2008年06月28日
Jリーグ再開!! 14節大宮-東京V戦 慶行・大悟「W小林」を待っているのは、東京Vサポーターのブーイングかそれとも・・・。
2005年東京VがJ2へ降格した頃の私とサッカーの繋がりと言えば、たまにTBSで行われる横浜FMの試合や、NHKで放送される浦和や鹿島の試合を見る程度だった。サッカーダイジェストやサッカーマガジンを購入してコラムを読むことはほとんどなく、埼玉出身選手の上野良治選手(元横浜)や堀之内聖選手(浦和)が出場したかどうか、また、プレーの採点はどうだったのかを確認するため、サッと立ち読みをする程度であった。 だから当時、ニュース番組で報じられる東京Vの降格のニュースもほとんど記憶にない。 2005年シーズンで東京Vに関することで記憶に残っているのは、2004年シーズンから続く森本選手(カターニャ)の活躍と「Mr.読売」がなぜ黄色のユニフォームを着て、日産出身の監督の下で下働きのようなことをしているのかという疑問だけであつた。 今日の今日まで東京Vと大宮の間に遺恨があるとは思いもよらなかった。 大宮の顔・W小林がグリーンのユニフォームを脱いだ頃 本日、たまたま東京Vサポーターのブログを読んだところ、文章から明日の大宮戦への、いや小林慶行選手と小林大悟選手への只ならぬ思いが伝わった。 2005年シーズン東京VJ2降格と2006年1月の主力選手の大量移籍。 事実としては知っていたが、当時、東京Vがこれ程の「混乱」に包まれていたことを知らなかった。よくよく考えれば、Jリーグ当初の王者の凋落である。私より一世代も二世代前のサッカーフリークからすれば、日本サッカーにおける名門は、東洋工業(マツダ)やヤンマーであり、古河やフジタと答える人もいるかもしれない。ただ私の世代~80年代後半からJSLをみていた~にとって「名門」と言えば、日産であり、読売クラブであった。その読売クラブを前身にもつ「名門」のJ2降格という事態である。 Ameba×Verdyのランキング上位の当時(2005年12月~2006年1月)のブログを読むとクラブの「混乱」とサポーターの「落胆」がよくわかる。シーズンで思い通りのプレーをみることができず、J2への降格。それに主力選手の大量移籍。当時の東京Vサポーターにとっては、不甲斐ないチームへの不満、主力選手とうまく引き留めることのクラブフロントへの不満、またJ2降格というクラブの一大事にチームを去ろうとする主力選手へ不満、色々な「不満」が交錯していたはずである。 現在、大宮の「顔」としてプレーする小林慶行・小林大悟選手もこの混乱の時期に、大宮へ移籍している。東京Vサポーターにとってみれば、チームに残ってJ1復帰を実現するために欠かせない主力選手が移籍をしてしまったのだから思うところがあるだろう…。 そして東京Vの3シーズンぶりのJ1復帰、当時、クラブを離れていった主力選手との初対決でもある。 明日の大宮の小林慶行・小林大悟両選手の紹介の際は、大ブーイングが起こるだろうか。それともブーイングすらされない「無関心」を決め込まれるだろうか。 ≪2005年に東京ヴェルディ1969(現東京ヴェルディ)は去った主力選手≫ ワシントン(現フルミネンセ)→浦和 山田卓也(現横浜FC)→C大阪 平野孝(現バンクーバー)→横浜FM 小林慶行(現大宮)→大宮 小林大悟(現大宮)→大宮 戸田和幸(現千葉)→広島 相馬崇人(現浦和)→浦和 米山篤志(現名古屋)→川崎ELGOLAZOのインタビューでは、ブーイングを覚悟しているようである。 (写真は本日発売のエル ゴラッソ) [左下]2006シーズン大宮に在籍していた土屋征夫選手 プロでプレーをし続けるなら、移籍はつきものである。他のクラブより評価をされるケースや出場機会を求めるケース、クラブの下位リーグへの降格によって、トップリーグでプレーしたいという選手の気持ちも理解できる。 ただ2005年のオフシーズンの東京Vの場合、ベテラン選手に対するクラブ側の戦力外通告が大量移籍の原因と言われている。小林大悟も再三クラブに留まることを明言していながら移籍するという経緯があり、「プロ選手」としてと言うより、選手のクラブ不信が理由で移籍した選手が多発したわけである。 過去にも世界各国のリーグで「遺恨」を残した移籍は多く存在する。サポーターとしてはそこにドラマを見出し、元所属クラブの選手に対し、時には拍手をおくり、時には激しいブーイングをするのである。 明日は東京ヴェルディにとって「負けられない」試合である。と同時に 小林慶行・小林大悟両選手にとってもそして、そして大宮にとっても絶対に負けられない試合なのである。
posted by toddocom |01:14 |
大宮アルディージャ |
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