2008年05月13日
矯私は30歳の現在もなお、現役でサッカーを続けている。週末にはフルコートの11人制のサッカーやフットサルで汗を流している。元来、私は左利きなのだが、矯正をされサッカーを始めた頃から右足でボールを蹴っていた。しかし高校を過ぎると無理に矯正することもなくなったため、箸を左手で持つようになり、ボールも左手で投げるようになった。しかし利き足に関しては右蹴りから左蹴りに戻ることはなかった。本末転倒なのだが左蹴りに戻そうと矯正を試みたのが今から3年前のことだった。今ではプレーのほとんどを左足でタッチするようになっている。幸運なことに左足でボールタッチをしているが右足が使えなくなったわけでなく、両足を無理なく使えるようになった。
話は変わって、ドリブルで相手を抜く場合、結果的に三通りの選択肢しかない。
~右から抜くか、左から抜くか、そして股から抜くか~
股抜きはレアケースと考えるとほとんどの場合、左右の選択に迫られる。しかし、両足でボールをタッチして気づくことは左右の二者択一でなく、どちらの足でボールをタッチするかで選択肢は2択以上に広がる。
大宮の左サイドには、藤本選手や内田選手、土岐田選手などスピードでスペースへ走り込むドリブラー型の選手が起用されることが多い。彼らは全員右利きで右足の細かいボールタッチで相手ディフェンダーのバランスを崩し、スピードで抜くことを得意とする。ただ彼らが左足でボールをタッチすることはほとんどない。
スコットランドセルティックの中村俊輔選手が右サイドで相手ディフェンダーと対峙する際、相手ディフェンダーが最も恐れるのは、左足での正確なセンタリングである。ディフェンダーが左足での中村選手のセンタリングを警戒するあまり中村選手のキックフェイントでかわされてしまうケースや、バルセロナのロナウジーニョ選手やメッシー選手のように、利き足の小気味よいボールタッチで抜いてくるとわかっていながらもその卓越したフェイントとスピードで抜かれてしまう場合など、世界には利き足一本で活躍するトッププレイヤーが存在する。しかし彼らには絶対的な利き足のテクニックやスピードを持っている。そのテクニックやスピードを警戒するあまり、その「裏をかく」プレーが活きるのである。絶対的な「間合い」に相手ディフェンダーは翻弄される。
ここで大宮の左サイドを務める選手に相手を翻弄するテクニックやスピードを持ち合わせていないことを指摘したいわけではない。ただ相手ディフェンダーとの間に「絶対的な間合い」を築くに至っていないということは言える。
相手ディフェンスとボールの間に自らの体を挟むのがリスクの小さいドリブルの基本である。左サイドを右足でボールをキープしたまま左(前方)に抜こうとするのはリスクが伴う。 なぜなら、ボールが相手ディフェンスの前を無防備に通過するからだ。攻撃側に相当なテクニックやスピードを持っているか、余程、優位な間合いを保ってもいない限り、右足でボールをキープしながら左(前方)に抜けるドリブルを選択するリスクは負わない。すると自然と同じようなプレーが繰り返される。左サイドでボールを右足でボールを受けるとトラップした後(当然右足で)、左DFやボランチを下げるか、右足で中央へドリブルで切り込んでいくかである。これらのプレーはディフェンスにとっては脅威でなく、むしろ守備側の間合いで守られてしまう。もし右利きの彼らが左足で左(前方)に突破する選択肢を持っていれば、ディフェンダーも今まで通りの守備とはいかない。
左サイドを左利きの選手が務める最大のメリットは縦への突破をしやすいことである。右利きの選手でも左(前方)へ突破できないわけではない。ただ左足でボールをコントロールした方が圧倒的に有利である。縦への突破という脅威が、「裏をかくプレー(中央へ切り込むプレーなど)」を更に引き立たせるのである。
今でも藤本選手の細かいボールタッチや内田選手や土岐田選手のスピードは大宮にとって強みである。ただすべての選手が、中村俊輔やロナウジージョのように利き足一本で敢えて相手ディフェンダーに挑む必要はない。彼らが左足をもっと多用したなら幅のあるプレーをみられるのではと思うのは私だけだろうか。
左足を使わなくともマンチェスターユナイデットのC.ロナウドのように、小気味よいステップと右足のアウトサイドでのボールを押し出しながら、一瞬で左(前方)にボールを移し、相手ディフェンダーを置き去りにするような規格外の選手が出現したのであれば何も「左足を使え」など野暮なことは言わない。
また、近い将来、Jリーグでもそんな選手にお目にかかれることを期待したい。
私が知らないだけで既にJリーグにもそんなプレイヤーがいるのかもしれないが・・・。
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2008年05月10日
私は、77年生まれである。今年で31歳。気がつけば31歳である。
会社では「若手」と呼ばれなくなって久しくなり、色々な責任も持つようになる頃だろう。若い若いと思っていても、「老い」を感じることがある。老いといっても劇的に老けこむということでなく、おそらく身体的な一番のピークを越えたことを感じる時がある。
鏡の前に立つと、数年前にはなかった顔のしわに気づく。
テレビのでてくる芸能人の名前が思い出せない。
そして先日は、草サッカー中に肉離れを負った。
何処かで草サッカーであってもまだまだ現役サッカー選手と思っていたが、草サッカーチームにも若い選手が加入し、フル出場で試合にでることが少なくなった。
31歳。
もう時間を重ねるごとにサッカーをするのがしんどくなる…
と先月末の肉離れでサッカー選手として年齢のことを考えていた。
そんな時に、観戦した横浜F.マリノスと大宮アルディージャ戦、同じ世代の選手がピッチで躍動していた。
31歳
プロサッカーの世界ではもうベテランの呼ばれる歳である。
当然プロと自分を比べても意味はないのだが、同世代のベテランJリーガーの活躍を見ると力が沸いてくる。
特に私の応援する大宮の選手に同級が多い。同級のピッチで活躍する姿を観るために今日もNACK5スタジアムに行こう。雨だろうと負けていられない。
最後に、Jリーグで活躍する同級77年組(77年早生まれ除く、78年早生まれ含む)を紹介しておきた。
大宮アルディージャ
冨田大介(1977年4月24日)
佐伯直哉(1977年12月18日)
吉原宏太(1978年2月2日)
藤本主税(1977年10月31日)
西村卓朗(1977年8月15日)
小林慶行(1978年1月27日)
横浜F.マリノス
ロニー(1977年4月28日)
中澤佑二(1978年2月25日)
その他のJ1の77年組
浦和レッズ三都主アレサンドロ(1977年7月20)
ガンバ大阪
明神智和(1978年1月24日)
清水エスパルス戸田光洋(1977年9月10日)
川崎フロンターレ
ジュニーニョ(1977年9月15日)
アルビレックス新潟
内田潤(1977年10月14日)
柏レイソル藏川洋平(1977年8月10日)
ヴィッセル神戸
須藤大介(1977年4月25日)
ジェフユダイデッド千葉
坂本將貴(1978年2月24日)
中島浩司(1977年8月20日)
大分トリニータ鈴木慎悟(1978年3月20日)
コンサドーレ札幌
池内友彦(1977年11月1日)
砂川誠(1977年8月10日)
東京ヴェルディ海本幸治郎(1977年10月14日)
船越優蔵(1977年6月12日)
廣山望(1977年5月6日)
京都サンガF.C.柳沢敦(1977年5月27日)
石井俊也(1978年1月19日)
J2の77年組
サンフレッチェ広島
戸田和幸(1977年12月30日)
服部公太(1977年11月22日)
ヴァンフォーレ甲府
井上雄機(1977年10月31日)
横浜FC
早川智伸(1977年7月11日)
ベガルタ仙台
千葉直樹(1977年7月24日)
平瀬智行(1977年5月23日)
シュナイダー潤之助(1977年5月22日)
セレッソ大阪
鈴木正人(1977年4月28日)
湘南ベルマーレ
ジャーン(1977年9月24日)
アビスパ福岡
黒部光昭(1978年3月6日)
久永辰徳(1977年12月23日)
水戸ホーリーホック本間幸司(1977年4月27日)
徳島ヴォルティス
片岡功二(1977年6月19日)
塩川岳人(1977年12月17日)
ロアッソ熊本
小林弘記(1977年5月24日)
FC岐阜
小島宏美(1977年12月12日)
菊池完(1977年5月3日)
J1主審の77年生まれ
佐藤隆治(1977年4月16日)
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2008年05月04日
昨日は、NACK5スタジアムに赴き、大宮アルディージャ‐FC東京戦の試合を観戦した。試合内容についてのレビューは、別のエントリで書きたいと思うが、9節のFC東京-大分戦の選手へ主審が暴言を吐いたとされる問題もあって、自然と審判のジャッジに意識が向く。
この日主審を務めたのは、吉田寿光氏、副審は、名木・西尾両氏であった。この日、不審なジャッジはなく、90分を通して試合観戦に集中できた。
敢えて気になるところを挙げるなら、警告(イエローカード)~特に早期の警告(イエローカード)提示~ の基準が厳しい印象を持った。
イエローカードが提示されたどのファイルも競技規則に照らし合わせれば、警告の対象に該当するものだったのかもしれない。また観戦しているサポーターにしても一瞬「えっ!今のファウルがイエローカード?少し厳しくないか? 」という思いがあれど、特に審判に対する不信につながるようなジャッジでもなく、当の選手たちも異議・抗議をすることなく粛々と次のプレーを再開した。前半7分、大宮片岡選手の東京梶山選手への警告(イエローカード)も厳しいジャッジという印象は持ちながらも、特に問題なくブレーは再開された。
早期の警告(イエローカード)提示のリスクを考える。
しかし、この7分という早いタイミングでの片岡選手イエローカードを提示したことにより、吉田主審は、以降の試合のジャッジに対してリスクを負ったのではないか。
「片岡選手が同じようなファールをした際に、吉田主審はイエローカードを再び提示できるか?」という疑念が生じる。
7分の片岡選手は、センターサークル付近で、自身がボールをカットされた梶山選手に対して体を引っ張ったとされ、イエローカードを出された。
試合の序盤、センターサークル付近、相手のプレーを止めるようなファウル。
試合の中でもよく目にするファウルである。イエローカードの対象となるファウルだったかもしれないが、イエローカードを回避できたファールであるともいえた。
残りの長い試合時間の中で、片岡選手の同様のファウルを行う可能性が十分にあった。もし片岡選手が再び同じようなファイルを犯した場合、吉田主審はイエローカードを再び提示したであろうか?
もしイエローカードを提示した場合、片岡選手は退場となる。しかしこの2つのファウルが退場に値するかを考えると甚だ疑問が残る。また片岡選手が早いタイミングで2度目のファイルを犯せば犯すほど、イエローカード提示の試合への影響は大きくなる。
非常に勇気の必要な2枚目の警告(イエローカード)になる。
もう一方、もし2度目のファイルに対して警告(イエローカード)を提示しなかった場合、その試合の審判基準は曖昧になり、吉田選手がその後、冷静にジャッジをし試合のコントロールが難しくなることが予想される。一度基準の曖昧になった審判のジャッジは過去の例を見ても容易に想像できる。
幸運にも今回の大宮‐FC東京戦において片岡選手が再び「際どい反則」を犯すことがなかったが、ポジション柄、再び同様のファイルを犯す可能性は十分にあった。その時、吉田主審がどのようなジャッジをしたのか興味のあるところだ。
主審が、警告(イエローカード)を提示することは、選手に対して以降同様の危険なファイルや反紳士的なファウルを防ぐ作用もある。しかし時として厳しく早いタイミングでの警告(イエローカード)の提示は、エキサイティングな試合を妨げ、また時として主審自らのジャッジへのリスクにもなり兼ねない。
最初のイエローカード提示の時間や状況を踏まえながらJリーグ観戦するのも面白い。
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2008年05月02日
8節の鹿島戦終盤での怒涛の攻め、前節大阪戦でのアディショナルタイムでの逆転劇。一週間に2試合もエキサイティングな試合をみて、更に明日は東京戦をホームに迎えての観戦は、サポーター冥利に尽きる。これも単衣に大宮がエキサイティングなゲームをしているおかげだ。
大宮は、対戦相手がどこまでコンパクトにラインを上げるかで序盤の内容が左右される傾向にあり、東京のライン位置が気になる。清水対東京戦を観戦する限り、梶山選手のコンディションが悪いことと、試合内容にムラ多いようなので、そこを突きながら東京の調子が乗る前に勝負を決めてほしいところである。長友・カボレ・大竹など有望ルーキーを間近で観ることができるのはサッカー好きとしては嬉しい限りだ。
そんな中、この試合、注目の選手が3人いる。東京の浅利悟・金沢浄両選手と大宮の斉藤雅人選手である。
彼らの共通点は埼玉、武南高校サッカー部出身ということである。30歳前後の埼玉のサッカー好きにとって武南は特別な意味をもつ。
「武南高校」~白のユニフォームに紫のパンツ~、高校のサッカー部でありながら、まさに「エレガントさ」を備えたチームであった。初めて武南高校のプレーを見た時、体に衝撃が走ったのを覚えている。1年生にしてゲームメイクを担当し、類稀なプレーを披露した上野良治選手を中心に準優勝を飾った年、私は中学1年生であった。それから4年間は武南高校の黄金期であり私も毎年、冬休みには大宮サッカー場(現NACK5スタジアム)に通ったものだ。今回、注目している3選手は、武南の黄金期を支えた選手たちである。
【1992年当時の武南高校】
3年生 浅利悟選手 1974年生まれ(33歳)92年卒
2年生 斉藤雅人選手 1975年生まれ(32歳)94年卒
1年生 金沢浄選手 1976年生まれ(31歳)95年卒
※ちなみに小林慶行選手の実弟小林亮選手も武南高校出身(2000年卒)
武南高校の黄金期に魅せられた者として5月3日の大宮VS東京の試合は、秘かなドリームマッチなのであり、それもNACK5スタジアム(旧大宮サッカー場)で観戦することができるなんて感無量である。こんな見方をしているサッカーファンは私だけではないのではないか?決して少なくないはずだ。
また、Jリーグで唯一、球団職員(NTT所属)の斉藤選手と東京ガス社員浅利選手というサラリーマン対決が見られるのも大宮VS東京戦だけである。Jリーグスタート当初には数多く存在したサラリーマン選手も現在J1ではこのふたりだけである。
(監督を含めると3人だけ 川崎フロンターレ高畠監督は富士通社員)
30歳を超えサッカー選手としてはベテランと呼ばれる年齢でありながらJ1の第一線で活躍する3選手。同年代として、17年前にタイムスリップして明日の試合はチーム関わらず声援を送りたい。
一つ残念なのは、上野良治選手が昨シーズンで横浜F.マリノスを退団し、Jリーグのピッチにいないことである。
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2008年05月01日
誤審以上に試合をコントロールできなくなることを問題にしている
今シーズン最初の公式戦であったゼロックススーバーカップの家本問題から始まり、Jリーグが開幕してゲームを観戦するたびに、審判のジャッジに関する問題が取り上げられている。
そして先日行われた8節、FC東京VS大分トリニータ戦で主審を務めた西村雄一主審が大分の選手に対し暴言を吐いたとされる一連の問題に端を発し、マスコミ各社およびインターネットニュースサイトで再びJリーグの審判について大きく話題となった。
そこで以前、3級審判員だった私自身の経験も踏まえてサッカーの審判の問題について推考してみたい。しかしながら今から語る意見は、私の少ない審判経験に基づいた「推考」によるもので事実に反する可能性があることを予めご了承願いたい。
まず、多くのサッカーファン・Jリーグサポーターの認識として(私も含め)、ひとつの「誤審」に対して問題視しているのではなく、誤審をキッカケに、レフリーが試合をコントロールできなくなり、不可解なジャッジを繰り返し、またカードを乱発することにについて問題にしているということである。
ではなぜ審判は、試合をコントロールできなくなるのか?
私が思うに、ゲーム中、審判が権威化し、プレイヤーとコミュニケーションをとらずに、上の立場から力ずくでゲームをコントロールしようとする傾向があることに他ならない。
なぜ審判が権威化する傾向にあるか推考してみる
恐らくJリーグの審判まで登りつめるプロセスに問題があるのではと考えている。
審判取得をする属性について考えると、意外にも多くの人がレフリーキャリアをスタートさせる。高校や大学のサッカー部の現役選手から、スポーツ少年団の指導者、中学校・高校の指導者など多くの人々が審判資格を取得する。最も下級である4級審判免許は、簡単な筆記試験と体力測定で取得できる。自分が所属するチームや自分が指導するチームが公式戦に出場する場合、審判資格をもった者を必要とすることが4級審判を取得する最大の理由だ。
4級で審判経験を重ねていくと3級審判を受験することができる。3級も比較的簡単に取得することができるが、3級審判の数は、4級審判と比べると取得者が少なくなる。自チームが公式戦に参加するために3級審判の資格取得は必要ないからだ。
3級になると自分の指導(所属)しているチームとは全く関係ない公式試合の審判を依頼されることが多くなる。このあたりからJリーグでジャッジを目指すような上昇志向の強い審判とそうでない人と「審判」に対するスタンスが変わってくる。更なる進級を目指す審判はより公式戦で笛を吹き経験値を増やそうとするのに対して多くの審判は、自分の指導(所属)するチームがあるためサッカー協会依頼の試合に審判として参加することはない。
3級で公式戦の審判を務めることは審判スキルを高める以上に別の意味を含む。これは、2級審判になることに関係するのだが、2級審判員は、3級審判員として規定の試合数をこなせば誰でもなれるものという者ではない。各地区・各県サッカー協会の「推薦」が必要となる。この「推薦」を受けるため各地区・各県サッカー協会の主催する公式戦に審判として参加し、協会に貢献して顔を売るのである。2級を目指すあたりから少年団(小学生)から高校・社会人などの各年代の公式戦の審判を務めるため土日返上で審判を務めることになる。
これから先は推測だが、幸運にも各地区・各県サッカー協会へ惜しみない貢献をして「推薦」を受け晴れて2級審判資格取得したとすると、今度は、土日の休日だけでなく、平日にも及ぶ講習会の受講や公式戦の審判を務めることになる。
そして2級取得者を見渡すとある特徴に気づくことだろう。4級審判取得時にあれだけ多様な属性の人々が審判取得に参加していたにも関わらず、2級取得をするころには特定の職業の人々しか残らなくなる。
プロサッカークラブの関係者、自営業者、学生、そして教員を代表とする公務員
の人々がそのほとんどを占めることになる。平日に動ける職業の人々に限られるのである。誤解を恐れずに言うならば、3級を習得し、2級を目指すあたりから審判としての適性より、どれだけサッカー協会に貢献すべく公式戦の審判をこなすかが重要になる。当の本人らも土日返上で数年間、審判をするわけで、また2級を習得する頃から狭き門を通過する過程でエリート意識が芽生えるのもわからないでもない。
また、各校サッカー部の指導にあたる教員であれば、権威的になるのはなおさらである。Jリーグの審判を務めるころには、「俺がルールブックだ」と言わんばかりに権威的になっていることを想像に難くない。
今回問題の西村氏が前述したプロセスを経てきたかどうかはわからない。しかし今回の暴言が、審判として権威化し、選手を軽んじる気持ちの表れだったと言えるのではないか。
本日(5/6付)発売されたサッカーダイジェストによるとスペシャルレフリー(SR)は、年収1,000~1,500万円に上るという。
勝利によって数十万から百数十万の勝利給を手にする選手のことを考えれば、SRも同じプロならもっと真摯な気持ちで試合に臨んでほしい。
カードを乱発することにより、自分らの手当や給料は変わらないだろうが、安易に掲げるカードのために年収を大きく減らす選手がいることを忘れないでほしい。
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2008年04月26日
開幕戦のジュビロ磐田VS柏をスカパー!でみたときに1つの論争が家族内で巻き起こった。
ジュビロ磐田のユニフォームについてである。
まだ肌寒い3月上旬の開幕。多くの選手は長袖のユニフォームを着用したのだが、
ジュビロ磐田のユニフォームに微妙な違和感を覚えた。
それは、長袖の「袖」の部分の色が胴体部分の色と違うのである。
一見すると半袖ユニフォームに袖をつけた「継ぎ接ぎ」したユニフォームに見えるのである。
Jリーグ開幕戦当夜、試合内容同様、この「継ぎ接ぎ」に見えるユニフォームの話題で家族で盛り上がった。
結果的に私が主張した「発注ミスで半袖のユニフォームに急遽袖をつけた」という意見が採用されその日は落ち着いた。
しかしリーグが2節、3節と進んでいくにも関わらず、ユニフォームの袖部分は改善されないままだった。しかし、ユニフォームの背中の生地の色と袖の色が同色であることに気づき、この袖の色がデザインによるものあることに気づいた。その後、プーマ社製のユニフォームを採用する、清水エスパルス・大分トリニータのユニフォームにもこの袖のデザインが採用されているこがわかった。(J2のモンテディオ山形・ロアッソ熊本は未確認)
素朴な疑問が残る。清水、磐田、大分のサポーターの間で、今シーズンのユニフォームの袖のデザインについて話題になったことがないのだろうか?
各チームの応援ブログを探してみてもこのユニフォームの袖の件についてのエントリを見つけることができなかった。
※私個人的な疑問をどうしても気になってしまい日記に書きました。他意はございません。
posted by toddocom |20:08 |
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2008年04月22日
昨年末に引っ越しをして学生の時以来の満員電車で通勤をしています。
年配のサラリーマンに多いのですが電車を降りる際に無言でぶつかってくる人がいます。一言「降ります。」と声をかけてくれれば入口付近の人も電車中程から降車する人のために出口をあけるのに、苛立ちを他人にぶつけるように彼らは他人にぶつかります。
もっと声をかけようよ!と声をかけたくなります。
満員電車に揺られながら後ろからオヤジに突っ込まれてムカッとしていた先週の金曜日、もう1人の「もっと声をかけてほしい人」の事を考えていた。
それはJリーグの審判である。私も以前3級の審判資格をもっていたことがあり、よく社会人リーグの審判をしていた。毎年、資格の更新手続きと共にルールに関する講義を受けるのだが、一度も「審判は喋るな」という指導を受けたことがない。しかしプロアマ問わず審判になると突然無口になり、オーバージェスチャーに変わる。
笛が交通整理をする警察官を連想させるのだろうか?
選手の抗議に対して急に後ろに手を組み、目を閉じて頭を大きく横に振るといったジェスチャーを始める。
「審判もっと声だそうよ!」これは最近必ず草サッカーをしている時にでる言葉である。
そんな時にJリーグ7節の新潟対京都戦で審判がカードを乱発するという事件が起こった。スカパー!のアフターゲームショーで問題のプレイを確認すると、やはりコミュニケーションを全くとらず無言のまま大きな仕草でカードを掲げる審判がその試合の中心にいた。
本来ゲームの中心は選手であり、審判はゲームを円滑にコントロールする脇役であるのに。
posted by toddocom |00:30 |
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