2007年05月07日
近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
競技性導入を声高に叫ぶ猪木に対して「かつて猪木がやってきたことは八百長であり、その猪木がプロレスラーは強くあらねばならない、と主張するのは説得力に欠ける」て言う意見が目立つ。せやけど猪木は八百長やってないよ。 格闘技は古代ギリシャのパンクラチオンに端を発し各々の時代のその社会に有用な形態をとって変遷し、近代社会ではプロレスとなった。マズローの欲求階層論によると人間の欲求には段階があり、ある段階の欲求が満たされると更に高次の欲求が生じる。近代社会は物質的欲求の時代でな、物質的欲求の充足言う国民的合意の下に国家自体を一つの共同体と見立てた(アンダーソン・想像の共同体)。そこでは近代大工業(大量生産)が栄え、男は外へ労働し女は家庭内再生産を行う言う性別役割分業が行われる。こういった社会での娯楽は近代社会を肯定し共同体を結びつけるようなものが好まれる。ドラマや映画でも勧善懲悪、すなわち善が悪に苦しめられるも最後には勝つ、そう言うもんが好まれるわけや。苦労しても正しく頑張れば報われる、こういった予定調和は当然プロレスにも当てはまる。力道山が、馬場が、猪木が、迫りくる悪に苦しめられつつも最後は勝って観衆にカタルシスを与える。そういう訳で近代プロレスは競技性(強さ)も演技性(自己演出)も必要やなかった。 それを踏まえて猪木の時代のプロレスは八百長やないと言うことがいえる。近代におけるエンターテイメントは予定調和が受ける。馬場かておんなじこと反復してたのやのうて、客が帰り際に言うてる言葉を影で聞き耳立てて常に興行に反映さしてきたんや。馬場は三波春夫の「お客様は神様です」言う言葉に「この言葉を使った人は本心から言っているのだと思う」と共感寄せて集客の大変さ、換言したら絶えず変えていく絶えず更新していくことの大切さを痛感してた。八百長言うけど、その時代にもっと受けるエンタメを提供しようと馬場も猪木もガチをやってたんや。当時は競技性は必要なかったから、 八百長言う否定的言辞自体今日的立場に立脚した物言いなんや。猪木はそう言う意味で過去のプロレスに対してあれは八百長やなんて言うわけないやろ。八百長やないもん。猪木が現代においても格闘技の伝統性上で語るのは当然のことであり、八百長やってないのに八百長言う非難は格闘技の伝統性に対する無知から生まれるもんに過ぎない。過去の戦争評価を今日的な価値観に照らし合わせても意味は無い、戦時国際法に照らし合わせて断罪すべきことと同じや。 せやけど物質的欲求が充足されて更なる高次の欲求である心的欲求の充足の時代になると予定調和が必要されんようになってしまう。物質的欲求は共有可能やったけど心的欲求は個々人の問題やから合意不可能や、国民的合意は解消し国家的規模の共同性は衰退、性別役割分業の必要性は失われ女性の社会進出は常態化、近代大工業も衰退し多様な価値に適応する為に会社は機能性を重視、その結果年功序列の給与体系や終身雇用制度は崩壊、定年後悠悠自適に温泉めぐりや盆栽いじりするライフコースは覆される。道徳も共同性やから衰退し、隣は何をする人ぞ、ついには近代は終焉し 現代を迎えることとなる訳や。実存形式も意味から享楽を追及するもんに変わる。 この様な時代の変遷と共に近代社会で有用やったプロレスはパンクラチオンやランカシャーレスリングなどと同様に廃棄され、現代に即したその社会に有用な形態にかわらなあかん。このような現代における娯楽は意味からの解脱言う意味で今日的な複雑な社会における言語への依存から言語を滅殺する感受性が必要になるから直接性と、人間関係で今ここを楽しむための関係性が求められる。プロレスもそう言う意味では直接性、すなわち競技性と、関係性すなわち自己演出(演技性)が、すなわち現代プロレスが求められるのは必然的帰結や。このように近代プロレスから現代プロレスへと変遷する格闘技の伝統性においてはプロレスは今までも、そしてこれからも八百長やないよ。八百長言われてるのは歴史的連続性の只中にある格闘技の伝統性から抜き出した、伝統性とは無関係の過去のプロレスなんや。アントニオ猪木のやってきたプロレスと例えば天山のやってきたプロレスはおんなじことやけど、せやけど猪木のやってきたことは評価され、天山のやってることは評価されんのは前者が時代に即したエンタメであり、後者が時代から隔絶したエンタメであり、未だに過去のプロレスをやってるからなんや。 次回は天才論について語るで。
posted by つるじょあ |12:21 |
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この記事に対するコメント一覧
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
こんにちは。
おっちゃんの切り口は好きだよ。
わしは、プロレスは世の中の縮図とずっと思ってきたので、歴史と共にプロレスを紐解くと現状が良く見えてくるね。
ベルリンの壁は崩壊し、冷戦時代はとっくに終わっているのに、プロレス界ではアントニオ猪木を誰も超えていない現実。
これが一番悲しいね。
posted by バーバリアン1号 | 2007-05-07 13:22
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
猪木のやったのは八百長とかじゃないよ
あれは肉体派コント レスラーは基本ボケ役を担当し観客が突っ込みを担当する
延髄ギリはボケ
観客はそれに「おいおい当たってないよ!」とか「普通に蹴った方がどう考えても聞くぜw」と突っ込む
プロレスは八百長とかじゃない プロレスをバカにしてはいけない
彼らはただ肉体派のお笑い芸人なんだ 誤解しないように
posted by ぷろれちゅ芸人 | 2007-05-07 14:05
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
プロレスとはそう言うものだから、八百長と言うこと自体がナンセンス。これでいいんじゃないの?おっちゃんは大人なのだから、子供でも理解出来るように噛み砕いて伝えて下さい。もうちょっと簡潔明瞭に書いてくれないと、殆ど誰も理解出来ない・・・・
posted by | 2007-05-07 14:42
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
前田アキラみたい。
コンプレックスの裏返し。
難しい言葉ばかり使いたがる…
posted by あきら | 2007-05-07 14:55
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
おっちゃんこたえてよー
1.最近、生で観戦した「近代プロレス」はどの団体でいつ頃ですか??
2.IGFの価値が世間に認知されていくと、他の「近代プロレス」団体はどうなると予想しますか??
3.2chについてどう思いますか??
posted by ファンタジームタ | 2007-05-07 16:11
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
何がダメって、最後の1センテンス以外すべて蛇足なところがもう
posted by hellharmony | 2007-05-07 17:42
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
やっぱりこのテーマで語るだけの知識も能力もないみたいですね。貴方には荷が重過ぎました。
posted by T | 2007-05-07 17:46
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
切り口は面白い雰囲気を感じるのですが…、内容に入る前に、難しい言葉の羅列に読む気がなくなってしまうのです。
>八百長言う否定的言辞自体今日的立場に立脚した物言いなんや。
漢字を並べすぎですよ!!
「読解力がない!!」とお叱りを受ければそれまでですが、コラムが読者への情報発信が目的である以上、もう少し分かりやすい言葉で説明してもらわないと、ただの自己満足で終わってしまいます。折角の良い切り口も伝わらなくなってしまうので、それではいかにも残念。
今後の変化に期待したいと思います。
posted by ジャイアントフランケンシュタイナー | 2007-05-07 18:20
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
近代の時代背景か、八百長という言葉の定義か、どっちかだと思ってました。
おっちゃんなりに言葉で説明すればそうなんだろうけど、競技性導入された現代の選手のほうが近代の選手より絶対に大変じゃないですか?
いくら理想言っても生身の人間ですよ
ガチばかりやってたら持ちません。体も心も。それを超越したところに・・・って言われそうだけど
空手やってる人とかウジャウジャいますから、一度下段蹴りでもしてもらって下さいよ。一発でいいから本気で。骨は折れないし半日経ったら歩けますよ。
痛いというより「効く(耐えられない、力が抜ける)」という感覚が分かりますから。
それから競技性なりガチなり語ってはいかがかな?
posted by katsu | 2007-05-07 19:31
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
バーバリアン1号はん、こんばんは。
>歴史と共にプロレスを紐解くと現状が良く見えてくるね。
そうです、そうです。おっちゃんからすると社会的文脈でプロレス読み取る視座が欠けてるからプロレスファンの主張は浅い。そこでおっちゃんの登場ですわ。
>ベルリンの壁は崩壊し、冷戦時代はとっくに終わっている
ほんまですわ、小川登場した時でもやっと改革はじまったんかい、遅かったなあ、て思てたのに改革頓挫して未だにそのまんま。驚き桃の木アントニオ猪木ですわ(笑点)。
ぷろれちゅ芸人はん、こんばんは。
>あれは肉体派コント
おもしろおかしく見え出すのはやはり現代に入ってからですわ。
名無しはん、こんばんは。
>もうちょっと簡潔明瞭に書いてくれないと、
>殆ど誰も理解出来ない・・・・
おっちゃんもできるだけ優しゅうかくように心掛けてるのやけど、今回は失敗でしたわ。次回からより気をつけます。
あきらはん、こんばんは。
>前田アキラみたい。
そないおっちゃん格好ええかなあ(笑点)。
ファンタジームタはん、こんばんは。
>最近、生で観戦した「近代プロレス」
>はどの団体でいつ頃ですか??
どうでもええことやんか。
>IGFの価値が世間に認知されていくと、
>他の「近代プロレス」団体はどうなると予想しますか??
客層違うで片付けられることやないよ。まず競技性持ってるけど燻ってるベテランから順番待ちしてる若手まで流出する可能性あるよ。それに注目されるほうに人材流れるから新しい人材も期待でけへん。
hellharmonyはん、こんばんは。
>最後の1センテンス以外すべて蛇足なところがもう
ほんまや(笑点)。頑張りますのでよろしゅうおたのもうします。
Tはん、こんばんは。
>貴方には荷が重過ぎました。
おっちゃんはタイトルのしたの説明にもある通り、おっちゃんなりの観点からやるから。いちいち高橋本見て「噛み付かないのか」の台詞は誰が考えたのか、流血はほんまなのやろうか、とか一つ一つ検証していくとかおっちゃんはしません。おっちゃんからしたら社会的文脈上それはガチ、でしまいですわ。おっちゃんは一般人の分析の上を行ってるから。
ジャイアントはん、こんばんは。
>八百長言う否定的言辞自体今日的立場に立脚した物言いなんや。
>漢字を並べすぎですよ!!
ほんまや、中国語みたいや(笑点)。わらいごとやないね、気をつけます。
ほな。
posted by つるじょあ | 2007-05-07 20:50
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
ああ、なるほど、そういう着地の仕方だったのか。
もっと平明に書いてもらえたら、いい評論だと思いました。少し、難解。でも、荷が重いという批判は当たらない。全然、荷は重くないですよ。
アントニオ猪木という存在の功罪をきっちりつめていくことは、プロレスの現在を語る上で重要ですよね。おっちゃんには歴史的視点をちゃんと押さえたプロレス論をどんどん展開して欲しいです。
言いたいことは他にあるんですけど、また、ボツボツ書かせてもらいます。
posted by K | 2007-05-07 23:28
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
こういう今プロレスが衰退していることへの分析はわかるよ
それに関しては別に反論はない
古代~中世では人が死ぬことが見世物とされ、それが受けていたのは民衆がそれを望んでいたから
今でも倫理やその他いろいろな良識から当然禁止だけど、フィクションの世界なら多くあるということはそれを求める心理は今も変わっていないと思う
極端な例だけど、演じる側と見る側の嗜好が一致しているかどうかが重要だということです
しかし、猪木氏の提供しようとしているものが今民衆が求めているものかどうかはわかりません
ただこれまでの結果を見れば違うのではないかと言わざるを得ません
何を言おうとも結果が出ていない以上説得力はなく、今回に懸っているところは大きいと思います
ですから6月29日まで待ちましょう
今のところ、猪木がなにかやらかす、猪木なら何かやってくれるという漠然とした期待、不安しかありません
IGFの是非について今の段階で何を言おうと肯定、否定共に机上の空論に過ぎません
posted by 空 | 2007-05-08 00:38
Re:近代の英雄、猪木は八百長レスラーなのか? 格闘技の伝統性
「内容のある勝つか、負けるかという真剣勝負のような試合」と「非常に名人芸、職人芸の演技としてのプロレスの世界」の2つが私の心の中にぼんやりと生まれていた。 またプロレスは、純粋な格闘技の側面とエンターティメントの部分に明確な線引きが出来ない。このため学術的にはスポーツとは見なされない。しかしシンクロ・スイミングや新体操に芸術点があるように、試合の流れや技などプロセスの美術性を楽しむ考え方もある。
→J.鶴田の論文の一部です。良かったら読んでみて下さい。
http://www.jumbo-t.com/frame.html
posted by 10ryu | 2007-05-08 02:37


