2008年11月20日

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

ジュニアの育成(その1)

これまでは、日本の男子テニスが世界に通用しない理由として、日本の環境やテニス界全体に視野を向けて書いてきたが、今回はよりターゲットを絞って、日本のジュニアの育成、指導といった部分について少し取り上げてみようと思う。
実はこのジュニアの育成については、今回のシリーズの中でも最も取り上げたかったテーマの1つなのだが、実際に自分自身が体験・見聞きした部分というのは、全体から見れば極一部でしかなく、日本の~と謳うには、若干心許なかった為に先延ばしにしてきたファクターでもある。
しかし、ここに触れずに日本の男子テニスが世界に通用しない理由を語る事は出来ないのも事実であり、多少のご意見を頂戴するつもりで掘り下げてみようと思う。


ジュニアの育成と一言で言ってもその範疇はあまりにも広い。
スポーツ全体視野で捉えたものから、テニスに絞って捉えたもの、また指導の方向性、ジュニア育成に関するクラブ側の悩み、問題点に至るまで、挙げだせば枚挙に暇がない位いくらでも切り口は見つかる事だけに、いくつかのポイントに絞って取り上げる事とする。

まず最初に触れたいのが、スポーツ全体の事となってしまうが、日本の子供達がスポーツと触れ合っていく最初のステージである、スポーツ団体(学校の部活動、地域のスポーツ少年団)における子供達へのアプローチ方法についてだ。
これらスポーツ団体の多くは、まず新人が入ると、基本であるランニングや素振り・基本動作(競技によって、キャッチボールやパスやストローク・ドリブル)の練習からスタートさせる事がほとんどである。
また、球拾いをしながら先輩のプレイを見学して学ぶなどの事例も多い。
学校にしろスポーツ団体にしろいくつかの世代(年齢)のジュニアが一緒に集い練習をするのだから、当然、上の世代や試合に出る選手が優先的にグラウンドやコートを使うといった事情、また、物事をやるにはまず基本からという観点、そしてきちんとした基礎や正しいフォームが身についていれば、しなくてもよい怪我を未然に防げるという点を考えると、これは当然の手法であるといえよう。
しかし、私はここに多少の違和感を覚えずにはいられない。
スポーツの基本は楽しむ心であり、やっていて楽しいからこそ好きにもなるものだ。
“好きこそものの上手なれ”といわれるように、好きだからこそ上手くなりたいとも思うし、そう思ってやるからこそ上手くなるものであろう。
そして、先々続けていく中でいろいろな障壁を乗り越えていく際、最後に自分を支えるものは、この根底にある好きという気持ちに他ならない。
つまり、まず最初に「好き」ありきであるのは非常に重要な事だと捉えている。
皆、最初はテレビで観たり、人の話などを聞いたりして興味を持ったスポーツを、友達とあるいは新人同士ではじめる事からスタートする。
基本も何もないからフォームも何もあったものではないが、きっとそれはそれで、それなりに楽しいはずだ。
逆に何も教えられていない分、以外と上手くできる部分も少なくないだろう。
下手な知識や強制が入らなければ、人はその動作をするのに自分なりに最良の動きを選択する分、ちょっとした初心者よりもうまく出来たりするものだ。
とはいえ、所詮は素人芸、当然うまくいかない事のほうが多いが、そんな中でもいろいろ考え、試行錯誤しながらプレーする。
そうやってそのスポーツに触れ合っていく中で、そのスポーツの面白さを見つけられれば、いつの間にかそのスポーツが好きになっていくものではないだろうか。
中には自分に合わないと思う子や、勝てずに悔しくて嫌になる子もいるだろう。
そういった子には、ちょっとしたヒントを与えてみたり、違った視点から見る事を勧めてみたり、また違ったアプローチを試みるのも大切な事だ。
そして本人がそのスポーツに対し本気で取り組もうと思った時(好きだからもっとうまくなりたい、試合に勝てるようになりたいと思った時)、自分ひとりのやり方では行き詰まってしまったと感じた時、きっとコーチの声に耳を傾け、基本動作の練習の必然性を感じ、自らランニングや素振りをするようになるのではないだろうか。
これがスポーツに触れ合っていく自然な流れであって、この流れには2つの重要なポイントが存在すると考える。
1点目は、前述したように、まず最初にそのスポーツが楽しい、好きと思う気持ちを持つ事である。
取っ掛かりで持ったその気持ちこそが、今後ずっと育てていく自分の心の中の小さな種であるし、その種を少しずつ育てていくのが育成だと考えるからだ。
そして2点目は、練習する意味を知る事である。
スポーツを始めるにあたって、いきなり基本動作や素振り、ランニングをさせても、一体何故それをしなければいけないのか、それが本当に自分に必要な事なのかを、いくら言葉を尽くして説明してみても、真に理解する子供は少ないだろう。
何故それをするのか?それが今の自分に本当に必要な事なのかも解らず、ただ命じられた練習だからやるでは、練習の効果は押して知るべしである。
そうならない為にも、その子自身が自ら試行錯誤し、自分がもっと上手くなるには、もっと勝てるようになるにはどうすればいいのかを考える事は非常に重要な事である。

現状の多くの日本のスポーツ団体のやりようは、入った瞬間からもう既にそのスポーツが好きで、上手くなりたい意思を持ち、基礎が大切だと理解した子供を相手にしているという前提に立ってスタートしているという事に等しい。
この根拠のない大前提に立ったスタイルでスタートし、またその中で育ってきた日本の選手は、コーチの言われた通りに動き、(言われた事しかしない・出来ない)また、皆、同じようなフォーム、同じようなプレーをする傾向がある。
これに対し、まずは自分で思った通りプレーし、自分で工夫する、コーチもそこから更に長所を伸ばす様に指導をするような国では、独特なスタイルの選手が多く見られる。
またそういった国の選手達は、コーチから言われた事でも自分に合わない事であればコーチと話し合い、自分のやりたい事をコーチにぶつけ、常に自分がどうしたい、どうありたいかを自分の中に持っている。

ジュニアの指導者が、新人にすべき事は、まず子供達がそのスポーツを好きになるサポートであるべきと考える。
極端に言えば、最初は何もいう必要などないのだ。
子供達は遊びの天才である。道具を持たせ自由にやらせるだけで、その発想の翼をひろげいろいろな事をやるだろう。
時にはヒントを出し、危険と思われる部分だけをサポートすれば、後は見守るのみである。
この何もせず、自由にやらせる事こそが指導である事を、まず認識する必要があるのではないだろうか。
そうしていく中で自分自身の試行錯誤だけでは、うまくいかず落ち込んでしまったり、楽しさをうまく見つけられない子供達にちょっとしたヒントを与え、うまく回転するようにサポートする。
大きな枠組みの中でそこからこぼれそうになった子をうまくその枠組みの中へ返してあげ、そのスポーツの楽しさを子供達自身に気づかせる事が出来たなら、その指導者は非常に優れた指導者といえるだろう。
そういった段階を経て、自ら好きだから上手くなりたい、誰にも負けたくないという気持ちを持つ事で、ハードな練習を支えたり、取り組む姿勢に現われたりするのが本筋の所を、日本では最初から独自の精神論である努力や根性、気合に置き換えて押し付けてしまっているきらいもあるように思えてならない。
勿論、団体である以上、上級者もいれば中級者もおり、また実際の大会へ向けての練習もある中で、大抵の場合、それを指導する人も極少数という事を考えれば、確かに画一的にならざるをえない事情もわからないでもない。
また、新人と一言で括ってみても、新しく入った子供達の中には経験者もいれば、全くの未経験者もおり、どの子に対してどのプログラムを適用するのかといったような実際の現場と、こういった机上の理論とのギャップは少なからずあるだろう。
しかし、出来うる事であれば、既に上達に対して渇望し練習に取り組む子や大会に向けてハードな練習を望む子を指導する体制と、そのスポーツの取っ掛かりをサポートする体制は別の次元で考え、しっかりとした種を蒔いた上で育成をスタートする事を望んでやまない。


次に日本のスポーツ団体の傾向とそのジレンマについて触れてみたい。
一般に日本のスポーツ団体の多くは、いわゆる体育会系と呼ばれるような組織体系になっている事が多い。
体育会系と呼ばれる組織体系では、基本的に代表選手選考以外の部分においては年功序列を原則とし、先輩後輩の位置付けがはっきりしている。
これは日本の様に年功序列を機軸とした社会においては、それを学ぶいい経験の場ともなっており、長い間、よしとされてきた。
ジュニアにとってこの組織の中で自分の立ち位置を認識し、集団行動に順応する事は、確かに人間の育成という観点から見ると利点は多くあるように思われる。
しかしその反面、先輩だから勝てなくても当然というような気持ちにもなりやすく、自身の能力の伸びに、知らず知らずのうちに蓋をしてしまうようなケースも危惧されはしないだろうか。
日本のように学校制度では飛び級の仕組みを認めていない国では、特にこのような話が子供の心の中で当然のように受け止められがちだという事も考慮すべき所だ。
また組織側としても、学校の部活動では教育があくまでも基本理念である事、地域のスポーツ少年団といえども、全体の調和を重んじ、ある程度平等な精神の上に活動されている事も重なり合って、日本では一人の才能を徹底的に鍛え上げるような体制をとりにくい事は前述した通りだ。
更にジュニアの育成について、その存在を切り離せない親からすれば、いくら才能があるとはいえ、他人の子に対し指導が集中するような状況は看過できるものではなく、当然、問題としたり、そこを辞めさせてしまうというような事にも繋がりかねず、それはいわゆる一般のスポーツ団体にとっても本意とする所ではない。
いくらコーチがその才能を認め、伸ばしてあげたくとも、組織の事情もあいまってなかなかスムーズに事は進まず、では個人的でとなっても、肝心の親の意向や経済的な理由で、それが出来ない事もままある話だ。
この様に個人にしても、また指導する側の人間にとっても、いわゆる一般のスポーツ団体の仕組みの中では、一個人の才能を昇華させるのに適した環境とはいえないのが実情で、どちらかといえば組織力で戦うチームスポーツを強くするのに、向いた仕組みといえるだろう。

しかし、テニスに至っては完全なる個人競技であり(ダブルスはあえて置く)、小さな頃から年齢など関係なく、他の選手を押しのけても伸し上がる位の精神を持たねば、世界のTOPになる事は叶わない。
持てる才能を、常に高いレベルの環境に身を置く事で開花させていく環境は、今や必要不可欠になりつつある。
世界では、選手育成を商業ベースにのせて行う組織や、国の制度の中にエリートスポーツ選手を育成する仕組みを持つ国、あるいはそういった国に自国の才能あるジュニアを送り込んで、自国代表に還元させる手法を取る国など、個人の才能開花に貪欲な姿勢が今や当たり前の時代である。
日本でも、プライベートレッスンやジュニアの強化合宿など、個人または選ばれた者のみを育成する手法が全くないわけではないが、もっと露骨なアプローチ(営利目的の選手育成や代表選手強化の為のジュニア輸出プログラム等)があるべきだと感じる。
とりわけ、世界から経験豊富なコーチやスタッフを招き、TOPプロの養成やテニスで生計を立てる為の支援までを包括的に行う団体、アカデミーの設立、それらに対する補助政策といった部分に関しては急務であると考える。


ここまでは、組織や団体、そして抽象的な事柄に対しての話題だったが、もう少しテニスに対し具体的な部分については、ジュニアの育成(その2)で触れていく事としよう。

ジュニアの育成(その2)へ続く

※ここに書かれている事はあくまでも私見であり、必ずしも万人が納得するものとも思っておりません。
 ご意見は頂戴いたしますが、荒れると思われるようなコメントはお控え下さい。

posted by tenniscom |00:25 | テニス | コメント(12) | トラックバック(0)
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日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

Tennis-navi様
初めて拝見いたしました。もっと”露骨”なアプローチが、ワールドクラスを目指すならば”当たり前の”アプローチであると言う事を、少しづつ時間をかけて啓蒙して行けるようにお互いがんばりましょう。

その2を、楽しみにしております。

posted by 濱浦 | 2008-11-20 05:23

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

初めてコメントさせていただきます。
「自由に楽しませる」という考えにやや疑問を持ちました。
私は全国レベルではありませんでしたが、その地方ではそれなりの結果を出した選手だった経験があり、年老いてからは子供の指導にも携わってきました。「素振りやボール拾いよりも、自由に楽しませる」という考えに賛同し、そうさせていた時期もありました。
しかし、「自由」にさせてしまうと、ラクな方ラクな方を選んでしまう子供がなんとも多いことか。もちろん、その中で自分なりに工夫し、腕を上げていった子供たちもたくさんいました。その比率は、ボール拾いなどをしながら、先輩たちのプレーを見て学ぶことで上手くなった子供たちとそう変わらなかったような気がします。
生涯スポーツとして考えるなら、「自由に楽しませる」ことは最適だと思いますが、アスリートとして育てるとしたら、その指導法はどうなんでしょう?
ひとりひとりの個性や性格を見極め、適切な指導法をとる、というのがベストなんでしょうが、現状を考えるとそれは難しいですね。

posted by Newjersey | 2008-11-21 11:45

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

>濱浦さん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
本文では、スポーツを始めるとっかかり部分について、長く書きすぎたきらいがありますが、まずテニスを好きになって夢中になる事、そしてそういう子供達が本当に世界を目指す為に必要とされる施設、補助、育成プログラムは、どちらもワールドクラスのプレーヤーを育成するに当たり、必要不可欠であるというのが本意でありました。
結果的に、本文を補助していただくようなコメントをしていただきありがとうございました。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-21 16:32

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

>Newjerseyさん
はじめまして。
貴重な体験談をありがとうございます。

>ラクな方ラクな方を選んでしまう子供がなんとも多いことか。
この辺りは、実際に苦労された経験が非常によく伺えるコメントだと思います。
子供にすれば、遊びですから、苦しい事、辛い方向へ向かわないのは、当然の事ではあります。
そして全ての子供がアスリートとして、テニスを志向していくわけではないので、多くの子供達は遊びの範疇だけで終わってしまう事も仕方のない事だとも思います。
そういった意味では、Newjerseyさんがおっしゃられる様に、しっかりと路線に乗せてスタートしても、本格的にテニスにのめりこんでいく子供の絶対数は変わらないのでしょう。
つまりそうする事が、上を志向し上達していく底辺を広げる事には寄与しないという事ですね。
ただ私が重要視しているポイントは、その中から本格的にテニスにのめりこんでいく子に対し、本文中でもあげた通り、しっかりと「好き」という種が蒔かれているかどうか、そして練習する事が自分にとって必要な事であると本当に理解しているかどうかという部分です。
そして、それはただそれだけではあまり意味をなさないとも考えています。
その指導の先に、テニスを自ら志向する子供達を、本格的にプロテニスプレーヤーとして育て上げる組織、アカデミーの存在は必要不可欠であり、そういったアプローチがあるば、必ずや生きてくる部分だと考えています。
つまり、土台である種があり、自ら考え、練習の意味を考え取り組む姿勢を持ち、そしてそれをベースに本格的にテニスを指導する組織で育成する、これらが点ではなく1本の線となって繋がってこそ結果につながるのではないでしょうか。

自由にやらせるのは、非常に難しい事です。
その子達に対し、いかにテニスを好きになってもらうか、楽しく遊んでもらうかの工夫は必要であり、そしておっしゃられるように子供は千差万別であり、決してこうすればよいという決められたやり方ではうまくいかないからです。
喩えれば、好き勝手に動く羊達に自由に草を食ませながらも、それを群れとしてまとめられるだけの範疇に常に納め、具合の悪い羊がいないか常にチェックしているようなもので、それに対応するには、あらゆる経験と知識、豊かな人間性が必要とされるのかもしれません。
そして、本文中でもふれましたが、取っ掛かりを指導する人は、技術面やメンタル面を指導している人とは別に、そういった部分だけをケアできる体制は必要不可欠のようにも思います。
ただ、現実問題、ここが一番ネックになるんでしょうけども。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-21 16:33

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

管理人さん。お返事ありがとうございます。
子供は「好き」だと言う。「選手(あるいはプロ)になりたい」とも言う。その親も同じことを言う。しかし、そのために努力をしているかというと、そうでもない(ように見える)。難しいですね。
上手くなればなるほど面白くなるのがテニスなんだ、ということを伝えていきたいんですが…。
またいろいろと勉強させてください。次も楽しみにしています。

posted by Newjersey | 2008-11-21 17:50

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

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>Newjerseyさん
再びコメントありがとうございます。
Newjerseyさんのコメントには現場で、いろいろな思いをされ、苦労されたであろう雰囲気が滲みでており、本当に一言一言が重いですね。
やはり机上での論理と現実とでは、多かれ少なかれ必ずギャップはあり、事ジュニアの育成に関しては、子供だけでなく親との関係もあいまって、本当に多種多様の対応が求められてきたのではないかと推察いたします。

>>上手くなればなるほど面白くなるのがテニス
これも真理であり、また勝てなければ面白くないのも、またしかりですね。
問題はどうやってここまで導くかという事になるのですが、これは、「あなたの為になるんだから勉強しなさい」と親が言っているのに似ていて、大人には見える風景が子供にそのまま見えるわけではないですから、ここへたどり着く為のステップを考え、そのステップ一つ一つは、違う趣向に置き換えてやる必要があるのでしょう。
しかし、現実には何人もを同時に見ているわけですから、Newjerseyさんもおっしゃる通り、全ての子に対して個々に合わせて対応できるわけでもなく、指導者としてもジレンマを持たれる部分でもあるとは思います。
そういった意味では、Newjerseyさんにおかれましても、長い指導経験の中で、この子は個人指導したい、または個人指導を受けた方が伸びると感じられた事もあるのではないでしょうか。
現実は、その先に親の意向や財力等の問題まで絡んできますので、ますます大変ではありますが。

>>そのために努力をしているかというと、そうでもない
私は、才能の存在を認めています。
その才能とはテニスのセンスでも、恵まれた身体能力でもなく、努力できるかどうかだと思っています。
これは、ある程度、生まれながらに備わっていたり、そこまで育ってくる過程の中で植えつけられているかといった部分で、コーチが口で言ってもあまり変えられる部分ではない様に思うからです。
そういった「才能」を持たない子を指導するのは、本当に難しい事なのでしょうね。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-22 09:36

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

面白い考察でした。

「スポーツを好きになる」ことのが最初だ、という点は賛成できますが、「自由にさせる」というのは首肯できません。

私はそれで苦い経験をしました。

私はテニスコーチを学生時代していました。
ブログ主さんのように「自由にやらせる」ことで、本人にとって自然な動作を引き出すことが大切で、フォームを押し付けたりして型にはめたくない、と信じて初心者を指導していました。
スポーツ経験のある人は、これでいいんです。
自由にやらせて若干アドバイスするだけで見る見る上達します。
しかし、今までまともにスポーツをされていない方はこれではだめでした。
どれほど、打ってもボールに対して適切な打点に入ることすらままならず、その人にとって自然であろうフォームがでてくるはずもなく、結果としてラリーが続きませんでした。こんな感じの初心者の方が5人ほどいて、楽しくなかったのでしょう、全員やめてしまいました。
テニスを好きになるかもしれない人がいて、その人らをテニス好きにさせれなかったことが今でも悔やまれます。コーチを辞めた今ですら彼女らを指導する夢を見ることがあるほどです。

ジュニアの大半もこんなレベルです。自然に適当にさせたって、テニスはできるようになりません、おそらく無理です。

ワンバウンドでボールを処理することがまずむずかしい。
しかもその処理も、漠然と追いつくのではなく、ボールと一定の距離をとって追いつくことが要求される。
おいついても上手にラケットを振る必要がある。
5センチとずれれば明後日の方向に飛ぶ。

テニスはこんな競技です。

テニスに慣れた方は、テニスの本質的な難しさを忘れてしまいがちですが、テニスの本質は不自由なものだと私は思います。
そして不自由がゆえに、自分がコート上で自由に振舞えることが他の何にも変えがたい快楽なのだと思います。
いきなり自由にさせる、というのはどうも納得できませn。

私見ですが、大切なのは、基礎をやらせる中で楽しさを見つけることだと思います。
私が初心者の指導で必要に応じて行う練習に、バウンドカウントキャッチ、というものがあります。
これは、ネット越しにボールを出して、指定した回数ボールがバウンドしたらキャッチするというものです。
できる人にとっては簡単で退屈ですが、運動経験の無い人や子供は、結構失敗します。
そして失敗していたことができるようになると、嬉しいんです。上手にできて、褒めると大抵の人は笑顔になります。
「基礎でも楽しく練習できる」というのが、コーチに求められるものだと私は思ってます。競技と出会った最初に「自由にやらせる」ことがコーチの役目だとは思いません。

自分の意見をできる限り正確に伝えようとするとどうしても長くなってしまいました。不適切であれば削除されても構いません。

posted by 羽後 | 2008-11-22 10:14

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

管理人さん。こんにちは。
何度もお返事いただき、ありがとうございます。次の準備もあるでしょうに、本当にすみません。

>>その才能とはテニスのセンスでも、恵まれた身体能力でもなく、努力できるかどうかだと思っています。
本当に、そうですね。努力できることは、その人の最大の才能だと思います。
そして、もうひとつあると思いませんか? 見たり聞いたりしたことから何かを感じ取る才能。
この才能を持った子供が、ちょっと前に比べて少なくなっているように思えてなりません。あるいは、感じていても、それをどう自分の中で処理し、実行していけば良いか、わからないでいるだけでしょうか。とすると、感じ取ったことを自分で試してみる、試した結果を感じ取る、というサイクルが苦でもない、という才能も必要だと言うことでしょうか。

posted by Newjersey | 2008-11-22 11:36

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

突然失礼します
サイクルの件、スポーツに限らないのではないでしょうか?
ゆとり教育は本来そういう能力を育てることも狙いだったような気がしますが、最近の若手社会人にはかけている最多のものの気がします。「挫折」を本人、周りが避けているような気がしてなりません。
負けて学ぶことを恐れている気がしますね。
そういった視点からは、才能のある子供が減ったのではなく、指導者の質が実は下がっているのではないかとの懸念を強くしています。

posted by おじさん | 2008-11-24 00:35

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

>羽後さん
はじめまして
まず実際の指導経験の中で感じた貴重なご意見ありがとうございます。
羽後さんのおっしゃるように、誰もが自由にやらせる事で楽しめるものではないですね。
ただ、そこは子供と大人の初心者では多少色合いが異なるのではないかとも思います。
何故なら大人の初心者がテニススクールに通ってくるようなケースでは、最初から教えを請う為にやってくるのであって、そこで好きにやりなさいでは、大抵の初心者は不満に思うだろうからです。
私自身そうでしたが、大人になって始める場合は最初からフォームや基礎を学んでやろうと思いますし、子供の頃はそんな事よりも自由にプレーしたいという意思の方が強くありました。
ただ、子供に対し自由にやらせる中にも、課題の入ったテーマ(コート内に的を置いて的当てゲームや、一人はラケットを持たずに相手の打ったボールをキャッチするゲーム等)を与え方向性を持たせたり、個々に目を配り、必要であれば適度なアドバイス(方向修正)をするのは、羽後さんの言われる「基礎でも楽しく練習できる」に通じる所でもあるかと思います。
そして、ポイントなのは、今までの(1)~(5)ではテニスのプレイ人口獲得による底辺の押し上げを唱ってきたのに対し、今回はこうする事によって底辺の拡大を狙えるという事ではなく、TOP選手育成に対しての最初のステップとして、何が自分にとって必要な事なのか、練習なのかを考えるジュニア育成でなければならないという事が書きたかった事という点でもあります。
ただ、上のコメントでも書いたように、実際の指導現場はこういった理論のように簡単ではない事情が山積しているでしょうし、また個人個人に対し、全て適切にケアできるわけでもないのは、重々承知しているつもりです。

羽後さんのコメントの中の、「テニスの本質は不自由なもの、そしてそれが出来るようになる事が喜びである」には感銘を受けました。
確かにおっしゃる通りかと思います。
これを子供達が自ら理解出来るような指導は、非常に難しいとは思いますが、うまく伝えられたなら指導者冥利につきるのではないかなと推察いたします。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-26 16:32

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :


>Newjerseyさん
何度もお越しくださりありがとうございます。
>>見たり聞いたりしたことから何かを感じ取る才能
そうですね。
何でも最初から用意されていたり、設定されていたりしすぎて、自分で感じ取ったり、感じた事を体現してみたりする機会が昔に比べて減っていいる事が影響しているのかもしれないですね。
そしてこれは今回の記事にも通じる話だと思います。
まずは自分で自由にやってみて、思ったことを体現しようとする所からスタートし、出来なければ何故出来ないかを考え、足りない部分に対し練習を積む。
いわば当たり前の事であるのに、それが出来ない、または苦になるという所に手を入れていかなければいけないのだと思います。
ただ、この才能は本来、どの子供にも備わっているものだと私は希望的に捉えているんですけどね。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-26 16:32

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)

コメント投稿者ID :

>おじさんさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
確かに視野を広げてみればスポーツに限った話ではないかもしれませんね。
>>負けて学ぶことを恐れている気がしますね。
社会全体の事になると、少し私の手には余る話になってしまいますが、テニスの指導に関してもそういった傾向は少なからずあるように思います。
子供達の折れやすさ、反骨心の減少、そして親からのプレッシャーと、指導する側も谷に落とすような事はなるべく避けたい所ではあるのでしょう。
世界で通用するプレーヤーを育てるには、プレーヤーを差別化し一部の才能に対し、人もお金も集中投資する必要がある事を世界のテニス事情が明確に指し示しています。
これを社会に置き換えれば、ますます格差を広げようという動きであって、世論としては看過できないものとなるでしょう。
そういった意味では、単純にイコールで考える事は出来ないのかもしれませんし、あるいはTOPプレーヤーを育成する事にあまりにも傾倒しすぎると、テニス界全体の衰退に繋がってしまう可能性もあるのかもしれませんね。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-26 16:33

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