2007年07月07日
今から数十年前の記憶をたどれますか?
こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいま取材中ではなくデスクにて作業中。 インターハイ記録集、順調に進んでいます。 (7月21日発売テニスマガジン9月号別冊付録/1970-2006年団体・個人記録集) が、ときどき壁にぶつかります。今日はこれをご覧ください。昭和62年(1987年)北海道インターハイのシングルス結果です(現存する資料)。 注目していただきたいのは、次の箇所です。 43 丸山弘道さん(東京・玉川学園) 44 松永晃一さん(岡山・関西) おふたりのスコアがなぜか「7-4」になっています。 ひいーーーーっ (どうしよー、やだー、これはきっと調べたら時間がかかるー、というのが本心です。 しかし立場上、逃げられませんし) さて、どうするかです。 この年は、1回戦はすべて1セットマッチでタイブレークを採用しています。 ということは、6-6でタイブレークをやって7-4ということだったか。つまり「7-6」の間違い。 または「7-4」の「4」は正しくて「6-4」かもしれない。 そんな想像をしていても答えには結びつきません。 うーんと考えましたが、はっ!とひらめきました。本当です。 このお名前どこかで見た気がします。 検索してみると、ありましたよ。 車いすテニス日本代表チーム・コーチのお名前に丸山弘道さんが。 年齢的にはどうだろう? 30半ば過ぎ…近づいている気がしました。 次に目に留まったのが、 この大会で決勝に進んでいる現在、亜細亜大学テニス部の森稔詞コーチ。 (森さんは大阪・清風出身。決勝で東京・堀越の岡田岳二さんに敗れて準優勝でした) さっそく電話して聞いてみました。 「あのー、つかぬことを伺いますが、 森さんにはまったく関係ない話なんですが、 昭和62年のインターハイ1回戦で…」 「あ、それはTTC(吉田記念テニス研修センター)の丸山さんですよ」 即答されました。なぜわかる?と疑問もありましたが、次に進むことにしました。 さっそくTTCに電話して丸山コーチに尋ねます。 「あのー、つかぬことを伺いますが、 昭和62年のインターハイの1回戦なんですけど…」 「それ、憶えてますよ。僕が5-0でリードしていたんですけど、 5-6にひっくり返されちゃって、 タイブレークをやって7-4で勝ったんです」 なんと克明に憶えていらっしゃるんでしょう。 みなさん、20年も前の出来事をぱっと思い出せます? わたし(→編集部A)は少なくとも20年前のあのとき何をやっていたかなんて まったくわかりません。 さて、この件に関する調査時間はざっと15分で、 あっという間に問題が片付いたから、今日はいい日だなーと思っていたのもつかの間、 そんなに甘いもんじゃありません。次なる壁がやってきました。 昭和57年(1982年)鹿児島インターハイ結果(現存する資料)です。まず見て驚くのは、現在テニス界でご活躍されている方が ずらりと並んだこの対戦表ということで、 いやいや、それが話題ではなく、問題となるのが、 準決勝以降、すべての対戦にDEF(棄権)があるということ。 何か怪しい… これはひょっとして記述違いではなかろうか? 打切りの試合もあったのではないか?と疑問がわいてくるのでした。 今日はもう夜です。 この件は裏をとるのにそうとう時間がかかりそうなので…続くっ! 楽をしようというわけではありませんが、ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。 (編集部A)
posted by tennistm |22:02 |
高校テニス |
コメント(5) |
トラックバック(0)
トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/tennistm/tb_ping/21
この記事に対するコメント一覧
(DEF)の訳
想像するにダブルス・シングルスを全て同時に行うか、またはダブルスのあとシングルスニ試合は同時に対戦していて、片方が2勝して勝負が決してしまったので、準決勝は(後の決勝の疲労を考慮して)
勝ったほうが棄権(従って敗退チームの一勝)、決勝は決着を付けても仕方がないので負けたほうが棄権(ひょっとしたら本当に疲れてしまっての棄権かも?)したのではないかなあ?妥当な棄権だと思うけどいかが?
posted by TAC from 亀戸 | 2007-07-08 11:04
もうちょっと
ご意見ありがとうございます。
少しずつわかってきましたよー
もうしばらくしたら発表できると思います。
posted by テニスマガジン | 2007-07-08 13:51
蘇る昭和57年鹿児島インターハイ
発売日直前で、今更ながらになりますが
慶応義塾のダブルスの久保選手の話です。
多分、私の同級生の久保知樹君だと思います。
昭和40年生まれで、慶応義塾から慶応大学の
テニス部に進学してます。
去年は慶応大学のテニス部の助監督を
してたはずです。何かの足しになればと思い
コメントさせていただきました
posted by 高井戸の住人 | 2007-07-19 13:46
貴重なご意見
明日発売になりますが、貴重なご意見ありがとうございました。
あの頃を思い出していただくことが編集部の願いでもあります。
仲間の皆さんにこの付録のことを教えていただけませんか?
よろしくお願いいたします。
posted by テニスマガジン | 2007-07-20 19:15
Re:今から数十年前の記憶をたどれますか?
高3(昭和58年)の群馬国体から久保君とペアを組んでいた都の西北です。テニスマガジン9月号を購入したいのですが、何とかなりませんか?
ちなみに昭和58年静岡インターハイで男ダブ優勝しました。
posted by 久保知樹君のパートナー | 2007-09-04 16:05





