2011年12月13日
週末に3泊5日という強行日程でケベックに行っていた。
いつものことだけれど、今回のお目当ては彼女。
4月のモスクワでの彼女の姿が目に焼き付いていて、その半年後、
彼女が見せた笑顔がともて印象的で、ロシア杯の結果が出てから、
大急ぎでフライトや宿を手配して臨んだ大会だった。
その彼女の欠場を知ったのは、トランジット先のデトロイトに着いたときで、
そのあと8時間のトランジットを経て、50人くらいしか乗れそうにない小さな飛行機に乗って、
北半球に限って言えば、ポルトガルと同じくらい遠いカナダの東側の街、ケベックに到着。
翌朝、会場で同業者と挨拶代わりの会話をしているときに訃報を聞くことになった。
誤解を恐れずに言えば、今回の取材は空振りに終わってしまった。
手前勝手な話だけれど、限られた予算というか懐をやりくりしている一介の
フリーランスの立場からすれば「痛いなぁ」というのが正直なところ。
数少ない収穫はと言えば、ジュニアのユリア・リプニツカヤの存在を知ったことと、
彼女がいないリンクの雰囲気を肌で感じることができたことだと、今は思う。
勝っても負けても彼女、欠場しても彼女のニュースが大きく扱われてしまう。
僕のところにもあるテレビ番組から取材依頼が舞い込んできて、非常に興味深いことを言っていた。
「私たちはリンクの上の彼女しか知らないので、裏側を見て来たあなたから話を聞きたい云々」
この人も仕事だからこういう依頼を方々にしているのだとは思うし、思いたい。
けれど、今までリンクの上しか知らなかったのだから、これからもそれでいいじゃないかと僕は思う。
少なくとも僕はリンクの上の彼女にしか興味がないし、実際、何も知らないし、知りたいとも思わない。
今までもこれからも僕は「リンクの上の彼女」だけを知っていれば良いと思っている。
今朝、彼女が全日本に出場する意向だとニュースが伝えていた。
今年のクリスマスは大阪がアツいなぁと思う。
※写真はペプシコロシアムでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
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2011年06月13日
24歳だった僕はスポーツカメラマンを志し、フォトエージェンシーに入社しました。幸運だったのはそこで「写真が好きな写真家」と巡り会ったことでした。
ちょうど写真が銀塩からデジタルに移行する時期でした。デジタルに移行して一番変わったことは写真をプリントしなくなったことです。そんな中「写真が好きな写真家」は自作のプリントをよく見せてくれました。「カッコいいでしょ、この写真?」と。まるで自慢のコレクションを誇る少年のように、とても楽しそうに。
世の中にたくさん存在する仕事がそうであるように、カメラマンも楽な仕事ではありません。ただ他の仕事と違うとすれば、誰もが最初は好きで始めることだと思います。でも仕事にすると好きなことを忘れてしまうこともあれば、忘れなくてはいけないときもあります。悲しい話だけれど。
ちなみにフォトエージェンシーとは写真の版権を貸して利益をあげる会社です。僕はその会社で売れる写真を学ぶと同時に「写真が好きな写真家」から素敵な写真を学びました。そして「売れる写真≠素敵な写真」ではない現実も知ってしまいました。
そんな世知辛い世の中で、写真が好きで好きで仕方ない気持ちをいつも発散していたのが「写真が好きな写真家」でした。僕は彼の透き通るようなトーンと光と影を自在に操る絵作りが大好きでした。付け加えると屈託のない笑顔とおやじギャグも大好きでした。
今、僕が曲がりなりにもスポーツカメラマンとして生きているのは、クサクサすることがあっても、最終的には現場を楽しみ、撮影を楽しみ、プリントを楽しみ、写真を好きでいるからだと思います。その姿勢を教えてくれた一人は間違いなく「写真が好きな写真家」でした。
2011年6月9日。
僕が尊敬している「写真が好きな写真家」が逝去しました。現場で不慮の事故に遭ってしまったそうです。きっと事故がおこってしまったときも、少しでも良い写真を撮ろうとして、少しづつ突っ込んでいってしまったんだと思います。思い浮かべたくもないけれど、訃報を聞いたときそんなシーンが頭を過りました。
素敵な新作を見ることも、誰もが引き込まれる笑顔を見ることも叶わないと思うと、すごく、ものすごく残念でなりません。まだまだ未熟な僕やあなたを敬愛して止まない人々が出来ることはただひとつです。「写真を好き」という原点を忘れることなく、それぞれの道で写真を愛し続けることです。天国から見守っていて下さいね。今度は僕らが「カッコ良くないですか、この写真?」って押し掛けますから。
posted by tpower |02:43 |
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2011年05月02日
モスクワで開催されたフィギュアスケート世界選手権が昨日終わりました。
震災の影響での代替開催、1ヶ月という短い時間での準備などを考えると「よくここまでしっかりと開催できたな」というのが率直な感想です。尽力された方々に感謝させて頂きたいと思います。
競技面ではバンクーバーから1年で、勢力図が大きく変わり始めた印象を受けました。もっともここ4年間の世界選手権タイトルが日本と韓国を往復していたこと自体が特殊なだったのかも知れません(その前は8年に渡って米露で覇権を争っていましたが。。。)。バンクーバー以後はルール変更や時期の関係もあるのか、3年後に冬季五輪開催を控えたロシア勢の躍進は胎動とも言えるえるかも知れません。特に女子シングルにはレオノアやマカロワを上回ると評価されているジュニア選手が控えているので、あと1、2年で大きな地殻変動があるはずです。こういった新陳代謝が進むことは競技の発展の上で歓迎すべきことだと思います。
最後に個人的にもっとも興味のある女子選手について少しだけ。
練習などを通じて「痩せたかな?」とは思っていましたが、競技中に撮影した写真に写っていた背中を見てコンディションの悪さを実感しました。何が原因なのかは分かりません。彼女が銀盤の上で舞う姿は見たいのですが、個人的には今季は休養に充ててもらいたかったというのが偽らない気持ちです。今はただ「お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい」と思うのみです。いつかまたあの笑顔を見せて下さい。
※写真はメガスポーツでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |05:52 |
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2011年03月13日
3月11日。同宿のライター氏の携帯電話が鳴って目が覚めた。
日本で大きな地震があったと伝えられた。地震発生から3時間が経過していた。
インターネットで情報を調べる。文字情報ではいまいち状況がつかめない。
twitterで生の声を知った。Ustreamで映像を見た。
家族に連絡を取るべく電話をかけまくった。
携帯電話は繋がらない。固定電話にかけた。Skypeを使った。
家族や友人、大切な人の無事を確認した。「死を覚悟した」と言う人がいた。
ドイツにいる僕には電話で安否を確認したり、励ましたりすることしかできない。
僕は自分の無力さを痛感した。
その夜、僕はケルンの試合を取材した。
試合後、槙野智章選手が被災地に向けたメッセージを綴ったシャツを着た。
翌日、僕はシャルケの試合を取材した。
試合後、内田篤人選手も同じくメッセージを綴ったシャツを着た。
今、僕にできること。
一人でも多くの人に彼らのメッセージを伝えること。
槙野智章選手からのメッセージ。
被災地のみんなへ
ガンバレ!
一人でも多くの命が救われますように!
内田篤人選手からのメッセージ。
日本の皆へ
少しでも多くの命が救われますように
共に生きよう!
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |06:59 |
取材雑感 |
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2011年01月29日
3週間に渡り繰り広げられたアジアカップもついに決勝を残すのみとなりました。
最初の1週間はやたらと長く感じられましたが、途中からはアッという間に過ぎ去った感じがします。韓国との激戦(というより自ら激戦にしてしまった感はありますが)を制しての大舞台です。相手はオーストラリア。ここ5年で日本にとっては仇敵となった感のある国。アジア転籍から2度目の挑戦での決勝進出です。
韓国との準決勝のあと、アラブ系の記者から「これで日本はアジアナンバー1だな」と言われたので、「まだファイナルがあるよ」と答えたあとの氏の言葉が印象的でした。「オーストラリアはアジアじゃないよ!」。うーむ、確かにそうだ。現場の同業者の中にも「どう考えてもアジアっぽくないよね」という人もいるし、そういう話をしたのは1度や2度ではありません。
僕自身も彼らのアジア転籍を聞いたとき、南米やアジアとのリスキーなプレーオフで苦杯を舐め続けた経験が大きな要因だと推測したし、ともすれば「アジアなら余裕だろ」的なちょっとした上から目線を感じました。そんな中、迎えた07年のアジアカップ。東南アジアでの共催という特殊な環境、慣れない蒸し暑さの中、苦戦する彼らをみて「アジアの難しさを思い知ったか!」と上から目線返ししたことを覚えていますし、結局、南ア大会にはオセアニア枠が設けられたことによって、アジア転籍自体が徒労に終わったと思っているんじゃないかと邪推したこともあります。
もっとも、こうした思いは彼らの戦いぶりをみて変わってきました。具体的には、どんな試合でも公式戦ではベストメンバーを揃える姿勢や、アジアカップ開催に手を挙げ、決定させたことなどです。彼らへの見方が完全に変わったのはウズベキスタンとの準決勝でした。試合はご存知のとおり、開始早々から得点を重ねた完全なワンサイドゲーム。普通ならば途中で手を緩めたり、得点してもシラける状況ですが、彼らは容赦なく叩きのめし、これでもかと喜びを表現していました。これはオーストラリア人の生真面目な性格の表れであると共に、アジア王者に対する真摯な姿勢の発露だったと思うのです。彼らのアジアカップにかける思いは分かった。だからこそあえて言いたいことがあります。
「アジア王者はまだ早い!」
どんなに馴染もうとしても違和感がまったくないと言えば嘘になるし、何よりも転籍から2度目の挑戦で優勝できるほど、アジア王者の看板は軽くないと、アジアの先輩として教える必要があるし、世界にアピールする上でも、日本は勝たなければいけないと、僕は思います。そして、強力なライバルとなった彼らとの決勝には、タイトルやコンフェデ出場権のみならず、後世に残る大きな財産、つまり、今後、日韓戦に並ぶような伝統の一戦、その始まりの試合だったと後に呼ばれるような試合を期待したいと思います。
※写真はアルサッドスタジアムでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |15:47 |
アジアカップ |
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2011年01月24日
先日のカタール戦はシリア戦以上にエンターテイメント性の高い試合でした。
勝利の瞬間は歓喜よりも安堵感が強くホッと胸をなで下ろしたものですが、徐々に「カタール相手に。。。」という欲張りな思いもわいてきました。しかし、韓国もオーストラリアも苦戦を強いられたことを考えると「これがアジアカップなんだろうなぁ」と改めて痛感しました。むしろ、不利な状況に屈することなく、勝利を手にしたことは精神面や団結力を高める上で良い機会だったと言えるでしょう。
さて中東勢との波瀾万丈なエンターテイメントはもう終わりです。次からはホームアドバンテージを持たず、実力も同等かそれ以上のチーム同士の戦い。ザックが言う「自分たちのサッカー」が本当の意味で試されるときです。その最初の相手が韓国とはこれまた良く出来た話ではありますが、間違いなく厳しい戦いになると思います。
個人的にガチンコの韓国戦は97年の国立競技場以来だと認識しています。当時、テレビを通じて感じた悔しい気持ちは今でもハッキリ覚えています。現場に出るようになってからは、いつかあんな試合を取材したいと思っていましたが、韓国戦の取材は何度かありましたが、残念ながらいずれも舞台が整わない試合ばかりでした。これまでの4試合で選手はもちろん、観る側の僕たちの気持ちも最高潮に達しています。そんな中で行われる韓国戦。これこそ僕が待っていた舞台です。
絶対に負け「たくない」戦い。
試合後の自分がどうなってしまうのか、想像もできない試合を楽しみたいと思います。
※写真はアルガラファスタジアムでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |00:10 |
サッカー日本代表 |
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2011年01月15日
アジアカップ取材中ですが、自身のウェブサイトを立ち上げました。
フォトギャラリーは落ち着いてから充実させて、そのあとは随時更新していくつもりです。スポーツ写真がお好きな方もそうでない方もお時間のあるときにお立ち寄り下さい! また制作にご尽力して頂いたK氏にこの場を借りて改めて御礼申し上げます。
http://takasutsutomu.com/
posted by tpower |21:02 |
お知らせ |
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2011年01月15日
先日のシリア戦。日本は幸先よく先制ゴールを奪い、不可解な判定で窮地に立たされながらも、決して諦めることなく、何とか勝ち点3を手にしました。まるで90分のショートドラマを見ているような劇的な展開でした。
南アワールドカップのカメルーン戦で、先制ゴールを決めた本田が真っ先に向かったのはベンチに控えるチームメイトの下でした。当時の日本代表の結束の固さを物語るエピソードのひとつです。
そして、シリア戦。先制ゴールを決めた長谷部が「来い、来い、ついて来い」と言わんばかりに大きく左腕を振り上げチームメイトを呼び寄せました。向かった先はゴール裏でアップをしていたチームメイトたちの下でした。旗揚げをして間もないチーム。半年前のワールドカップを知る選手は半数に減り、当時ほどの結束には及ばないであろうチームにあって、引き続きキャプテンを任された長谷部らしい演出だったと思います。この日もファールがあれば真っ先に審判に詰め寄り抗議したり、チームメイトを時に落ち着かせ、時に鼓舞する姿が印象的でした。
川口や中澤、闘梨王などキャプテンシーや闘志を見せる選手が不在の中、誰がその役割を担うのか気になっていたのですが、率先してチームを率いる長谷部の姿を見て、正真正銘のキャプテンが誕生したような気がしました。まだ厳しい戦いが続くと思いますが、長谷部のキャプテンシーに注目しつつ、引き続き取材を進めたいと思います。
※写真はカタールスポーツクラブでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |21:00 |
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2011年01月10日
カタールのドーハに来ています。以前、訪れたのは2008年の最終予選だったので、約2年ちょっとぶりです。昨晩、アジアカップ2011の日本の初戦となったヨルダン戦を取材しました。予想外というか予想通りというか、最後の最後で追いつく心臓に悪い試合でした。
南アフリカのワールドカップ以降、いつになく明るい話題が多かった日本サッカー界。南アでブレイクした本田選手、ブンデスリーガで前期MVPを獲得した香川選手を始め、この冬にも数名の選手が海を渡ろうとしています。また昨年10月に初お披露目となったザッケロー二監督は、アルゼンチン、韓国を相手に見応えのある試合を演じて、我々に大きな希望を与えてくれました。今大会の登録メンバーも当初は、どれくらい主力を呼べるか分からなかった中で、ほぼ監督の希望通りのメンバーが顔を揃えることになりました。これだけプラスの材料が揃えば、誰でも思ってしまうはずです。日本の目標は優勝。少なくともベスト4までは余裕で勝ち上がるはずだと。選手たちに慢心があったとは思いません。ただこの半年、僕らの回りにフワフワとした雰囲気が漂っていたことは間違いないと思います。
そういう意味で、自他ともに認める優勝候補の日本が格下のヨルダンに後半ロスタイムまでリードを許し、最後の最後で何とか勝ち点1を手にしたという結果について予想外だったと言えるし、優勝候補が初戦で格下相手にスコーンと足下を救われ、そのまま敗退なんて話はワールドカップでもよくある話なので予想通りだったと言えるのではないでしょうか。いずれにしても収穫の多い試合だったと思います。ザックを始め、若い選手達がアジアの難しさを肌で感じ、今後の戦いに活かすことができることや、サウジ対シリアの結果を考えると、どんな形であれ勝ち点1を積み上げたことは良かったと思います。また我々、報道陣にとっても改めてアジアの怖さを痛感させられた試合でした。
気持ちを引き締めて今後の取材に臨みたいと思います。
※写真はカタールスポーツクラブでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |14:32 |
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2010年07月01日
昨晩はプレトリアにてパラグアイ対日本を取材。
日本が破れたとき、僕は肩を組んだ10人の選手たちを見ていた。項垂れる選手たちから一人離れて、バックスタンドに陣取ったサポーターの下へ歩いていく選手がいた。本田だった。僕は機材を抱えて走り出していた。やっとポジションに着いたとき、彼は俯いたままの挨拶を済ませ、メインスタンドへ歩き始めていた。少し遅れて他の選手達がやってきた。PKを外した駒野が松井と阿部に肩を借りていた。駒野は俯いたまま。松井と阿部の瞳は真っ赤だった。パラグアイの選手が駒野に駆け寄り、何事か語りかけている。バルデス。試合中、何度も駒野とやり合った選手。駒野はひとつふたつ頷いていたと思う。
僕はこのとき初めて日本が負けたことを認識した。そして、心の中で泣けてきた。
正直、僕が日本人じゃなければ、すごく退屈な試合だったんだと思う。実際、今日一日だけでも2回くらい再放送を見たけれど、スペクタクルな試合ではなかった。
だけど、大会前からは考えられないくらい、南アフリカでの日本代表は戦うチームになっていた。それがすごく嬉しかった。期間中、取材してきたどの試合よりも日本の試合はアツかった。メッシよりもロナウドよりもハラハラどきどきさせてくれた。
サッカーの質とか専門的なことを言えばキリがないし、難しいことはよく分からないけれど、少なくとも泣くこともできず、ただ呆然とするしかなかった4年前と比べたら、持てる力を全部出し切れたことは大きな収穫だったと思う。
日本代表の南アフリカは終わったけれど、ブラジルに向けた戦いはすぐに始まる。7月中旬にはJリーグが再開されるし、8月末には欧州サッカーも開幕する。来年早々にはアジアカップがある。立ち止まっている暇はない。だけれども、今はしばしの休息を取って頂きたいと思います。
※写真はプレトリアでの一コマ。
撮影:たかすつとむ
posted by tpower |06:39 |
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