日本人の日本人による日本人のための…野球☆by 智

松井秀喜の衝動

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1992年オフ、当初ドラフト一位指名予定だったのは伊藤智仁。
しかし、そこに長嶋茂雄監督の強い要望が入り、
方向は松井秀喜へ。中日、ダイエー、阪神とのくじ引きに勝ち、
甲子園での五打席連続敬遠で時の人となった、
阪神と相思相愛と言われた大人びた感じのスラッガーは、
もっともメディアに注目される巨人に入団することになりました。



私の中の巨人時代の松井秀喜の印象と言うのは
「常に本塁打王争いに食い込んでくる日本屈指のスラッガー」
と言う程でしかなく、それ以外にはこれと言った大きな興味はありませんでした。
むしろ私は「クセ者」と呼ばれていた元木大介と、後に巨人の
正捕手を射止めた阿部慎之助の方を「良いバッター」として見ていました。
それは数字に裏付けされたものでもなんでもなく、
阿部と元木には「ここぞと言う場面で打つ」、クラッチヒッターとしての
センスと嗅覚を感じていたのです。
一方で、松井と言う選手はチャンス、ピンチ、打点の欲しいところ、
打点が欲しいとは思わないところ、どんな場面でも同じように仕事をする、
そして、年を追う毎に進化し、その本塁打数をじわりじわり伸ばしてくる、
そういう安定した打者という印象でした。

彼が首位打者を取れるほどのミート力を身につけ、同じように50本塁打を
打てるだけの実績を残し、三冠王への道が開けてきたときに、
松井秀喜はFA宣言をし、大リーグ挑戦の旨を発表しました。
野球の専門雑誌では既に、松井は三冠王を取ったら、もうMLBに
行ってしまうだろう…と言うファンの危惧が掲載されていました。
一方で私は、松井のように巨人と言うチームで栄光を手にし、
充実した野球生活を送っている選手が、果たして挑戦をするだろうか、
例えMLBにあこがれを抱いていても、そのあこがれは現状を越えないのでは
ないか、と思っていました。
野茂英雄のように、あるいはイチローのように、日本に収まりきれない、
プレーする自身やチームに対する窮屈感、環境を変えたいと言う感情であったり、
吉井理人の持つような、より高いレベル、大きな舞台への挑戦心、
または新庄剛志や石井一久のような自由奔放な部分、
または長谷川滋利の持つような、MLBに対する憧憬心と言うものが、
松井秀喜にとっては現状はそれらを抑えるに余りあるほど、
「約束された」「理想的な」場所でのプレイを行ってきたように思っていたのです。

「今は裏切り者と呼ばれるかも知れないが」
そう発言した松井は、FAと言う選手が当然使っていい権利や、
それまでのクリーンでごたごたを起こさない誠実なイメージも手伝ってか、
「裏切り者」と言うようなレッテルは貼られることもなく、
大手を振ってアメリカに渡りました。
また、それまでのMLBに渡った選手と違っていたのは、
松井秀喜は伝統と格式のあるチームが望ましい、と言う
(これは確か、二宮清純氏の主張する意見でした)
ラインに則って、彼は歴史背景が巨人と近い、
名門ニューヨーク・ヤンキースに移籍したのです。


その松井がMLBではハラデイを代表するような、手元で動く球に
対応できず、打球があがらない、引っ張りにかかってゴロを打ってしまう、
日本人MLB挑戦者初の「日本の典型的なプルヒッター」はその対応に苦しんだのです。
日本史上では例のないヒット技術を持っていたイチローが当初
MLB投手のタイミングの取り方で苦しんだ一方で、
松井秀喜がスウィングのあり方に苦しんだのは、
二人の根本的な違いを表すものとして、実に興味深いものです。
つまり、イチローはタイミングを見つけ、マイナーチェンジを繰り返す以外は、
それほど自分の基本的なスタイルを変更する必要はなかった。
(とは言え、イチローでさえ日本時代とMLB時代では、スタイルが違いますが)
けれども、松井秀喜の方は日本的プルヒッターである自身のスタイルを
大幅に修正しなければなからなかったのです。
それは同時に、彼は日本のようなホームラン量産が失われるどころか、
彼の野球技術そのものが、大転換せざるを得ないところであったと思います。

イチローと松井秀喜の対談の言葉を借りましょう。

イチロー「人の期待というものは、意識しないでおこうと思っても身に付いてるもの。
もちろん、アメリカでホームランを打つことは難しい。球が重い、変化する。じゃあ、
自分(松井)は、アベレージヒッターを目指そうというのは、実はないと思うんだよね。
だから、表面的にはそう言ったとしても、心の中では、実はバッターというのは、
ホームランが欲しい、だからどうしても意識する。左方向にホームランを打つことは
難しい。意識的には、センターからライトの方がチャンスが大きいわけだから、
ゴロが多くなったというのは、意識をしない意識というか、そういうのは出ているのかな、
って。感じたりしていた」
松井「いや、その通りですね。長年染みついたものがあって、自分としては、
もっと違う意識で打ってるつもりなのに、やっぱりどこかででてきてしまうものって、
あるわけですよね。同じ失敗を繰り返した、一番大きな原因だと思うんですけど」

二人に共通していたのは、マイナーチェンジの巧みさ。
タイミングの取り方、球への対応の為に、バットの構え方、ボックスの立ち位置が
シーズンごとに、あるいは好調、不調のスパンごとに変化していきました。
松井秀喜がその変化に成功したのか、或いはしていないのか、
私は「成功した」と言えますが、これはおそらく、松井秀喜と言う選手がどれだけ
スラッガーとして位置付けられているかで、変化するでしょう。
2008年まで、シーズン最高の本塁打数は、162試合で31本。
打点は108(いずれも2004年)。しかしその一方で、出塁率.371は、
超一流の顔ぶれの中ごろに名を連ねています。(別表参照)
面白いのは、新人王を争った強打者タシャエラ(日本語ではテシェーラとも)と
肩を並べていること。一方で彼らと同年にルーキーシーズンを送り、
ジョー・ディマジオ再来かと言われた超俊足・好打のロッコ・バルデッリが
怪我に泣いて満足なシーズンを送れていないところに、プロスポーツの厳しさを感じさせます。

さて、松井秀喜は「思った以上にコンパクトで、速いスウィング」(トーリ監督)によって、
活躍をしてきました。彼が今もホームランを狙っているのかどうか、本塁打打者としての
自分に未練があるのかどうかは、分かりません。
2008年、さらに球に逆らわずに右へ左へスプレーヒッティングする技術を身につけた事で、
自分の以前のスタイルを完全に払拭して、MLBプレーヤー松井秀喜としての
自分の形を作り上げたのかも知れないし、
あるいは、また一歩先の好打者となった事で、その延長線上に、
逆方向の打球を「上にあげる」事も描いていたのかも知れません。
しかし、その結果を見ることなく、彼の膝が悲鳴をあげたのです。

2006年以来、怪我に泣かされてきた松井。
ここで日本よりも過密日程で、移動距離も長いMLBで
全試合出場する事への是非が問われるかも知れませんが、
本文ではそれには言及しません。
ただ、日本時代は試合後、自分の部屋でも素振りをしていた
松井が、MLBでは出来る限り休息に努めていたことは
書き留めておきます。

今回はかなり、悪い。
今シーズンを諦めて、来期に向けて手術するのが基本線だったところ。
意外な展開に、GM、監督ともに「手術して欲しいけれど本人の意思だから…」
と言うような歯切れの悪いコメントを残しました。

率直に言いますと、私もこれは正確な判断とは思いません。
騙し騙しやることでこの先膝の状態をケアしていけるのかどうか、
また守備はDHがあるにせよ、走塁で満足なプレイができるのかどうか、
そして、チームにとっても、そのような松井をしっかりと使えるのか、どうか。
本人にとっても、チームにとっても、リスクの多すぎる、いわば「賭け」
に近かったからです。
とは言え、では手術をすれば完治するのか、あるいは
プレーにできるだけ支障が出ない状態に戻せるのかと言うと、
手術後のリハビリ、再調整、ランニングやスローイング、
バッティングフォームや技術の構築をまた初めから始める事を
考えると、手術の方が確実にメリットがあるとは言えないでしょう。
手術をすることで、試合を離れることで、それまでの完璧に近かった
「感覚」が全く失われてしまう例は、よくあることです。
怪我が一番怖いのは、肉体、感覚、技術の全てを退化させて
しまうことでしょう。ここまで、自分の新しいスタイルを完成に
近づけていた松井にすれば、その思いはより強かったかも知れません。

そして、松井秀喜と言う男は、非常に芯の強い、
あるいは、公的イメージよりも、我の強い部分がある、のかも知れません。
WBCへの不参加、手術の拒否。
そこには「チームを一番に」と言う姿勢そのものと、それと同時に全く逆の
ベクトルを持った「自分のために」と言う姿が浮き彫りになってきます。
自分が活躍して結果としてチームに貢献するのか、
チームに貢献ありきで、その中でプレイする自身であるのか、
イチローは典型的な後者であり、
松井秀喜は典型的な前者と考えられてきました。
しかしそれは、ばっさりと線引きされた分別に過ぎず、
イチローにもチーム貢献の為に自己を捨てたいと言う忠誠心を持っており、
逆に松井にも自身が活躍した上でチームが勝利する、と言う覇気を
多かれ少なかれ持っているのではないでしょうか。

松井秀喜の今回の手術回避決断の時、何故か2003年の
リーグチャンピオンシップシリーズ第7戦(対レッドソックス)で見せた、
当時最強の投手ペドロ・マルティネスから放ったポサーダの打球で
ホームインした松井秀喜の見せた、飛び上がって吠える瞬間を、
思い出しました。
ふだん、松井の不動心の殻の内側に隠されていた、
燃え上がるような衝動を思い出したのです。

もしかしたら松井は、本塁打でもなく、調子の良い自分でもなく、
あの日あの時、大人のチーム・ヤンキースの見せた、
熱く燃え上がるような一日を再び迎えることを、
ずっと夢見ているのでは、ないでしょうか。

松井の今回の「分の悪い」挑戦が、成功に終わるにせよ、失敗に終わるにせよ、
私は日本人スラッガー、松井秀喜を誇りに思うでしょう。
そして今は、彼の成功のみを、願ってやみません。


追記:致命的にも、イチローは典型的な後者
(チームに貢献ありきで、その中でプレイする)、
松井秀喜は典型的な前者
(自分が活躍して結果としてチームに貢献)
と書いてしまいました。ご指摘の部分を訂正させていただきました。

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この記事へのコメントコメント一覧

松井秀喜の衝動

ゴンタさん

江夏やちばあきおはタイムリーな話題ではないので…。
ただレスの多寡が必ずしも人気を表すものじゃないなぁと
思うようにはしていますね^^;

実は松井秀喜が.285と言う好打者のラインを
下回ってないところに私達が描く「ホームランバッター」と
しての松井と、彼自身が描くバッティングとには
乖離があるのかなぁと言う気はしています。
勿論ホームランが欲しくない打者なんていない訳ですし、
松井自身がどれだけHRにこだわりを持っているのかは
うかがい知る事はできないんですけれども、
まずはヒットを打てる技術、その上でHRも打てると言う
のが彼の理想のスタイルなんじゃないかと…。
ただ、日本人のスラッガー選手のスタンダードに
なり得る立場なだけに、ゴンタさんの言われる
「日本人の長打力への挑戦」を見たかった事も確かです。
松井が現在長打力をスポイル(あるいは前段階)で
いる限り、日本人MLB挑戦者はある程度長打力を
捨てた形が続くんでしょうね。

松井秀喜の衝動

MLFさん

「結果どうなったとしても、松井を応援してくれる人は
いるだろうし」と言うコメントがいいですね。
ひとつの結果で物事の評価は決まってしまうけれど、
経過の中の答えも大事にしたいものです。

芝木さん

私の書いたことはあくまで想像に過ぎず、単に現球場が
ラストイヤーのNYYと言うチームに対する執念なのかも
知れませんが^^;(単に、と言うものでもないですが)
面白く読めれば良かったです。

ばばっちさん

私はマニーが移籍するならDHのあるアリーグだと思って
いたので、まさかドジャースとは思いませんでした…。
プレーそのものだけじゃなく、そこにいるという存在だけでも
見たくなるようなプレーヤーだっただけに、ナリーグに
去ってしまったのは少し残念な気持ちがあります。
まぁ、もうちょっとナも放送してくれれば、とも…。

松井秀喜の衝動

お久しぶりです。
すごい賑わってますね。松井とかを取り上げるとこうなるのですね。
(江夏やちばあきおのときはそうでもないのに)
私は今回の智さんの文章にまったく違和感がなかったですよ。
むしろ、『「チームを一番に」と言う姿勢そのものと、それと同時に全く逆の
ベクトルを持った「自分のために」と言う姿が浮き彫りになってきます。』
以下のくだりは、正直うなりました。するどい。
いつもながらいいコラムだと思います。
ただ、本文とは関係ないですが、個人的には彼には
2割5分でもいいから、40本以上を狙って欲しかった。
日本人がどこまでできるのか、見たかったです。
彼以外にその可能性のある日本人はいないのですから。
ヤンキースというチームの勝敗に全く興味がないので
そんなことが言えるのかもしれませんが。

松井秀喜の衝動

万一、マニーラミレスがヤンキースに行ったら、面白いことになりそうだけど。同地区移動は、ま、ありえないだろうが。

某米国人ビートライターさんのブログで「マニーがFAしたらサインすべき?」というアンケートがあって、そこでは
YESが25%、NOが31%、実現しないだろうけどRSNを苦しめることになるなら…が31%でした。

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思いつく限り好きな選手は。

江夏豊 
大野豊
伊藤智仁
イチロー
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と、非常に趣味が雑多なのが
伺い知れます。
基本的に群れないタイプが好き。なのかも。
                           

少し変則ですが、
一応↓のカテゴリ内から
簡単に記事が見られるように
しているつもりです。  

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