2007年08月28日
8月の23日に、ギリシア対スペインがあったそうだ。僕は、その試合に関しては、知らない。内容も、特に興味がない。実際に試合が観られれば観るだろうが、そんな可能性もない。
芝生が悪かったらしい、ということを読んだ。相当ひどかったらしい、ということだった。
さて、少し、真面目な話をしよう。日本のニュース・ソースで伝わっているのかどうか知らないが、その試合の2日から3日後に、ギリシアのぺロポネス半島では、大規模な森林火災が発生した。火事は、オリンピアの街のそばにまで広がり、南ではスパルタに届く勢いだという。現在のところ、70人近くが死んでいるのが発見されており、3000人以上が家を焼け出された。
このニュースと、ギリシア対スペイン戦の芝生の悪さが関係ある、と読み手の方々は思われるだろうか?僕には、それらを繋ぐ、はっきりとしたひとつの原因が思い浮かぶ。強烈な乾燥だ。干ばつといってもいいかもしれない。この数年の間、ギリシア、イタリア、スペインといった国々の南部で、こういった乾燥が問題になっており、農業が脅かされている。農作物が育たない、ということは、当然、芝生が満足な状態に育つはずがない。こういう背景は知っておいた方がいい。
「それで?」と言われる人々がいるだろう。僕らには関係が無いじゃないか、と。多くの人々が、地球温暖化は知っているだろう。それは、確かに、地球の温度が上昇する、という現象である。だが、それと、それが原因となって実際に、僕らが直面する問題は、別なものと考えていい。僕ら学生が使っていた教材用のテクストによれば、それは、地球の気候の均衡が崩壊し、二極化するだろう、という傾向にある。つまり、元々、乾燥している地域は、ますます乾燥し、湿潤だった地域は、ますます激しく雨が降るだろう、という見解が、一般的である。台風や、竜巻の規模は、年々、大きくなっていく。実際、僕らは、アメリカの南西部で何が起きたのか、映像越しとはいえ、見ている。ギリシアや、イタリア、スペイン南部の乾燥も、こういった二極化の一部であると見ていい。
何が言いたいのか?では、こう言い換えたら、どうだろう。近い将来、「ボールも人もよく動くサッカー」というものを見る機会が減る傾向にある、と。それも、それはサッカーの発展とは別な方向の制限によって。つまり、満足にピッチコンディションを維持できなることによって。例として挙げれば、実際、イタリアのサッカーを見ている方々は分かると思うが、全てとは言わないが、イタリアのピッチは酷い。市が管理しているからだが、管理している市には、ピッチを満足に維持できるコストをかけることができない。つまり、それだけお金がかかるのだ。それだけのお金をかけられるのは、ごく限られた地域ではないだろうか。
もっと分かりやすい例を挙げよう。気候的な面で、これからアジアで戦うのは、厳しくなる。東南アジアの方へ行けば、より暑くなり、よりスコールは強くなり、湿度はより上がるだろう。西アジアへ向かえば、温度は相変わらず高く、乾燥が酷く、満足にボールが転がるようなピッチコンディションにはならないだろう。アラブの王様が本気になれば、ピッチを整えることも可能だろうが、日本とサッカーの試合をするときに、そこにメリットは無いだろう。「今日のグラウンドは、悪かったですね」と言うとき、前提的に、芝生が整えられていて当然、という認識の下に発せられている。だが、これからは、「今日のグラウンドは、幸い、良かったですね」と言い換えられる日が近い将来、来ることも考えられる。
もちろん、これらは、ひとつの可能性であって、実際に、そのようになるかは、別の話だ。しかし、近年の傾向から、このように推測するのも、あながち不自然な話ではない。仮に、2010年に、南アフリカのワールドカップに出場できたとして、その際、絨毯のような芝生の上でサッカーができる保証はどこにもないのだ(FIFAが威信をかけて、最高のコンディションに持っていくことは考えられるが)。
飛躍はしている。というのも、わざと大げさに書いたからだ。だが、普段、縁が無いと思われる環境問題を身近に考えるヒントには、なったのではないだろうか。何で読んだのかは忘れてしまったが(確か、日経だったと思う)、元・横浜Fマリノスの岡田監督は、現在、そういったエコ・プロジェクトに参加しているそうだ。僕は、それを読んで、感心したのを覚えている。こういったことは、もっとアナウンスされていいはずだ。
地球は丸い、これは事実である。ペルーの地震がきっかけになって、津波が日本にまでやってくるように、大気が地球を取り囲んでいる限り、僕らは、直接的にであれ、間接的にであれ、望むと望まずにかかわらず、世界中の問題を共有しているのだ。
普段、特別こんなことを考えることもないし、そもそも、この文章だって、特別専門的な知識を用いて書いているわけでもない、一般常識で書いている。したがって、この問題に関する、専門的な研究者のような人に、詳細な事例・データで反駁されたら、僕には、この論争で勝てる見込みは無い。ただ、こういった側面があることは、知らないよりは、知っておいて損はないだろう、と思う。Live8のような、ポップ・カルチャー系でこういったコマーシャリズムを絡めた運動ができるのなら(効果の良し悪しは別として、何かしらのムーヴメントを起こそうという動機としては、理解できる)、スポーツでもできるだろう。サッカーは、その有力なソフトである、と僕は思うのだ。
posted by tazu |22:27 |
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2007年08月28日
http://www.11freunde.de/international/103949
"その金で、2、3人のイタリア人の若い有望な選手たちと契約できただろう”
パトの契約に、若いイタリア人たちも、批難を口外した、彼らは自らの価値を勝ち得るために、外国へ移籍せざるを得なかった選手たちだ。彼らの中には、19歳のGiuseppe Rossiがいる、パルマが彼を発掘したのだ。”その金で、2,3人の若いイタリア人の有望な選手たちと契約できたでしょう”、ロッシは言う。このU-21代表選手は、16歳でマンチェスター・ユナイテッドに契約された、ACパルマが財政状況の貧窮への補填として。彼には、一軍へのステップ・アップは、とにかく、できなかった。彼は昨シーズン、パルマへレンタルされた、そして、クラブをセリエAに残留させることに力を注いだ。だが、その後、イタリアのビッククラブは、どこも彼を欲しがらなかった。彼は、スペインの一部リーグ、ヴィジャレアルに移籍した。ロッシのような運命を、24歳のFW,Rolando Bianchiも共有している。昨シーズン、彼はレッジーナで18ゴールを決めた――そして、今度はマンチェスター・シティでプレーする。
水曜日に1:3でハンガリーに敗れた、イタリア代表では、外国人部隊の一人であるルカ・トーニが、ドイツの王様のように迎えられた。”イタリアに残れれば好かったんだけどね”、FCバイエルンの新加入選手は言った、”ミラン、インテル、ユベントスの、3つのビッグ・クラブとやり取りはあったんだ、でも、それは実現しなかったね”。ルカ・トーニも、数年前にACミランから退けられた経験がある。彼が、まだパレルモでプレーしていた頃、クラブはミランの首脳陣にたいして900万ユーロの契約金を要求した。だが、彼らは、若いブラジル人のRicaldo Oliveiraに1800万ユーロをつぎ込むことを優先させた。オリヴェイラは、ミランではリーガの役に立たないまま、追いやられてしまった。ルカ・トーニはセリエAでプレーした4シーズンの間に、97ゴールを決めた。遅く、だが、小さな復讐劇。
参照元:11Freunde,27.08.2007
書き手: Vincenzo Delle Donne
http://www.11freunde.de/international/103949
posted by tazu |14:23 |
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2007年08月28日
http://www.11freunde.de/international/103949
さようなら、愛してるよ、チャオ!*
書き手:Vincenzo Delle Donne
Luca Toniがバイエルンをゴールを決めて喜ばせているのを、多くのイタリア人が不信の目で眺めている。この状況は、セリエAの多大な人的損失の唯一の兆候というわけではない:クラブは、ブラジル人を更により多く雇い続けているため、イタリアの選手たちは自国を去っている。
ミラノの空港で、17歳の才能あるFW到着した際、その様が放映された、彼の口からは、矯正している歯が覗いて見えた、怯えていて、驚いていた。大群が押し寄せるだろうと、オプティミスティックに予測されていた。”スペクタクルなショッピング”の8月の熱さに反して、ミランのティフォージは一人もいなかった、新聞やらTVの放送局が数週間、彼のサッカー・テクニックを賞賛していたにもかかわらず。護衛している警官隊だけが、Alexandre Patoを、なんの苦労もなく、空港の建物から送り出した。本来ならば、ミランの副会長であるAdriano Gallianiが言うような”未来のサッカー界の怪物・事件(=Phenomen)”には、ふさわしくない歓迎だった。だが、このミランのティフォージたちの無関心さは、責任者たちには、良いオーメン(兆候)だと解釈された。3年前、カカもこのようなNobodyによる出迎えを受け、短期間で世界のスターへとステップ・アップした。今では、彼をめぐって、ヨーロッパの全てのトップクラブは、争い合っている。
2千2百万ユーロの契約金を、ACミランは、パトのために、彼の前所属クラブであるブラジルのInternacional di Porto Allgreに振り込んだ。同時に獲得したエメルソンを含めて、現在のミランには、8人のブラジル人が契約されている。今週末に開幕するシーズンに相応しく、プレッシャーは高まっている。
インテル・ミラノには、7人のアルゼンチン人が、ASローマには、8人のブラジル人がいる。本当のところ、アペニン(イタリア半島を連なる山脈)の方には、特に異状はない。現在新しいのは、ただ、成功したルカ・トーニのようなスターだけではなく、希望に満ちた若い才能たちも、自国を去っていることだ。
*イタリア語のため、文脈から推測して訳しました。イタリア語が出来る方で善意ある方が、おりましたら、勝手ではありますが、修正をお願いします。
posted by tazu |02:31 |
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2007年08月26日
ドイツに帰って来て、一週間が経つ。暇である。更新頻度が上がる。帰郷の際に、アパートを引き払った。その際に、友人にテレビ、自転車、その他一切のサッカー用品を預けており、その友人は現在、帰郷中である。したがって、身動きが取れないばかりか、サッカーの試合も観れない。間抜けな話だ。阿呆。
本題に移ろう。
帰国のちょっと前だが、ある雑誌を読んだ。そこには、某監督は選手交代が下手で、某監督のマジックだか神通力だかが通用しないことが暴露されたなにがし・・・とかそんなことが書かれていた。それを書いた人が、サッカージャーナリストとして、名が通っているばかりではなく、かなりのキャリアを積んでいて、本も売れているであろう人だけに残念だった、というよりは驚いた。きっと、書くことが無くって、筆が滑ったんだろうと、推測される。
さて、タイトルはShow Must Go Onとなっている。本当かどうかは知らないが、演劇を勉強している友人に言わせれば、舞台の世界には、そんな言葉があるらしい。幕が上がってしまえば、それは完結させなければならない、ということだそうだ。
その関係で、準備の段階から、裏方から、舞台上の細かい設定、練習といったなにからなにまで、ひととおり、映像で見たことがある。チケットをさばくところも見た。知人へのメールから始まるのだそうだ。こうしてみると、舞台というのは、さまざまなファクターの集合体(=コンプレックス)であり、視線が集まる、役者が演じている照明の下というのは、ごく限られた一部分だということが分かる。
練習では、監督・演出家のような人がいちいち細かく指導して、番の回ってこない役者は、それを眺めていたり、台本を読んだり、ストレッチをしていたりする。傍から見ていると、とにかく、その指導は細かい。それもそのはず、彼は、本番では何もすることができないのだから。練習の段階で、役者に、自分の意図を全て分からせなければならない。幕が上がってしまえば、監督は、観客席か、さもなくば、音響室かどこかで、遠くから、舞台を眺めているしかないわけだ。いずれにせよ、彼は幕が上がっている間は、介入できない。あとは、役者と、自分が行ってきた仕事を信頼するしかない。
それだけ細かく訓練をしたとしても、事故というものは起こる。というより、意識から外れたことが起こるから、それは事故なのだ。「台詞なんか、忘れないの?」と訊いてみる。瞬間、頭が真っ白になって、何も出てこないことがあるそうだ、そういうときは、周りがどうにかフォローしてくれるときが大概だそうだ。話の筋、監督の意図、といったコンセプトのコンセンサスが舞台上の全員に浸透しているため、大筋を外れることはあまり無いという。準備がスムースであればあるほど、演じる方としては、気が楽なものらしい。なるほど、練習の段階で、監督・演出家が、ものすごく細かいわけだ。
さて、僕が、今まで、なぜこんなことを長々と書いてきたのか、勘のいい人なら、すでにお判りだろう。僕は、冒頭の文章から派生させて、サッカーと関連して、アナロジーが可能な文章を書いたつもりだ。試合も舞台も、始まってしまったら、終わりまでプレー・演じら(=Play)れるしかないのだ。どのような答えを引き出してもらっても構わないが、間違っても、監督は思い通り役者・選手を動かすことが出来る、なんて結論を導き出すことだけは、ご勘弁願いたい。
posted by tazu |05:24 |
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2007年08月25日
http://www.11freunde.de/bundesligen/103917
システム上の問題
書き手:Mathias Klappenbach
'ドルトムントの状態は、そんなに酷くはない、順位から推測されるほどには。
11Freundeのタクティクス・エキスパートであるマティアス・クラッペンバッハは、そう思っている。この悲劇的な状況からの出口はある。キー・パーソンは、Thomas DollとMladen Petricだ。'
罪は、自認するように、DFの選手にある。なによりも、ボルシアの、クリスティアン・ヴェルンス(35)とロベルト・コバチュ(33)のセンターバックからなる、オールディー・ディフェンスは、この7失点を喫しての開幕2連敗に対して、責任を負っている。失点はした、しかし、ともかく、個人的なミスによって、そして、それらは、本当は避けられるべきものだった。
ドルトムントのより大きな問題は、カウンターが不可能な攻撃にあるように見える。トーマス・ドル監督はダイヤモンド型の大ファンである。昨シーズン、前線の10番のポジション(トップ下)を生き生きとしてこなせる選手が欠けていたことは、大きな欠陥だった。Steven Pinaarは、その課題に失敗して、再びチームを去ることになった。
さて、ムラデン・ペトリッチをFWとして起用し、同時に、自身がゴールを脅かす選手であることが求められている。それに際して、このクロアチア人は、もともとFWである。昨シーズン、彼はスイスのFCバーゼルのために19得点を挙げた。彼が、うまくこなし、最も価値があるのは、吊り下がったトップ(=シャドー・ストライカー)、ドルがこれまで予定もしていなかった、ポジションのようだ。4-3-3、ペトリッチがセンターFWとして起用されたドイツ・カップ、4-4-2のダイヤモンドで、ペトリッチが10番として起用され、また、シャルヶ戦の敗北の際には、4-4-2のFWとして起用された:ドルは全て試し尽くした。しかし、ペトリッチが、トーマス・ドルのベースとなるフォーメーションのなかで、確かな役割を見出したとき、初めて、BVBは良いプレーをするだろう。
参照元:11Freunde、25.08.2007
書き手:マティアス・クラッペンバッハ(Mathias Klappenbach)
http://www.11freunde.de/bundesligen/103917
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2007年08月25日
http://kicker.de/news/fussball/bundesliga/startseite/artikel/368966
ドルトムント:キーパー、大事には至らず
ドイツサッカー協会、Weidenfellerを出場停止処分
ドルトムントのGK、Roman WeidenfellerはDFB(ドイツサッカー協会)のスポーツ裁判所によって、先週のゲルゼンキルヒェンで行われたリヴァー・ダービー(1:4)の最中、代表選手であるGerald Asamoahに対して”中傷的、侮辱的な表現”を行った、として、三試合のリーグ戦の出場停止と、最高で10.000ユーロの罰金という判決を受けた。
ヴァイデンフェラーは、ジェラルド・アサモアの言葉よると、このシャルケの選手に”黒豚”と呼んだそうだ、このBVBのキーパーは、これまで、自らの態度を公のものとしており、判決の後も、自らの意見を固持した。”私にとって、全く重大なことは、人種差別的な侮辱は、何も行っていないといことです。私は、そのようなことを言ったなんてことには、更に断固として、反対します。他の事の一切は、私が決めることではありません。そして、私は、それを受け入れます”、ヴァイデンフェラーは、DSFに対して言った。
アサモアは、DFBの判決の後、ヴァイデンフェラーの発言に関して、自らの発言を、もう一度、間接的に主張した:”私は、彼が、あの場所で私に対して言ったことを知っています、私もそこにいたのですから。それによって、それらの物事は、私にとって、いらいらさせられるものでした。彼は、出場停止の処分を受けました、そこから、私は何かを始めるつもりはありません。彼はそのことに関して謝罪し、私にとって、このことは、それで終わりです。もちろん、プロとして、そして少年の手本として、このような挑発が口から出るのは許されることではありません、ですから、彼は、あの場所で、また私に謝罪したのです。おそらく、他の選手たちも、このことから学んだのではないでしょうか”。
DFBの記者発表によれば、ヴァイデンフェラーに対して、刑が軽くなるよう、配慮があったようだ、”彼が、自身にとって苦痛となるアサモアとの論議の後、口を滑らしてしまった、ということで”。他にも、彼はピッチ上でも、彼の対戦相手に謝罪しており、時間の合間に、彼との和解を求めていたようだ。
この、重要な、処分を軽減できる理由から、法の9条、そして、DFBの手続き上の秩序、そして、FIFAの義務的な決定による、ボルシア・ドルトムントに対しての、勝ち点の減点を取り消された。
ボルシア・ドルトムントは、ある記者発表の中で、ロマン・ヴァイデンフェラーが人種差別的な挑発という非難から、無罪放免になったことを強調した。ヴァイデンフェラーは、このDFBの決定を受け入れた。これによって、この判決は法的拘束力を持つ。
今回、一体、どのようにして、ヴァイデンフェラーに対して判決を下されたのか、という正確な発表を、DFBは、これまで、まだ明らかにしていない。
参照元:Kicker Online, 23.08.07
http://kicker.de/news/fussball/bundesliga/startseite/artikel/368966
posted by tazu |05:52 |
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2007年08月25日
http://www.11freunde.de/international/103735?current_page=2
サッカーと政治は互いに似通っていますか?
どちらのフィールドも、少しの才能でやっていける、という点ではね(笑)。
サッカーは、たびたび、社会の万能薬として表されます。サッカーは、不可欠なものであり、攻撃性のはけ口であり、目印ともなる。多くを求めすぎでしょうか?
第一の方向性として、我々は、サッカーを我々自身から守らなければなりません。我々の中には、暴力性の核が潜在しています。それは、突如として出てこようとするものです。既に以前、我々の国の、アレッサンドリアという街で、サッカーの試合が、ただの暴力沙汰の口実にすぎないような、状況に陥りました。それから、我々がこれまでも、十分には対処できていなかった物事、サッカーは、さまざまな方向から、脅かされています。なによりも、相も変わらず、最前線を行く商業化は進み続けています。
アレッサンドリアの事件の後、ときどき、あなたは、サッカー場が、かつての、ゲームがもっとシンプルだった時代を、振り返ることはありますか?
私は、好んで、回想しますよ。しかし、我々には、何をする意志があるのでしょうか?サッカーが、経済的な恩恵から捉えられるということは、止められない発展です。それとともに、サッカーの存在、そのあり方自体が、変化してしまったのです。昔、我々選手は、会長と直接、契約交渉を行い、握手によって、契約を結んだものです。現在では、全て代理人によって、選手と会長の関係は、急き立てられ・圧迫されます・・・しかし、それについて話すのは止めることにしましょう。そうしなければ、私は、まだまだ更に、全く以ってセンチメンタルになってしまいますからね。
――――――――
Gianni Rivera
現在64歳の男は、15歳で、彼の故郷であるアレッサンドリアのクラブでセリエAデビューした。一年後、RiveraはACミランへ移籍、1979年に現役引退するまで、ずっとミランに留まり続けた。彼は、ミランで3回のスクデットを獲得し、4度イタリア・カップ、2度リーグチャンピオンのヨーロッパカップ(チャンピオンズ・リーグの前身)、2度カップチャンピオンのヨーロッパカップ(カップウイナーズ・カップの前身:注・現在、カップウイナーズ・カップはUEFAカップに統合されている)を制覇した。Riveraは、60試合イタリア代表のゲームに出場、アズーリのユニフォームで1968年にはヨーロッパチャンピオン、1970年には、ワールドカップ準優勝を果たす。後に、彼は、政治の世界に身を置く。彼は、現在、ヨーロッパ議会の会員である。
参照元:11Freunde 8月20日、2007年
インタヴュアー:Dirk Gieselmann(ディルク・ギーゼルマン)
http://www.11freunde.de/international/103735?current_page=2
posted by tazu |04:21 |
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2007年08月24日
http://www.11freunde.de/international/103735?current_page=2
サッカーには、おそらく、世界クラスのFWとして、まだまだ欠けているもの、それはカリスマを備えた選手だと思うのですが、あなたは、1969年の世界最優秀選手でした。あなたの前にはジョージ・ベストがいて、後にはゲルト・ミュラーが続きます。このようなタイプの選手たちは、どこに残っているのでしょうか?
それは、今日のスターたちが幼い頃から育成されてきたことに、原因があります。その際には、際立った人格よりも、頑丈な体の方に注意が向きます。
このような面白い話も、今日では、ほとんど聞かなくなりましたね:あなたが1974年に、ミランの会長だったButtichiが、あなたを追い出したいのだろう、と予感していたとき、あなたは電光石火でクラブの大部分を買い取り、一時、会長にまでなりました。あなたのチームメイトは”会長”と呼ばなければならなかったのですか?
ああ、私は、本当に短い間ACミランの大株主になっただっただけです。私の唯一の目的は、このクラブで更にプレーし続けることでした。その目的を成し遂げた後は、そのような仕事とは、可能な限り早く、すぐさま縁を切りました。あのような大きな責任を負うことは、私のガラではありません。
それにもかかわらず、あなたは現役を引退した後、政治の世界に入りましたね。
それは、多かれ少なかれ、偶然によるものです。私は、1987年に、”Democracia Christiana(キリスト教民主主義党)”の何人かと夕食の席にいました。それで、彼らが私に訊いてきたのです:”もっと、なにかしら政治に関心を持つ気はありませんか?”私は答えました:”なぜにノー?(=もちろん)”Craxi政権がそのちょっと前に倒れたのです。選挙が前にずれこんだのです。地方支部の秘書が私に電話をよこして、私がリストに挙がっているらしいことを教えてくれたのです。
posted by tazu |21:19 |
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2007年08月23日
http://www.11freunde.de/international/103735
36年後、再びイタリアとドイツはワールドカップの準決勝でぶつかりました。1970年と2006年の間には、何が共通していて、何が異なっているのでしょうか?
共通するものなんてありませんよ。全てが変わってしまいました:試合、考え方、態度。同様に、ええ、我々自身も変わりました。
イタリアの監督だったマルチェロ・リッピは、彼の同業者であるアルゼンチン人、ホセ・ぺけルマンの準々決勝、対ドイツ戦でのミスから、正解のキーを引き出して、ディフェンシヴなものから、オフェンシヴな方向に変更しました。驚きましたか?
いえ。それが監督の仕事です、正解を導き出すことは。彼が勝ったときは、正しいのです。負けたときは:散々な不運に見舞われるのです。
トーナメント全体を眺めてみると、イタリアは、しかし、ディフェンシヴな戦い方を採用していました。そして、多くの人々からリスペクトをされこそすれ、愛好する者は、最も少なかった。
あらゆる選手が、数十年にも亘って育まれてきたサッカー文化に沿ってプレーするものです――イタリアでは、それがディフェンシヴなものだった。もちろん、チームが前へ向かってプレーするのを観ることは、美しいことです。しかし、それでチームが壊滅してしまうのも、間抜けな話です。1982年のワールドカップ、ブラジル対イタリアについて話をしましょう。ブラジル人たちが、少しでもディフェンシヴなプレーをしていたら、この試合は、おそらく引き分けに終わったでしょう――それは、彼らにとって、次のチャンスに繋がることでした。しかし、彼らは、どうしても、彼らの、ああ、信じられないような方法で、攻めに出たのです。イタリアは、冷静にそれを利用し、3対2で勝利しました。その結果、誰が世界チャンピオンになりましたか?
名誉ある彼らのプラグマティスム――しかし、ファビオ・カンナバーロのような壊し屋が世界最優秀選手に選ばれたからといって、それが、あなたをあらゆる時代の創造的な選手の一人として苦しめるわけではないでしょう?
つまり、それは十分なほどに優秀なFWが揃っていなかった結果にすぎません。それどころか、私は、ジジ・ブッフォンに驚嘆のすら覚えますよ。
posted by tazu |23:39 |
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2007年08月23日
http://www.11freunde.de/international/103735
"全て変わってしまった”
インタヴュアー:Dirk Gieselman
かつて、Gianni Riveraはイタリア・サッカーの”ゴールデンボーイ”であり、1970年ワールドカップでの伝説となった準決勝でのドイツ戦では、ピッチの上にいた。我々は、彼と、ぜえぜえいう肺、イタリア的な美徳、それから、サッカーと政治に平行して関係する問題について、話し合った。
Mr.Rivera、1970年ワールドカップの準決勝、イタリア対ドイツ戦は、多くの人々から、歴代の中でベストゲームと表されています。あなたは、その主人公の一人として、そう思いますか?
この試合が伝説になるなんてことは、その場にいる我々にはわからない事柄でした。本当に、我々がイタリアへ帰国する際に、はじめて、どんな作用が観客に起こっていたかなんてことを、実際に知ったのです。技術的な面から見れば、私の私見ですが、大して感動的なものではなかったように思います。
メキシコ・シティの条件は、非人間的なものに違いなかった、と思われます。
暑かった。というのも、ヨーロッパでの試合の放送が、遅くなりすぎないように、我々は15時にはすでに、試合をしていたのですから。とはいえ、本当の問題は、高度だったのです。私自身は、まだまだ良い状態にありました。45分を経過した後に投入されたのですから。それにしても、我々のチームの(ヘビー・)スモーカーたちは、よく闘いました。肺がぜえぜえいう音のコンサートでしたよ!
今日から、当時の試合を観ると、それらは、エレガントではありますが、怖ろしくゆっくりとしています。
もちろん、今日のサッカーは、よりフィジカルが強調されています。そのことに、ネガティヴな意見はありません、観客がスタジアムに足を運び続ける限りは。私の個人的な嗜好としては、とにかくエレガントな、ほとんどフィジカルな接触がないような、よりヴィジュアル的にサーヴィスされたものを好みますが。
posted by tazu |22:25 |
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