2007年12月21日
行って来ました!!
今日杉並区のある小さなホールで岡田監督の講演会がありました。
なんでこんなとこでこんな時期に、日本代表監督が講演をするんだろう?とおもいますよね?
この講演会は、日本代表監督就任前に決まったものだそうです。なるほど。
その内容は「サッカー監督の環境活動」。
日本代表のこと全く関係ねぇー!!
と、ピント外れな内容かな?と思いながら、聞きましたが、その内容の面白いこと面白いこと。
まず、キャッチコピーとして、スクリーンに現れてきた文字が、
「地球で一番愛されるスポーツから、地球を一番愛しているスポーツへ」
もちろんサッカーのことですよね。
このコピーから講演は始まり、環境のことについて、サッカーにたとえながら話していました。
サッカーの試合、1試合で生まれる二酸化炭素で、杉の木3050本が犠牲になる。サッカーの試合を見に行くことは、すげー楽しいこと。でも、それで犠牲になるものがあるなんて考えたことが無かった。
岡田さんは事柄の裏表を見ていますね。
また、サッカー監督らしい一面を垣間見せる場面も。
環境の話からの流れで・・こういう話に。
ホモ・サピエンス(ヒト)は、言語を使って、協力しあったからこそ生き延びてきた。もし、ヒトが言語なしの単独行動をする生き物であったら、今まで生き続けることができただろうか?
無理ですよね。言葉を使ってきたからこそ生き延びれた。
だから、岡田監督は選手に言うそうです。
「声を出せ!お前ら絶滅するぞ!」と。
なるほど。納得しますね。笑
そんな感じで、環境の話をしていた岡田監督なんですが、ところどころの例え話がうまい。
その点、オシムさんに共通する面かもしれませんね。
さらに要所要所で笑いもとってきますからね。
合宿時に日本代表選手が岡田監督に対する印象で「おもしろい人」って言った意味がわかった気がしました。
最後には、サッカーの話をしてくれました。
自分が一番気になっていたのは、大木コーチ入閣について。
見事、その話をしてくれました。
結論から言えば、大木さんのことは、協会ではなく岡田さんが誘ったらしいです。
岡田さんと大木さんが話していて、サッカー談義になったらしいんです。そのときに、大木さんの口からは、岡田さんの常識に無かったことがどんどん出てきたらしいです。岡田さんの持ってないものを大木さんは持っている。「こいつはおもしろい!」とおもったそうです。
大木さん、他コーチ陣、岡田監督で議論すれば、良い議論ができるだろう、と思い、大木さん入閣に至ったそうです。
ちなみに、大木さんと岡田さんはもともとそんなに仲は良かったわけではないらしいです。
まあ、そんな講演会でした。岡田さんのこと結構知れました。意外に固い人では無いし、むしろ柔軟な人だと思いましたし。おもろかった!!メディアも、こういう岡田さんをもっと取り上げて欲しい。切な願いです。
最後に、「W杯3位」とは言ってないそうです。笑
しかし、世界を「アッ」と驚かせる、と言ってくれました。
お願いします!!!
posted by はやと |23:15 |
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2007年12月05日
1997年11月16日
ワールドカップ アジア第3代表決定戦 ジョホールバル/マレーシア
日本VSイラン
一度もW杯に出場したことのない日本が、初出場を決めた試合。
W杯初出場を決めた劇的な試合、という捉え方をされているかもしれないが、もし、負けていたとしたら・・・・。
おそらく、今、岡田さんが再度代表監督になるということは、なかっただろう。あのとき、W杯出場を決めたからこそ今、岡田さんの名前がメディアに大きく露出しているのだと思う。
あの試合、岡田さんの印象的な采配がある。
前半、中山のゴールで先制点を奪った日本だが、後半序盤にイランに逆転を許し、2-1。
その後すぐ。今までであれば、FW呂比須投入がこのチームのセオリーだ。しかし、ここで岡田さんは考えた。
「もっと大きなインパクトが必要なのではないか。」
そこでとった采配が、中山・カズ→呂比須・城 のFW二枚同時交代だ。
カズの「俺?」と自分を指さしていた姿は、皆さんも見覚えがあるかもしれない。
そんな交代をして負けたときには、岡田さんが非難されるのは目に見てわかる。
試合前には岡田さんは奥さんにこう話していたという。
「負けた時には、もう日本に住めないかもしれない。覚悟しておいてくれ。」
最悪の事態を考えながらも、日本が勝つためにしたこの賭けがズバリと当たった。逃げの采配ではない。無難な采配ではない。
日本代表の歴史を変え、日本を世界へ押し上げるために、そういう決断をできる人。
俺は期待して良いと思う。
オシムさんが倒れた今も、世界のサッカーは日々進化している。
オシムさんの第一声が「試合は?」だったという。
「心配しないでください。大丈夫です。日本サッカーも進化していきますから。」
「岡田監督がいます。」
posted by hayato |17:34 |
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2007年10月27日
「負ける」って結構ある。
みんな勝ちを欲する。
でも、負ける。
勝負の場面では。
人間が強く大きくなるのは、負けたとき。
露呈された弱点欠点を補強したとき。
「勝」にこだわること。
「負」を受け入れること。
両方できるやつが、強い奴。「勝負」に勝てる奴。
・・・と思った。
負けたら、終わり。はウソ。
むしろ、負けたらスタート。
立ちあがれ亀。歩き出せ亀。
陽のあたる丘へ、もう一度。
あのリングで、、、
「また会おうぜ!」
posted by tmthayato |01:53 |
ボクシング |
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2007年07月22日
ジーコJAPANで負けたW杯豪州戦から、1年ちょっと。
オシムJAPAN VS サッカルーズ
僕の中では、やはり「復讐(リベンジ)」の意識が強かった。
だが・・・
オシムの「1年経って、ショックを受けているというが、そのほうがショック」という言葉。
確かに、それは否めない。メディアを中心としたドイツW杯での過剰な期待。その時、僕もとにかく期待を持っていた。絶対勝てる、と思った。
しかし、オシムのこの言葉で、ハッとさせられた感はある。
サッカルーズの力をなめすぎていた。
結局日本は、ジーコJAPAN後に、大きく方向転換することになる。実は、日本のサッカーは転換、転換の連続のように思う。
フランスでボコボコにやられた岡田JAPAN。世界との力の差をまざまざと見せられた。
方向転換
フランスW杯の惨敗の後のトルシエJAPAN、2002W杯ベスト16。しかし、何かが違う。「フラット3」を象徴とした規律サッカー。
方向転換
2002W杯が終わり、トルシエとはまるで逆の自由サッカー。ジーコJAPAN。スターを集めるも、ご存知の通り、ドイツでは華開かず。
そして、方向転換
オシムJAPAN。根本から見直し、目指すサッカーは「日本独自のサッカー」。
上記のように、方向転換の連続の日本代表。
そして、一年前の『ジーコ→オシム』の選択がホントに良い方向に進んでいるか?
それを確かめる試合が今回のアジアカップ準々決勝オーストラリア戦だったのではないか、と僕は考えている。
この試合だけでオシムJAPANを確かめるということは乱暴な言い方かもしれない。
日本代表にとっては、一つの通過点だろうが、特別な意味でここで絶対にオーストラリアを叩いておかなければならなかった。
なぜなら・・・
オーストラリアのドイツW杯は成功に終わったと言って良いだろう。32年ぶりに出場したW杯でベスト16。決勝トーナメントでも、イタリアといい試合をしていた。
そして、ドイツW杯後、ヒディングが去り、監督に就いたのがアーノルド監督だ。このアーノルド。ヒディング政権下のコーチを務めた男。結局、オーストラリアはヒディング路線の継続ということだ。
ドイツW杯の自信が、今のオーストラリアサッカーを形作っていることになる。
つまるところ、ドイツからの継続のオーストラリア、ドイツを機に方向転換をした日本、この対決だったと思う。
転換した日本のサッカーの方向が間違っていないのか。一年前から、進化しているのか。これの答えが、一つ、昨日出た。
今回、オーストラリアを叩いたことで、日本に自信が芽生えただろう。この勝利により、これから、さらに日本化を進めることに躊躇しなくなる。
昨日の戦いは「復讐」ではなく、「確認」。見失っていた、日本のサッカーの確認。オーストラリアに対しての復讐で終わるのでなく、さらに上を目指すための日本サッカーの確認だ。
一年前の呪縛から放たれ、やっとオシムJAPANがスタートした、と言えるかもしれない。
確認が終わった今、まだまだ、日本は上を目指さなければならない。足元を見ながら、着実に。
posted by 8810 |19:10 |
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2007年07月13日
7月12日、僕の足を新宿のネットカフェへ動かした。
それが、U-20日本代表。
地上波じゃ生放送をやらない。フジテレビ739を見るために、夜勤明けにもかかわらず、新宿へ向かった。
U-20W杯が始まる前には、そこまで期待していなかった。まず、試合を見る機会があまりなかった。W杯が開幕し、スコットランド戦から、じっくりと見た。
びっくりした。
相対的に、「強い」とか、そういうものではなく・・・・
『やりたい』サッカー、『やるべき』サッカーが見えたからだ。日本代表、皆が同じ方向に向かっていた。自然と、それができれば、強いチームになるわけである。(もちろん、メンバー間の仲がよいというのも、良いサッカーをする要素だ)
それが結局、いわゆる巷で話題の「日本化」であると思う。オシムの目指す日本化だ。
グループリーグレベルでは、余裕をもって突破することができた。日本ユースのレベルはそれくらいまで上がってきたのかもしれない。
しかし、決勝トーナメントで、日本の歴史の浅さが露呈された、と僕は思っている。
今回の2-0までのサッカー。ここまではできる。日本はできるようになった。
自分達の自信のあるサッカーが通用する。しかし、問題はその後になる。
サッカーというのは、試合が終わった時点でスコアを上回らなければいけないスポーツ。こんなのは当たり前の話だ。そこで勝って、初めて「強い」といえる。それが、まだできない。だから、日本のサッカーは、まだ「弱い」。
とてつもなく、『弱い』
2-0になってから、日本は少なからず、攻と守の意識で、「守」の意識に強く入った。しかも、「守」は「守」でも、消極的な「守」だ。
逆に、チェコは間違いなく、攻の意識が数倍になったはずだ。
今回日本がやった「守」は、相手の攻撃に合わせた「守」だ。これをやってしまったら、間違いなく、ヤラレル。
自分たちのサッカーを捨てて、相手のサッカーに合わせた。この瞬間、日本化されたサッカーではない。日本のサッカーが消えた。
簡単に前にボールを入れる。余裕があるのに、無理に前にクリアする。これが日本の「守」か?
これが、日本のサッカーか?もっと丁寧にいこうぜ。日本人の緻密さを忘れるな。
お得意の、日本人の丁寧さをここで出すべきだった。
それができなくなった瞬間に、負けた。日本は負けへの道を走り出した。その戦い方が未熟で、歴史の浅さを感じた。
でも、僕はそれを悲観しない。この道は絶対に避けて通れない道だと思うからだ。
いま、やっと日本サッカーは日本独自のサッカーを模索し始めた。
21歳の僕は、日本のサッカーは何?って聞かれたら、今まで答えられなかったと思う。
しかし、今、少なからず、途切れ途切れの言葉ではありながらも、表現できる気がする。それは、日本サッカーが、少しずつ確立されてきたからだ。
それは、オシム監督をはじめとする、現在の日本代表が推し進める「日本化」プロジェクトが大きく影響しているのは間違いない。
しかし、それだけではない。今のオシムJAPANは日本サッカーの歴史のほんの少しに過ぎない。
カズ、ゴン、岡田監督、中田、トルシエ、ジーコ・・・名前を出せば、キリが無い。日本サッカーに関わってきた人が歩んできた道があり、だから現在地がある。
そして、今の現在地がアジア杯オシム日本代表であり、U-20調子乗り世代日本代表であるのだ。
今回のチェコ戦は残念だった。負けることは残念だ。でも、これが道になる。いつかU-20W杯優勝への道になり、W杯優勝への道になる。
だから、悲観しない。課題が見えた。また強くなれる。日本にはまだまだ、伸びしろがある。
日本の進化と伸びしろを見せてくれたU-20には感謝をしたい。この大会は日本サッカーにとっての大きな1ページとなる。まだまだ歴史の浅い日本サッカーの、重要な1ページに。
この大会、試合が無駄にならないように・・・・。
いつか、日本が世界のトップに立つために、刻んだこの歴史。
僕は忘れない。
posted by 8810 |02:01 |
ユース代表 |
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