2008年04月25日

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

おっちゃんやで~。

ジョシュが再び総合格闘技「戦極」に参戦、その会見場で「プロレスが最強であることを証明する」て気勢を上げたそうや。せやけどこの物言いには猪木の主張とはやや異なりがあるねん。それを説明するわ。

ジョシュは総合とプロレスの関係を良く理解してるねん。彼はかつて新日に参戦してたとき、共にパンクラチオンにルーツを持つプロレスと総合が今こそ一緒になる時、てゆうてた。一般の格闘技ファンは無知やからプロレスと総合を完全に分けて考えるのやけど、歴史的に見たら淵源はおんなじでありまた一緒になるべきことをジョシュは見抜いてるねん。

古代ローマに端を発する格闘技は、近代においてはプロレスになったんや。今でこそ八百長と馬鹿にされてるプロレスやけど、当時はこれこそリアルであり社会が要求してた格闘技やったんや。せやけど近代から現代に社会が変わると、格闘技はさらに変遷して現代初期においては総合になるねん。せやけどプロレスラーは既得権益にすがり付いて惰性でプロレスを継続して衰退していってるのが現状や。

ジョシュからしたらプロレスのあとは総合なのやから、分化して横道それたプロレスは収斂すべきと考えるのは当然のことやと思う。UWFを愛し総合を志したジョシュからしてみたら、プロレスは他人やないからこそ深く関わってるねん。彼はプロレスと総合の分化の現状を理解した上で、両者の収斂の物語を紡いでる訳や。

せやけどこのような分化は猪木からしたら認められることやないねん。猪木は「俺は格闘技とプロレスを分けて考えていない」てゆうてる。これはどうゆうことなのやろうか?プロレスにはあらゆる格闘技の要素が詰まったいわば総合格闘技である建前があるねん。現在の総合と質が異なるのは時代が変わっただけでな、近代においてはプロレスこそリアルやったわけや。これを一般人は「プロレスは八百長だった」とかゆうて過去のプロレスを笑うのやけど、価値観が単一で予定調和を望んでる時代に応じて形成されたプロレスは当時は正に総合格闘技やったんや。そんなプロレスを格闘技の近代から現代への伝統性からはじきだして対象化することは、猪木からしてみたら歴史認識の誤りでしかないねん。

ジョシュは現状を踏まえた上で冷静に分析して、愛すべきプロレスを現代格闘技に収斂すべく「プロレスが最強ゆうふかし」でプロレスを持ち出してくれた、これが今回の最強宣言の真意や。せやけど猪木はプロレスは近代から現代への変遷の只中で継承されていくものやから、格闘技からつまはじきにした他者として、分化することを認めるわけにはいかへんねん。力道山ゲノム、猪木ゲノムは近代格闘技の自意識で、この伝統性を現代社会の自意識に変えていくこと、これがIGFの役割なんや。

猪木が橋本に小川ぶつけて、永田にミルコ・ヒョードルぶつけて、中西にTOA・藤田ぶつけて、新日に競技性の嵐を持ち込んだのは気付きを供給してプロレスを現代化させるためやったんや。なんで猪木の最後の弟子がRYOTOなのか、なんでIGFには総合出身の選手が大半を占めてるのか、なんで新日との対抗戦に拘るのか、それは近代プロレスを現代プロレスに変えるためやねん。猪木からしてみたらプロレスを格闘技とは別に分化させられることは屈辱であり、また誤謬やからこそ、現状のプロレスを「格闘技と分かれてない」て強弁することになるねん。

ジョシュは現状を正しく理解した上で両者を分化させその上で合流を望んでて、猪木は歴史を正しく踏まえた上で両者をおんなじものとして扱いその上で発展を望んでる。ジョシュにわざわざプロレス最強を名乗らせな格闘技と関係でけへん現状のプロレスの悲しさ。猪木が強弁せんと現代格闘技と関係でけへん現状のプロレスの悲しさ。縦と横の時間軸は異なってるし、分化・非分化で主張は一見へだったってる様で、結局ジョシュも猪木もおんなじことゆうてるのやで。このジョシュと猪木にプロレスは応えられるのやろうか?ほんまはジョシュの代わりを中邑が努めるべきなんや。それを何が「プロレスは最高」や。ほんま泣けてくるわ。

ほなな。

posted by つるじょあ |10:02 | イノキゲノム | コメント(28) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

 おっちゃん~!頼むから、まとめてよ~!長いよ。長すぎ。とぼやいてみたところで、本題。

 その理論だと“現代プロレスは、プロレスの要素と総合の要素がまとまったものである。”となると思うけど、ちょっと違うと思うな~。

 基本的に、総合は闘いだけで魅せてプロレスは闘いも含めたストーリーで魅せていくものだと思っているから、僕の頭の中では一緒にならないな~。

 “煽りがある”って言っても、それは番組や会場を盛り上げるためでしかないと考えてるから。

posted by 大倉 | 2008-04-25 12:27

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

大倉はん、毎度!

>総合は闘いだけで魅せてプロレスは闘いも
>含めたストーリーで魅せていくものだと思って
>いるから、僕の頭の中では一緒にならないな~。
理論的にゆうとな、現代は直接性と関係性を求めてるねん。これは格闘技でゆうたら競技性と演技性や。総合は直接性のみしか応じてへんから今あかんようになってきてるねん。直接性のみで通用したのは現代初期だけで当時は総合ブームが起こったのやけど、社会が成熟するとそれに高度さ、すなわち演技性が求められるようになるねん。演技性ゆうのは、自意識を丸出しした物語のことでな、ほんまの自己をさらけ出した上で因果的な人生の物語を紡ぐことになるねん。人生の物語で試合まで煽って世間の注目を集めて、高い競技性と演技性で成功してるのが亀田なんやで。おっちゃんが言いたいのはプロレスと総合の融合が現代プロレスてゆうてるのとちゃうねん。近代格闘技の担い手の中で新陳代謝して現代格闘技が起こるのが筋やんか。それやのにプロレスは格闘技と無関係みたいなことになってる。それが猪木にとっては屈辱であり、また歴史的錯誤に写るねん。プロレスがプロレスを超克する、これが正しい格闘技の伝統性なんや。

>“煽りがある”って言っても、それは番組や会場を
>盛り上げるためでしかないと考えてるから。
内藤と亀田の一戦は歴史的経緯があるから期待されるねん。そしてそれが客観的な演技やのうて、ほんまのことやから惹きつけられるねん。物語無しの単なる戦いに喜びを見出すのはマニアだけや。天下取るねん、野球やサッカーを超えるねん。

ほなな。

posted by つるじょあ | 2008-04-25 14:48

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

頭良く見られたい人が書く文章

posted by 5号 | 2008-04-25 15:11

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

応用力の無い人間にとっては社会学は宗教と一緒。

posted by    | 2008-04-25 17:53

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

文章のまとめ方をまず勉強してください。

posted by 無し | 2008-04-25 19:23

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

何いいたいのかよくわかりません・・・

posted by ソウル | 2008-04-25 19:57

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

収斂→1つにまとめる
誤謬→誤り

みんなに見てもらうのですからわかりやすい言葉で書きましょう。
難しい漢字を使ったからといって賢いと思われるわけではありませんよ。

posted by 表示許可されるかな? | 2008-04-25 22:35

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

 つるじょあ さん

 じゃあ、質問。WWEが日本で流行ってるのはなぜ?WWEをどう捉えたらいいの?

 WWEのストーリーは、“自意識を丸出しした物語”なの?“ほんまの自己をさらけ出した”の?僕にはそうは見えないけど。基本的には演出過多でしょ。ハッスル以後は免疫がついてスンナリ受け入れられたけど。

 答えの文の中の1段目の結論が良く分からないのだけれども、猪木は総合を使ってプロレスを進化させようとしてるの?先輩レスラーが築いたものを乗り越えるのが、「正しい格闘技の伝統性」と言いたいの?
 

posted by 大倉 | 2008-04-26 01:00

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

大倉はん、まいど!

>WWEが日本で流行ってるのはなぜ?WWEをどう
>捉えたらいいの?
日本でWWEが流行してる事実はないで。そこらでWWE知ってるか聞いてみたらええわ、誰も知らんよ。それに興行も、今回は集まってた見たいやけど前回も前々回もふるってなかったやんか。WWE人気なんてローカルなその程度のものやねん。

>基本的には演出過多でしょ。
過去にも書いてるのやけど、アメプロがアメリカで受けるのは、あからさまな虚構に敢えてコミットして楽しめる、強い自我の育つ土壌があるからなんや。共同体から道徳が、一神教からは倫理(エートス)が生まれるねん。倫理に基づいた隣人愛によってアメリカ人は自立していくねん。日本人よりもアメリカ人のほうが自己主張するやろ?強固な自我持ってるアメリカ人は、あからさまの虚構のアメプロに敢えてコミットできる余裕があるのやけど、日本人は余裕ないからアメプロみしても「こんなの八百長だろ」でしまいや。つまりWWEが日本で流行することは論理的にないねん。これを理解してる猪木は、ハッスルに身を投じた小川に対して「日本にはアメプロが受けいられる土壌が無い」て断じてた。まさしくその通りなんや。

>猪木は総合を使ってプロレスを進化させようとしてるの?
猪木はIGF第2回興行でこうゆうてた。「従来の考え方は終わり。新しい発想に立ってプロレスを改革せよ!IGFの目標、目指す所は、みな理解してくれたと思う。趣旨を理解出来ない奴は、リングでの試合を即、中止する!」総合を利用するのやのうて、総合も表現の一要素として取り込んでいかなあかんねん。 それが改革なんや。

ほなな。

posted by つるじょあ | 2008-04-26 01:48

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

だからいくらガチンコに付加価値をつけても(かつての)プロレス的なカタルシスを与えるエンターテイメントになんかならないという事は総合の技術がミルコVSヒョードルまで行った時点で気付くべきだし、
プロレスにいくら付加価値やアングルの工夫をつけたところでリアルなドラマには勝てんゆう事は桜庭VSホイスの時点から明らかだし・・・
まったくこのオッサンは見苦しい。あんたは『ないものをねだる』という、一生終わりのこないゲームにハマッてるだけだよ。

posted by 通りすがり | 2008-04-26 01:49

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

歴史的経緯がある内藤・大毅戦を持ち出すのはいいんですけど、あんたの大好きな亀田一家は内藤との試合にビビッて今、解雇騒動で逃げ切りや時間稼ぎを図っているんじゃないの?皆が期待しているのは長男が内藤にシバキ倒されることなのに当の本人は金も稼いだし傷が浅いうちにトンズラここうて魂胆みえみえなんやけど。
あんたの言う亀田なんて所詮同じ協栄ジムにサーシャのような強者がいるだけでビビッてジムにもいけないんやろ?サーシャとスパーリングしてリアルに泣かされてた哀れな長男知ってるやろ?
金を稼ぐ奴が偉いのは金儲けをする人間であってボクシングや格闘技の根底は強さ。一般人は人間の域を超えた強さがみたいのであって、亀田みたいな体重50kgしかない猿はどうでもいいの。強さを求めるならヘビーだし、ボクシングの軽量級に求めるのはボクシングという歴史のあるスポーツで同じ国籍の若者が王者になるストーリーがみたいだけ。オリンピックと同じ。柔道も競泳もオリンピック以外ではみないでしょ?それと同じ。
何も金だけ持ってる亀田やパリスが偉いんとちゃうの!
いい加減その成金的発想やめたようがええよ。
同じ大阪人として恥ずかしい。
ただでさえネットでは大阪民国とか言われて勘違いされてんのに。

posted by a | 2008-04-26 05:14

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

まさしく一部を除いておっしゃるとおり!
総合とプロレスが同じルーツというのは誤りだとは思う。
ジョシュの言うプロレスの原点とはキャッチであり、サーカスレスリング(←ここが重要)だと思うけど、
総合は比較的新しい技術体系とは言えまいか?
日本に相撲があり、モンゴルやトルコ、インドその他多くの国にレスリングが存在していて、
ルールこそ違えど武器を持たず体一つで相手を倒すという協議の原点は一緒ですね。

posted by つかっち | 2008-04-26 09:53

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

はじめまして。
批判コメントも含めていつも楽しませてもらっております。
簡単に解釈すると、ガチンコにストーリーが絡めば無敵ってことですかね?個人的に思い出すのは吉田VS小川ですね~。試合自体は肩透かしでしたけど・・・

個人的にはプロレス大好きですが、昔のように国民的人気になるのは無理だと思ってます。つーかそこまでなる必要はないです。ただ娯楽の選択肢の一つとしてのプロレス、そのプロレスを楽しむ選択肢としての団体の特色、てのがある程度認知されればプロレスは盛り上がると思います。
それが出来つつあるのはノア、ドラゲー、DDT、ZERO-ONEあたりかな~。
団体が多すぎる。ノア至上主義者がプロレス関係者に多すぎる。団体間の交流が少なすぎる。交流があったときに相手団体に遠慮しすぎる。ってのが問題点だと思います。
あ、話ずれましたね。スミマセン。

posted by キンドー | 2008-04-26 09:59

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

いいことを言ってるはずなのに、残念ながらおっちゃんの文章はわかりにくいな~
人への説明になれていない人の文章だね。
他の人にわからせたいなら、もっと簡潔、簡単な単語で書いた方がいいと思うけど。それこそ、マニアしかわからないよ。
ただのオ●ニー文章のつもりならどうでもいいけどね。

それと、レスする人たちもただ相手の文句言うだけでなくて、どうすればプロレスや格闘技がもっと面白くなるかについての自分の意見を言ったほうがいいよね。
ただの文句の群れ中からちゃんとしたコメントを書いてある人の書き込みを探すのが大変だし。。。。

「ファンが理想を語らないで誰が語るんだ。だから理想を語って結構じゃないの」っていうことを俺はいつも思ってるから、おっちゃんは好意的な印象を持ってます。いつも読んでるけど、結構同意させられる内容も多いし。だからこそ、もっとわかりやすく書いて欲しいな。これは俺からの要望です。

まずは、同意できないところから。WWEに関する質問への答えにあった、アメリカ人認識はちょっと違うんじゃないかな。おっちゃん、実際アメリカ人と常日頃から接してるの?俺アメリカに住んでるけど、絶対そんな難しい理屈じゃないと思うよ。あいつらの大多数は、ショーとしてわかりにくいもの、動きのないものを嫌うだけだよ。総合格闘技もショーとしてみてるから基本的に動きのないものだとマジブーイングだし(例えば、ロスで行われたダイナマイトにいったんだけど、永田が上四方固めで有利なポジションとってるのに、「シックスナインしてんな!」と大ブーイング。マジ笑った)その点、日本人はなにかにつけ「道」を求める歴史的DNAがあるし、選手に「感情移入」しやすいよね?だから、ああいった演出大なものはあんまり受け入れる人が少ないだけじゃないかな。

しかし、猪木とジョシュは最終的に同じことを言ってるという点に関しては同意します。確かにそうだと思う。逆に今のこれだけ細分化されすぎた格闘界しか知らない我々には猪木の考え方を身をもって理解はできないけど、頭の中で理解しようとすることはできるかな、という印象です。

俺の思う格闘界の改善点に言及させてもらうと、最近、新日本の棚橋をみてると今のプロレス、総合に足りないものがみえてくると思います(あくまでおれの考えね)。ちょっと前の彼はプロレスの技が上手いだけの全く魅力のない選手だったのに今ではかなり「みていたい選手」になっています。彼は、最近、エグイ技を覚え始めてますし、元々もってる彼の受けのうまさを際立たせる選手がでてきたことも手伝って、みてる人に「驚き」を与えてくれる選手になってます。それに、試合内容の向上に伴って、彼のナルシストギミックが光を放ち始めてる(多少寒いところが逆にOK)。つまり「驚き」と「自己演出」が上手くリンクし始めたからではないかと思ってます。僕が思うに、今の総合には感情移入できたり、選手の個性を際立たせる「ストーリー」が、プロレスには「驚き」をもっと与えるとさらに面白くなるんじゃないでしょうか。

ちなみに俺は新日ファン発、総合ファン(10年前)経由、プロレスファン着の格闘履歴を持つものです。
長々失礼しました。

おっちゃん、これからも頑張って沢山アップしてください。

posted by とお | 2008-04-26 10:54

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

  a  さん

 僕は愛知県人だけど、大阪民国とは思ってないから。

 亀田の実力の底なんか、最初の八百長まがいの勝ちで見切ってたけど、そもそも柔道も競泳もオリンピック以外ではTVでほとんどやってないじゃん。

 通りすがリ  さん

 理想は、全てないものねだり。オッサンの意見は、オッサンなりの理想と捉えてあげよう。

 つるじょあ さん

 もう一回、質問と感想を。

 確かに、アメリカ人は日本人より自己主張する。アメリカ人は、“強固な自我持ってる”から“あからさまの虚構のアメプロに敢えてコミットできる余裕がある。”

 アメリカでWWEが流行って“日本でWWEが流行してる事実はない”理由として納得できる。

 しかし、「日本にはアメプロが受けいられる土壌が無い」ということにはならないと思う。

 こんなことをいうこと自体、猪木のプロレスに対する古臭くて固定観念100%の思想が透けて見えるけど、ハッスルにアメプロの要素があるのは前田日明も言っているように、それは事実。

 だけど、その見方は一方通行な見方。もっと多角的に見てみれば、ハッスルにはジャパニーズの大好物、勧善懲悪の要素が入っている。

 だから、ハッスルは八百長だと言われず楽しめるのだというのは、ハッスル観戦経験がある僕なりの分析。

 このように、ジャパニーズに受け入れられる要素を取り入れば、ジャパニーズにだってアメプロを受け入れる皿は持ってると思う。

 次。僕の中での大いなる謎。IGFは何をしようとしているのか?ハッスルみたいなことをしようとしているのではないかと聞いたことはあるけれど、それにしては中途半端で三文芝居過ぎる。プロレスとは違うのは分かるけど、総合というには違和感を感じる。

 そして、つるじょあ さんの答え。IGFは、総合の表現を取り入れたプロレスをしようとしている。

 それって、論理的矛盾じゃないですか?言葉の上では矛盾じゃなくても、リングの上では矛盾してるんじゃないですか?

 総合に、卍固めは?サソリ固めは?コブラツイストは?ラリアットは?アックスボンバーは?

 ありますか?なければ矛盾していると思うんですが。

 (長いとドついたのに長すぎる文章、ゴメンナチャイ。)

 

posted by 大倉 | 2008-04-26 12:07

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

時系列考えたら、プロレスのリアリティっちゅうのは確実にあったわな。10年後に中国が『チベットの件は、自分らの横暴でした』ゆうて反省しても、今、現在においては自分らの正当性を主張するばかり。当時の真実は、見てた人間の感性での真実がすべて。現代のプロレスマニアは、舞台裏の事実は二の次なのに、まるでヤオガチ理論で正しさを語ろうとするからプロレスと格闘技を分離せずにはおられない。
猪木の延長線上の進化形という捉えかたは昭和のファンにとっては至極まっとうな意見なんやけどなあ。
WWEは日本では受け入れられてませんよ。アメリカにくらべたら。NYではヤンキースの松井よりTAJIRIの知名度が高い。同じソフトでこの浸透度の差,日本で受け入れられているというのは、日本のプロレスが地盤沈下しているからこその錯覚ですわ。まあ、日本で儲けの出るプロレスっちゅうだけで立派に健闘してると言えるが。

posted by カズーマクダニエル | 2008-04-26 21:33

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

タイガーマスクのような幅広い技術と華麗さ、夢を見させる強烈なプロレスラーらしい風格がある、素材を揃えない限り難しいんじゃないの?
体の柔軟性や運動神経の良さや
総合格闘技でも
強いんじゃないか?戦わせてみたい!と
思わせるキャラを揃えない限りIGFは成功しないと思うよ。
発掘するのが大変だけどね。

posted by kkk | 2008-04-26 22:39

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

前半の3つのパラグラフはともかく、本題に入ってからはおっちゃんの評論の筆圧の強い特性がよく現れて、それが読ませると思う。

おっちゃんは、「グレート東郷」について語ったという記事で、思い出を語るのは興味がないといっていたが、リ・イノキイズム的に現代プロレスを構築しようとする時、どうしても、昭和のプロレスの中から猪木イズムを「磨ぎ出す」作業が必要になると思うが、その辺りはどう考えているのか。

もっとも、どうせ削除するのだろうけど。

posted by ベアナックル | 2008-04-26 23:44

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

昭和の時代から格闘技を少しの期間でも真面目にかじった経験ある人はプロレスと格闘技の違いはわかるはずです。
でもそれはそれで軽蔑するものでもないし
昭和の多くの人は格闘技を始めた動機は猪木、マス大山、ブルースリー、梶原一騎なのですから・・・・

力道山以降
プロレス=格闘技というのは日本において
猪木、梶原の素敵な嘘じゃないでしょうか?
だから内情を知っていくにつれて
格闘技アスリートは分けて考えていくのは当たり前じゃないでしょうか?
真面目に競技にとりくめば
競技としてプロレスと格闘技をわけてしまうのは
当然じゃないでしょうか?
それがいい悪いじゃなくて・・・

只興行として他の格闘技に比べて成功していたので
格闘競技者の中でも興行会社としての部分で意見が分かれているのだと思います。

シルクドソレイユがあるから
オリンピックの体操はいらない
というのは違うと思うし。

シルクドソレイユの団員がオリンピックと自分の仕事を
同列に考えないのでは?別の価値観でやっているのでは?

フィィギュアスケートも
オリンピックとプロとしてのスケートは別の価値感で選手も観客も楽しんでいるのでは?

格闘アスリートほど
そこは分けて考えているんだと思います。

で、現在は一般人でもその事は認識して楽しむ時代だと思います。

表現を商売にしたら
今日は面白くなくても勝負に徹する
今日は面白い仕事する
そんな感じはあるでしょう。
でも同じ仕事です。
猪木さんはそんな感じではないでしょうか?

でも一つのプロジェクトでも
細分化された技術が必要な時代に
なんでも同じだというのは無理があるのでは?

古い人程同じだというもんですが
古い人程細分化された技術の違いがわからねえもんでござんす。
だって自分やってないもん。
まっ、土台がしっかりしていれば
ある程度は対応できるとは思いますが。

posted by 目をさましてください! | 2008-04-27 02:23

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

なんだ、おっちゃん許可してくれるのか(笑)。
それじゃあ、まあ、礼を言わんといかんな。ありがとう。

まあ、ついでといっては何だが、昭和プロレススーパースター列伝か?まあ、あの本筋とは何も関係ないことを書いているが、あれは、あれで、面白かった。

豊登の記事なんか、おっちゃんが、俳優の長門勇に見えてくるような味があったよ。オレ、長門勇のこと好きなんだよね(笑)。おっちゃんのふるさとや家族への愛情の中に、プロレスが絵の様にはめ込まれて見えるというのはよかった。あれ、おっちゃんは意識して書いたの?

posted by ベアナックル | 2008-04-27 15:30

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

通りすがりはん、まいど!

>ガチンコに付加価値をつけても(かつての)
>プロレス的なカタルシスを与えるエンターテイ
>メントになんかならないという事は総合の技術
>がミルコVSヒョードルまで行った時点で気付く
>べきだ
ミルコvsヒョードルのどこに世間が注目するような物語があるねん。ランダエダvs亀田、内藤vs亀田は視聴率どうやった?小川vs橋本はどうや?試合に先立った遺恨が世間振り向くような物語を作っていくねん。ミルコVSヒョードルは最強がどうやとかマニアックな物語しかないやんか。

>プロレスにいくら付加価値やアングルの工夫を
>つけたところでリアルなドラマには勝てん
つまり、プロレスがリアルなドラマやったらええのやろ?そやからフェイクやのうてほんまの自意識さらけ出してハプニング起こすねん。

>あんたは『ないものをねだる』という、一生終わりの
>こないゲームにハマッてるだけだよ。
ランダエダ戦の視聴率は50%やで。亀田やパリス・ヒルトンは現実に存在してるし、なんぼでもヒント提供してくれてるやんか。やれんねん、一生獲得不可能なないものねだりちゃうねん。

aはん、まいど!

>歴史的経緯がある内藤・大毅戦を持ち出すのはいいん
>ですけど、あんたの大好きな亀田一家は内藤との試合に
>ビビッて今、解雇騒動で逃げ切りや時間稼ぎを図って
>いるんじゃないの?
あんた読みが浅いなあ、逃げるわけ無いやろ、銭儲かるのに。

>皆が期待しているのは長男が内藤にシバキ倒されること
これも間違ってるよ。現代は価値観が多様化してるから反共同体的であることで一方的に非難浴びるわけとちゃうねん。内藤の敗北を願う価値観もあるやろうけどそれだけやないし、また非難すること自体が濃密な体験として楽しめるねん。

>ボクシングや格闘技の根底は強さ。
あんたが支持してるボクシングは青息吐息や無いか。ボクシングは強さのみ追及してるから今の惨状や。競技性の全否定をしてるのやのうて、演技性の必要性も説いてるのがおっちゃんなんやで。

つづきはあとや。ほなな。

posted by つるじょあ | 2008-04-28 14:31

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

つかっちはん、まいど!

>総合とプロレスが同じルーツというのは誤りだとは思う。
それは格闘技の文脈と格闘エンターテイメントの文脈を見落としてるから錯誤してしまうねん。

>総合は比較的新しい技術体系とは言えまいか?
まずプロレスと総合はおんなじものてゆうたら驚くやろうか?近代社会ではプロレスのルールは建前上全格闘技の妥協点として振舞ってた。そうなんや、近代社会で格闘技ゆうたらプロレスやったんや。当時は競技性は不在やったけど、観客からしたら競技性に見えたのやからそれでええねん。せやけど新しい時代の要求に晒されて、近代社会の総合格闘技が現代社会の総合格闘技に変革することになるねん。お茶の間で見てた格闘技は、例えば新日本プロレスからPRIDEに変わったのやけど、その連続性は総合格闘技の連続性でしかないねん。総合のルールはプロレスであり、プロレスのルーツはないねん。なんでかゆうたらプロレスこそが格闘エンターテイメントの元祖やからや。格闘エンターテイメントは近代化と同時に成立するもんでな、ルーツはキャッチやとか、プロレスと格闘技の区別とかは格闘技経験者が晒しがちな錯誤やねん。まあこれについてはパンクラチオンも含めて近日中に書くから期待しててや。

キンドーはん、まいど!

>簡単に解釈すると、ガチンコにストーリーが絡めば無敵って
>ことですかね?個人的に思い出すのは吉田VS小川ですね~。
>試合自体は肩透かしでしたけど・・・
吉田は競技性のみ、小川はハッスルの宣伝やったけど、それでもお互い嫌ってるとか柔道出身やとか物語りあったから、ある程度の盛り上がりを見せたんや。レベルは低くかったけど、現代プロレスといえるやろうな。

>個人的にはプロレス大好きですが、昔の
>ように国民的人気になるのは無理だと思ってます。
かつての英雄は共同体が単一やったからこそ社会全体からの称賛を浴びて英雄になることが可能やった。ヒトラー、力道山、長嶋、皆近代の英雄や。せやけど現代では同一の司法権力の及ぶ範囲に小共同体が散在してるのが現状や。確かに共同体の島宇宙化によって価値観が多様化してるから近代的な社会全体からの称賛を浴びるのは論理的に不可能になったよ。せやけどそこでそれらの諸共同体を横断する、称賛と非難を浴びるもんが英雄になるねん。ランダエダ戦50%やったやろ?あれは亀田の自己演出と競技性の賜物やったんや。一方で称賛され、一方で非難されるのが現代の英雄なんやで。パリス・ヒルトンみてみい、全米が注目したやんか。やれるねん。少なくとも同時代の野球やサッカーを超えるのは論理的に可能なのやから叩き潰したろうや無いか。

>団体が多すぎる。
価値観の多様化を受けて、各々の小共同体の要求に応える形で団体が分散したんや。これは時代のニーズなんやで。そこで小共同体の称賛目当てにマニアックになるのか、非難覚悟で世間を相手にするのか。蝶野は前者で猪木は後者なんや。

つづきはあとや。ほなな。

posted by つるじょあ | 2008-04-28 14:31

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

>このジョシュと猪木にプロレスは応えられるのやろうか?ほんまはジョシュの代わりを中邑が努めるべきなんや。それを何が「プロレスは最高」や。ほんま泣けてくるわ

中邑、武藤にベルト取られたってさ。オイオイ、おっちゃんの言うとおりになったよ(泣)。

posted by ベアナックル | 2008-04-28 19:59

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

力道山の喧嘩的ファイトとランカシャーレスリングの流れを受け継ぐ技術を合わせた物がストロングプロレスだと猪木さんが言っていたような・・・
IGFは力道山のような喧嘩のような迫力を
リアリティある技術を持ってやりたいんじゃないの?

プロレスラーを総合に向かわせたのは
石井館長、PRIDE、上井さん、NTVに頼まれたんじゃなかった?
小川には別にリアリティのある試合をするように言っても
リアルファイトをやれなんて言ってないんじゃない?

猪木さんが一番リアルファイトにはうまみがないの知っているんじゃないの?

posted by 目を覚ましてください! | 2008-04-29 02:41

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

つるじょあさん、初めまして

僕はIGFに期待している者なのですが、IGFが旗揚げ以来、面白いと思った試合は、田村VSモンターニャと高橋VS小原だけです。
僕はあのようなプロレスが、今現在、見れる可能性のある団体はIGFだけだと思ってます。
なぜ僕が、この2試合が好きなのかを、自分自身で言語化できないので、つるじょあさんお願いします。(笑)

posted by 鉄 | 2008-05-01 15:37

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

ひとつ昔から疑問なんですが各団体のベルトの
防衛戦はどこまでガチなんですかね?またどこまで
予定調和なんですかね?

posted by おかん | 2008-05-01 16:28

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

おっちゃんに一つ提案
おっちゃん含め昭和のプロレスファンは
何故そんなに野球やサッカーやオリンピックに対抗心を燃やすのか
対抗する必要なんてあるのか

多分若い人はコレが全く理解できないと思います
俺もわかりません
そこらへんから説明して欲しいです

つまり、プロレスファンってかつてかなり馬鹿にされてたと
断片的には耳にするんだけど
それは具体的にどういうことだったか
そして今でも続いてるのか
(実際スポーツの「権威」は何も変わってないでしょう)
こういう話をすれば
現代のプロレスファンへの「啓蒙」になるんじゃないですか
どうでしょ?

posted by 回転人力車 | 2008-05-06 02:37

『ジョシュのプロレス最強宣言! プロレスを対象化した悲しみ 愛を取り戻せ!』

プロレス=見せる(魅せる)コトが前提。総合=勝敗を決するコトが前提。
だと思っているので、いくら強くても見せられない(客を呼べない)者はプロレスでは次に呼んで貰えない。つまりプロレスを支持する人達は勝ち負けのみを求めている訳ではないということです。
プロレスラーはプロレスのルールの中での最強を目標にしているのでルールの縛りの大きい総合で己を最強だと自己主張するのは難しいと思います。
猪木さんは”総合のルールの中でも対応できる能力を持っているプロレスルールの中での最強”を求めたいのではないでしょうか?それはやればできるけれどもやらないよ
という子供の理屈と同じなのですが、端から総合を認めていないのだから仕方ないことだと思います。

posted by zaftred | 2008-05-09 20:56

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