2006年08月14日
歴史。
週末に静岡で行われたSBS杯を取材した。 30年の歴史があるユース世代の登竜門とも言える大会である。 この1週間で各年代の日本代表を取材したことになるのだが、 SBS杯に出場していたメキシコ代表を見ていて感じたことがひとつ。 それはU19メキシコが披露してくれたサッカーが、 先のW杯で健闘したメキシコ代表とかぶって見えたことである。 世代が違っても同じ国の代表なのだから、当たり前と思うのは早計。 なぜなら、この1週間で見てきた各年代の日本代表からは、 メキシコから感じ取れた統一感をみることが出来なかったのだから。 欧州や南米の強豪国や伝統国には、それぞれのスタイルが確立されている。 それは時間をかけて、各国の事情を織り交ぜて醸造された「歴史」である。 「歴史」というベースがあるから、自国の監督を当たり前のように招聘して、 選手や監督、そしてサポーターまでもが慣れ親しんだサッカーをする。 ※もちろん例外もあるけれど。 昨今のスケジュール過密化に伴い、代表チームに与えられた時間が少ない。 それでもブラジルがブラジルらしく、イタリアはイタリアらしいサッカーを 披露できるのはベースが出来上がっているからなのだろう。 それくらいU19メキシコはA代表に似ていたのだ。 選手に求められるのはコンディショニングであるし、 監督がすべきことはオーガナイズである。 斬新な戦術やシステムはクラブレベルで研究されるべきものになっている。 それはここ10年で成功を収めた代表監督が皆、 独自のシステムや戦術を売りにするタイプではなく、 チームをオーガナイズすることを得意とするタイプが多いことからも伺える。 例外は04ユーロ優勝のレーハーゲルくらいだろう。 ここで我らが日本代表を思う。 前述したように日本代表は確固たるスタイルを持ち合わせていない。 本来、連綿と繋がっているべき代表を「○○ジャパン」などと区別して、 安易な比較やスローガン探しに夢中になっているようでは、 スタイルを醸造できるはずがないのである。 では、どうすればスタイルを確立できるのか。 残念ながらオシム監督が如何に優秀な監督であっても、 彼の言葉を借りれば「魔法使い」であっても不可能である。 様々な紆余曲折を経て、試合を重ね、時間をかけるしかない。 それらの積み重ねがやがて「歴史」と呼ばれるものになるのだから。 願わくば、オシム監督の標榜とするサッカーが日本人の特性とマッチして、 10年、20年先まで日本のスタイルとして引き継がれていくことを。 ※写真はこちらもお馴染みのメキシコ代表の試合前の儀式。 撮影:たかすつとむ
posted by tpower |12:24 |
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