2007年05月04日

闘魂とは何か、自己超克の概念 元気があれば何でもできる!

「闘魂とは己に打ち勝つこと」と猪木は定義してる。この自己超克とはつまり実存する、言うことや。実存とは関係が関係自身に関係することや。最初の関係とは自己関係でありこれは無限性と有限性、可能性と現実性の関係項を持ってる。自己関係自身とは自己関係が目指すべき理念でな、自己関係は4つの関係項を総合して自己関係自身へと近づく。この自己関係の自己関係自身への運動が実存する言うこと、すなわち闘魂なんや。「馬鹿になれ、恥をかけ」とはすなわち無限的なもの、有限的なもの、可能的なもの、現実的なもののいずれにも傾くことなく自己を総合し正しく自己自身となることを意味する。まあ、ここは難しいから読み飛ばしてくれ。

かしこぶったりえらぶったりして自己を上げ底することはほんまの自己から離れることや。猪木は失敗を通じて無力である「本当の自分が見えてくる」すなわち脆弱な自己と対面し、失敗の経験を糧に成長し更なる失敗、そして更なる成長へと己を鍛え上げるんや。猪木は言うた、「限界なんてない、あるのは限界と言っている自分だけだ」と。現代人の大多数は行動する前に考えてもうて失敗の臭いを嗅ぎつけ行動するのを止めてしまう。ある者は実際に行動して失敗する者を揶揄し、ある者は己は才能ないとかどうせ無理とか言うて、限界と諦める。「1歩踏み出す勇気」を失ってるのや。実際にやりもせんと上げ底した自己でええ気になってるのは空中楼閣の蜃気楼の国で王様気取りになることや。それが一体何を生み出すのやろうか。猪木は現代人に自己を生き抜くとは、そして世界平和とはこうやるのや言うことを示してくれてはるのや。このような実存する自己の原動力は情熱や。実存の根本に情熱が無いとこの責め苦を受け取ることはでけん。情熱とは何か?そうや、猪木の言う元気のことや。皆は元気を普通に受け止めてるかも知れんけど、猪木の元気は情熱を示してる。「元気があれば何でもできる」つまり情熱があれば己に打ち克てる、考えてるだけでは何事も生まれない、「行ってみろ行けば分かるさ」どうもありがとう! 

次回はアメプロが日本で受け入れられないのはなんでか書くよ。

posted by つるじょあ |11:03 | イノキゲノム | コメント(51) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加