2008年04月04日

代表とスポーツ祭典

インドのサッカー代表チームのバイチュン・ブティア主将が、17日にニューデリーである北京五輪の聖火リレーの不参加を表明した。
 「チベット人の大義に共感し、闘いを支援する。いかなる暴力も嫌う。私の個人的な決断だ」と語った。 

以下ドイツの新聞より抜粋 管理者翻訳

ドイツスポーツ委員会副理事Dankert(社会党)氏インタビュー
スポーツは政治と無関係ではない-タイトル-

質問)ドイツオリンピックスポーツ協会(DOSB)がオリンピック出場の意志を公表したことについて。
「チベット問題の今後の展開によりどう変わるかはきまっていない。」

質問)オリンピック開会式をボイコットする事に関して
「単一国がボイコットしたり、国の代表がセレモニーをボイコットしても、大きい効果は得られないだろう。中国の将軍の誰彼でその席を埋め合わせるだろうから。それよりも大事なことは、オリンピック開催中に多くのジャーナリストが中国の中で自由に取材でき、政治的な記事を公表できることだ。また選手達も彼らの意見をだせる事だ。」

質問)オリンピックの原則に選手が政治的な意見を発するのを禁止する、、、
 「DOSB理事長のバッハ氏は同時に国際オリンピック委員会の副理事でもある。意見表現の自由は人権として守られるべき。スポーツにおいてもそれが例外であるわけではない。よって意見を述べた選手が国際法上の処罰を受けることがない旨を国際オリンピック委員会が保証しなければならないと思う。」

質問)どのような政治的なシグナルをオリンピック開催中、スポーツが発することができるのか
 「スポーツ選手といえども政治範疇に属さないわけではない。まして彼らは我々の国の代表であり彼らの身の回りで起こることをコメントしなければならない。多方面にわたり表現するだろう。そこでは選手自体が問われるだろう。彼らの想像力と創造力には制限がない。それを胸の内に秘めて準備することになる。なぜならそれを防ぐために対応し反応してくるからだ。」

質問)経済的制裁がより効果的ではないですか
スポーツだけに政治的政策を要求するのは荷が重すぎる。オリンピックボイコットを決める前に、経済的制裁を加えることがより効果的ではないかと検証するべきである。

以上


  • 共通ジャンル:

posted by tooor |20:00 | 代表チーム | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年03月28日

アルプス頂上登坂

ドイツ代表が、ユーロカップホスト国のスイスと対戦しました。前回同じホスト国であるオーストリア戦ではスコア結果3-1でしたが、満足できる内容ではなく、ここ3試合下降気味のパフォーマンスにカツを入れたいという意気込みで臨みました。両国がアルペン国であり今回の欧州カップでユーロッパの頂点に上り詰める意味でアルプス登頂作戦と名付けています。シュツットガルトのサポーターとして、おらがチームの選手を中心にしてレポートしてみたいと思います。
 前半は、ホームのスイスにもチャンスがあり好試合になる可能性もありましたが、20分過ぎにゴメスのシュート気味のセンタリングが、バックスとキーパーベナリオ(ヴォルフスブルグ)の間を抜け、クローゼが体で押し込み先制点。キーパーの中途半端なプレイによる失点でした。そして後半には61.67分とゴメスのダブルで早々とスイスは降参状態。シュツットガルトでもそうですが、バックスのラインの後ろに出たボールをフリーであろうが遁走されようが、ドリブルしてフィニッシュに至るキーパーとの1対1状況では、必ず決めてくれるゴメス。フォワードとしてまことに頼りになるプレーヤーに成長しました。代表9試合で6点、クラブでも19試合で15得点とただいま絶好調。ドイツ国民にとってバラックと並び今回の欧州カップまでに怪我をされたくない選手の筆頭です。
 次に左サイドMFのヒッツルスペルガー、大変覚えにくい名前ですが、キラーパスとハンマーと呼ばれる左脚からのミドルを得意としています。クラブでは今季前半怪我で出遅れ、なかなか安定したプレイができていませんでしたが、この試合でも数度致命的なパスミスをしたりロストしたりしました。もっとも攻守の要であるバラックが常に複数のマンマークに締められていたため、中盤の底として舵を取る役目をこなし攻守によいプレーもし、敢闘賞と言うところか。ブレーメンのフリンクスが右のボランチに復帰してくればもう少し荷が軽くなるのではと思います。
 次に右SBのラームですが、現在バイエルンにあるクラブでプレーしていますがデビューしてすぐ活躍したのがシュツットガルトで前我がクラブということで、語らせていただきますが、スイスの敗因は彼のサイドを突いて行こうとしたこととも言える程、しっかりと守り、全く思い切りのよいサイドチェンジや前線までのドリブル等、素晴らしかったです。試合後半にはMFの位置でプレーし右左SBでもできるポリバレントなプレーヤー。170cmと小柄な彼の活躍を観ていると、日本人プレーヤーのふがいなさが―――。
 最後に、出場はしていませんが控えGKのヒルデブラント。長年シュツットガルトの顔であった彼がバレンシアに移籍し、また新しく入ったGKのシェーファーがだめでサポーターはウイアーミッシングユーしているわけですが、僕としてはアーセナルでベンチを温めっぱなしのレーマンの代わりに第1GKとしてヨーロに出て欲しいです。異国移籍1年目で天国と地獄を味わっている彼ですが、驚異的な才能を持つ若手の竜虎、シャルケのノイヤーとレバクーゼンのアドラーの出現を考えると上下サンドイッチ状況で、代表で長くプレイできる可能性が少ない訳で、38才になるレーマンに早く後輩に席を譲って欲しいという、多少贔屓めな意見です。
あ、そうそう最後にポドルスキーがだめ押しし4-0というスイスにとってまことにがっかりする結果に終わったこの試合、ドイツ代表ファンにとってはヤーホーと言うかけ声をかけたくなる内容でした。

  • 共通ジャンル:

posted by tooor |04:47 | 代表チーム | コメント(2) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年02月26日

背後の歴史とフィールド

 世界には数々の地域トーナメントがあり、競っている国同士は、過去に互いに血を流し争った歴史を共有しているのがほとんどだ。その上で現在の欧州サッカーの隆盛は世界大戦後の平和を土台にして発達してきたことも間違いがない。政治文化経済交流始め、いろいろな形で各国間の誤解や先入観が少しづつ訂正され、健全なライバル関係が高められることによって、純粋なスポーツとして競技され、よって楽しまれることが可能になってきたのだと思う。イタリアを始め今尚根強いクラブ間の確執やもめ事が残るとしても、国家間、つまり代表の試合ではこのようにしてスタジアム内外での観客同士の争いが減少してきた。FIFAやUEFA開催による欧州トーナメントで大規模の暴力沙汰が発生することはなくなり、よってスタジアムに足を運ぶ際の危惧もなくなり、それは戦後63年かけて現在に至る。
スタジアムで一度試合開始の笛が鳴れば、グランド上でおこなわれる戦いが全てである。過去の国家観の争いには一切関係なくそれは行われるべきである。そこではピッチの上でおこる事以外に、語られることは少なくて良いとも思う。しかしながら、プログなどの意見交換を開ければ、やれ中国人は、やれ韓国人は、けれども日本人は、、、の中傷のオンパレードである。
代表のサッカーは、その国の国民のアイデンティティとして深く根付いていて、我々の感情は、スタジアムという巨大なマスの中で増幅され熱として昇華される。勝つための闘志が個々の選手、チーム、そして観客との間で相互伝達されエスカレートしていく。スタジアムと茶の間とをつなぐマスメディアの演出もそれに加わる。その時、心のダークサイドとしての、憎しみや怒りが吹き上がるのもサッカーが、人間的な、あまりも人間的なスポーツである所以である気がする。それを接触プレー時や極度の興奮が故にも、口に出したり態度で現したりするのは、プレーヤーとしても、ファンとしてもみっともない品位に劣る行為である。それぐらいならまだしも、そんな醜い感情を国民間の差別意識に変え、常に抱え込んでいる人は、代表戦をそしてサッカーを代理抗争とかストーリートファイト類と勘違いしているのではないか。そもそも人類共通意識が芽生え始めたこの時代で、圧倒的に貧しい世界観を持っている人々ではないか。

以上今回東アジア選手権を観ての雑感です。

  • 共通ジャンル:

posted by tooor |00:51 | 代表チーム | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年02月26日

レフリーとラフプレー

 先月のアフリカンカップを数試合観ていて、僕なりに気づいた事として、レフリーのジャッジングの質がしっかりしていたことがある。光栄にも日本人の西村レフリーが唯一のノンアフリカンではあったが、彼も含め僕がTVで観た試合のレフリーは毅然として公平であり、はてなマークの出るジャッジは殆どなかった。そこではヨーロッパフットボールネーション間の試合運びとそれ程の違和感なく笛が吹かれていたように思う。僕自身が持っていたアフリカ人のレフリーで大丈夫カナ?という馬鹿な先入観を改めなければならなかった。
 間接的な理由として多くのアフリカンプレーヤーが欧州のリーグでプレーしていることがあげられると思う。つまり欧州リーグで活躍する選手が各国の主軸としてその経験を母国のチームに伝えることができているのではないか。その中には欧州リーグでのプレーのマナーも含まれているのではないか。例えば、それは接触プレーで倒れた場合でもお互い起きあがるのに手をかしたする行為かもしれないし、軽くタッチをして健闘を称え合うちょっとした行為かもしれない。かりに行き過ぎたファウルをして相手選手を削ってしまった場合でも一言謝りを入れたりもする事かもしれない。彼らはそんな行為を通じて自分達が感情的に敵対せず試合に集中でき、サッカーをプレーする喜びをスタジアム全体で共有できることを経験してきたのである。また悪質なレッドを犯した場合の協会やクラブへの罰金、所属するクラブの監督やファンからの叱咤も覚悟しなければならない事、それらいろいろな経験が自国の選手仲間に伝わっているのではないか。
 ラフプレーに対する、そのような自覚を持った選手が増えるほど、レフリーの仕事がやり易くなるのは言うまでもない。そしてその上でどうしても起こってしまうファウルやラフなプレーを抑え、試合を落ち着かせ、同時にその質と調子を落とさないために指揮棒を振るのが、レフリーだと僕は思う。当然荒い試合であればある程、レフリーの責任が重くなってゆく。少なくとも故意に公平さを欠いたり、レッドカード場面で明らかなミスジャッジをするレフリーはここではまったく語るにたらない。

  • 共通ジャンル:

posted by tooor |00:14 | 代表チーム | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加