2007年11月18日
人生冥利
「昔の応援っていうのは、もっとキレイだったよ。ヤジとか拍手だけだったけど。 痛くなるほど手を叩く。情がこもっているじゃねえか。 別に応援なんて一人だってできるんだよ。大勢いればいいってもんじゃない。 な、そうだろ」
岡田と言う青年が後楽園球場に着いてみると、そこでは巨人と国鉄の 試合が行われていました。見ると、応援しているのは、みな巨人ファン。 一方、国鉄ファンの方はと見ると…。 当時、まだ国鉄は球団創設3年目。 同じ地元に人気球団の巨人があるため、地元びいきの応援はなく、 応援する人は、少ないなんてもんじゃなく、数人。その上、弱い。 その日デートで観戦に来ていた筈の彼が、何を思ったのか、突然国鉄の応援を始めました。 驚いた巨人ファンから 「うるさい、どっかにいっちまえ!!」 の声。そりゃそうでしょう、ほぼ「巨人ファンの為にある」と言っても良かった その球場とその試合で、殆ど誰も応援していない国鉄に向かって、 ぽっと現れた男がいきなり応援を始めたのですから、 「なんなんだこいつは?」とその罵声の主は思ったはずです。 しかし、その声が逆に彼の判官びいきな心に火をつけてしまったのか、 「よし、これからは、弱いスワローズを応援してやろう」 と決心しました。ヤクルトスワローズ私設応援団「ツバメ軍団」団長、 岡田正泰のささやかな(?)誕生でした。 「外野席に観客が5人っていう時代もあったよ。こちとら江戸っ子でぇ。 『判官びいき』っていうんかな。弱かったスワローズを応援していたら、 当時のサンケイの球団社長から『頑張って応援してくれ』っていわれてな」 しかし、超が二つつくほどの不人気球団、スワローズをどうやって応援するのか。 そして、多勢のジャイアンツファンに対抗する手段はないものか。 岡田さんはフライパンを手にしました。 彼が、球場でフライパンをガンガン鳴らすのを見て、周囲の観客は驚きました。 鳴り物の応援と言う観念すら無かった時代。 国鉄の応援。しかも、フライパン。 しかし、その彼の懸命さにひかれて、彼のフライパン応援仲間が次第に増え出します。 「みんなで応援できるように」と、彼は敷居をなるべく低くしたいと思いました。 例えば、応援歌。スワローズの応援歌なんて、ありません。 そこで、皆が知ってる(と思っていた)「東京音頭」を応援歌にし、皆で歌いました。 もっとも、実際には思ったよりみんなこの歌を知らなかったようで、 歌詞をコピーして配るはめになったそうですが・・・。 後にヤクルトファンの代名詞とも言える存在になった、傘も彼の案によるものです。 応援グッズをわざわざ買わなくても、誰でも応援できるように、傘を使ったのです。 「どの家でも余っているビニールの傘でいいんだよ。金をかけなくても。な、そうだろ」 (もっとも最近では応援グッズとして傘を販売しているので、 岡田さんは違和感を感じていたそうですが) 東京音頭が定着しだした1978年。 スワローズは管理野球の広岡達郎監督のもと、 松岡弘、安田猛、チャーリー・マニエル、大杉勝男、若松勉、 デーブ・ヒルトン、大矢明彦らの活躍により、 ついに球団創設以来29年目にして初優勝を果たします。 彼は、フェンスについて、ボロボロと泣きました。 岡田さんの声は、ハッキリと選手にも届いていました。 大杉選手は、岡田さんを招くと、共にトロフィーをひいて場内を一周しました。 スワローズファンが岡田さんを取り囲み、皆で東京音頭を合唱しました。 おそらく、このときの優勝は岡田さんにとって人生一番の日だったと思います。 TVには彼の号泣する姿が映し出され、テレビや雑誌から引っ張りだこになりました。 それからスワローズは再び低迷期を迎える事になるのですが、岡田さんが スワローズの応援をやめる事はありませんでした。 いや、寧ろ岡田さんにとっては、低迷期のスワローズを応援する方が、 好きだったのかも知れません。 たとえ大敗しようとファンに楽しんで球場から帰途についてもらいたい。 たまにしか勝たなくていい、それでいいじゃないか。 たまに勝つから、喜びがひとしおなんだよ、と語っていた岡田さん。 きっと彼が望んでいた物は、ただ、人を楽しませる。 それに尽きるのでしょう。その想いでもって、人々がついてきた。 きっと、ファン達の心も、スワローズファンであると同時に 岡田さんのファンだと言う人が多かったのではないでしょうか。 岡田さんは人を「のせる」のが非常に上手だったそうです。 外野指定で、野球を無表情に眺めていたオッチャンに声をかけ、 気がついたら、そのオッチャンが楽しそうに大声挙げて手を叩き出す。 「最初は変なおじさんと思われるけど、最後は『また、来てくれよ』と握手攻めにあう。 不思議な魅力をもった人でした」 もう、誰でも彼でも声をかけ、人をのせていく。 私設応援団は強制するからちょっと…。と斜に構えてしまう事も 多い昨今ですが、彼が、「強制」の匂いがしなかったのは、ひとえに 「みんなに楽しんで欲しい」「それが選手に力になってほしい」と 言うオーラを、そして人をのせる力をおそらく生まれながらに 持っていた人だったからではないでしょうか。 みんな応援しているのを見る彼の姿は、とても嬉しそうだったと言います。 「勝っているときはますます勢いをつけさせ、 負けているときは元気を出させるのが僕らの役目。 選手だってスタンドが活気あるといいプレーをするからね」 いつでも、誰でも応援できるようにと言う配慮。 選手やファンを活気づけたいと言う信念。 スワローズファンの多くは、そのような人間性に惹かれて、 彼についていったら気がついたらスワローズを応援していた、 と言う感覚だったのではないでしょうか。 スワローズの歴代監督も、就任時には岡田さんのところに挨拶に 行き(!)、帰ってくると岡田ファンになっていた、と言う 嘘か本当かわからないエピソードもあるぐらいです。 そんな岡田さんは肺を患ってからは東京のみの応援になってしまったそうですが、 それでも球場の応援に行かない、なんて事は無かったそうです。 2002年7月、スワローズの札幌遠征から帰った後、岡田さんは体調を崩して亡くなられました。 彼は札幌のファンに愛されており、このときも飛行機のチケットを手配して岡田さんを 招いていました。 スワローズファンに愛された”ブンブン丸”池山隆寛選手は引退試合の時、 「ライトスタンドの、応援団長・・・岡田のオヤジー、ありがとう!」 と叫びました。スワローズの選手が優勝する時、例えば最近では引退時の 古田選手兼任監督もやったりしましたが、ナインがフェンスによじ登って手を挙げて応えるのは、 岡田さん達応援団に支えられた事に対する感謝とリスペクトなのだそうです。 間違いなく、最も選手に愛されたファンであり、最もファンに愛されたファンだったでしょう。 スワローズと言うチームがアットホームな匂いを感じさせるチームだったのは、 このファンの領域すら越えてしまった存在があったからこそではないでしょうか。 他球団のファンや私設応援団のあり方に疑問を持っているファンにも 概ね好意的に感じさせる人だったのは、 彼がスワローズの勝利に固執しなかったこと、例えば 阪神の優勝時にツバメ軍団から「優勝おめでとう」の横断幕が 掲げられた事が示すように、他チームにも敬意を払っていたこと、 などが挙げられるでしょう。また、応援する人、しない人の 敷居を感じさせない、みんなを参加させ、みんなで喜びを 分かち合う、そのポリシーが、人々を惹き付けるのでしょう。 「かの人は誠に妙である。一日、かの人に接すれば、一日の愛生ず。 三日、かの人に接すれば三日の愛生ず。 しかれども予は接する日を重ね、今や去るべくもあらず、 この上は善悪を超越してかの人と生死を共にするほかない」 とは西南戦争に殉じた増田栄太郎が西郷を指して言った言葉ですが、 岡田さんにぴったり当てはまる言葉だと思います。 彼と一緒に喜び、彼と一緒に泣き、彼によって動かされた多くの人間達と 一緒に声を枯らし、叫び、歌う。その体温が、その時間が、大げさに言えば、 生きていることを確認させられるような、充実感を生み、 スワローズを、野球を、岡田さんを、人間を、好きになっていく。 ファン冥利に尽きる、人生だった。 それは、岡田さんにとっても、岡田さんにリアルタイムで触れた人にも 言える事なのではないでしょうか。 「応援を楽しむことによりファンがノって、そのファンの応援で選手をのせられれば、 最高じゃないか。な、そうだろ」 追記:なお、スワローズは50年~64年国鉄スワローズ、65年サンケイスワローズ、 66年~68年サンケイアトムズ、69年アトムズ、70年~73年ヤクルトアトムズ、 74年~ヤクルトスワローズと言う呼称の変遷があるのですが、初めに見た 巨人国鉄戦以外のヤクルトの表記は”スワローズ”と言う呼び名に統一させていただきました。
posted by 智 |01:30 |
ファンのためのファン/岡田正泰 |
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人生冥利
マジで感動しました。
ドラファンですが、ここのブロブは毎日みていて、はじめてコメントしたくなりました。
メジャーより、日本プロ野球が大好きです。
だって、おいら日本人ですから…
posted by だんひる | 2007-11-18 04:16
人生冥利
ヤクルトファンといえば、ビニル傘でアベックを惨殺した「神宮前の悲劇」だね。
岡田もくだらん応援を考案したものだ。だいたい傘なんて差したら前が見えないんだよ!
posted by ヤクルトファンはくず | 2007-11-18 07:32
人生冥利
↑さん、せっかく管理人さんが素晴らしい内容を書いてくださってるのに台無しもいいとこですよ、こんなふざけた発言するなよ!
posted by G | 2007-11-18 12:45
人生冥利
同意です!せっかく岡田さんが貧乏人にも応援できる方法を考え出したのに、ヤクルトファンの不良がそれを台無しにしたことに激しい憤りを感じます。
posted by ↑ | 2007-11-19 06:01
人生冥利
なんかすごいコメントが遅れてすいません。
これでもブログかよ(自問
>だんひるさん
おぉ、毎日見てらっしゃるとは感謝感激です。
日本人の~となんか頭の悪いタイトルを書いてますが、
私も日本の野球が好きなのは確かなんですが
単純にTVでやってるからと言う簡単な
理由だったりもするんですね。
メジャーリーグとか、例えば韓国や台湾の試合とかも
やったらもっと見るだろうし…。
多分、結構多くの人がそうだろうって思います。
だから、スポーツ放送は今や有料の時代だって
言葉もわかるんですけど、やっぱり無料で見られる
手軽なTV放送が人の価値観を左右する事も多いと
思うんで、色々な事を試して欲しいですね。
>ヤクルトファンはくずさん
>Gさん
>↑さん
私は神宮前の悲劇は聞いたことがありませんが。
神宮球場に行ったとき、傘は邪魔には感じませんでした。
ただ、ヤクルトファンと思われる人達が
無意味と思われるところでブーイングをする
行為を見てがっかりしたのは覚えてます。
ヤクルトファンの方によると、あれは
「ヤクルトファンじゃなく、一部のこと」だそうですが…。
ヤクルトファン限定じゃなく、やっぱりファンが
迷惑をかける事も多いと思います。
甲子園でラジカセが舞ってたときは危険と感じる前に
笑いを催しましたが、でもかなり危ないんで…。
これは極端な例ですが、例えば傘が迷惑だったら、
それが迷惑と人が感じるかをハッキリと言うことも
大事だと感じています。
勿論言いがかりとか誹謗中傷的じゃなく。
価値観が沢山あって統一するのは難しいですけど
ファンがひとに迷惑だと感じられていると、
やっぱりそのスポーツって面白くないものに
見えてくると思うんですね。
あと、ファンになんか、初めての人お断りみたいな
感じじゃなく、みんな参加できるって言う姿勢であって
欲しいと思いますね。
fanatist(狂信者)の「fan」じゃなく、
楽しみの「fun」に、みたいな(まとめてみた)
posted by 智(ブログ主) | 2007-11-29 17:26


