2006年10月30日

バンガロールにて思うこと。

サッカーのアジアユース取材するためにインドはバンガロールに来ている。
つい先日もA代表がアジアカップ予選を戦ったばかりなので、2回目の訪印となる。日本代表は難敵とみられた北朝鮮を退けることに成功した。

試合後、プレスセンターにて作業をしていると、第2試合が始まったのが分かった。客席から何処かで聞いたことのあるコールが聞こえてきたからだ。

「イ~ラ~ン、イラン!」

昨年のW杯最終予選で何度となく聞いた歌声だ。
マナマスタジアム。アザディスタジアム。横浜国際競技場。

思えば、バーレーンにも日本にもイランのサポーターは大勢いて、件のコールを上げていた。彼らの中には自国からはせ参じた者もいるかも知れない。しかし、そのほとんどが当地に住んでいる人々である。果たして、ここバンガロールにも彼らはいた。まるで、ここが彼らのホームスタジアムに感じられるほどの人数である。そんな彼らを見ていて、ある一人の男のことを思い出した。

昨年2月。バーレーン対イランを取材するためにマナーマを訪れたときである。イラン代表のホテルに足を運ぶと、そこにはプレスだけでなく、サポーターらしき人々が紛れ込んでいた。彼らは選手を見かけるなり容赦なく写真に収まることを強要し、握手を求める。選手もそれに笑顔で応じている。

そんな熱狂的なサポーターの中に彼はいた。彼は現在アメリカ在住で祖国には帰れないとのこと。亡命である。イランという国家を捨てざるを得なかった彼ではあるが、イラン人である事は捨てられなかったのだろう。アウェーの試合に訪れては、同胞の活躍に一喜一憂し、イラン人であることを再確認しているようだった。

僕は日本という国家も日本人であることも捨てるつもりはないし、捨てざるを得ない状況になる予定もない。まして捨てざるを得ない状況になったときの自分を想像することも出来ない。当たり前のように歩いている街。不自由なく生活できる国。その有難みを忘れ、日本人であることの誇りすら忘れかねない自分を恥かしく思ったの覚えている。海外取材に赴く度に感じることではあるが、彼のことを思い出すと特に背筋が伸びる思いである。

※写真はスリーカンテラーバスタジアムでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
20061030-00.jpg


posted by たかすつとむ |23:47 | コメント(0) | トラックバック(0)
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