2007年10月20日
【万死に値する! エンタメへ無自覚な監督落合、その罪業 現代野球への道】
おっちゃんやで~。かつて野球は国民的に支持されてた。せやけど今はどうやろうか。年々集客力は落っこちてメディアでの露出も減りつつあるのやないか?これは野球が現代社会においてもかび臭い近代的野球を惰性で引きずってるからや。近代野球は現代野球へと進化していかなあかん。そこでおっちゃんは近代性の象徴として落合を非難したい。 現代野球の理念は競技性と演技性の統合や。競技性とは強さであり、演技性とは自己演出のことや。競技のみで盛り上がるのは近代、今は強いだけでは意味がないから、そこに人々をひきつけるような物語が必要なんや。 そこを考えると落合は最悪や。勝ちに拘りすぎてお客さんを想定した野球をしてない。前に優勝したときも前年に比べて観客が減ったんやて。なにをやってるのやろうな。ええか、プロ野球は興行やねん。お客さん呼んでなんぼやねん。どつまらん試合して客引かしてどないするねん。格闘技選手でゆうたらアーネスト・ホーストや。お客さん無視で勝利にこだわりその結果ドン引きさせる。負けるバンナのほうが人気もんや。落合のやってることはそうゆうことなんやで。 あいつ現役時代ホームランについても「飛ばなくてもホームランはホームラン」てゆうてたよ。これがすべてを物語ってるやろ。確かに競技性の観点からしたらその通りやろうな。せやけどお客さんは場外に消えていく特大ホームランに喜ぶわけやんか。飛距離には競技性にはカウントされん感動が隠れてるねん。 現代エンタメの理念は競技性と演技性の統合や。勿論競技性をないがしろにせえゆうてるわけちゃうよ、せやけど競技性に偏向してもそれはエンタメとしては質が低いてゆうてるだけのことやから。亀田みてみい、長男50%次男40%やで。自己演出の賜物やないかい。ビーチクバレーの浅尾かて片乳だしてがんばってはるで、落合の女房もけつめど出さんかい!(笑点) 今必要なんは闘魂なんや。競技的にも演技的にも自己を超克せなあかん。選手として技術身に付けるのは勿論のこと、人々をひきつけるようなお客さんとの関係性を身に付けるために日常からコミュニケーションスキルを向上していかなあかんのや。そうやなかったら他のエンタメに盟主の地位を脅かされてしまうで。近代野球から現代野球へと進化していかなあかん。塩監督落合のもとではええ思いでけへんから皆離れていくやろな。福留も岩瀬も出て行くやろ。いま野球に必要なんは自己超克の概念、闘魂なんやで。すなわちアントニオ猪木なんや。 ほないくで~。1アウト、2アウト、3アウト、ダ~ッ!
posted by つるじょあ |10:27 |
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