2007年12月21日

カネやんのリリーフ陰謀説

カネやんは、国鉄時代、他の先発投手が勝てる試合を、調子がいいから「ワシが行く。」と途中降板させ、マウンドに登場。白星をかっさらって行った伝説は本当か?

金田の国鉄時代の15年間の救援数は326。これは先発6:救援4もの高い比率である。

年平均で先発32.5試合、救援21.7試合とは、130ないし140試合制の当時、中4日から中5日で先発をこなし、合間にリリーフを1度こなしていた勘定である。

しかも、リリーフの投球回は国鉄の15年間で1試合平均3.2回と、これがまた長いのだ。

うち完了率(最後まで投げた試合)も90%と高く、当時はひとたび登板したのなら、たとえ打たれても最後まで投げるのがカネやんのスタイルだった。

カネやんだって、リリーフで打たれることもある。しかし、そんな試合でも決して投げ出すようなことをせず、最後まで投げ抜く試合がほとんどだった。

そして、326救援したうち、金田正一が手中に収めた114勝の他は、どうなったのか。ここが肝だ。救援するのだから、先発投手にほとんどの勝敗がつくはずだが、カネやんより勝利数は多いのか少ないのか。

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金田さん怒らないかな・・・
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posted by toshiya-ono |13:12 | 金田正一 | コメント(2) |
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2007年12月20日

金田正一の火を噴く完投勝率

「金田正一の完投勝率」:第5回 金田正一の400勝

もしスワローズが、せめて並の打撃力があったなら?金田正一は、国鉄時代、本当なら何勝していたのか?を考えてみるのも楽しい。

巨人に移籍した5年間については、肘の故障もあって、先発勝利がほとんど一桁どまりと苦しんだ。巨人時代のIFを考えることは難しく、日本の誇る金田正一の400勝は、チームが弱かった国鉄の15年間に焦点を当てることによって再考したい、と思う。

国鉄時代の完投成績は234勝104敗。4年目の19勝4敗を始め、19勝2敗という完投勝率9割以上がさらに2度。調子のよかった年は、火を噴くようなピッチングである。

15年合計では、完投勝率6割9分2厘。しかし2007年の両リーグ全投手の完投成績は平均で7割5分はある。少なくとも、もう少し強いチームに入団していれば、この勝率は稼げた、と考えてみたい。

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posted by toshiya-ono |10:51 | 金田正一 | コメント(0) |
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2007年12月19日

金田正一の5勝100敗

●第4回:金田正一の400勝

1950年から60年代当時、川上哲治はじめ、与那嶺要、長嶋茂雄らが打ちまくった巨人。一方、万年5位か6位の国鉄。チーム打率を比べると、金田正一が国鉄に在籍した15年の平均で、巨人2割5分6厘、国鉄2割3分3厘。


打率において、2分の差は大きい。得点に至っては、15年間の年平均が巨人の570点に対し国鉄は、30%も少ない407点しかなかった。

この国鉄時代の15年間、実際に金田正一が登板した試合を調べてみよう。

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●金田正一さんの印象など、ご意見をお寄せください。


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posted by toshiya-ono |10:29 | 金田正一 | コメント(0) |
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2007年12月18日

金田正一のオールスター戦略

●第3回 金田正一の400勝

金田正一は、プロ入り2年目の1951年に初の20勝越え。

これを皮切りに、勝利数はどんどん伸び、24勝、23勝と続き、毎年の20勝を継続。8年目の28勝は最多勝。9年目には31勝にまで伸びた。

ついには国鉄時代で14年連続20勝以上を達成。これは、世界でサイ・ヤング(1890-1911年)と金田正一しかいないという、とてつもない成績になった。

国鉄時代の15年合計で、金田正一の勝ち星は353勝。スワローズの勝利数は833だから、金田正一の勝ち星は、全勝利の42.3%にまで達していたことになる。

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さてクイズです。
Q:マスターズリーグで活躍中の、この選手は誰でしょう?皆さん、当ててください。
このマスターズリーガーは誰でしょう?


12月18日火曜の東京ドームの試合に出場予定です
http://baseballplus.jp/ に答えを載せました。


ヒント:昨年度は、マスターズリーグで4割7分6厘の高打率をマークし、首位打者に輝いたスゴい選手。所属のチームは、名古屋エイティデイザーズ。杉下茂監督が率いるチームです。


posted by toshiya-ono |10:07 | 金田正一 | コメント(0) |
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2007年12月17日

勝利の半分はワシのもの:金田正一の400勝

●金田正一の400勝:第2回

金田正一は、17歳にしてプロ入り。その年1950年は、どんな年だったか。

1950年は、プロ野球がセ・リーグとパ・リーグに分裂した元年。前年まで8球団。そこから、一気に15球団に倍増とは、セ・リーグ8球団とパ・リーグが7球団でスタートした、2リーグ制発足の年だ。

チーム名も楽しい。

<1950年セ・リーグ最終順位>

1位 松竹ロビンス
2位 中日ドラゴンズ
3位 読売ジャイアンツ
4位 大阪タイガース
5位 大洋ホエールズ
6位 西日本パイレーツ
7位 国鉄スワローズ
8位 広島カープ

各チームとも人材が不足。新球団の国鉄へ途中入団した金田は、すぐにその年30試合に登板。9完投し、8勝12敗が1年目の成績だった。

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メリークリスマス

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posted by toshiya-ono |10:16 | 金田正一 | コメント(0) |
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2007年12月14日

金田正一の400勝

●第1回「ワシは川上さんにやめさせられた?」

プロ野球名球界。ハワイでは、年末恒例の総会が、執り行われている。会長は日本プロ野球が誇る400勝投手の金田正一さん。

金やんはメディアに登場するたび、結構新しい史実を話してくださるのが楽しみだが、さて金田正一の400勝という、これまでの野球史における頂点は、どのように達成されたのか。では400勝は、本当に日本人の最後の到達点なのか、を分析していきたい。

金田正一の400勝は、20勝を20年で達成という空前絶後の記録である。さらに、それだけの勝利数を稼ぐ土台として、強靭な体力をもって、多く登板、多く投げることが必要だった。

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小野俊哉のプロ野球plus

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posted by toshiya-ono |12:50 | 金田正一 | コメント(2) |
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