2006年06月23日

テニスの名勝負集を作ろう!

 みんなでテニスの名勝負集を作ろう! いよいよ開幕するウィンブルドン選手権や、つい先日幕を閉じた全仏オープンなどの4大大会はもちろん、フェド杯などの国別対抗戦、国内戦と多くの戦いがある中、繰り広げられた名勝負は数知れません。そこで、今回は「あなたの記憶に残っている名勝負」をコメント投稿にて紹介してください。さまざまな思い出から、一緒に名勝負集を作り上げましょう。

 スポーツナビでは、ちょっとしたトリビアなどを交えてウィンブルドンの歴史を紹介していますが(http://sportsnavi.yahoo.co.jp/tennis/column/200606/at00009586.html)、私の記憶に強く残っているのは、“無冠の帝王”ゴラン・イワニセビッチ(クロアチア)が4大大会初制覇を遂げた2001年のウィンブルドン決勝戦。豪快なサーブと荒々しい雄たけびが個性的な彼は、ワイルドカード(主催者推薦)で出場。連日の雨で大会進行が大幅に遅れる中、自身4度目のウィンブルドン決勝でパトリック・ラフター(オーストラリア)を破った試合です。悲願を成就しただけでなく、イワニセビッチは、この試合でも“荒くれ者ぶり”を発揮。審判の判定に文句を言い始めたとき、NHKではイワニセビッチの生の音声を拾っていたのですが、なんとイワニセビッチは放送禁止用語を……。実況・解説陣もこれにはたじたじで「あっ……、これはいけませんね」と思わず苦笑されていたのを覚えています。

「まだまだこんな話が……」とか「いや、実は……」等々、皆様からのコメント投稿を楽しみにお待ちしております。
 同じ試合について語るもよし。試合展開に限らず、トリビア(雑学)や記録、選手の名言などのエピソードも面白い要素になるはず。テニスを楽しむ話題を“あれこれ”書き込んで楽しんでみてください。

posted by スポーツナビ編集部 |18:30 | コメント(52) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/tennis06/tb_ping/1
この記事に対するコメント一覧
Re:テニスの名勝負集を作ろう!

その放送禁止用語、気になりますねえww
伏せ字でもアナグラムでもT9コードでもいいですから教えてくださいよww
この手の「生放送ショック」自分としては「大葬の礼」の開会のチョンボほどのものはないと(1時代に1回しか起きない場面での大チョンボだったから)思ってますから・・・

posted by 新使徒 | 2006-06-24 08:01

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

何年かは忘れてしまいましたがウィンブルドンでの、サンプラス対フェデラーが印象に残っています。
あの時、テニス界では世代交代が行われたと思います。
サンプラスが負けた時はショックでしたが今思えば負けた相手がフェデラーでよかったと思います。

posted by chkconfig | 2006-06-24 18:08

chkconfigさんへ

2001年のウィンブルドンです。
私も同様にショックを受け、今はそれでよかったのだと思っています。
ちなみに私が一番気に入っている言葉
「オレは全てのポイントをマッチポイントのつもりでプレーしている」
ジミー・コナーズが言うのだから説得力がありますよねえ。紙に書いて家の壁に貼っていたことを思い出します。

posted by 西久保 | 2006-06-25 02:42

私にとっての名勝負

1995年ウィンブルドンの準決勝、アガシ対ベッカーの一戦ですね。
第2セット途中まで、プロとアマと言いたくなるくらいの力の差を見せつけていたアガシを、ベッカーが徐々に這い上がって逆転していった試合。
2-6,7-6,6-4,7-6というスコアにはおさめきれない名勝負でした。

posted by 西久保 | 2006-06-25 02:46

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

サンプラス好きの私としては、サンプラスが絡んだ試合で名勝負と言うべき試合は枚挙にいとまがありませんが(笑)。彼の絡んだ試合で強いて挙げるなら、2001年の全米オープンSF。対アガシ戦で、どちらもサービスゲームを1つも落とすことなく、4セットすべてタイブレーク(1セット目はアガシ、残り3セットはサンプラスがとりました)。何度もスタンディングオベーションをする観客・・・見ていて鳥肌が立ったことを覚えています。

posted by takezoh | 2006-06-25 18:18

Re:テニスの名勝負集を作ろう!


すいません、SFではなくQFの間違いです。
あと、試合ではありませんが、イワン・レンドルが憎たらしいほどに強い時代、ヨネックスだったか忘れましたが、空港でマスコミに囲まれ質問されるCMがあり、そこで一言「I play to win」と言うシーンがありました。その言葉はシンプルで、かつ、常に勝ち続けることの重みを感じるいいフレーズだと思った記憶があります。そんなレンドルも、ウィンブルドンだけは優勝できずに終わりましたが。

posted by takezoh | 2006-06-25 18:25

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ウィンブルドンを意識して見出した頃、レンドル、ベッカー、エドバーグの時代でした。でもレンドルは確か勝てなかった。なんかレンドルの冷徹っぽい感じがあまり好きではなく、エドバーグを応援していました。
でも、レンドルのパッシングショットはすごかったと今にして思う。

posted by tallyu | 2006-06-25 23:22

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ウィンブルドン、いきなり初日から雨で順延になってしまいましたね。雨が降った際の対応というのは、各大会によって違うと思います。
私は全米に行ったことがあるのですが、ハードコートだったので、雨がやむと同時にたくさんの人が出てきて、全員でタオルで拭いていました。その後、大きい扇風機(?)で乾かした後、ようやく再開しましたね。
芝は当然、シートをかぶせるのでしょうが、クレーとかはどうなのでしょうか。あまり、ほかの大会をきちんと見たことがありませんので、皆さん教えてください。

posted by エドベリ | 2006-06-27 07:53

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

サンプラスがずっと使っていたラケットがウィルソンのプロスタッフ、セントビンセント製ですね。ここにウィルソンの工場があったのですが、ここでの製造が中止になってからもセントビンセント製をこだわって使っていたそうです。
で、セントビンセントはどこかというと、カリブ海の小さな島国。正式名称をセントビンセントおよびグレナディーン諸島というらしい。トリニダートトバコのそばみたいです。外務省のサイトによる人口約12万人らしいです。

posted by Gotch | 2006-06-27 11:52

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

全英グラフ vs サバティーニの決勝。ネットプレイを新たに身につけたガビィがグラフを追い込み、最後まで読めない試合でした。終盤、得意のフォアでエースを取り、人差し指を高々と上げるグラフの姿は「やっぱり女王」と思わせる、忘れられない姿でした。
それと、名勝負ではないですが、I・レンドルのポケットのおが屑。ハードコートなどでは滑るから止めてくれと大ブーイングだったけど、ウィンブルドンでは良い肥やしになるなぁ…なんて当時子供ながらに思いながら観てました。

posted by neko | 2006-06-27 14:19

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

だいぶ古いですが、90年の男子シングル決勝、ベッカーVSエドバーグはビデオテープの色が変わるくらい見ていました。SFのイワニセビッチとの試合の疲労が残るベッカーが2セットビハインドから追い上げ最終セット、5-5からエドバーグのスマッシュミスで万事休すかと思いきや再度逆転でエドバーグ2回目(だったよな)の優勝というのが、いまだに忘れられません。

posted by まーくん | 2006-06-27 16:40

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

そう言えば、昔、(関西だけかな)ウィンブルドンの後でダブルス特集番組ありました。92・93年くらいまで見ていましたが、結構面白かった。男子ダブルスでマッケンロー・イワニセビッチペアとか、ミックスでアンリルコント・シュテフィグラフペアとか・・・・・最近、やってないんですかね~

posted by まーくん | 2006-06-27 17:37

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

いつの年だったか定かに覚えていませんが、’80年代、ビヨルン・ボルグの全盛時代のこと。少し後れてテニス界に登場したのがエチケット知らずの悪餓鬼ジョン・マッケンロー。この二人がウィンブルドンの準決勝で激突した年のことです。コートマナーが極端に悪く、後輩の若手プロに深刻な悪影響を与えたマックを私はあまり好きではないのですが、それはさておき…
この試合は第一セットからシーソーゲームが繰り返されましたが、特に第4セットがものすごく、当時はまだタイブレーク制になっていなかったのでゲームカウントは確か18-16でマッケンローだったように記憶しています。結果はともあれ、両者の実力は本当に伯仲し、ポイント一つひとつがドラマそのもの。片や重厚なトップスピン一本やりのベースライナー、こなた天才的なラケットワークを身上とするオールラウンダー。息詰まるラリーの末にやっとポイントが決まる度に、満員の観衆の緊張が解かれ会場は大歓声に包まれます。自分は歴史に残る偉大な試合を目の前にしているんだと感じながら見入っておりました。あれほどの高いレベルで、しかも緊迫感に満ちた試合を他に見た覚えがありません。いつまでも心に残る試合です。

去年までNYに暫く住んでいましたが、マンハッタンにある有名なスポーツ用品屋さん、パラゴンスポーツに出かけたら、そこのテニス用品売り場で悪餓鬼マックが殊勝にサイン会なんぞやっているのに出会いました。体つきはさすがにスリムですが、鬢には白髪が目立ち、悪餓鬼も老いたり、と感じ入りました。

posted by 渡辺兵三 | 2006-06-27 17:53

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

nekoさんが書かれていたレンドルのおが屑。懐かしいですねぇ。日本では圧倒的にエドベリが人気で、サーブ&ボレーのプレイスタイルが多いなか、ストローク勝負している地味で、でも強いレンドルが好きでした。
ちなみに、エドベリは、もともとエドバーグと表記されていましたが、本人の希望で(「どっちかというと」という感じでしたが)エドベリの表記になりました。

posted by takezoh | 2006-06-27 20:06

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

誰がなんと言っても『PeteSampras』1995年USオープン決勝にてアガシを6-4, 6-3, 4-6, 7-5で下して優勝。第1セット5-4アガシのサービスゲームにおける2回目のブレークチャンスで、両者はパワーとアスレティシズムに満ちた息詰まる22本のラリーを展開……バックハンド・クロスウィナーで打ち勝ち、このセットを奪取。

posted by Mr.Prostaff | 2006-06-27 21:09

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

マルチナ・・といっても最近カムバックしたヒンギスではなく
ナブラチロワの方です(*^-^)
男勝りなプレースタイルや色んなバックグラウンドも含めてとっても好きでした。
でも私が見始めた89年頃はグラフという19歳の新女王によって
世代交代が始まるちょうどその頃で・・・
マルチナVSシュテフィの試合はどの試合も本当に白熱!
中でもやっぱり、88~90年辺りのウィンブルドンは
いい試合ばかりでした☆
40歳になっても公式戦に復活するあたりがまさに超人ですね!!
・・にしても、シュテフィが本当にアガシと結婚するとは思いませんでしたが・・・!!

posted by マルチナ好き! | 2006-06-28 04:17

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ウィンブルドンといえば、ボルグのイメージが強いです。コナーズの勢いが衰えだした頃に台頭し、一時代を築いたと思います。まだ初々しさを残す青年がナスターゼを下し初優勝した'76年、コナーズに引導を渡した'77・'78年、強烈なサーブに苦しみながらもタナーを下した'79年、そして今も語り継がれるマッケンローとの好勝負を演じた'80年とどれをとっても記憶が蘇る。'80年の試合後のボルグが浮かべた安堵の表情とタオルをかぶって泣いていたマッケンローが対照的だった。
番外では何年かは忘れましたがSF(だったと思う)のコナーズVSレンドル戦でネット際のボールをめぐって2人がネットを挟んで対峙している状況で、レンドルがポイントを失った折にコナーズがラケットでレンドルの頭をポンって叩いて笑顔を交わしているシーンを何故か覚えています。知ってる方いるかな?

posted by yasu | 2006-06-28 14:06

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

yasuさんへ
82年のSFかQSFだったと思います。この年ぐらいからレンドルはウィンブルドン優勝したいっ!という風になっていくような気がします。レンドルは、オレンジボール(懐かしい響き!)制覇までサーブ&ボレーヤーだったからでしょうか。ちなみに82年はコナーズが全英・全米とも制する年でしたね。

posted by まーくん | 2006-06-28 14:15

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ウィナーだけでなくグッドルーザーも、ということで85年のケビンカレン、SFまで圧倒的だったのが、ベッカー少年に押されてしまいました。それと86年のハナマンドリコワ、SFではクリスエバートを圧倒しましたが、マルチナには力負け、翌年以降はグラフ時代になっていくということでセンターコートでマンドリコワを見ることはなかったような・・・、さらに、95年か97年のヤナノボトナ。グラフをあそこまで追い詰めていたのに・・・勝った人以上に印象に残った人たちでした。

posted by まーくん | 2006-06-28 14:23

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

やっぱり01年の男子決勝。
約10年間、イワニセビッチの優勝をただ熱望していた私にとってはこれ以上に記憶に残る試合はありません。あの放送禁止用語も含めて。
ずっと「キレるな、キレるな」と念じていたことを思い出します。
ただ、翌年せっかくディフェンディングチャンピオンとして最初にセンターコートで試合できるはずだったのに出場してなかったときは、「あほー!」と叫びました。

posted by てら | 2006-06-28 17:07

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ウィンブルドンをみる上で、試合以外で密かに楽しみなこと。それは、選手に配られるタオル(バスタオル)のカラーの配色が毎年変わること。特に女子はカラフルな色が使われるようになって、目をひきます。ボルグやエドベリの時代はこんなこと、ありましたっけ?気がついたら、毎年変わっていました。どなたかご存知の方がいらっしゃれば教えてください。
サンプラスは(また、サンプラスねたか!)どんな試合でも持参の真っ白なタオルしか使っておりませんでしたが。

posted by takezoh | 2006-06-28 22:34

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

00年(たぶん)のSFアガシ対ラフターです。
特に第1セットが最高でした。
勝ったラフターはその後サンプラスにケチョンケチョンだったんですよね。

posted by quickness | 2006-06-28 23:42

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

脳裏に焼きついて離れないポイントとして・・・

91年男子4回戦、この年予想外の優勝を果たしたシュティッヒとボルコフの一戦。第4セット、ボルコフのマッチポイントでの出来事。
ネットについたボルコフに対するシュティッヒのダウンザラインショットはサイドラインを1mも外れる軌道で行き万事休す・・・と思いきや、ネットコードをかすめて内側へ軌道がずれ見事オンザライン!息を吹き返しこの試合を逆転でものにしたシュティッヒは、エドバーグ、ベッカーを連破して生涯唯一となったグランドスラムタイトルを獲得。

この奇跡のパッシングショットがなかったら、その後のシュティッヒとベッカーの確執、それによるベッカーの長期スランプも存在し得なかったか・・・と思うと非常に興味深いですね。



posted by チャン・ドンゴン | 2006-06-29 01:35

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

現在アメリカに住み,週3,4回程テニスを楽しんでおります62歳主婦で、ほとんどEーメイルとニューズ以外CPを見る事ありませんが,丁度ウインブルドンの歴史が載っておりましたので,拝見しておりましたが、私の知る限りで,1920年ウインブルドン庭球選手権大会(昔の表現で)に日本人として始めて参加し決勝戦でアメリカのチルデンと対戦した清水善造氏について書かれてなかったので投稿いたしました。
この試合で大変なフエアプレーをし小学校の教科書にもとりあげられたそうです。
その後デヴィス、カップにおいても熊谷一弥,柏尾誠一郎氏等と組2位の成績を残しましたが、清水氏とチルデンの試合でネットジャッジを勤めたフーテスク氏の偽の判定で試合の流れが変わり、1位のアメリカに敗れてしまいましたが,1973年の5月号ワールドテニスにフオークス氏が事情を明かし”無名の日本選手がデ杯をオリエントに持ち去る事は忍び難い”と偽の判定した事への勇気ある告白をしたそうです。
これらの事はサッカーの国際審判員であった叔父福島玄一氏の”サッカー審判50年の足音”(昭和57年発行)の中に書かれてありましたのでメイルさせて頂きました。
清水氏は叔父の叔父に当たります。

posted by 松石 | 2006-06-29 07:23

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

さすがに↑松石さんにはかないませんが、他にあまり日本人選手について触れていないので、今度は私と同世代の伊達公子の名勝負を。やっぱりテニスファンが忘れられないのは、1996年の準決勝じゃないでしょうか。スロースターターの伊達、グラフに第1セットを奪われるものの、第2セットは完全に伊達のペースで試合が展開され、1-1セットと巻き返す。このままいけば、次のセットも伊達が獲る、そう誰もが思った内容でした。しかし、時は伊達に微笑まず、日没サスペンデッド。翌日、グラフは持ち直し、あっさり勝負を決めてしまいました。このまま試合を続けてくれ~!日本のファンのほとんどがそう思った1戦だったのではないでしょうか。

posted by takezoh | 2006-06-29 17:32

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

この所全然見ていなかったので、現在の選手がよく認識できていません。昔になってしまいますが、やはりボルグ・コナーズ・マッケンローが印象に残っています。特にボルグとマッケンローのウィンブルドンでの試合は、とてもすばらしい試合でしたね。マッケンローのあのラケットコントロールのすばらしさは、決して真似できるものではないと、当時思ったものです。何とも人間くさい表情の変化が好きでした。ボルグの冷静なテニスもすごいと感心しましたが、まさかあんな若さで引退をしてしまうとは、いかに世界ナンバー1が精神的にきついものなのかを感じました。

posted by FHH | 2006-06-30 12:38

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

まーくんさん

レス有難うございます。
やっぱありましたよね。思い違いじゃなかったと安心しました。40歳を超えてから記憶が少しづつ減ってきて・・・(^^;
後日談で、レンドルってコナーズを慕っていたと聞いた事があります。ほんとだったのかなー。

あと、'95年の松岡修造がQFでサンプラスに挑んだ時は興奮しました。試合が終わるまでというより、試合後も興奮が冷めませんでしたね。日本人もここまでできるんやと思いました。残念ながら後進が育っていませんが、近い将来に日本人スターが出る事を願っています。
こんな私も高校の頃はコナーズが大好きでT-2000持ってました・・・「ウアッ!!」って言いながらサーブしてましたね・・・(^^;

posted by yasu | 2006-06-30 14:34

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

私がテニスに興味を持ったのはウインブルドン80年の決勝で、自分でテニスをしたいと思ったのは82年の決勝です。今、考えるとボルグ、コナーズ、マッケンローってものすごく多くの人に影響を与えているんですけど、よく似たフォロワーがいないオリジナリティー溢れるプレイスタイルですよね。70年後半から80年代はトッププロの癖が今より強かったような気がしますが・・・

伊達のSFは本当に日本人の決勝進出が目前にチラつきました。グラフには5月に有明で勝ってましたし、松岡・サンプラスは日本人がシード選手とサービスで渡り合えるんだと思って気分が高揚していました。後進が育っていないのは、彼らもユニークだからでしょうか?

PS:前のレスで誤りが・・・
90年男子シングル決勝の最終セットのスコアは6-4なので、エドバーグのスマッシュミスは第9ゲーム、ノボトナの決勝進出は93年でした。

posted by まーくん | 2006-06-30 16:25

1992 男子FINAL

アガシvsイワニセビッチ 

共に初制覇の懸かった92年FINAL、フルセットにもつれ込んだ末に確か・・・イワニセビッチがダブルフォルトから崩れて決着が付いたと記憶しています。

芝ではビッグサーバーが圧倒的有利と言われていた当時に、リターン&ストロークを武器に勝ち上がり大方の予想を覆して優勝したアガシの勇姿を思い出します。

あれからもう14年経つのかぁ・・・(遠い目)
アガシの姿もついに今年で最後かぁ・・・(軽い頷き)
確か髪フサフサだったヨなぁ・・・(記憶の彼方??)
感慨に浸りつつ、フサフサな姿は思い出せない自分がいます。

posted by エガリテ | 2006-06-30 17:09

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

僕はどちらかというと、松岡対サンプラスの試合よりも、ベスト8を決めた試合の松岡のガッツポーズの方が印象に残ってるなあ。

posted by ゴイコエチア | 2006-06-30 17:24

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

まーくんさんが書かれているように、確かにボルグ、コナーズ、マッケンローの継承者がないように思いますが、その頃はちょうど、木のラケットからグラファイトへと変わる頃で、そういうのも後のプレイスタイルにずいぶん影響を与えてしまったのかもしれないなぁ、と思います。

また、日本の男子テニス界がなかなか世界のトップランキングに食い込めないのは、いろんな理由があると思いますが、男子の場合はやはり身長の高さ(サービス力に影響しますから)も関係するかな、と。そういう意味ではマイケル・チャンは日本人に勇気を与えたと思いますが、あそこまでのフットワーク、粘り、ファイティングスピリット、そしてそこから考えられないようなショットを出せるほどのプレイができないと、やっぱり難しいのかも?と思ったりします。

posted by takezoh | 2006-06-30 19:15

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

マイケルチャンがレンドルに勝った試合
(正式なタイトル名がわかりません)
鳥肌がたったことを記憶しています
あの体格で勝てるとは夢にも思いませんでした
まさしくAmerican Dream

posted by chan | 2006-06-30 22:15

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ここ2,3年でテニスを観るようになった自分の中の名勝負は、05年全仏の決勝ナダルVSプエルタです。
両者ともトップシードを次々と倒してきたクレーコートスペシャリスト、これぞ赤土での試合!!と思わせてくれる打球の拾い合い、3-1という結果以上の興奮と感動を覚えました。
今年も両者の活躍を期待していましたが、立役者の一人であるプエルタはみなさんご存知のように参加できませんでした。
プエルタは全仏の前から薬物を使用していたと聞きとても残念でしたが、あのときのプエルタは薬物など関係なく自分の力で輝いていたんだと信じています。

posted by シュウ | 2006-07-02 12:00

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

chanさんのおっしゃっている試合は1989年の全仏でしょうか。ファイナルセットの死闘。そして、チャンはその全仏でエドベリを破って優勝!それもファイナルセットまで行ったような。チャンとの戦いは常に長い試合を強いられました。私のまわりにはチャンのファンが多かったです。

posted by takezoh | 2006-07-03 19:56

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

マイケル・チャンの全仏優勝はすごかったですね。決勝で意表をついてアンダーサーブを打つなど、勝利への執念が他のプレイヤーとは違ってましたね。

posted by ゴイコエチア | 2006-07-03 20:54

修造さん

マッチポイントで「この一球は絶対無二の一球なり!!」・・・こんなこと叫べてしまう熱すぎる修造さん。ちょっとやりすぎと思いながらも感動してしまったのは僕だけではないはず。
好ゲームといえば1988年USオープン男子決勝のレンドルVSビランデルが好きでした。当時難攻不落だったレンドルに、ベースラインプレイヤーだったビランデルが自分のプレースタイルの殻を破ってネットプレーを駆使して立ち向かう。ファイナルセットでビランデルがレンドルに勝つのを、中学生だった僕は学校に遅刻してまで見届けました。(USオープンって朝放送してますよね。)

posted by コウ | 2006-07-04 18:42

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

「この一球は…」は修造氏のバイブル『エースをねらえ!』からの引用ですよね。彼は試合のときもバッグに『エースをねらえ!』を入れていたそうです。私も中学のときは(軟式ですが)その言葉は部屋の壁に貼ってました(苦笑)。修造氏は自分の試合だけでなく、フェドカップのときに伊達選手の応援でも持ち前の熱さを発揮。ハチマキと旗持って大声で応援してました!そんな修造氏に、試合中の伊達選手は「うるさい!」と思ったと笑いながら話しておられました。
ちなみに、USオープンの早朝民放放映は一昨年で終わってしまいました。残念です。

posted by takezoh | 2006-07-04 20:27

コメント募集を終了します

 スポーツナビ編集部テニス担当です。皆さん、たくさんの書き込みをありがとうございました。

 現在、男子はフェデラーが磐石の強さを見せつけていますが、皆さんの投稿を読んでいると、さらに前の時代へとさかのぼることができますね。アガシ、サンプラス、ベッカー、コナーズ、エドバーグ、マッケンロー、ボルグ……。サンプラスのラケットや、レンドルのおが屑の話もあっって、なかなか面白い名勝負集になったのではないかと思います。

 西久保さん、takezohさんは、すでにこちらのコーナーで名言を紹介して下さっていますが、第2弾での再登場をお待ちしております。Gotchさん、nekoさん、トリビアネタの投稿をありがとうございました。ぜひ、引き続きご参加下さい。渡辺兵三さんのマッケンロー目撃談も思わず笑ってしまいました。名勝負は、一人では成り立たないものでもある、グッドルーザーに目を向けた、まーくんさんの投稿も面白かったと思います。はたまた、松石さんの清水善造氏の紹介なども貴重でした。そのほか、すべての方をご紹介できないのが残念ですが、どの投稿も楽しませていただきました。ありがとうございます。

 全体的に、観戦歴の長い方の投稿が多かったように思いますが、つい最近見始めた方でも、どんどん書き込んでいただければと思います。引き続き、第2弾「テニス名言集を作ろう」でも投稿をお待ちしております!

posted by スポーツナビ編集部 | 2006-07-05 18:47

1995年松岡

やはり1995年の松岡のベスト8を決めた試合でしょうか。
最後のマッチポイント、相手をコートに押し出し、どこでもいいからコートに返せば決まるイージーボレーをまるで羽子板ボレーのようなへたくそだけど確実なショットで決めた後に雄たけびをあげて走りまわった松岡が忘れられません。

ちなみに松岡がよく叫んでた「この一球」
はエースを狙えじゃなくて、早稲田大学OBの福田氏の、

「この一球は絶対無二の一球なり
されば身心を挙げて一打すべし
この一球一打に技を磨き体力を鍛へ
精神力を養ふべきなり
この一打に今の自己を発揮すべし
これを庭球する心といふ」
という名言の一節です。

かくいう私は学生時代は慶應の大先輩の
「練習は不可能を可能にする」
を座右の銘とさせていただいていました。

posted by この一球 | 2006-07-07 11:01

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

テニスなんてエドバーグが引退してから見てなかったけど、フェデラーとかゆー人が4連覇を目指してるって聞いて久しぶりに、ホントぉーに久しぶりにウィンブルドンを見てみました。懐かしのセンターコートに感動しました。俺にとってはなんと言っても90年のファイナルです!3年連続でのエドバーグvsベッカーの顔あわせ。2セット連取したあと、まさかの2セットダウン。また?って苛ついてたファイナルセットの多分9ゲーム目のベッカーのサービスゲーム。サーブダッシュしてきたボリスに見事なバックハンドのドライブロブ!これでブレークし、一気にウィナーになりました。ロブが決まった時のエドバーグのガッツポーズが今も鮮明に焼きついてます。皆さんもみてほしいです。

posted by masato | 2006-07-10 09:00

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

まーくんさん
>片や重厚なトップスピン一本やりのベースライナー

ボルグはかなりネットに出ますよ。サーブ&ボレーもしますし。
あの試合の映像は簡単に手に入りますから見直してみてはいかがでしょう?

>ただ、翌年せっかくディフェンディングチャンピオンとして最初にセンターコートで試合できるはずだったのに出場してなかったときは、「あほー!」と叫びました。

怪我して出たくても出れなかったのにアホですか?


渡辺兵三さん
>ちなみに、エドベリは、もともとエドバーグと表記されていましたが、本人の希望で(「どっちかというと」という感じでしたが)エドベリの表記になりました。

逆ですね。
本人は英語読みのエドバーグのほうがいいと発言してました。

posted by ヨンプラス | 2006-07-10 11:39

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ヨンプラスさま
>片や重厚なトップスピン一本やりのベースライナー
>ただ、翌年せっかくディフェンディングチャンピオンとして最初にセンターコートで試合できるはずだったのに出場してなかったときは、「あほー!」と叫びました。
ともに私の記載した文章ではございません。

posted by まーくん | 2006-07-10 13:42

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

初めて投稿致します、やっぱり06年のマスターズシリーズローマ大会のラファエル・ナダルvsロジャー・フェデラーの『5時間5分の死闘』でしょう。
この試合は衛星テレビ局のGAORAで生中継され、試合が終わってアナウンサーが感極まっていたのが印象的です。
日本でテニスといえばシャラポワのようなアイドル選手しか取り上げられない現状で、地上波の放送もNHKのウィンブルドンぐらいしかまともにありませんが、こういう選手がいるという事をもっと語って欲しい。
ナダルとフェデラーは今後も名勝負を繰り広げる事でしょう。

posted by ニューベリー | 2006-07-11 18:16

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

この一球さん、ご指摘ありがとうございます。バイブルが「エースをねらえ」という意味で書いたので誤解を招いてしまいましたが、名言のほうへ、改めて福田氏の言葉を記入させていただきました。

ヨンプラスさん、これまたご指摘ありがとうございます。そうです、逆です。どっちかといえば、英語読みで(みんながそう呼んでいるから)エドバーグということでしたね。失礼いたしました。

posted by takezoh | 2006-07-26 12:12

2005年 豪オープン2回戦 鈴木貴男vsフェデラー

オーストラリア在住10年、毎年豪オープンを楽しみにしているテニス馬鹿です。
日本ではあまり放送されていないのか、豪オープンでの名勝負が見当たらないので投稿します。

この10年多くの名勝負を目にしてきましたが、やはり日本人ということで、鈴木貴男の試合を挙げたいと思います。

試合は3-0のストレートで負けてしまいましたが、鈴木貴男選手はは自分の持ち味であるネットプレーを存分に発揮し、とても素晴らしい試合内容でした。
相手は世界No1、センターコート(ロッドレイバーアリーナ)、しかもその日のメインであるナイトゲーム。
その状況にのまれることなく、自分の力を出し切れたと思います。

会場で見てて興奮・感動し、同じ日本人として誇りに思いました。

posted by まっち | 2006-08-05 18:34

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

1988年全米男子決勝でしょう。前年と同じ顔合わせ(3連覇の偉業を達成したレンドルとビランデル)となり、誰もが果てしないストローク戦の末レンドルが勝つと予想したでしょう。しかしビランデルが前年の決勝で負けた後「来年はもっと強くなって帰ってくる、そしてレンドルを破ってみせる」と発言しました。彼はストローク戦でレンドルに勝てることを示そうとはせず、サーブアンドボレー、ネットダッシュを繰り返し5セットの熱戦の末念願の全米制覇と同年三冠の偉業を達成しました。戦略で勝つビランデルテニスのクライマックスだったと言えるでしょう。

posted by 匿名 | 2006-08-11 19:18

自分と不条理を呪う言葉

Goran IvanosevicがWinbledonで優勝したのには驚いた。クロアチア人はたぶん誰も期待していなかっただろうから狐に摘まれた心境だったろう。いいものを持っているくせに大事な時にミスをして自滅し、日本の阪神タイガーズのようにいつもファンを裏切るタイプであったからだ。クロアチアの地方大会に参加すると頻繁に聞こえる言葉がある。勿論、放送禁止用語。 ピーチクマテリナ (Fuck your mother)。余りに皆が使う日常的な言葉で、女性が傍にいようが誰も気にしないで使用する。当然、イバノセビッチもWinbledonであろうが口をついて出てくる言葉で、審判は各国のスラングを覚え、聞こえると警告若しくは罰金を課すらしいが、クロアチア人にとってこの言葉を云うなと言う方が無理なほどPopularな言葉で、これで警告されるのは可哀想である。

posted by あざらし | 2006-09-07 16:25

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

私の名勝負といえば、何年前か忘れましたが(何十年かも?)全英のヘンマンVSカフェルニコフです。その年フレンチを制したカフェルニコフと世界的にはほぼ無名に近かったヘンマンとのフルセットに及ぶ激戦が今でも印象に残っています。
解説者もはじめはカフェルニコフが当然勝つでしょうムードででしたが、徐々に分からなくなり最後はヘンマンが押し切って勝ちました。以後ヘンマンブームが起きましたね☆今でもまさに教科書といわんばかりのテニスです。そろそろ引退するのかなーーーもう少しがんばってほしいです。

posted by みちのくテニサー | 2006-10-22 19:17

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

01年のウィンブルドン決勝戦イバニセビッチ×ラフターが一番印象に残っています。今まであらゆるスポーツ観戦の中でもNo.1です。ワイルドカードからの出場、決勝戦4度目の正直、激戦の5セット、どれをとってもドラマ以上にドラマチックでした。

posted by hyde | 2007-01-07 12:17

Re:テニスの名勝負集を作ろう!

ボルグとマッケンローの決勝は常に面白かったのを憶えてます。何年のどこの決勝かは忘れましたが、タイブレーカー(確か24対22とか?)が延々と続いたのが記憶に残ってます。
で、コナーズ、ボルグ、マッケンローにフォロワーがいないとの説がありましたが、いえいえ。彼らはしっかり時代の先駆として息づいていますよ。コナーズが現代に続くパワーテニスの幕を開き、ボルグがトップスピンというストローク技術を一般化し、元祖オールラウンダー=マッケンローはストロークにおいてライジングを裁くという現在のテニスの基礎を作ったのです。で、その集大成がサンプラス。更に彼はライジングをハードヒットし、マッケンローに「自分より遥かに進んだテニスををやっている」と嘆かせ、それが引退の一要因に繋がりました。ベッカーもサンプラスを見て引退を決意しましたね。罪作りなオールラウンダーです。で、その後継がフェデラーというわけですね。

posted by マサヤ | 2007-01-28 22:26

84年全仏決勝

84年全仏決勝、マッケンロー対レンドルです。この年のマッケンローは超絶好調。年間82勝(だったかな)で3つしか負けていないうち、この全仏はその1つ。苦手のレンドルを相手に周到な準備でシェープアップして動きがすばやくなったうえ、この年から使い始めたダンロップのミッドサイズMAX200Gのおかげか、パワーアップしたグランドストロークでレンドルに挑んでいきました。アンツーカーでも果敢にネットに出て行きました。2セットアップしたところで、「年間グランドスラムか」とも思わせましたが、ダイエットしたことでスタミナ切れしたのか(たしか解説の渡辺功二氏がそんなことを言っていたような)、結局逆転負けしてレンドルの初GS大会制覇になりました。このあとサントリーカップのため来日したマッケンローが、練習の合間に池袋西武スポーツ館に来てファンの質問に答えました。彼を崇拝する僕はなんとか指名されて「全仏でグランドストロークがよかった。今後うしろでの打ち合いを重視するのか? ラケットをミッドサイズに替えたせいか?」と質問することができました。マッケンローは「もちろん今後、グランドストロークをもっと練習して重視していきたい。このラケットは良いラケットなのでそれが可能だ」とMAX200Gを掲げてまじめに答えてくれて感激したのを今でも覚えています。

posted by こばっちょ | 2007-02-11 01:55

テニスの名勝負集を作ろう!

正確な時期は判明しませんが、
80年代前半の全英、
マッケンロー対ルコントの試合があって、
ウインブルドンの小さめのコートで行なわれたと聞いています。
両者ともタッチの優れた選手ですので、
超攻撃的なスーパーショットの連続だったそうです。
録画されたビデオを探しておりますが、
未だ見ることが出来ず、残念に思っているところです。

posted by こーちゃん | 2007-10-31 22:26

コメントする