2007年07月17日
蘇る昭和57年鹿児島インターハイ
こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいまデスクにて作業中。 あまりの忙しさと疲労で(情けない)、“ぐうたら”になってしまいました。 (ねっ、編集長) さて、以前のブログに書きましたが、 インターハイ記録集の昭和57年鹿児島インターハイのドロー、 準決勝2試合と決勝1試合に「DEF」が3つ… 何か間違ってはいやしないかと疑った件、一部判明しました。 ↓何のこと?という方はこちらをどうぞ。 http://www.plus-blog.sportsnavi.com/tennistm/article/21テニス界でご活躍のみなさんの名前がたくさんある、この年。 お世話になっている「あの方」にお電話。 「どちらかがDEF(棄権)したんですか?」 お聞きしたのは準決勝、柳川(福岡)対玉川学園のS2対決。 土橋さん→早稲田大学テニス部監督 山室さん→湘南工科大学附属高校テニス部監督 いつもたいへんお世話になっております。 まず山室さん。 「憶えてますよ。僕はやめていません。打切りでしょう」ときっぱり。 次に土橋さん。 「うーん、どうだったかなー、ちょっと待ってくださいよー、だんだん思い出してきました。 確かその日は、僕は前の準々決勝の試合が終わっていなくて、 朝にその試合をやっていて、大会が体力消耗を考えて打切りにしたと思います」 「ああっ、思い出してきた。田島(幹夫)監督が僕の試合を打切るわけがありません」 (さすが柳川高校…) ちなみに、おふたりにもう一方の準決勝(清風対慶応義塾)を憶えていますか? とお尋ねしたところ、 「同じ状況だったと思うんですが…」と判明せず。 清風、慶応義塾の関係者のみなさんの伝を使って調べましたが あと一歩のところまでいったものの、結論に結びつかず。 それから、決勝の清風対柳川は太田茂さん(柳川)にお電話。 (太田さんは現在、相模原グリーンテニスクラブで選手指導をしています) 「はい。僕がダメで(ケイレンで)棄権しました」 ということで決勝のS1対決は 清風の河合利昌さんがセットカウント2-1(4-6 6-3 5-4棄権)で太田さんに勝ちました。 つまり清風が3-0で柳川に勝って優勝しました。 ちなみにこの河合さんは、清風OBの森稔詞さん(亜細亜大学テニス部コーチ)によれば 「伝説の天才プレーヤー」と呼ばれる方だそうです。こうして結果をたどっていくと、さまざまなドラマがあったことがわかります。 ところが、これらはたどってわかったもの。 では、勝ち上がり表だけ見て、2-0と書いてある試合の裏に、 誰がもう1試合あったと知るでしょうか。 そのもう1試合がどんなに大接戦だったとしても打切りの場合は記録にカウントされません。 しかしDEFの場合は、1試合として成立します。 今回テニマガが作った『インターハイ記録集』(7月21日発売の9月号別冊付録)は 団体戦の準々決勝以上の対戦成績は、対戦内容(詳細)を掲載しましたが 3回戦までの対戦については、スペースの都合により詳細を掲載できませんでした。 だから「打切り」の試合はそこには載っておらず、それがとても残念です。 (編集部A)
posted by tennistm |17:20 |
高校テニス |
トラックバック(0)




