないが、内藤というボクサーは相手が強ければ強いほど いい試合をするタイプ。

 反対に相手のレベルが低ければ それなりの試合をしてしまうという傾向が強かったのでミランダをはじめとした海外の強豪との試合を
行わなかったのが残念でならないし、特に某一家との試合に拘った姿にはガッカリした。

 やはり内藤ほどのポテンシャルがある選手が100%引き出せる海外の強豪との試合をしなかったのはボクシング界にとって大きな損失
だったと思う。

posted by ue-kj |22:54 | ボクシング | コメント(2) | トラックバック(0)
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2011年11月13日

マニー・パッキャオ激戦を制す

 今日ラスベガスのMGMグランドガーデンで行われたWBOウエルター級タイトルマッチで、6階級制覇をしているフィリピンのマニー・パッキャオがメキシコのファン・マヌエル・マルケスに2-0の判定勝ちで防衛に成功した。

 両者は過去2度対戦し最初は04年5月の対戦で1Rにパッキャオが
3度のダウンを奪いながらマルケスが終盤追い上げて引き分け。

 2度目は08年3月に やはりダウンを奪ったパッキャオが2-1の僅差の判定勝ちとパッキャオの1勝1分だが、際どい判定続きでマルケスも判定に不服を申し立てていて3度目の対戦となった。

 前半からトップスピードで入るパッキャオに対しスロースターターで
カウンターパンチャーのマルケスとの対戦だけに、立ち上がりの攻防が鍵を握ると思われていた。

 実際にパッキャオはデラ・ホーヤから始まりリッキー・ハットンやミゲール・コットなど自分よりも体の大きな相手を打ち負かしてきたの
だが、同じような体格の相手であるマルケスには3年前に対戦した時にも手こずっているのでそこの所も重要だと考えていた。

 試合はパッキャオが仕掛けマルケスがカウンターを狙うという予想通りの展開で始まり、得意の左強打は封じられるものの軽い左を次々にヒットしていく。

 パッキャオがパンチのヒットは少ないもののマルケスを下がらせるのに対し、マルケスは下がりながらのアッパーや右ストレートを狙い時折ヒットするというパターンが続く。

 結局両者1度もダウンシーンやグラつくシーンは見られなかったが手に汗握る攻防という言葉がピッタリの試合で終了のゴングを聞き、マルケスは‘勝った’というポーズを取ったのに対し倒せなかったパッキャオは首をかしげていたので‘ひょっとしたら’と思ったがリングアナウンサーのマイケル・バァッファーのコールは114-114、115-113、116-112マジョリティデシションでパッキャオだった。

 両者共にハッキリしたクリーンヒットがなかったので最終的に常に手を出してプレッシャーをかけていたパッキャオに際どいポイントが流れた形だった。

 最近のパッキャオの試合では圧勝が多かっただけに久しぶりの手に汗握るクロスゲームになったのだが、やはりパッキャオの攻める姿勢が評価されたようだった。

posted by ue-kj |23:15 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年11月08日

嗚呼!スモーキン・ジョー、ガンに死す

 今日ネットを検索していたら東京五輪の金メダリストで元世界ヘビー級王者のジョー・フレージャーが肝臓ガンで亡くなったという記事が
載っていた。

 数日前の新聞に末期ガンでホスピスに入院しているという記事が
載っていて驚いたのだが思ったよりも早く死去したわけで67歳とは
早死にだし、パーキンソン病を患っているモハメド・アリよりも先に逝くとは思わなかった。

 ジョー・フレージャーといえば‘スモーキン’の渾名の通り蒸気機関車のような力強い突進で追い詰め必殺の左フックを叩き込んで倒すというのが必勝パターンでライバルのモハメド・アリと3度に亘って激闘を演じていた。

 東京五輪のヘビー級金メダルを手土産にプロ入りしたフレージャーは24戦全勝で70年2月に世界ヘビー級タイトルに挑戦しジミー・エリスを5RでTKOして王者になると67年に徴兵検査を拒否してライセンス停止のため王座剥奪の憂き目に遭っていたアリの挑戦を71年3月に受け激戦の末に最終ラウンドにはダウンまで奪い2度目の防衛に成功すると共にアリに初めて黒星を付けたのだった。

 ところがアリ以上に深いダメージを負ったフレージャーは1年近いブランクを作り4度の防衛に成功した後に5度目の防衛戦でメキシコ五輪・金メダリストのジョージ・フォアマンからジャマイカのキングストンで2Rに6度も倒されるという惨敗でタイトルを失う。

 その後アリとの再戦に敗れた後にアリが‘キンシャサの奇跡’でフォアマンをKOして王者に返り咲いたため75年10月にフィリピンのマニラで3度目の対戦を行う。

 この試合も過去2試合同様激戦となったものの14Rにアリの右ストレートでマウスピースを吹っ飛ばされてダメージを被ると最終ラウンドにコーナーから出ずアリのTKO勝ちとなった。

 マイク・タイソンが登場した時に私は
‘フレージャーの突進力とフォアマンの破壊力にアリに匹敵する時代を作る’と思っていたのだが、アリと違うのがタイソンにはフレージャーのような‘宿敵’とも言えるライバルがいなかった事。

 やはりライバルの存在が互いを磨くと言われるようにアリもフレー
ジャーというファイトスタイルも対照的なライバルがいたからこそ記録と記憶の両方を併せ持つスーパースターになったのに対し、本当の意味でのライバルと言われる存在がなかったタイソンは やがて堕落してキャリアの後半は才能を生かしきれなかった。

 これを考えるとアリとフレージャーは互いの存在があったからこそ光り輝けたと考えるのだ。

 今頃はマニラでのアリ戦で致命的なダメージを負って迎えた最終ラウンドを棄権させた名トレーナーのエディ・ファッチと天国で再会しているのではないだろうか。

posted by ue-kj |23:19 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年11月06日

とりあえず今日のW世界戦は連勝

 今日 代々木第2体育館で行われたWBCバンタム級とSフェザー級のWタイトルマッチで日本の山中慎介が途中の停電というアクシデントにも影響されずに11RTKO勝ちで新王者になり、Sフェザー級王者の粟生隆寛は2-1の判定勝ちで2度目の防衛に成功した。

 残念ながら私の住んでいる福岡でのTV中継はなく関東エリアのみだったので速報頼みになったが、日本人選手の連勝というのは取りあえず嬉しい事で日本の世界王者は これで7人(+1)となった。

 とりあえず速報版を参考にすると・・・
 
 当初WBCバンタム級挑戦者決定戦として予定されていた2位のクリスチャン・エスキベルと3位の山中慎介の試合は王者のノニト・ドネアがタイトルを返上したため急遽決定戦になった。

 最初の4Rを終わった時点で山中が39-37でリードして迎えた6R
終了間際に左ストレートのカウンターでダウンを奪ったが、7Rにカウンターからダウンを奪われるスリリングな展開。

 そして11Rに停電のアクシデントはあったものの、左ストレートで2度目のダウンを奪い立ってきた所に連打を浴びせてTKO勝ちとなった。

 昨年4月に長谷川穂積がWBO王者のフェルナンド・モンティエルに
敗れて失ったWBCバンタム級タイトルを1年7ヶ月ぶりに奪還した事になる。

 一方4月の初防衛戦でKO防衛した粟生は無敗ながら31歳で8位のデビス・ボスキエロとの対戦で2試合連続のKO防衛を期待されたのだが、独特のリズムに手こずり苦戦。

 最初の4R終了時点での採点が それぞれ1ポイント差に1人がドロー。
 中盤から左右のボディブローから左ストレートなどでペースを掴んだようで、実際8R終了時点の公開採点では79-73、77-75、77-76の
3-0で粟生リードになったので残りラウンドをイーブンで行けば大丈夫と思われたものの終盤スタミナ切れからか挑戦者の反撃を許し終わってみれば115-113が2人と113ー116が1人の2-1の判定で辛勝だったようだ。

 やはりSフェザーともなると一筋縄ではいかない強豪挑戦者が多く、意外に苦戦する事もある。

 とはいえ どんな王者でも苦戦する試合はあるわけで、それを考慮すれば幸運な判定勝ちでも生き残れたわけだから今後の成長の糧に
して欲しいものだ。

posted by ue-kj |23:42 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(1)
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2011年10月31日

輪島功一 28歳の初戴冠から40年!

 今から40年前の今日71年10月31日は‘炎の男’と呼ばれた輪島功一が世界Jミドル級王者のカルメロ・ボッシに判定勝ちして当時の日本人最重量級であるJミドル級王者になった日である。

 当時の日本のボクシング界では26~27歳で引退というのが常識に
なっていて、実際ファイティング原田は27歳で引退していた時代に
25歳でデビューした原田と同い年の輪島が28歳で世界挑戦という事
自体 無謀だと思われていた。

 さらにJミドルといえば2年前の9月に南久雄がフレディ・リトルに挑戦し2RKOで一蹴され‘左パンチを当てただけでも善戦’などといわれた
ぐらい日本と世界のレベルが違うクラスで、そのリトルに完勝したローマ五輪の銀メダリストへの挑戦というのだから無謀だという予想も 
あながち大げさではない。

 輪島は一応1月に南を7RでKOしているので‘挑戦資格’は一応あったのだが・・・・
 
 試合が始まると輪島は極端なローダッキングから急激に伸び上がって打ちかかったり‘カエル跳び’と呼ばれた屈伸してからパンチを放つなど、ありとあらゆる変則攻撃を仕掛け王者を混乱させる。

 輪島に言わせると
‘普通にボクシングをやったら絶対に勝てないから変則攻撃でペースを乱して慣れない打ち合いに持ち込めば終盤スタミナ切れを起こす
はず’
という事で五輪の銀メダリストのペースを狂わせる事に成功。

 終盤スタミナ切れした王者を攻めてポイントを挙げ2-1の判定勝ちとなった。

 実際アメリカ人レフェリーの採点を見れば分かるのだが12R終了時点では2ポイントリードされていたのを最後の3Rを取って68-67の1ポイント差での際どい勝利だった。

 もっとも当時の評論家達の評判は悪く‘失格のタイトルマッチ’や‘あれはボクシングではない’などという批判的な論評が多くを占めていたのだが、冷静に考えると自分より長身でリーチも長くテクニックも格上の相手に普通に戦っては勝ち目はない。
 
 カエル跳びをはじめとした変則攻撃は自らのハンデをアドバンテージに替える戦法だったのだ。

 それまでの日本のボクサーが獲得した最重量級は藤猛のJウエルターだったわけで、それを越えるクラスでの戴冠は1つの壁を越えた形になっている。

 つまり輪島は五輪メダリストコンプレックスや重量級コンプレックス、高齢コンプレックスなどをクリアした事になるのだ。


posted by ue-kj |22:41 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年10月24日

八重樫 東、悲願の世界タイトル奪取

 今日 東京の後楽園ホールで行われたWBAミニマム級タイトルマッチは挑戦者で4位の八重樫 東が王者のポンサワン・ポームラムックに10RTKOで勝ち2度目の挑戦で世界タイトルを奪取した。

 八重樫は5戦目で東洋太平洋タイトルを奪取し4年前に7戦目で当時のWBC王者のイーグル京和に挑戦したものの大差の判定負けで最短キャリアでのタイトル奪取に失敗しただけでなく、その試合であごの骨を骨折し1年以上のブランクを作っている。

 王者のポンサワンは今年の7月に敵地でモハメド・ラクマンに判定勝ちして5度目の挑戦でタイトルを奪取したベテランで‘ターミネーター’と呼ばれるタフな戦い方が持ち味でKOも23勝16KOとパンチ力もある。

 予想では判定ならスピードの差で八重樫だがKOなら王者と考えたのだが・・・

 試合は立ち上がりから八重樫が足を使って王者の前進を捌き左を面白いようにヒットする最高の立ち上がりで、王者はプレッシャーをかけるもののパンチは当たらず3Rまでは圧勝ムードだった。

 ところが4Rぐらいから王者のプレッシャーが強まり打ち合いに巻き込まれる展開になり、5Rあたりから八重樫の足が止まってロープに追い込まれる場面も増え6Rには完全な王者のペースになっているムードだった。

 実は八重樫のトレーナーである松本好二は現役時代に3度の世界挑戦をしているのだが、朴永均・崔龍洙といった韓国人王者に敵地での挑戦でスピードで上回りながら中盤からタフな打ち合いに巻き込まれてスピードを殺されて敗れている。

 その松本トレーナーの世界戦と同じ展開になりかけたし、最初の挑戦で骨折したアゴに王者の強烈な一撃を貰うとヤバイのではと思いながらハラハラしていた。

 しかも40年前の明日が東洋王者だった金沢和良が世界バンタム級王者のルーベン・オリバレスに挑戦し大激戦の末に14RKO負けした日になるのだが、その日も月曜日で前半は金沢がスピードを生かして
戦ったものの中盤からオリバレスに盛り返されて壮絶な打ち合いと
なり力尽きていたので八重樫も金沢同様の運命を辿るのかと思って
しまった。

 ところが7Rに足を止めて正面からの打ち合いになると意外にも八重樫の方が打ち勝ち、8Rの中盤まで‘いつストップがかかるか’と思っていたら右のカウンターを貰ってグラつくなどヒヤヒヤの展開が続く。

 それでも9Rに盛り返して迎えた10Rの残り40秒過ぎに連打でロープに詰めて放った右ストレートがヒットしグラついたところに連打を浴びせるとレフェリーがストップして待望の新王者誕生となった。

 試合前に王者は挑戦者に‘足を使って逃げずに打ち合え’と挑発していたので、王者に付き合って正面から打ち合ったらマズイと考えていたのだが4Rぐらいから足を止めて打ち合うとは・・・・と敗戦を覚悟した。

 しかし前半に与えたダメージが7R以降効いてきたのか八重樫が打ち勝ちタフな王者が後退する場面が見られたのには驚いた。

 本来なら あそこまで足を止めて打ち合う事に対しては決して褒められたものではないのだが、足で捌ききれないと思ったので打ち合ったのだろうか?
 先日のラスベガスでの西岡利晃の試合と比べればレベル的には厳しいものがあるものの、こういう打ち合いの末の世界奪取は燃えるものがある。

 4年前の借りを返し師匠である大橋秀行会長がラストファイトでタイのチャナ・ポーパオインに敗れて失ったタイトルをタイ人から取り返した事にもなった。

posted by ue-kj |23:53 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年10月19日

‘KO仕掛け人’ロイヤル小林のラストファイトから30年

 今から30年前の昨日81年10月18日は‘KO仕掛け人’と呼ばれたロイヤル小林が韓国で黄正漢に1R KOで敗れて保持していた東洋太平洋タイトルを失い、この試合を最後に引退する事になった。

 この年の12月12日にアメリカでWBCフェザー級王者のサルバドール・サンチェスへの挑戦の話が出ていたのだが、9月に韓国で行われた1階級上の東洋太平洋王者・呉永世にノンタイトル戦で判定負けしたのが響いてキャンセルとなりモチベーションが下がった状態での防衛戦だったのは不運だった。

 そして世界タイトル同様、東洋太平洋タイトルも韓国で失った形に
なっている。

 思えばKO仕掛け人といわれたロイヤル小林だが、鮮やかKO勝ちを量産するのと裏腹に世界戦では1勝したのみで せっかく奪取したタイトルも前王者:リゴベルト・リアスコの防衛戦トラブルで45日以内に韓国で1位の廉東均の挑戦を受けなければならずに不運な判定負けで在位期間は46日という最短在位記録まで作ってしまった。

 ミュンヘン五輪日本代表でフェザー級ベスト8の実績を引っさげてプロ入り。
 デビュー戦こそ判定勝ちだったものの2戦目からは11連続KO勝ちし、1試合を挟んで5連続KO勝ちして世界ランクも2位まで上がり75年10月にWBAフェザー級王者のアレクシス・アルゲリョに挑戦。

 ところが後に3階級制覇するアルゲリョのスピード溢れる左で突き放され、4R終盤に左フックをヒットしてチャンスを作るものの5Rに左フックのボディブローでKO負けの完敗だった。

 再起戦後に2勝1敗で迎えた1年後の76年10月に この年から新設されたJフェザー級タイトルに挑戦し王者のリゴベルト・リアスコを8RでKOして5月に輪島功一が敗れて日本から世界王者がいなくなった空白期間をストップしたのだ。

 ところが前記した事情で46日目に厳寒のソウルでの防衛戦に臨んだのだが1Rにバランスを崩したところに左を貰って手を付くダウンの
後は、挑戦者から徹底的に逃げ回られて強打も空転し0-2の判定負けで王座を失った。

 その後78年1月に廉をKOしたウィルフレド・ゴメスに挑戦したものの3Rに左フックでアゴをかすめられて倒されKO負け。
 
 再起戦で黄福寿から東洋太平洋フェザー級タイトルを奪取して1度防衛後にWBA王者のエウセビオ・ペドロサに挑戦。
 喫した3敗が全てKO負けという事で‘小林の強打が決まれば’と思われた一戦だったがペドロサの変幻自在の戦いぶりに強打は空転し、10R以降は一方的に打ちまくられるサンドバック状態に追い込まれ13R終了時点でギブアップし これが結果的に最後の世界戦となった。

 最初に挑戦したアルゲリョはフェザー・Jライト・ライト級の3階級を
制覇し通算16度の防衛中に15KO防衛したスーパースターで、タイトルは全て返上したスーパースター。

 3度目に挑戦したウィルフレッド・ゴメスはデビュー戦で引き分けた後 全試合KO勝ちで世界王者になり17連続KO防衛し、フェザー級とJライト級まで これまた3階級制覇した名王者。

 更に最後に挑戦したエウセビオ・ペドロサもフェザー級タイトルを19回も防衛した名王者だったわけで、こういうスーパースター相手に戦った日本人ボクサーは ほとんどいない。

 個人的に小林のベストファイトは世界戦で唯一勝ったリアスコ戦よりも初挑戦で敗れたアルゲリョ戦だと思っているぐらい、負けても絵に
なる選手だった。

posted by ue-kj |22:21 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年10月10日

リカルド・アルレドントのタイトル奪取から40年

 今日は10月10日で旧・体育の日だがボクシング界で10月10日と
いえば62年にファイティング原田、76年に具志堅用高が いずれもKOで初の世界タイトルを奪取した日である。

 ファイティング原田と具志堅は日本が世界に誇る名王者で彼らが
タイトル奪取した日が体育の日というのも妙な因縁があるのだが、
その反面この日にタイトルを失ったのが沼田義明で今から40年前の今日メキシコのリカルド・アルレドントに10RでKOされてタイトルを失った。

 そして このアルレドントはタイトル奪取後に防衛戦を含めて5度も
来日しているのだ。

 リカルド・アルレドントを初めて見たのは71年3月に小林弘の挑戦者として来日し、長身でリーチが長いというイメージはあったものの小林の老獪な試合運びの前に完封される形で完敗した試合。

 それから約半年後に3位に返り咲いて沼田義明の持つWBCタイトルに挑戦して来たのだが、小林弘に完敗しているという事で試合前の
予想は沼田断然有利と思われていた。

 ところが意外にもアルレドントは長いリーチを生かしたボクシングで
沼田のよさを消し、繰り出すアッパーが強烈で10RでKOされてしまう。

 2度の防衛に成功したアルレドントは強打者の岡部進の挑戦を受けるべく72年9月に来日し12RでKOすると、73年3月にはアポロ嘉男相手に10Rまでリードを許すものの11R以降失速したアポロを攻略して逆転勝ち。

 更に73年9月には世界ヘビー級王者:ジョージ・フォアマンの防衛戦の前座で試合前に‘6Rで倒す’と公言していた柏葉守人相手に6RでKOするなど日本人キラーのようだった。

 実はアルレドントはアポロ戦と柏葉戦の合間に行われるノンタイトル戦で判定負けながら連敗していたのに・・・・と悔しがらせていたの
だが、11月に沖縄で上原康恒相手のノンタイトル戦で完敗すると2月には前年10月までWBA王者だった柴田国明の挑戦を受けて判定で完敗しタイトルを失った。

 それから時は流れ柴田に敗れてから12年後の7月に実弟:レネ・アルレドントのセコンドとして来日し、現役時代に比べてふっくらした姿を見たのだった。

 そのアルレドントが亡くなったのが91年9月だから日本でタイトルを奪取して40年、レネのセコンドとして来日してから25年、亡くなって20年経つ事になる。

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