2007年12月26日
『全員死ね! 現代プロレス到来の予感、IGFがもたらした格闘技の新しい地平 中途半端なことをやるな、やるなら徹底的にやれ!!』
おっちゃんやで~。IGF第三回興行について語らしてもらいまっせ。 遂に近代・現代がまぜこぜになって、同一性を欠いた混沌としたIGFが現代プロレスへと動き出したようやな。おっちゃんは前回の興行で駄目だししてたやろ?それは猪木が大上段に構えてリングで選手に闘魂を注入せえへんかったからや。IGFの他のイベント・団体に対するイニシアチブは、正しい理念をもった猪木が、その理念へと選手を駆り立てるからやないか。そうやなかったらIGFの意味はないよ。せやけど今回猪木はやってくれたやないか。最早流れとかそんなん関係ないねん、流れゆうのはな、高度なプロレスの問題や。今は現代プロレスの地平において、ようやく地ベタを這いずり回ってる状態や。流れもクソもあるか、どいつもこいつも弓引きナックルで殴り倒したったらええねん。巨人軍団かて流れ以前的な強烈な選手への問いかけやないか。規格外の、予定調和の相手をぶつけたるねん。 小川は猪木の首絞めただけで業界の禁忌を侵したとかゆうて満足してたけど、まだまだ甘すぎるよ。せやけどこの剥き出しの遺恨こそ現代プロレスの真骨頂や。現代プロレスとは競技性と演技性の統合や。演技性とは主観的演技性、お客さんが喜ぶことを想定した自己自身の操作なのやから、これでええねん。分かりやすく言うたらな、近代プロレスはブック、アングル、現代プロレスは自己ブック、自己アングルやねん。まだまだレベル低いし、老人猪木を担ぎだなさあかんのは選手の体たらくや。せやけど今までにないええ雰囲気になってきてるよ。現代プロレスの予感や。 高橋義生、どこが人喰いやねん、飯喰いに来ただけやないか。IGFは総合の落ちこぼれの再就職先とちゃうぞ。現代プロレスではな、競技性とさらに演技性が必要なんやで。天下取る気あるのやったら自己主張せんかい。飯喰いからほんまの人喰いになってみい。 モンターニャは相変わらず最高やな。切れ具合が素晴らしいわ。感情が突出してそれがリアリティーとハプニングを生んでくれる。また単なる天然やのうて、感情と感情の間では結構考えてるような気いするわ。取り敢えずは名勝負製造機といえるやろう。 カートはまだ利用価値あるな。現代プロレスが主流になるまでの客寄せパンダとして機能してもらわんといかん。ブッカーも現代プロレスは無理やろうから、精々かっこよく立ち上がるとかパフォーマンスして、まだまだ粗末なIGFを彩って欲しいわ。 前回のあまりの酷さに落胆してたおっちゃんやけど、猪木も遂に尻に火が付いたのやろうか?最大のピンチは最大のチャンスがおっちゃんの座右の銘なのやけど、IGFも観客減ってお客さんから三行半叩きつけられてようやく始動した感じですわ。今闘魂燃やさんでいつ燃やすねん。流れとか高度なプロレス以前的な、凝り固まった自己を破壊することが先決や。 ほなな。
posted by つるじょあ |22:55 |
イノキゲノム |
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