2007年05月09日
ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
おっちゃんがこのブログ立ち上げる前に、あるブログで論争になったことがあった。もともとはおっちゃんがそこの管理人はんに噛み付いたんや。その理由は管理人はんが今の価値観で過去の選手を非難したことに起因する。 皆はジェラルド・ゴルドー覚えてるやろうか。彼自身の選手としての活躍は記憶に無くても、彼のしでかしたこと、つまり相手選手を失明さしたことはどこかで聞いてるかもしれん。ゴルドーはオランダの格闘家で、空手の有段者であり恵まれた体格してて、派手な和風の彫りもんが目立ってた。そしてラフファイトで当時人気あったんよ、こいつなにしでかすか分からん言うて。ゴルドーが活躍してた90年代は格闘技の黎明期、今でこそやれk-1やれPRIDEで世間的にも格闘技浸透してるけども、当時は全くローカルな存在やった。その時客が格闘技に求めてた一つとしてラフファイトがあった訳や。当時は客の目も肥えてないから技術は勿論のこと物語を楽しもう言う発想は些少でな、なんでもありを売りにしてたバーリトゥードにおいては兎に角荒々しいラフファイト目当てにしてる客が多かった。これはなんでやろうか。 社会が複雑化すると言語への依存度が増すのやけど、言語のみに依存してたら生きてるかどうかが分からんようになってしまう。最初物に触れてみるとその感覚があるのやけど、慣れてくると触ってるのかどうか分からんようになってしまう感じとおなじことですわ。もし生きてる実感が無かったら人は精神に異常を来たすことになるやろう。人類はかつて古代や中世において薬物使用や生贄儀式や公開処刑を通じて自己を相対化し、生きてる実感を獲得してきた。公開処刑やることになると皆が刑場へ足運んで刑が執行されると皆で驚喜する。チベットやアフリカ、アメリカの先住民族などでは酩酊物質を用いたし、共同体と薬物は共存してきた訳や。そして近代には共同体の外部への感受性が生きている実感を与えてくれた。せやけど現代、近代性が衰退し国民的合意が失われると外部への感受性が獲得でけんようになってしまう。そこで人類は再び古代や中世の伝統に立ち返る時が来たんや。せやけど今日的な複雑な現社会においてはもし公開処刑行ったら、薬物使用行ったら納品の時期や決められた労働時間を遵守でけんようになり社会が成立せんようになってしまう。死刑が塀の向こうで秘密裏に行われるのもその為なんや。そこで生きてる実感の獲得、すなわち感性の更新は社会の枠内の個々人の試行錯誤によってなされることになる。 これには2種類の方法がある。一方が外的享楽追求、他方が内的享楽追求や。外的なもんは2つあって、1つ目は暴力やセックスや薬物などの外的対象によって感性を更新していく方法や。せやけどこれらは慣れに対抗するために更なる刺激を高めていかなあかんから社会の範疇を超えやすくなり社会的にやりにくい特徴がある。余談やけど夜回り先生しってるか?生徒たちが部活で傲慢な教師に苦しめられて、毎日リスカしてたんやって。これは死ぬためやのうて生きてる実感を獲得する為にやってたんや。つまり人は生きてて快があるから生きてるわけやけど、強大なストレスのために生きてることに疑問もつようになって、それでもまだ生きたいからリスカして痛みによって感性を更新し、ストレス抜いて死を回避してるわけや。これが進むと自殺することになる。こう言う子今結構おるよ。それでそれを知った夜回り先生は「リスカはやらないとストレスが抜けないからやりなさい、しかしそれは信号だから今度やるときは皆で校長先生の前でやりなさい」て言うたんやって。それで部活の先生の傲慢さに苦しんでた生徒全員が校長先生の前でリスカしたんや。校長は仰天してこと重大さを知りその教師を部活の顧問から外した。この様にカッター言う外的対象を用いた自傷行為によっても感性は更新される。2つ目はコミットゲームや。これは虚構と知りつつも敢えてそれにコミットして楽しむもんで、例えばダンス大会で優勝しても意味はないのやけど敢えて虚構を受け取って入り込み、一生懸命優勝目指して頑張るわけや。内的なもんは壁紙を張り替えたり占いで一喜一憂したりダイエットでああでもないこうでもないと楽しんで人生に張りを持たせる。 ゴルドーが活躍してた時は主催者側も何でもありを売りにしてたし、観衆も殴れ、殺せ、て喚いてた。これはつまり息苦しい言語に依拠した社会において選手らのラフファイトによって代替的にカタルシスを獲得していた、言うことを意味する。そんな時代にゴルドーは総合格闘技の黎明期においてリアリティーを醸し出し、人々を驚喜させた。寝技はせんと打撃のみでどつきまわす、時にはサミング、時には試合終了後の乱闘騒ぎ。このようなゴルドーを迎え入れた人々を否定し、さらには無関係な桜庭問題と同一視し、結果的に失明したから言うてその功績を無にする所か排撃して貶めるもんをおっちゃんは許せんかった。結果的に失明した事実は受け止めて非難すべきやけどええことと悪いことは分けて正しく評価すべきなんや。物事を現代の価値観に基づいた過去の断罪言う筋違いな認識やのうて、当時の時代背景を鑑みて正しく理解されるべきやと思う。余談やけど、猪木のファイナルカウントダウンの相手務めた一人がゴルドーやった。猪木に牽制の意味でパンチしたら、それだけで苦しんでる猪木見て驚いてたあの表情は忘れられへん(笑点)。これからどないしてゴルドー負けるのやろ、こんなに弱い相手から説得力ある負け方ってどないするのやろ、ておっちゃんドキドキしながら見てた(笑点)。まあ、最後はスリーパーで猪木勝ったけどな。 これからは現代プロレスが生きてる実感を与えてくれるよ。ゴルドーの殺意のリアリティーから、予定調和から脱却したリングの内外を問わない人生の交錯のリアリティーが一般人を驚喜へと導く。 次回は既存のプロレス批判の前に、猪木の最新発言を検証します。
posted by つるじょあ |12:23 |
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この記事に対するコメント一覧
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
I編集長流に言えば、「ゴルドーには‘殺し’があった」、という事でしょう。
何せ「桜庭はリングで死ねれば本望」と喝破したY・I氏の言ですから。
posted by 太宰 | 2007-05-09 14:53
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
おいらも当時、殴られ意識を失った選手の舌を、窒息しないようにレフリーが引っ張り出している姿を見て、今までのプロレスにない、リアルな興奮を覚えたものです。殺伐としたものを求める時代背景があったのは事実でしょう。
それよりも、早く、現代プロレスのゴングがなってからを教えてちょうだい!
試合までの流れは理解できましたが、競技性やら、人生の交錯のリアリティーやら、重要な試合展開がさっぱり分からん。
総合のように関節極めたら折っても良いのか、従来通りで極めたらいかんのか?
大技は掛からなきゃいかんのか、普通によけて良いのか?
試合前と同様にリアル追求すれば、総合+場外・反則になると予想されますがどうなんでしょう?
決まってないなら構いません。つるじょあ氏の理想を語って下はい。
posted by kiki | 2007-05-09 15:24
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
まじめに論議しましょうか?質問に答えてください。あなたのいうプロレスの理想が見えません。具体的どうなるのか答えてください。分からない場合答えれない場合はその旨を書いてください。
①あなたのいう現代プロレスにル-ルは存在するんですか?それはどういうル-ルですか?
②あなたが色々書いてることは猪木さんを肯定する意見が多いですが、当の猪木さんのIGFがあなたの考えてるプロレストと価値観が違ったら(ル-ル問題を含めて)あなたは猪木さんを否定しますか、それともあなたの考えを路線変更しますか?
③ル-ルの中で行うガチファイトが面白いのは認めます。ただしあなたが言う選手がル-ルを無視して何をするか分からんと認識してる場合にプロレスは成り立ちますか?特に命の危険、一生背負うような怪我をすることをいきなり相手にしかけるようなこと。小川VS橋本(あなたのいう小川が覚醒した試合)、ゴルド-VS中井戦みたいに片方がル-ルを無視したから成り立ったと思うのですが。
①②③に答えてください。他に例えたり抽象的な答えではなく上の質問に簡潔に答えてください。それで見ている人はあなたの考えが大まか見えてくると思います。
posted by けんしろう | 2007-05-09 15:57
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
おっちゃんやで~。
太宰はん、こんにちは。
>「ゴルドーには‘殺し’があった」、という事でしょう。
ええ言葉でんなあ、苦し紛れやのうて普通にサミングいきよったからなあ、ゴルドーは(笑点)。あいつは人が殺せるよ。
kikiはん、こんにちは。
>総合のように関節極めたら折っても良いのか、
>従来通りで極めたらいかんのか?
基本的にルールは守らんとあきまへん。これはエンターテイメントであって、観客を喜ばせるために有るのやから。目え潰したり口引き裂いたらそれはパンクラチオンに戻ってしまいまっせ。
けんしろうはん、こんにちは。
>まじめに論議しましょうか?
そうです、そうです、もう煽りは十分ですわ(笑点)。
>具体的どうなるのか答えてください。
>分からない場合答えれない場合はその旨を書いてください。
分かりました。
>①あなたのいう現代プロレスにル-ルは存在するんですか?
>それはどういうル-ルですか?
因縁があって戦うことになる訳やけど、それはお互いの立場によってルールは異なっていきます。アリと猪木の場合はボクサーvsレスラーやったし、知名度の高いアリ側が政治的に有利に立ってて猪木は不利なルールで戦わざるをえんかった。この様にその時々に即したルールを設けて戦ったらええと思う。これがルールや、と一つだけ設けたら流動性の高い現代には即さんようになってしまう。タイソン引きずり出すために小川がボクシングルールで受けるとか、まあこれは無謀やけどそう言う場合もあります。
>②あなたが色々書いてることは猪木さんを肯定する意見が多いですが、
>当の猪木さんのIGFがあなたの考えてるプロレストと価値観が違ったら
>(ル-ル問題を含めて)あなたは猪木さんを否定しますか、それとも
>あなたの考えを路線変更しますか?
細かくは食い違いもあるやろうけど大まかな方向性は猪木とおっちゃんは一致してます。おっちゃんは猪木信者ちゃうから、猪木が道逸れたら、すなわちおっちゃんが社会科学的教養に基づいた理論体系と異なる動きし出したらそれは非難の対象になります。猪木の路線変更を受けておっちゃんもそれに追従することはありまへん。おっちゃんが猪木応援するのは社会的真理と猪木が一致するから、彼が天才やから素朴にそれを評価してるだけのことです。
>ル-ルを無視
これは有り得ることやけど、黎明期でもあるまいし許されることや無いよ。桜庭への一方的攻撃を止めなんだレフェリーや主催者側が非難されたやんか。現代プロレスは総合を超えたもんやけど総合を取り込んでるもんやから、人を喜ばせるような自己演出はあっても目え潰して口引き裂くような奴が現総合格闘技で許されんのと同じように許容される訳が無いよ。せやけど本人が無視することも自己演出上ありうる言うことも付け加えておきます。因みに現代プロレス云々は別にして観客を意識せず相手を殺害する可能性はブロディの時同様存在してます。
ほな。
posted by つるじょあ | 2007-05-09 17:20
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
回答ありがとうございました。案外まともな答えが返ってきて拍子抜けした感もありましたが。みんなもそうじゃないですかね。いわばル-ルの中にのっとったガチというわけですね。許容範囲の反則、自己演出、仕掛けは自由と。小川VS橋本の二戦目、三戦目。新日VSUWFインタ-みたいなのが理想なんですかね?それならみんなも同じ考えだとおもうんですが。変に猪木がとかゴルド-がとか社会科学とか難しく使うからみんな嫌悪感がでるんじゃないですかね。
後、そのプロレスはIGFでも難しいんじゃないかな?団体が同じだとまずこのような形は継続てきには形成されにくいと思いますよ。やはり団体対抗戦、異種格闘技戦見たいのをメインにしないと。
posted by けんしろう | 2007-05-09 17:49
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
>>総合のように関節極めたら折っても良いのか、
>>従来通りで極めたらいかんのか?
>基本的にルールは守らんとあきまへん。
だからプロレスのように極めずに痛みだけでギブさせるのか、極めてしまうのか、どっちなんだよ(おっちゃんの思うところはどっちなのよ)
従来のプロレスで「腕が折れてもギブアップしない」とよく聞くけど「いや、極めていいのならマジ折るよ」ってことになるから(特に従来のプロレスラーと総合畑の人がやる場合)
posted by A | 2007-05-09 19:03
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
マジで折ってもいいけど、折った選手は次の試合がブッキングされるまでの過程がプロレスになると思うよ。
前田・長州みたいな感じで。
posted by 10ryu | 2007-05-09 22:31
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
おっちゃん。今日も読ませてもらったよ。
おっちゃんの解釈には、いつも納得半分、疑問半分だね。
プロレスと社会との関係というのは、もう少し議論を整理して欲しい、というか、おっちゃんの教養が邪魔でよく分らん。
猪木という人は、そこまで社会との関係を意識していたんだろうか。どこか苦し紛れにはじめた異種格闘技が支持を集めたということじゃないのかな。ただ、昨日書いたけど、猪木イズムというのは既に独自の運動体となっていて、その中から現代プロレスが発生してくるなら、現代プロレスは猪木イズムに内在するものということになるよね。すると、蝶野路線以降、社会とのかかわりをもてば持つほど、新日のプロレスが様式化し、「中世」化していくというのは、プロレスが社会と関われば関わるほど、退行していく性質を持ってることになるんじゃないかな。
ということは、現代プロレスは社会とは無関係に猪木イズムに内在する論理に基づいて派生し、それを社会が勝手に面白がるという構図があるんじゃないのかな。但し、ここからがミソなんだけど、猪木イズムの中には時代を超えて、社会に訴えかける普遍的な何かが存在し、それ故に運動をやめることがないんじゃないのかな。
いずれにせよ、自分の目から見て、今の古典的様式の反復の中に眠り込もうとしているプロレスを見るのは辛いね。おっちゃんが俺と同じことを考えてるんならいいんだけどな。
posted by k | 2007-05-10 00:39
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
私は猪木信者です。
逆説的(ネットで溢れた把握に反するような説)なキャラが面白いブログだと思います。
感心して頷かされる主張もあれば、え?というのもあります。
カオスしたものがプロレスであって、
近代とか現代とか分けるものではないと思います。
posted by 白覆面パラダイス | 2007-05-10 01:21
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
やっと現代プロレスの概要が見えてきた。
他の格闘技への挑発、襲撃により巻き起こるルール闘争はアリ戦同様、見ている者にガチを感じさせるので良い。
だだ現実問題、相手が総合となれば、レスラーの技量を相当上げねば、永田同様秒殺です。例え、プロレスルールでやっても、4カウントまでなら実質何でもありなのだから、のっけから凶器攻撃でもしない限り、今のスキルでは勝てん。
また、レスラー同士の対決では、プロレス自体に大衆が違和感を覚えている現状、とても群集が求める試合展開を提供出来るとも思えん。
やはり、プロレスが再度格闘技の人気の頂点に返り咲くのは容易ではない。
posted by kiki | 2007-05-10 10:00
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
ゴルドーVS中井のゴルドーは、恐ろしくプロ失格。失明させそうで失明させないのがプロ、
客から「おまえ等ホモか」「何やってるんだよ」という声が飛び極めて地味に“客が何をやっているかわからない”状態で相手に大けがさせるということに、モラル抜きにプロ失格を感じる訳ですよ。
posted by ニコリン | 2007-05-17 02:49
Re:ジェラルド・ゴルドー、殺意のリアリティー 総合格闘技の黎明期
サミング取ったらゴルドーなんて3流だからね
UFC決勝ではキレたホイスに落とされた後もチョーク解かれなくて死にかけたけどw
posted by | 2007-05-17 13:10


