2008年03月07日

『五味の魅力とその限界 諸共同体を横断せよ! 英雄への道程』

おっちゃんやで~。戦極やけど、そこそこ盛り上がったようやな。おっちゃんは4試合だけ動画でみただけやけど、まあ予想通りゆうか新しいものはなかったなあ。結局PRIDEの武士道が復活した感じやろか。日本人vs世界なんて近代の構図そのものやし、アニメ声も関係性とは真逆や。とにかく選手からの自己主張、遺恨がほしいところやな。まあ、PRIDEマニアは嫌がるやろうけど。

それで五味やけど、あいつは中々魅力的やねん。記者会見のときの乱闘騒ぎの際に笑ってたり、試合後も自意識そのままでマイクでしゃべってたやんか。あいつは人生楽しんでるのやろうな。自分らしく生きるとは自己が自己自身になることを意味してるねん。誰でもない個性的な自己を生きること、これによって人は充実感を得て個性と自信を獲得していくねん。これこそおっちゃんのゆうてる主観的演技性でな、かっこつけるのやのうて等身大の自己自身を放り出してるからこそ、現代人は惹きつけられるねん。これはゴルフの宮里藍や、卓球の福原愛、フィギュアの浅田真央にも通じることや。皆自己実現を通じて個性と自信をもってるから陽のオーラはなってるやんか。せやけどそれでええのやろうか?

確かに五味は人間的魅力を持ってる。せやけどそれは所詮は出自の共同体の代表レベルや。宮里も福原も浅田もそれぞれの共同体を代表してるだけでな、等身大の魅力的な自己でしかないねん。英雄になろうとおもたら世間を巻き込むような物語を紡いでいかなあかんねん。より高度な技術を磨いていかなあかねん。亀田みてみい、ボクシング界でええ顔してるだけとちゃうやんか。憎まれ口叩いて、世論に立ち向かっていくねん。

かつて近代では大きな共同体一つやったから、その共同体の英雄=国民的英雄やったよ。せやけど現代の今は諸共同体が散在してるのが現状や。一つの共同体の英雄はローカルな英雄でしかないねん。そこで諸共同体を横断するものこそ、現代の英雄になれるわけや。共同体によって価値観は異なるから、全面肯定された長嶋や石原裕次郎と違ごて、現代の英雄は称賛と非難を浴びることになるやろう。せやけどそれでええねん。ファンもアンチも手のひらで転がして常に世間の注目を浴びていく、これこそが英雄に求められることなんや。

五味は魅力的な人間やけど、所詮はローカルな英雄でしかないねん。さらに上行こうとおもたら、世間に注目させるような物語を紡いでいかなあかんよ。そうして称賛と非難を浴びて、世間を巻き込んでいくねん。亀田やパリス・ヒルトン目指すねん。五味よ、英雄になるんや、偶然の、高度には必然の物語を紡げよ!

ほなな。

posted by つるじょあ |12:14 | イノキゲノム | コメント(54) | トラックバック(0)
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