2007年12月20日

42勝・稲尾和久の先発と救援

●稲尾和久の42勝:第2回

稲尾和久のシーズン42勝。

この勝ち星を稼いだポイントの鍵とは、稲尾和久の先発の勝利数よりも、いかに「救援による勝利」を稼ぎ出したか。これを知ることが大事だ。

1961年のこの年、登板数は78。先発と救援の試合数は30と48。救援登板が先発の1.6倍に達しているが、それでいて、30先発とはまさに現代のローテーションエースの先発数と同じ。

中5日で先発し、その合間にリリーフをしっかりこなしていた登板、と考えていい。

30先発の成績は防御率が1.68の257イニングと3分の1を投げ24勝5敗である。

25完投(7完封あり)を投げ、平均8.6イニングは、これだけでも凄い記録。

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posted by toshiya-ono |23:38 | 稲尾和久 | コメント(3) |
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2007年12月18日

稲尾和久の42勝を見る

●稲尾和久の42勝:第1回

「ウチは、あと一本が出ないんだよなあ。優勝はいいだろうなあ。」とは、昨年のマスターズリーグの表彰式のこと。稲尾和久さんの、小さなボヤキである。

稲尾さんは、福岡ドンタクズの監督を務め、遂に優勝は叶わなかったが、池永正明、東尾修から稲尾に続く「夢の投手リレー」をマスターズリーグで実現させ、ファンに披露。大いに話題をまいた試合が懐かしいのだ。

もっと多くの野球談義を聞きたかった。提言をして欲しかった。しかし、今年11月、突然の訃報でした。

さて、稲尾和久のシーズン42勝。

メジャーでも、1900年以降では41勝が最多。近代比較の意味では、稲尾和久の残した42勝は、実は世界記録なのである。

稲尾和久が、スタルヒンのシーズン勝利数記録に並んだこの年1961年は、まだ投手の分業制などない時代。

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posted by toshiya-ono |22:01 | 稲尾和久 | コメント(1) |
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