2008年03月23日
こちらテニマガ編集部、
ただいま福岡・博多で開催中の『第30回全国選抜高校テニス大会』を取材中。
まずは21日の開会式の模様から。
全国から男女100校の代表が集まり、入場行進。
昨年度優勝校の男子・柳川(福岡)、女子・長尾谷(大阪)を先頭に、北から南へ、
名前を呼ばれた高校が次々にセンターコートに入ってきました。
大きく手を振って入場してきたのは、
2007年インターハイ・チャンピオン、
大阪産業大学附属高校1年の奈良くるみ。同校は今回が初出場。
男子の清風高校と並んで。
最後に入場したのが女子・八幡南(福岡)。こちらも初出場。
本年より、対戦ドローは公開抽選で決定することになり、
各校代表が緊張の面持ちで抽選箱から番号を引き当てました。
1)まず、全国9地区の優勝校が抽選し、(2回戦からの)シード位置に入る。
2)次に、各校抽選。ただし1回戦で同県対決となった場合は再抽選。
3)すでに発表されている大会シード校の4校(※後述)が、
最後に空いた4隅のシード位置に入る。
抽選番号を引き当てた代表者はマイクの前に立ち
学校名とドロー番号を大きな声で読み上げました。
すると、大観衆が歓声(キャー)と悲鳴(キャー)を上げました。
●22日:晴天のもと1回戦スタート。
↓修道(広島)に2-3で敗れた静岡市立(静岡)は悔し涙。
●23日:昨日から一転して雨に強風の中、2回戦。
↓女子の長尾谷(大阪)は今年3連覇を目指す。
↓アウトドアコートと並行してインドアコートでも試合中。
手前は男子の早稲田実業(東京)対東陵(宮城)、速報:早実勝ち。
奥は男子の四日市工業(三重)対湘南工科大学附属(神奈川)。
湘南工大附は昨大会準優勝校、昨年インターハイ優勝校。
速報:湘南勝ち。
↓大雨の中、激闘の末、
東山(京都)が2005年準優勝校の東京学館浦安(千葉)を破る。
抱き合って喜んでいるのはD2の櫻井誠規/川北憲史(ともに2年)。
そのほかシード校(左側)の速報
※本日、勝負が決まっても5ポイントすべて行う予定(打ち切りなし)でしたが
荒天のため、途中より打ち切りに変更となりました。
男子
明石城西(兵庫)対修道(広島)5-0
湘南工大附(神奈川)対四日市工業(三重)3-2
柳川(福岡)対札幌藻岩(北海道) 3-0
名古屋(愛知)対清風(大阪) 3-1
女子
柳川(福岡)対伊奈総合(埼玉) 3-0
長尾谷(大阪)対立命館宇治(京都) 3-1
仁愛女子(福井)対鹿児島純真女子(鹿児島) 4-0
早稲田実業(東京)対明石城西(兵庫) 3-1
↓宮崎商業(宮崎)が奈良率いる大阪産大附を逆転で破り、3回戦進出。
大会関連サイト(各校紹介、対戦表、結果など)
全国高校学校体育連盟テニス部 http://www.koko-tennis.com/
YOMIURI ONLINE http://kyushu.yomiuri.co.jp/sports/feature/tennis2008/
明日は、博多の森テニス競技場で男女3回戦が行われます。
(編集部)
posted by tennistm |12:01 |
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2007年09月21日
こちらテニマガ編集部、本日発売の11月号“葡萄杯”の続きネタです。
山梨県高体連テニス部主催の“葡萄杯”、
通称グレープカップが終わった翌日の
『夏季強化講習会』も取材しました。
大会開催の地元の利点として、山梨県の高校生を対象に、
大会結果の反省も踏まえた講習会を行いました。
この講習会の講師は元山梨代表の国体選手という堀内監督(亜大テニス部)で、
「サービスをぜひ!」とのリクエストを受けて
みんなでみっちり練習することになったのですが…
その練習のはじめに、思わず笑ってしまう出来事がありました。
これって、よくありがちなんです。
堀内監督がコートに現れたとき、受講する50名程の高校生たちが
何をしていたか、そこがポイントです。
彼らはみんなラリーをしていて、
どこを向いても、ラリー、ラリー、ラリー。
そのうち「集合!」の声がかかって、レッスンが始まるというそのときに、
堀内監督が言いました。「全員ボールを1球持って、ベースラインに並んで」
みんな、なんだ?なんだ?と興味津々で、
ボールを持ってベースラインに並びました。
「その1球はマッチポイントのセカンドサービス。
サービスボックスに入らなかったら、試合は負け。
ということで、入らなかったら腕立て伏せ100回。
よーい、スタート!」と堀内監督。
「えーーーーーーっ」と高校生たちは叫び、
そして、そこから先に見た光景が、まあ、おかしかったこと。
みんな肩をぐるぐる回し始め、素振り、素振り、素振りの光景に。
肩のウォーミングアップができていないわけですから
焦っている様子がありありです。
案の定、ひどい確率でサービスは入りませんでした。
よって…
そのときの堀内監督のお話。
「今日の練習のテーマはサービス。いいね。
今日の練習では、何をやるにしても、やったかやらなかったより
できたかできなかったかを意識してやるように。
できるまでやるという姿勢を持ってやることが
今日の成果になるから。
それから君たち…数学の授業を受ける前に社会の教科書を読む?
(※ガツンッときましたね)
今日の練習テーマが“ストローク”なら“ストローク”でOK。
でも今日の練習のテーマは“サーブ”でしょ。
誰も“サーブ”の練習をやっていなかった。
“サーブ”の学習をするための予習、準備をしておくことが大事でしょ。
技術練習も大事、でも、こういう練習のやり方を学ぶこともすごく大事」
我が身も振り返る瞬間でしたね。
なんでも当てはまると思います。
何を学ぶにも、準備が出来ているかどうかで、
その後の学習成果はまるで違うものになります。
そして学ぶ前だけでなく、学んだあとも同じだという話もありました。
サーブを練習したあと、ラリーの練習をするのではなく、
またサービスを「復習する」ことで、それが身につくものになるのです。
という話を聞いてから始まった講習会の様子をご紹介(続く)。
(編集部A)
posted by tennistm |13:07 |
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2007年08月22日
こちらテニマガ編集部、昨日発表の「佐賀インターハイ高校生アンケート結果(Part1)」
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/tennistm/article/34
に追記します!
※地元(佐賀)の高校生ボランティア610名超が選んだ
「佐賀インターハイで見た、もっとも印象に残った選手」を発表。
上位選手を発表していましたが、
せめてトップ10選手の名前を載せて!とのリクエストを複数受けましたので
~第10位までの選手を、選出理由を添えて追記します。
それではどうぞ!
↑女子個人決勝より。
奈良くるみ(大阪産業大附)対小城千菜美(長尾谷)。
男子編
第1位 伊藤 潤(龍谷高校3年) 得票数152票
第2位 片山 翔(柳川高校3年) 得票数149票
第3位 廣田耕作(龍谷高校2年) 得票数29票
第4位 井上悠冴(湘南工大附高校3年) 得票数17票
第5位 長尾克己(長尾谷高校3年) 得票数12票
第6位 守屋宏紀(湘南工大附高校2年) 得票数10票
第7位 金 浄泰(柳川高校3年) 得票数9票
第8位 奥 大賢(長尾谷高校3年) 得票数8票
・試合前の笑顔からは考えられないような重い球を打っていた。
・ひとつひとつのプレーが格好いい。
第9位 田村和也(富山国際大学附属高校3年) 得票数7票
・サービスが見えないくらい速い!
・すべてがビッグでビックリした!
第10位 鵜飼元一(恵那農業高校3年) 得票数6票
・独特のプレースタイルが印象的だった。
・今まで見たことのないテニスでベスト4に入った!
女子編
第1位 奈良くるみ(大阪産業大附高校1年) 得票数122票
第2位 小城千菜美(長尾谷高校2年) 得票数87票
第3位 中村晴日(佐賀東高校3年) 得票数48票
第4位 荒木史織(宮崎商業高校3年) 得票数44票
第5位 光峰ローズネ早爾亜(済美高校3年) 得票数9票
第6位 藤川 遥(致遠館高校2年) 得票数9票
第6位 岩坂美希(宮崎商業高校3年) 得票数9票
第8位 大田尾陽子(致遠館高校1年) 得票数6票
・1年生なのにインターハイ出場はすごい。
・全体的にがんばっていた。
第8位 荒谷祐佳(致遠館高校3年) 得票数6票
・インターハイに出場してくれて本当によかった。
・3年生ならではのプレーで、見所がたくさんあった。
第10位 高畑寿弥(長尾谷高校3年) 得票数5票
・どのプレーからも練習の積み重ねが感じられた。
・謙虚さが素敵。
選手の皆さん、
応援してくれる人がいて、感動してくれる人がいて
プレーを見て何かを感じてくれているっていいものですね。
これからもテニスを磨いていきましょう!
(編集部A)
posted by tennistm |16:50 |
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2007年08月20日
こちらテニマガ編集部、佐賀インターハイで実施した
地元・高校生ボランティアの皆さん610名超が選んだ
「佐賀インターハイで見た、もっとも印象に残った選手は誰ですか?」アンケートで
圧倒的な得票数で見事1位に輝いた、
男子・伊藤潤選手(龍谷高校3年)と女子・奈良くるみ選手(大阪産業大附高校1年)から
メッセージが届きましたのでご紹介しましょう!
第1位 伊藤潤選手(龍谷高校3年)よりメッセージ
「ちょーうれしいです。何より片山(翔/柳川高校)より上ですしね。
地元なので僕に入れてくれたんでしょうか。
佐賀の皆さんには本当にお世話になりました。
何をするにも笑顔で接してくれ「頑張ってください」と言ってくれたり、
とても励みになりました。
僕は将来、デ杯の選手になるのが夢です。
卒業後は大学に進学して、
これからもテニスをがんばりたいと思いますので
応援よろしくお願いします」
第1位 奈良くるみ選手(大阪産業大附高校1年)よりメッセージ
「やった!本当にうれしいです! ありがとうございました!
佐賀では審判の方をはじめ、ボランティアの方たちがとてもやさしくしてくれ、
それも私ががんばれたひとつの理由でした。
佐賀駅に着いたときから、親切な人たちに支えられている印象がある大会で、
温かい人たちのいる場所で勝ちたかったので、優勝できて本当にうれしいです。
これからUSオープンに行きます。
そこで結果を出すことが今の目標で、少なくともベスト8に入りたいです。
(そのあと続く)全日本選手権も、出場するだけでなく勝っていけるようにしたいです。
これからも応援よろしくお願いします」
posted by tennistm |16:54 |
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2007年08月20日
こちらテニマガ編集部、佐賀インターハイを取材してきました!
詳細レポートは8月21日(火)発売のテニスマガジン10月号
「佐賀インターハイ・ワイドレポート」に掲載しています。ぜひご覧ください。
さてここでは、その佐賀インターハイから、大会を陰ながら支えてくれた
地元・佐賀の高校生ボランティア(補助員)およそ610名超に協力してもらい、
「今大会、コートで見た出場選手の中でもっとも印象に残った選手は誰ですか?」
という質問にお答えいただきました。
審判員として、または会場内の各セクションで
大会を、選手を支えた補助員の皆さんならではの視点で
印象に残った選手を男女最大2名(選出理由を添えて)、アンケート用紙に記入、
投票期間は団体戦初日の7月29日~個人戦最終日の8月5日までとし、
インターハイ会場の補助員控え室に設置した投票箱に投票していただきました。
このアンケートは今年で5年目の実施です。
今年は例年に比べ上位選手に票がどっと集まった特徴ある年になりました。
それだけ印象的な選手たちだったということがいえるのではないでしょうか。
佐賀インターハイを支えた補助員610名超、役員の先生方240名超の皆さん。
お疲れさまでした!
それでは順位を発表します!
※上位選手を掲載。
※選出理由はもっとも多かった意見をピックアップして紹介します
男子編
第1位 伊藤 潤(龍谷高校3年) 得票数152票
[選出理由]
・佐賀県の代表として全国でもトップクラスの実力を見せつけていた。
・優勝した片山選手との試合が感動的だった。
・安定感のあるストロークが印象的だった。
・常に冷静な態度をしていた。
・ひとつひとつの動きに無駄がなく、格好よかった。
第2位 片山 翔(柳川高校3年) 得票数149票
[選出理由]
・迫力のあるプレーに圧倒された。
・高校日本一の貫禄を感じさせる強さだった。
・相手がコースのギリギリを狙っても、もっと厳しいコースに返していた。
・圧倒的な技術と堂々とした態度が格好よかった。
第3位 廣田耕作(龍谷高校2年) 得票数29票
[選出理由]
・地元の選手がインターハイで活躍している姿にとても勇気付けられた。
・まだ2年生だから来年にさらに期待。
・力強いストロークと気合いがすごかった。
第4位 井上悠冴(湘南工大附高校3年) 得票数17票
[選出理由]
・優勝を逃したものの決勝はとてもいい試合だった。
・とても冷静で、集中力の高さに驚いた。
・粘り強いプレースタイルが印象的だった。
第5位 長尾克己(長尾谷高校3年) 得票数12票
[選出理由]
・倒れるまでチームのために戦って格好よかった。
・パワフルなプレーが印象的だった。
第6位 守屋宏紀(湘南工大附高校2年) 得票数10票
[選出理由]
・2年生らしからぬクレバーなプレーだった。
・失敗しても顔に出さない冷静さが理想。
第7位 金 浄泰(柳川高校3年) 得票数9票
[選出理由]
・プレーがパワフルだった。
・安定した力強いストロークが魅力的だった。
女子編
第1位 奈良くるみ(大阪産業大附高校1年) 得票数122票
[選出理由]
・1年生ながらことごとく上級生に勝っていった。
・決勝まですべての試合でほとんどゲームを取られていない。
・すごく感じがいい選手。プレーも試合態度も見習うべき点が多かった。
・試合の組み立てがうまくて、とても勉強になった。
・サービスのフォームがキレイで、しかも速く、コースを狙っていたのが印象的。
第2位 小城千菜美(長尾谷高校2年) 得票数87票
[選出理由]
・決勝で敗れたけど、準決勝まで文句なしのすばらしいプレー内容だった。
・ボールに対しての執着心があって、しかも心からテニスを楽しんでいるように見えた。
・リターンからボレーに持っていく動作がとてもスムーズで見習いたいと思った。
・プレーが正確でミスが少なかった。
第3位 中村晴日(佐賀東高校3年) 得票数48票
[選出理由]
・佐賀県代表としてがんばっていた。
・格上選手が相手でもいい試合をして、観ていて気持ちがよかった。
・最後まであきらめない一生懸命なプレーがひしひしと伝わってきた。
第4位 荒木史織(宮崎商業高校3年) 得票数44票
[選出理由]
・どんなボールも拾う姿に惚れた。
・素早い動きに、両手打ちのストロークが本当に格好よかった。
第5位 光峰ローズネ早爾亜(済美高校3年) 得票数9票
[選出理由]
・ダブルスでいろいろなサービスやライジングショットを組み合わせていたすごい選手。
・1回戦で負けたけど印象に残るプレーだった。
第6位 藤川 遥(致遠館高校2年) 得票数9票
[選出理由]
・佐賀代表としてがんばっていた。
・精一杯粘りのプレーをしていた。
第6位 岩坂美希(宮崎商業高校3年) 得票数9票
[選出理由]
・どんな状況でも笑顔を絶やさないところが素敵だった。
・やる気が伝わってきた。
posted by tennistm |15:54 |
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2007年07月22日
こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいまデスクにて作業中。
いよいよテニスマガジン9月号「インターハイ特集号」および
別冊付録「インターハイ記録集1970-2006」が発売になりました。
記録集には、およそ4万人の“高校テニスマン”たちの足跡が刻まれています。
(ちなみに1970年に高校3年生だった選手は、現在55歳です)
これはテニスマガジンとしてかつてない試みであり、
また、高校テニス界としてもかつてない、詳細が書かれた記録集ということから、
保存版としてみなさんのお手元においていただきたい一冊です。
さて、作成にあたり、多くの高校テニスの資料に目を通す機会に恵まれました。
その中でも特に強く心に残った資料が
高体連テニス部初代部長でいらっしゃった長谷川寛治先生が書かれた文章です。
きっと書くことがお好きな方だったのでしょう。
インターハイのプログラムから、大会終了後の報告書まで、
そのときどきの思い、出来事、対戦の様子、当時の高校生の傾向まで
幅広い視点からつづっていらっしゃいます。
中でも、我々編集部が探しに探し、ようやく見つけた
昭和47年の福島インターハイのプログラムに書かれた文章は名文でした。
高体連テニス部に掲載許可をいただき
今回の記録集の前書きとして掲載させていただいています。
タイトルは「庭球のよさ」。
ここに高校テニスのモットーがある思いがしました。
一部抜粋のため、全文をご覧いただけないのが残念ですが、
長谷川先生は、当時、高校テニスの代表選手として、海外にチャレンジしていた
佐藤直子さん(当時、学習院女子)の活躍を楽しみにしつつ、
そのほかの高校生諸君に次のメッセージを送っています。
「各高校のテニスコートは世界のあらゆるコートと結びついている。
若い皆さんには洋々たる前途があり、夢がある」と。
この続きが記録集に掲載されています。
高校テニスマンに大事にしてもらいたいモットー、
それはプレーするだけでなく、人としてあるべき姿を
“考える大切さ”がそこに書かれています。
いよいよ夏真っ盛り。学校スポーツの季節に入ります。
7月29日からは、第97回目となる佐賀インターハイが開催されます。
7月28日から全国小学生大会、8月4日から全日本ジュニア、
8月18日から全国中学生大会、9月1日からインカレ(全日本学生選手権大会)と続きます。
昨今、ジュニアプレーヤーから大学生まで大きな問題となっているのがルール違反です。
どうか、勝つために手段を選ばず、相手プレーヤーに対して妨害行為をしたり、
闘志をむき出しに、拳を相手に突き出したりする行為はしないでください。
これらは高校生に限らず、大学生、中学生、小学生においても、問題になっている事例です。
マナー違反ではなく、ルール違反です。
テニスマガジン9月号では、特に目立つ「ルール違反」を取り上げ、
正しい行動についての提案をしています。ぜひご覧ください。
↓写真は過去37年分のインターハイ報告書です。
高体連テニス部および全国の高校テニス部にご協力をいただき、集まりました。
ここに高校テニスのモットーがたくさん詰まっていました。
関係者以外見ることのできないものですが、
機会あれば、ぜひご紹介させていただきたいと考えています。
歴史の上に今日があります。
(編集部A)
posted by tennistm |18:18 |
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2007年07月17日
こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいまデスクにて作業中。
あまりの忙しさと疲労で(情けない)、“ぐうたら”になってしまいました。
(ねっ、編集長)
さて、以前のブログに書きましたが、
インターハイ記録集の昭和57年鹿児島インターハイのドロー、
準決勝2試合と決勝1試合に「DEF」が3つ…
何か間違ってはいやしないかと疑った件、一部判明しました。
↓何のこと?という方はこちらをどうぞ。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/tennistm/article/21
テニス界でご活躍のみなさんの名前がたくさんある、この年。
お世話になっている「あの方」にお電話。
「どちらかがDEF(棄権)したんですか?」
お聞きしたのは準決勝、柳川(福岡)対玉川学園のS2対決。
土橋さん→早稲田大学テニス部監督
山室さん→湘南工科大学附属高校テニス部監督
いつもたいへんお世話になっております。
まず山室さん。
「憶えてますよ。僕はやめていません。打切りでしょう」ときっぱり。
次に土橋さん。
「うーん、どうだったかなー、ちょっと待ってくださいよー、だんだん思い出してきました。
確かその日は、僕は前の準々決勝の試合が終わっていなくて、
朝にその試合をやっていて、大会が体力消耗を考えて打切りにしたと思います」
「ああっ、思い出してきた。田島(幹夫)監督が僕の試合を打切るわけがありません」
(さすが柳川高校…)
ちなみに、おふたりにもう一方の準決勝(清風対慶応義塾)を憶えていますか?
とお尋ねしたところ、
「同じ状況だったと思うんですが…」と判明せず。
清風、慶応義塾の関係者のみなさんの伝を使って調べましたが
あと一歩のところまでいったものの、結論に結びつかず。
それから、決勝の清風対柳川は太田茂さん(柳川)にお電話。
(太田さんは現在、相模原グリーンテニスクラブで選手指導をしています)
「はい。僕がダメで(ケイレンで)棄権しました」
ということで決勝のS1対決は
清風の河合利昌さんがセットカウント2-1(4-6 6-3 5-4棄権)で太田さんに勝ちました。
つまり清風が3-0で柳川に勝って優勝しました。
ちなみにこの河合さんは、清風OBの森稔詞さん(亜細亜大学テニス部コーチ)によれば
「伝説の天才プレーヤー」と呼ばれる方だそうです。
こうして結果をたどっていくと、さまざまなドラマがあったことがわかります。
ところが、これらはたどってわかったもの。
では、勝ち上がり表だけ見て、2-0と書いてある試合の裏に、
誰がもう1試合あったと知るでしょうか。
そのもう1試合がどんなに大接戦だったとしても打切りの場合は記録にカウントされません。
しかしDEFの場合は、1試合として成立します。
今回テニマガが作った『インターハイ記録集』(7月21日発売の9月号別冊付録)は
団体戦の準々決勝以上の対戦成績は、対戦内容(詳細)を掲載しましたが
3回戦までの対戦については、スペースの都合により詳細を掲載できませんでした。
だから「打切り」の試合はそこには載っておらず、それがとても残念です。
(編集部A)
posted by tennistm |17:20 |
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2007年07月07日
こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいま取材中ではなくデスクにて作業中。
インターハイ記録集、順調に進んでいます。
(7月21日発売テニスマガジン9月号別冊付録/1970-2006年団体・個人記録集)
が、ときどき壁にぶつかります。今日はこれをご覧ください。
昭和62年(1987年)北海道インターハイのシングルス結果です(現存する資料)。
注目していただきたいのは、次の箇所です。
43 丸山弘道さん(東京・玉川学園)
44 松永晃一さん(岡山・関西)
おふたりのスコアがなぜか「7-4」になっています。
ひいーーーーっ
(どうしよー、やだー、これはきっと調べたら時間がかかるー、というのが本心です。
しかし立場上、逃げられませんし)
さて、どうするかです。
この年は、1回戦はすべて1セットマッチでタイブレークを採用しています。
ということは、6-6でタイブレークをやって7-4ということだったか。つまり「7-6」の間違い。
または「7-4」の「4」は正しくて「6-4」かもしれない。
そんな想像をしていても答えには結びつきません。
うーんと考えましたが、はっ!とひらめきました。本当です。
このお名前どこかで見た気がします。
検索してみると、ありましたよ。
車いすテニス日本代表チーム・コーチのお名前に丸山弘道さんが。
年齢的にはどうだろう? 30半ば過ぎ…近づいている気がしました。
次に目に留まったのが、
この大会で決勝に進んでいる現在、亜細亜大学テニス部の森稔詞コーチ。
(森さんは大阪・清風出身。決勝で東京・堀越の岡田岳二さんに敗れて準優勝でした)
さっそく電話して聞いてみました。
「あのー、つかぬことを伺いますが、
森さんにはまったく関係ない話なんですが、
昭和62年のインターハイ1回戦で…」
「あ、それはTTC(吉田記念テニス研修センター)の丸山さんですよ」
即答されました。なぜわかる?と疑問もありましたが、次に進むことにしました。
さっそくTTCに電話して丸山コーチに尋ねます。
「あのー、つかぬことを伺いますが、
昭和62年のインターハイの1回戦なんですけど…」
「それ、憶えてますよ。僕が5-0でリードしていたんですけど、
5-6にひっくり返されちゃって、
タイブレークをやって7-4で勝ったんです」
なんと克明に憶えていらっしゃるんでしょう。
みなさん、20年も前の出来事をぱっと思い出せます?
わたし(→編集部A)は少なくとも20年前のあのとき何をやっていたかなんて
まったくわかりません。
さて、この件に関する調査時間はざっと15分で、
あっという間に問題が片付いたから、今日はいい日だなーと思っていたのもつかの間、
そんなに甘いもんじゃありません。次なる壁がやってきました。
昭和57年(1982年)鹿児島インターハイ結果(現存する資料)です。
まず見て驚くのは、現在テニス界でご活躍されている方が
ずらりと並んだこの対戦表ということで、
いやいや、それが話題ではなく、問題となるのが、
準決勝以降、すべての対戦にDEF(棄権)があるということ。
何か怪しい…
これはひょっとして記述違いではなかろうか?
打切りの試合もあったのではないか?と疑問がわいてくるのでした。
今日はもう夜です。
この件は裏をとるのにそうとう時間がかかりそうなので…続くっ!
楽をしようというわけではありませんが、ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。
(編集部A)
posted by tennistm |22:02 |
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2007年07月06日
こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいま取材中ではなくデスクにて作業中。
いや、今週はずっとデスクでインターハイ記録集の校正中。涙。
(7月21日発売テニスマガジン9月号別冊付録)
亜細亜大の堀内監督から電話をいただきました。
「公開講座(初の試み! テニマガ主催のテニスレッスン)の打ち合わせと
あと、サービスの練習しなくちゃね」
「え?わたし?(→編集部A)」
http://www.sportsclick.jp/tennis/sp600cd/index04.html
先日、テニスマガジン・ゼビオカップ北九州大会で久しぶりにテニスをしました。
『丸ごと一冊サービス』(ただいま発売中!)が完成してから、
わたしの頭の中でサービスは完璧!だったんです。
疑問はすべてクリアになっていたんです。
ところが、「現実はほど遠いものでした」と堀内監督に言うと
「それは練習しなきゃね」。
当たり前ですよね。
年内にはグリップを薄くして、「どっこいしょサービス」から脱出、
「あれ?変わったね?」と言われるくらいになります。宣言。
http://www.sportsclick.jp/magazine/tennis/mook486/index.html
さて、お先真っ暗…と思うくらいの校正紙の山にいまひとつ手が伸びず、
横目でちらっと見ては避けていましたが
黙々と机に向かって、紙に顔をくっつけてまで真剣に校正するFさんとNくんを見ていたら
このまま任せたい…
いや、わたしも真剣にやろうと、ようやく火がつきました(今頃)。
といっても、全部の工程が5段階あるとすれば、まだ「3」といったところ。
気合だ、気合だ、気合だ。
気合は入れているんですが、ちょっと脱線します。
みなさんに見てもらいたいものがあります。
これは昭和48年(1973年)の三重インターハイのシングルスドローの一部です。
次号発売の折には必ずチェックしてくださいね。
上の方に小さな山があるのがわかりますか?
宮山さんと小森さんの試合(どんな試合だったんでしょうね)。
この年のインターハイは、この小さな山を含め、
シングルスのドロー数が「129」でした。男女とも。
現在は「128」であり、あとにも先にも「129」はこの年だけです。
この不思議を解決すべく、元高体連テニス部部長の古川溥先生にお尋ねしました。
すると「おそらくその年、沖縄が初参加した年じゃないかと思うんだ」。
すぐさま団体戦の『47都道府県年度別参加年』という資料を調べると、
おおっ、確かにこの年から沖縄県が初参加しています。
「これは僕の推測だけど、
何らかの理由で(沖縄を)128ドローに間に合わせられなかった。
でも、当時の部長先生だった長谷川寛治先生の采配で、
ドローサイズを増やしてカバーしたんだろうね」
この年の129ドローは、はっきりした理由はよくわかりませんが
スペシャルドローということで、
なんだか、うれしい気持ちにさせてくれます。
もしも、この真相をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。
ちなみに前述した団体戦の『47都道府県年度別参加年』という資料を見ていくと、
昭和48年に沖縄代表として初めてインターハイに参加した高校は
「小禄高校」でした(男女揃って出場)。
47都道府県は随時、インターハイに参加していくのですが
さて、最後に参加した都道府県はどこでしょう?
答えは、男子が滋賀県「栗東高校」(昭和51年)
女子が山形県「日本大学山形高校」(昭和55年)でした。
そして、その年、
男子が昭和51年(1976年)、女子が昭和55年(1980年)から、
全47都道府県が揃って全国大会を戦うようになりました。
この舞台裏はまた調べてみることにしましょう。
ところで、もう一度、写真を見てください。
現在、ウインブルドンで解説中の福井烈さん(毎日TV見てますよー)の名前が
この129ドローの一番上にあります。
福井さんはこのドローのことをよく憶えていらっしゃって、
なんでも、1回戦を勝ち上がってきた小森さんとの対戦はとても苦戦したとのこと。
もしも、この試合で福井さんが敗れていたら、
あの3年連続3冠という偉業は達成されなかったんですよ。
(次号インターハイ大特集でインタビューあり)
どんな大会でもそうですが、初戦を戦うということはむずかしいものなんですね。
あれ? 先ほどのドローでもう1箇所、不思議発見。
宮山さんと小森さんのドロー番号はどちらも「2」。
つまりこのドローは結局、「128」ということになっています(笑)。
(編集部A)
posted by tennistm |22:43 |
高校テニス |
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