2008年10月31日

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(5)

日本人のメンタリティー

見ている人が思う以上にテニスはハードなメンタルスポーツだ。
「テニスに勝つには80%のメンタル、20%の技術が必要だ」だとか「TOPハンドレットの選手には技術の差は殆どない、あとはメンタルな部分の差だけだ」といった選手達のコメントは、それを如実に物語っているだろう。
他の多くの競技と違い、テニスは試合中に一切のコーチングをうけてはならない。
うまくいかない時、苦しい状況の中でも、たった一人、自分自身だけで、おかれた現状を打破する事が出来なければ勝利の2文字を手に入れる事はかなわない。
その為には、強い精神力、集中力が必要とされる。
前4回では、環境・身体能力・文化という側面からみてきたが、今回はこの重要であるとされるメンタル面について取り上げてみようと思う。

昔から日本では、諸外国とは違いスポーツの世界においても精神論に常に重きが置かれてきた。
これは文武両道の言葉が示すとおり、日本でのスポーツの原点といえば武道であり、武道では技術そのものより、精神の修練に重きを置き、最終的な目標も無我の境地というような精神世界とされるほど、精神修行を重要視してきた事に由来すると思われる。
現代スポーツにおいても最高のパフォーマンスを発揮する為に、メンタルが非常に重要であるという意味においては、この精神論は正解であり、そういった事が本当に鍛えられるのであれば、スポーツ選手が座禅や滝打ち修行を練習に取り入れたり、一心不乱に技の修練に精を出すのも悪くはないのかもしれない。
しかし、私は「気合」や「努力」、「根性」を前面に押し出したスポーツに対する姿勢、そういった精神論というやつは、最高のパフォーマンスを発揮する為のメンタルとは多少赴きが異なると捉えている。
日本の体育会系での練習といえば根性論抜きには語れないという位、このしごきあげ式の練習は、昔からほぼ一般的に行われてきており、そういった側面もあって日本の選手の練習量というのは、多くの場合、諸外国の選手に比べて勝る事はあっても劣る事はない。
確かにこの根性論に基づいた練習により培われる部分の恩恵というものは、存在するように思われる。
練習に裏打ちされた自信でなければ、試合中に揺らいだ時には脆く崩れ去るだろうし、追い込んだ練習をしてきたからこそ、試合中、土壇場の状況の中で出せる力というものもあるからだ。
しかし、日本の精神論は、それだけに留まらず、練習の多くが根性論に偏りすぎ、試合でミスをすれば気合が抜けているとされ、結果がでなければ努力が足りないとされてしまう様な傾向がある。
以前、学生野球の日米交流試合の特集で、試合にかったのに、その試合でのミスについて監督からしかられている日本人を見て、アメリカの学生が「負けて叱られて、勝っても叱られて、日本の学生は一体何を楽しみにスポーツをやっているのか?」コメントをしていたのを、今でも覚えている。
それは当然の事で、アメリカでは試合に勝った時には、コーチを含めみんなで喜びを分かち合うのが当然であって、常に勝って兜の緒を締めようとする日本の精神論など、説明しても心底、納得はしてもらえないだろう。
現実には、勝ちたいと思えば思うほどミスは出てしまうものであるし、気合が入れば入るほど空回りしてしまう事もある。
人間である以上、長い試合時間の中で、ずっと最高の集中状態を保つ事も非常に難しいものだ。
そういった事で悪くなった流れを、もう一、ひっくり返して掴んだ勝利や、チームメイトのカバーによって勝利を手にいれる事が出来たなら、それはそれで評価すべき事だし、素直に喜ぶべき事だろう。
そのミスに言及してしまっては、「戦いに勝った後こそ、兜のひもを 締めるくらいの慎重さを持て」ということわざの真理が、実際にプレイしている選手にとっては、ひとつもミスが許されないという追い込まれた心理に摩り替わってしまうのもあるのではないだろうか。
試合でベストのパフォーマンスを発揮するという事は、あらゆる事から開放され、その時・その瞬間のプレイに集中する事で実現されるものであり、少しでも、ここでミスをしてはいけないと恐れるような精神状態になってしまっては、ベストのパフォーマンスなど期待できるはずもない。
日本の精神論が「過ぎたるは及ばざるが如し」になってしまっている顕著な例といえよう。
国際舞台での日本選手のプレイッシャーへの弱さは、あらゆるスポーツで見受けられる。
ここという大事な局面で、力みすぎたり、弱気なプレイをしてしまったりというのは、必要以上に、いろいろなものを背負っているという自覚を持つが故に、背負っているものに押しつぶされた姿に見えるのは私だけだろうか。
こういったメンタリティーの背景には、ジュニアの頃から長きに渡って、日本の精神論によるコーチングを受けてきた影響があるように思えてならない。

もう一つ日本人のメンタリティーとして挙げられるのが、リスクを犯してでも攻撃しポイントを奪い取るより、ミスをしない事で試合を有利に導く事に、より重きを置く傾向があるという事だ。
私がテニスをプレイしていて、よく耳にする言葉に、「強打して取っても1ポイント、相手がミスをしても同じ1ポイント」というのがあるが、これはレベルが低ければ低い程、有効な戦術であり、(つまりは私のレベルが低いという事なのだが)そういった意味では、ジュニアで手っ取り早く勝ちに繋げたければ、こういった方向でプレイしたほうが結果に繋がりやすい。
強打してミスするよりも、確実に相手の嫌な所へ落とす事で、勝利を掴む事は、慎重で相手に隙を見せない試合を良しとする日本の精神論にも合致する。
また、ジュニアの指導者・コーチなどは常に親からの視線、期待(中には直接口を出す人もいるだろう)を受けて、選手を指導し、多くの場合、早く結果を出す事を求められてもいる。
となれば、そういった指導方針になってしまわざるを得ない事情も察するに余りある。
しかし、世界のTOPランカーは、すべからく皆チャレンジする精神を持ち合わせている。
苦しい時こそ、前に出て、厳しい状況の中でこそ攻める気持ちを持たなければ、勝ちは拾えない事を知っているからだ。
また、普段のプレイにおいても常にトライする事を忘れない。
相手のセカンドサーブになれば、殆どの場合、ハードヒットしてリターンエース、もしくはリターンから崩して自分のポイントに繋げようとする。
セカンドサーブを叩かなければ、ほぼノーチャンスな世界で戦っている彼らにすれば、当然のプレイである。
また、サーブだけでなく、ストロークにおいても、常にフォアに廻り込む瞬間を虎視眈々と狙っている。
少しでも甘いボールがくれば、フォアで叩き込む姿勢でなければ、ラリーを制する事はかなわないからだ。
こういった世界を目指すのであれば、ジュニアの頃からチャレンジし続ける事が大切な事は、自明の理だろう。
喩え普段のプレイが攻撃的であっても、試合になれば、守りに入ってしまったり(そういう精神状態になったり)、大事なポイントになれば守りに入ったりするのが人間の心理である。
そこで常にプッシュし続けるメンタルを持つには、小さな頃から普段の練習の中でミスを指摘するよりも、チャレンジする大切さを常に前面に指導し、むしろチャレンジすべき所をしなかった時こそ、叱咤激励すべきだろう。
ミスをすればするほど、ミスを恐れれば恐れるほどラケットは振れなくなるものだ。
しかし、そういった時にこそもっとラケットを振っていかなければ勝利を手にする事はままならない。
ジュニアであっても、メンタルは常に世界のTOPプレイヤーと同じでなければならないと考える。
目先の結果ではなく、先に広がる世界の事を念頭においた指導によって培われたメンタルというものが、日本の男子テニスが世界の扉を開く一つの重要なファクターであると思えてならない。

更に、もう一つ取り上げておきたい事は、物事には努力・根性でカバーしていいものと悪いものがあるという事だ。
確かに、努力や根性というものは、決して悪いものではなく、スポーツの世界であれば必要不可欠のものではある。
強いメンタルには気合や根性が必須であるし、その根底を支える力は努力によって培われるものだからだ。
日々の努力なくして成功や栄達は望めないし、時には自分をとことん追い込んだ練習も必要であろう。
しかし、何もかも努力が足りない、根性がないに結びつけてしまうのは、過ちの始まりでもある。
試合に勝てなかった時、努力が足りなかったといって、更なる猛練習に取り組むのは日本ではありがちな光景だ。

勿論、相手に勝ちたければ、それ以上に努力する事は間違ってはいないが、遮二無二今までの練習を更にハードに繰り返してみた所で、結果が得られない場合もある。
何故なら結果が得られない原因がベストのパフォーマンスを発揮できる体調でなかったり、練習の方向性を間違えている場合もあるからだ。
ベストの状態を作り上げる為には、精神的にも肉体的にも休みが必要であるし、また、自分の弱点をカバーしようという練習をいくら積んでも、決定的な武器をもっていなければ、結局、試合には勝てないかもしれない。
勿論、このような単純な事例においては、今の現場では、根性論一本やりという光景もあまりみられないだろうが、もっと細かな部分で、この様にその時々に必要な要素は違うにもかかわらず、努力や根性と言ってしまっている部分はないだろうか。
こういった行き過ぎた努力・根性論の一番の弊害は、考える事を止め、猛練習する事で自己満足してしまう所にある。
勝てなかった理由を考え、自分に何が足りなかったかを考えた上で、必要な練習をいつもと同じだけする。
大切なのは自分で考えるという事、そしてその答えに対して練習を積む事、時にはコーチと意見をぶつけ合う事であるのに、それをせずに努力だ根性だと猛練習で蓋をしてしまっては、先行きが明るくなるはずもない。
日本の根性論で育てられた選手は、監督やコーチに服従し、いわれた事だけを行うような選手が少なくない。
しかし、テニスの試合では選手はいつも一人なのだ。
コートの中では、実際のプレイ以外の時間も、常に自分のメンタルは試されている。
うまくいかない時に、どうすればいいのか、どうやって現状を打破するのか、そこを自分自身で切り開く力を育成する為には、小さな頃から自分で考える事は、とても大切な事だと考える。

メンタルという事で非常に抽象的な表現が多くなってしまったが、日本の全ての指導者及び団体が、同様というわけではなく、独自の方針、方法をもってメンタル強化に取り組んでいる指導者も少なからず存在する。
また、上でも述べたが「気合」や「努力」、「根性」といった精神力は、決して悪いものではなく、強いメンタリティーの重要な構成要素である事は間違いない。
しかし、テニスはスポーツであり、スポーツの基本は楽しむ事にある以上、必要以上に追い込む必要もなければ、背負う事もないのだ。
得にジュニアに対しては、指導者による選手がのびのびプレイできる環境作り、より攻撃的に決めにいくテニスの実践、自分に何が必要か、どうすれば勝てるかを考える機会の提供を提言したい。
また、メンタルという意味では、島国という閉鎖的環境で育ったプレーヤー特有の世界に対する気後れをなくす為にも、早くからの国際経験も非常に重要であろう。
これら前提の上に日本特有の努力、根性があれば、世界に通用するメンタルを育てる事が出来るのではないだろうか。

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(6)へ続く


※ここに書かれている事はあくまでも私見であり、必ずしも万人が納得するものとも思っておりません。
 ご意見は頂戴いたしますが、荒れると思われるようなコメントはお控え下さい。

posted by tenniscom |18:00 | テニス | コメント(7) | トラックバック(1)
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日本のテニスが世界に通用しない理由!? 【俺流!テニス論】

最近とっても興味深く読んでいるブログに「Tennis-navi | スポーツナビ+」がありますが、ここ数回に渡って「日本の男子テニスが世界に通用しない理由」と題した投稿記事が公開されてい...

2008-11-01 18:46 | 続きを読む
この記事に対するコメント一覧
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日本の男子テニスが世界に通用しない理由(5)

全く同感です。
本当に選手のメンタルを鍛えたいのなら、指導者は個性のそれぞれ違う選手に、理性的にどう鍛錬してあげるのが一番効果的なのか考えるべきだと思うのですが、一律に「根性が足りない」「精神がたるんでいる」と言ったりするのは、指導者の自己満足にすぎないのでは、普段から思っていました。
そして本当に楽しんでいる気持ちがなければ、また自分のこと自分でコントロールする能力がなければ、土壇場で精神的に追い込まれるだけで、冷静のその局面を乗り越えよう、とい余裕はないのじゃないかと思ってました。

続きを楽しみにしています。

posted by ちーこ | 2008-10-31 20:29

メンタルの意味は、きれいごとじゃない

 ほぼ単一民族で構成されている日本社会では、「ここまではいいけど、ここから先はやっちゃだめ」という常識の範囲を共有しているためか、相手は違う常識の範囲で動いているということが見えていないと思います。ことが起きるまでは。ことが起きても、相手を非難するだけでしょ。ハンドボールの「中東の笛」なんて、決して特殊なものではないということです。
 アメリカでは、チート(ごまかす)がとても多いんです。ジュニアの試合は、ナショナルやインターナショナルでもセルフジャッジがほとんどですから、こういう揉め事は日常茶飯事です。もちろん、やる子は確信犯です。
 チートするので有名な女の子がいて、自分の頭上を抜かれたロブを、コートに落ちる直前に落ちたポイントを自分の体で隠してアウトコールをしたという話もあります。
 アメリカは、いろいろな国から現在も移民がぞくぞくと入ってきており、みんな無からスタートして何かを手に入れようと必死です。前にも習い事の多くは大学に入るための手段であるということを書きましたが、勝つということの持つ意味が、名誉や達成感なんて自己満足的なことではないんです。人生がかかっている人たちがいるということです。 
 どこの国とは書きませんが、ある国が崩壊したとき、大量の移民が流れてきました。その子たちの中にとりわけチートする子が多くて(もちろん、クリーンな子もたくさんいます)、またそれを別にしても強い子が多かったのですが、ランキングの上位がたちまち彼らによって占められるようになりました。そこでアメリカ人の親たちがとった策は、グリーンカードを持たない子をトーナメントに出させるなという働きかけをUSTAに対してしたことです。それは、すぐに通り、以後、グリーンカードを持たない子は、小さい試合には出られても、グランプリなどナショナルランキングに関係するような試合に出られなくなりました。税金を払っているのは自分たちなんだから、彼らに大学のスカラーシップを持っていかれるのはおかしいということです。ただし、ナショナルの試合の中にはオープントーナメントもあるので、そちらは出られます。
 もちろん、チートするのはそこの国の子だけでなく、アメリカ人も結構します。それに対するコーチの指導は、「やられたら、やり返せ。30センチ中に入ってても、アウトにしてやれ」です。(こっちのコーチは、オンラインはアウトにしろって、平気でいいますよ) 
 アメリカ人の子は、これができるんですけど、日本人の子はできないんですよ。清廉潔白を良しとすることを小さいころから教わってきてるでしょ。うちの子も、アメリカ生まれのくせに、そういうところは妙に日本人で、やり返せないんです。やられて悔しくて泣いてるだけでした。
「終わってから泣いたってしょうがないでしょ。試合中に何とかしなきゃ。相手がずるしたなんてことは、記録には残らないんだよ。残るのは、お前が負けたって事実だけだよ。相手は必死なんだから。何としてでも、これで大学に行くんだと思ってるんだよ。お前みたいに、負けても親がお金出してくれるからいいやと思ってるようなのと、何をしてでも勝とうって気持ちが違うんだよ」
と言ってやりました。子供がズルができない性格っていうのは、親としては喜ばしいことなのですが、だからといって負けてもいいということではないですから。
「相手がネットに出てきたら、ど正面狙って、アウトしてもいいから思い切りぶつけてやれ」
 それを実行したかどうかはともかく、こういうときはこうしてやれという自分なりの解決を見つけたようで、それ以後は「またチートされた」とは言っても、「思い切りにらんでやったら、やめた」とか、そのつど戦っていたようです。
 メンタルの強さって、「それをどれだけ欲しているか」ということじゃないですか。「何としてでも、何をしてでも勝つ」という。
 ズルを勧めているのではありませんよ。相手は、それくらいでやってくるというのを忘れるなってことです。日本のとりわけ男子が弱いのは、母親が守りすぎてるからでしょ。目の前に立って、障害物を取り除いてやって。
 気持ちを強くするなんて、教わってなるもんじゃないと思いますよ。どれだけ修羅場をくぐって、なおかつ克服したか。試合も含めてです。つまり、勝つことでしか強くならないんだと思います。
 テニスは紳士のスポーツだと反論されそうですが、その昔(大昔)ウィンブルドンで、太田芳郎という選手が、たしか決勝で、ガットが切れたのに、ラケットを代えさせてもらえなかったという事実があったのを知っていますか?当時はアジア人蔑視が激しくて、アジア人に負けることが許せなかったのだろうと、太田氏の談です。自伝、探して読んでください。




 





 




 

posted by ヨーコ | 2008-11-01 05:05

追加

 誤解されそうなので、ちょっと追加します。日本人の子はズルができないから弱いといっているのではありません。そういうことをされたとき、傷ついて簡単に自分を見失ってしまうということを言いたかったんです。
 かく言う私自身も、シングルスの試合で、どう見ても30センチ近くインサイドのボールをアウトにされて、カーッとなって自分をコントロールできなくなって負けたという体験があるので、あんまりえらそうなことは言えないんですけど。このおばさんはあまりズルがひどいので、その後試合に出れなくなったのか、見かけなくなりましたが。
 それと同じように、あまりチートがひどいので、みんなの苦情が集まって、試合に出れなくなった男の子がいるのですが、その子は何と、名前を変えてメンバーシップを取得し、また試合に出てきたんです。係員から、「君、・・・じゃないのか?」と聞かれてもしらを切り通して。
 これをメンタルの強さというのかどうかはともかくとして、アメリカのジュニアのトップの子たちというのは、こんな魑魅魍魎めいた手合いを相手にして勝ち抜いてきてるんですから、気持ちは相当強いです。淡々とプレーしてますね。
気持ちの切り替えが上手なのでしょう。 

posted by ヨーコ | 2008-11-01 05:40

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(5)

> ちーこさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
実際に私自身もそういった指導者にあたった一人です。
部活だったので、もう他へいくしか指導者を変える手はなかったですし、またそういったしごきあげの練習方式の中、みんながやっているので、自分もそれを当たり前のようにやっていたのも事実です。
今考えれば、ちょっと違っていた部分があるんじゃないかと思い、このような事を書いたのですが、日本ではこんな話はめずらしくもなく、ある程度当たり前の話なくらい一般的ですよね。
勿論、全ての指導者がそうであるわけではないのですが、スポーツの基本は楽しいって事を、子供を指導する場合には一番に置いてほしいと思いますね

>>続きを楽しみにしています。

嬉しいお言葉ありがとうございます。
駄文ではございますが、これからもよろしくお付き合いください。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-04 17:31

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(5)


>ヨーコさん
いつもコメントありがとうございます。
いつも実際のアメリカのテニス事情がわかりとても勉強になります。
今回は触れなかったですが、よく日本人にはハングリー精神が足りないというのは、昔から言われていますよね。
ヨーコさんの言われる事もこのハングリー精神の強さだと思います。
共産国では、それで身を立てなければ自身を守る事が出来ない所もありますし、ちょっと前には負けると鞭打ちの刑、勝つと一生涯保障なんて国もありましたよね。
また今年のロディックvs錦織の試合でのロディックのとった行動なども、アメリカ人にすれば当たり前の範疇に入るのかもしれません。
日本の文化や、見識だけで考えていれば、ショックを受ける事は多いですね。
おっしゃる通り、他民族国家のアメリカでは、それだけ諸事情や文化や見識が入り混じっているわけで、そういったハングリー精神に対する経験値や対応なども小さな頃から出来るのかもしれません。
よく、南米の選手は絶対に諦めないテニスをすると言われますが、東欧の選手の方がそういった気迫を感じると言っていたツアープロもいました。
どちらも、生きる為の手段というくらいの性根を持っているように思います。
(一部ガルビスのようにおぼっちゃんもいますが・・・だから彼のテニスは素質溢れるのに、どこか淡白なのかもしれないですね)
そういった事を踏まえれば、より小さな頃から攻撃的なテニス、追い込まれてもラケットを振っていく精神を育てていく必要があるかと思います。
そして、おっしゃられる通り多くの修羅場をくぐる事や、国際経験を多く積む事でそれは鍛え上げられていくものなのでしょう。
逆にいえば、全ての人が裕福なわけではありませんので、島国日本としては、そういった経験を積むのが難しい国である事が、通用しない理由の小さなファクターなのかもしれませんね。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-04 17:31

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(5)

はじめまして。

私はテニスは日本でしかしたことがないので

ちょっと的外れかもしれませんが、
昔ヨーロッパのサマースクールに行った時、週末のバーベキューで列にならんで食べ物を貰おうとしたらいつまでたっても順番がまわってこなかったことがありました。
皆横入りしていました。

テニスだけでなく、どんな世界でも日本人はどんな手を使ってでも勝とうという気概が足りないのは事実ですね。でも、人を蹴落としていかないとダメなのでしょうか。
日本人のよさを捨てないで私たちがコンペティションに勝つ事はできませんか。

ちなみに、横入りに気が付いてから私たち日本人はずるして前に入るヨーロッパ人に片っ端から文句いってやりました。そして無事にご飯にありつけました。しかし、いちいち人に文句をいうのってとても嫌な気分でした。
そしてどこかしら非効率です。

日本の外の世界がそういうところなんだとしることはおっしゃるとおり、大事な事だと思います。それを経験することに勝るものはないでしょう。
しかし豊かでもハングリー精神は養えると信じたいです。フェデラー、ナダルはおぼっちゃんですよね?

錦織選手は全米OPのロペス戦でしたっけ?ごねる相手に譲りましたね。そして勝った。
清廉潔白さを捨てず、精神を鍛え、世界で戦っている錦織選手だから皆応援するのではないでしょうか。錦織選手はロディックとまたやりたいとコメントしています。いつか彼が勝つでしょう。

posted by ななし | 2008-11-06 01:00

日本の男子テニスが世界に通用しない理由(5)

> ななしさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。

>>皆横入りしていました。

まさに文化の違いを感じさせますね。
私は日本人のよさを持った上でも、競争に勝つ事は出来ると思っています。
但し、無知なままの日本人では勝つ事はままならないでしょうし、時と場合によっては日本人的な思考は捨てなければならないケースもあると思います。
以前のヨーコさんのコメントでもあったように、国や人種によって、考え方、やり方は様々です。
そこで唖然としてしまっていては、勝てるものも勝てませんので、それらに対する経験値を持った上で、日本人らしく対応するというのはありではないでしょうか。
ななしさんの例でも、横入りをする外国人に文句を言ったとありますが、嫌な気持ちにならない為に、我々はきちんと並んでいるのだから、あなた達もきちんと並んでくれないかとお願いするという形もありかなと思います。
それでも、そんな日本人的思考を押し付けるなと無視されれば、我々が国際基準にあわさなければならないという事だと思うのです。
日本人の美徳は、時には表向きに、時には胸にしまい込んで対応する必要があるのでしょうね。

posted by Tennis-navi管理人 | 2008-11-07 17:34

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