2007年05月16日

プロレスにおける構造改革、現代プロレスの存立構造

おっちゃんやで~。忙しゅうて書き込めませんでした。

改良とは今ある地平上での変革であり、改革とは地平それ自体の変革を言う。ハードとソフトがあって、ソフトを変える事が改良、ハードを変える事が改革や。改良してええ成果が得られてる内はそれでええのやけど、成果が得られんようになった場合は根本的に土台から変えんと生き残ることはでけん。ファミコンもスーファミになりプレステになる。これは歴史法則なんや。今のプロレスは低迷して久しい、ドラゲーが人気ある言うたかて所詮はローカル、まさしく根本から改革するときやろ。ドラゲーでは少数の心つかめても大衆の心をつかむことはでけへんよ。そこでおっちゃんは現代に即したプロレスの構造レベルでの改革を示そうと思う。

まず全選手をフリーにすることや。これはなんでやろうか?まず会社が個人守ってたら自己超克は起きません。今の時代は能力主義社会、絶えず自己を更新する必要があるのやから、フリーになって自らを鍛えるのは時代の趨勢や。フリーもしくは事務所小さなったら生きるために能動的に動かなあかん。頼るもんがない分自足性になるから生きるために絶えず努力することになる。また緊張感合って人生に張りが出るしその結果力が身につく。こうしてフリー化することによって肉体と精神の向上が図れるわけや。団体経営で福利厚生までやって怪我しても給料出るみたいな環境で選手鍛えられるわけないやんか。会社に守られてる選手見てみい、精神的に鍛えられてないから自己主張でけへんよ。世間一般では多様な価値観に基づく流動性の高い社会において、人材派遣や中途採用が注目されてる。終身雇用制度も年功序列の給与体系も崩壊しつつある昨今、なんでプロレスだけが逆をいけるやろうか。会社に依存する実存形式では競争社会である現代社会には適応できません。

次に団体は団体経営からイベント経営に切り替えて戦いの場を提供することや。それやったら団体が選手を背負う必要は無いし、選手も競争力が身に付く。これらは既にPRIDEやK-1がやってることやな。自己アングルとして新日は全日に負けへんでえ、て言うて団体間の抗争盛り上げるのはええけども、ほんまに団体に尊厳預けたらあかん。昔はアイデンティティーは会社て言うてるやつおったけど、今は尊厳は自己にこそおくべきで、会社に忠誠心持ってても切られるし、社員に忠誠心当てにしてても直ぐ辞めていきまっせ。

現代プロレス、イノキゲノムはそういった個のぶつかり合いなんや。研ぎ澄まされた肉体と精神がぶつかり合う何ものにも依拠しない自己自身同士の格闘芸術。これこそ野球やサッカーを超えられる唯一のあり方なんやで。

posted by つるじょあ |22:08 | イノキゲノム | コメント(26) | トラックバック(0)
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