2007年11月12日
アントニオ・ネグリとサッカーの記事を読んで
こんにちは、今回は、また、サッカーと少し離れます。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/headlines/20071109-00000002-spnavi-socc.html
アントニオ・ネグリがサッカーについて語ったそうです。
僕の記憶が正しければ、結構、左寄りの人でしたね。講演集を読みましたが、哲学者というよりは、活動家、といった感じの内容だった気がします。
彼の、地理学的な文化圏に基づいて考察した『帝国』という概念は、素晴らしい、と思いますが、未来に関しての急進的な感じには、ちょっと違和感があります。
22人のロボット、なんて表現も時代が時代なら、ステキに響いたのではないか・・・というわけで未来派(Futurisums)です。スポーツナビにも、コラムがありますね(『未来派宣言』愛読してます)。たしか、1910年代の終わりぐらいから、1930年代の初めに掛けて、主にイタリアで隆盛だった気がします。このパラダイムの妙な興奮した感じは、翻訳でも十分伝わってくるので、暇な方は、読んでみてください(Amazonで、新書で「未来派」と入れれば、入門編がいくつかでてくるでしょう)。ネグリと聞いて、連想されるのは、未来派の妙な高揚した感じです。なんとなく、イタリア人って、サッカーでも、車でも、このスピード感が好きなんだろうなあ、と勝手に思っています。
この興奮した感じは、科学技術のドラスティックな進歩、あるいは、技術が理論に追いついて、現実化されていったことに基づいている、と勝手に思っています。人類が飛び、音速を射程に捉える速度で走るようになる、変化。これは、現代の僕らには、想像も出来ないほど劇的なものだったのだろう、と思います。『速度』とは、瞬間Aと瞬間Bの間にある差異の大きさを知覚することによって、二つの時点間の変化を感じられるもの、とするならば、この時代に比べれば、現代は、なんとも鈍重に感じられるのではないか、全てが遠い世界の出来事のように(=Virtuelle)に感じられる、この閉塞感のようなものはなんなのだろう、と漠然と感じています。かといって、別に、憂鬱なわけでも、回顧主義なわけでもありません。なるようになるだろう、という感じです。
そんなわけで、民族的集合体としてのネーションが解体されるのは、すでに始まっているとして、ワールドカップが、現在のような意義を持つのはいつまでだろう、ということを漠然と考えたりしていました。
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posted by tazu |05:46 |
サッカー |
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