2007年11月01日
みんな大好き、おっちゃんやで~(笑点)。
少しずつやけどイノキゲノムが動き出してるようやな。参戦決定した高橋義生はパンクラスのヘビー級の選手や。パンクラスはヘビー級のレベルは低いしPRIDEでもええところなかったな。人喰いてほんまに喰う気あるのやろうか?総合では通用せえへんからプロレスやりにきたのやったらそれこそ巨人に喰われてしまうで。
競技性と演技性が統合されるのが現代格闘技であり、IGFの理念や。現代格闘技とIGFの理念は一致するねん。そうゆう意味で、新日などのプロレスは勿論のこと、k-1・UFC・HEROSが踏み外してる現代格闘技への道を唯一歩んでるイベントなんや。暗黒世界の洞穴においてはるか彼方に光り輝く出口がある。それが見えんもんはいつまでたっても外に出られまへん。猪木には、IGFにはその出口の光が見えてる。そこに向かって一歩一歩進んでるのやで。
猪木は巨人投入を示唆した。そうや、巨人と小さいもんがどないして戦うのか、前回の一番盛り上がった田村vsモンターニャに予定調和破壊への手がかりを見たのやろう。これも猪木からの一皮向けるための試練なんやで。それをこえていかんとあかん。
今回参加する高橋も競技性もってるやんか、猪木は競技性と演技性の向上とその統合を図ってる。
最後に猪木はん、大阪でやるゆうたやないか!有明てどこやねん(氷点)。
ほな。
posted by つるじょあ |20:49 |
イノキゲノム |
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2007年11月01日
西日本一野球を愛するおっちゃんやで~。
ダルが咆えた!日本シリーズ初戦、戦う前から相手チーム主砲に勝負するて挑発し、マウンド上では気迫の投球するとガッツポーズ、勝利してからお立ち台では「札幌に帰ってきて優勝したいと思います」のこの宣言や。まさしく演技性と競技性の統合やないのんかい。
勿論まだまだ萌芽的なもんやけど、単に勝利するのとドラマを演出するのとどちらが人を惹きつけるのやろうな。単に野球やってひきつけられるのは野球マニアだけや。野球が上昇するには野球を知らん大多数の一般人が必要なんや。そこで感情を出していって相手を挑発し、それに打ち克つ。これはプロレス的演出とは質が異なってる。なんでかゆうたらプロレスは八百長であり、その演出は虚偽性やからや。プロレスの演技性は近代的な客観的演技性であって、これから求められるのは現代的な主観的演技性なんや。
現代演劇で人気ある役者見てみい、例えばキムタクやツマブキ。あいつらは常に自然に話してるやろ。そらそうや、昔みたいな客観的に紙に箇条書きでけるような、ベタの演技性では嘘臭さが鼻について臨場感に欠けるからや。近代社会では関係性の希求はなかったからわざとらしいベタな演技こそ求められたのやけど、現代のような今ここを楽しめる関係性が必要な時代では、臨場感無いと受け入られることはないねん。キムタクやツマブキは教師役やったらベタの有りがちな教師像を演ずるのやのうて、自らが教師になって演ずるねん。これこそ主観的演技性でな、嘘やないほんまの自己やから人々はそこにリアリティーを感じるわけや。
ダルも自我を発達さして、噴出する自己を次々と表現していかなあかん。それがただ単に思いつきやのうて、因果的な物語としてそれをおもろい方向へもっていくこと、それが高度な野球、現代野球ゆうもんなんや。格闘技の分野でアントニオ猪木は、単に戦う競技性のみの総合格闘技やのうてそれと己を表現していく主観的演技性とを合わせた現代格闘技を標榜してる。そうやないと、つまり近代エンターテイメントが現代化していかんと時代に取り残されるからや。ボクシングでは奇形ながらも亀田が出現して世間を騒がせた。野球では新庄であり、ダルビッシュや。せやけど野球は既得権益が大きすぎてまだまだ危機感がないよ。ボーっとしてたら格闘技が、ボクシングが、ゴルフが、サッカーが野球を追い抜いてしまうで。
将来はあらゆる分野で自己演出と競技性の高度な戦いが見られることになるやろう。それが現代エンターテイメントなんや。近代から現代へ、近代野球を超克して現代野球へ!
ほなな。
posted by つるじょあ |18:34 |
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