2008年03月13日
『IGFの射程 戦極を取り込みDREAMと抗争のアクロバット おっちゃんの大胆予想!』
おっちゃんやで~。 前回、社会的文脈で読むことを真面目に説いてたのにこれで台無しやろか?(笑点) 戦極もDREAMも、このままやったら厳しいと思う。なんでかゆうたら現代初期の理念のままやからや。結局はPRIDEの既得権益の取り合いゆう、皮相な形になってる。戦いを極めるだけ、夢の対決を実現させるだけ、それで果たして長期的展望があるといえるのやろか?戦いを極めることに少数のマニアは関心あっても大多数の世間は注目するやろか?夢の対決さしても、一通り組み合わせたら夢も覚めてしまうのとちゃうか?貯金を使い果たすのやのうて、新しく価値を作り出していかなあかん。 総合の衰退は、現代社会が成熟してきたからや。初期は直接性を、成熟期にはさらに関係性を世間は求めるようになるねん。直接性のみ、格闘技でゆうたら競技性のみでいつまでもやってるから総合は衰退していってるのに、競技性に執着してどないすんねんな。そこで関係性も、すなわち格闘技でゆうたら演技性も取り込んでいかなあかんねん。つまり現代格闘技の理念は競技性と演技性の統合であってな、ええ例が亀田であり、パリス・ヒルトンであり、石原真理江なんや。 IGFは唯一現代格闘技の理念を自覚してるイベントなのやけど、正直ゆうて無からスタートしてるから、駒不足は否めへんねん。競技性も演技性も中途半端や。そこでや、戦極は高い競技性持ってるけどもそれだけやから、このままいったら理論上は行き詰まるのは目に見えてるねん。PRIDEの既得権益の取り合いも、相手は地上波付いてるし、資金潤沢で駒も仰山揃ってるから勝つのは難しいやろうな。そこでIGFは、将来イベントとして閉塞する戦極を取り込んでいって、競技性を獲得したらどうやろか?猪木は先日戦極に言及してるし、小川も会場に足運んでるし、愛弟子の藤田もいてて入場曲は猪木の曲やったし、ジョシュも絡んでるし、少なからず関係があるねん。また戦極主催者も融通性あるやんか、小川に出て欲しいとか慎重に言及すべきところを即答してるし、サプライズはホジャー参戦とか、結構ええ加減で猪木に通じるところもあるやんか。英雄への切符持った五味に、猪木が物語を紡ぐことを教えるねん。「相手は対戦相手だけじゃない」「お客さんを相手に戦わなければならなんだ」「そしてこの戦いには日々の研鑽が必要なんだ」「普段嫌なことは嫌といわなければならない」「ハプニングを起こして世間を巻き込め」とか説くねん。IGFに欠けてるリアリティー(競技性)と、戦極に欠けてる華(演技性)が融合して、あの格闘エンターテイメントの最新の進化形態、現代プロレスとなるねん。 大胆過ぎたやろか?オー・モーレツ! ほなな。
posted by つるじょあ |12:11 |
イノキゲノム |
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