2008年02月05日
こんにちは。
突然ですが、Blogを移転させていただくことにしました。
というのも、最近、サッカーに関わる時間が全く取れないため、こんなんじゃ、スポナビに悪いな、ということで、普通のBlogサイトに移ることにしました。
定期的にご覧になって下さっている方々、今後とも、よろしくお願いします。
http://blogs.yahoo.co.jp/all_you_need_is_dove
posted by tazu |08:22 |
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2008年01月19日
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/headlines/20080118-00000115-jij-spo.html
すてきな記事を読みました。
これをきっかけに、日本のパラダイムが、少しずつ変わってくれればいいなあ、と周りの大学の友人がパパになり、ママになるのを横目に見ながら、願っています。
半年後に、僕はTazuおじさん(Onkel Tazu)と呼ばれるそうです。嬉しいような、妙に老けたような・・・複雑です。
posted by tazu |06:46 |
サッカー |
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2008年01月14日
先日、友人が僕のBlogを紹介してくれたことを発見した。
サッカーの楽しさを教えてくれた人、と書いてくれていた。
ちょっと、涙ぐんでしまった。
posted by tazu |04:08 |
サッカー |
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2007年12月30日
こんにちは。
オシムさんの容態が、快方に向かっているようで、なによりです。
関係ありませんが、こっちでは、オシムさんによく似た、お婆さんがその辺にごろごろいます。気圧されます。
さて、話は変わって、そんなお婆さんたちがいる一方で、物騒な輩が多いのがヨーロッパ。また近所で、暴動が起きてしまいました。
http://www.spiegel.de/sport/fussball/0,1518,525762,00.html
実際に住んでいると、「そんなことあったの?」ぐらいに気付かないものですが、こうやって記事になると、もの凄いことが起こったように見えるから不思議です。とはいえ、内容を読むと、ネオナチだったり、バットで殴ったり、火炎瓶のようなものを投げたり、と無茶苦茶なことをしています。
今年の2月にも、ありましたが、そのときは警官が被害にあって、クラブの関係者、選手が慰問する、というシーンをテレビで見ました。その日は、韓国に帰国する友人を見送りに駅のプラットフォームにいたのですが、爆竹のようなものが駅中に響き渡り、酔っ払いが集団で騒いでいたので、まあ、案の定、起きたか、という感じでした。
とりあえず、駅に武装した警官が多数、うろうろしているときは、サッカーの試合があるんだな、と分かります。なんだか、悲しいですが、まあ、慣れると、それが日常になります。習慣とは、恐ろしいですね。
やっかいなのは、クラブの手に負えないことです。下手すると、クラブのサポーターではない可能性すらあります。クラブ側はもはや、こういった集団と距離を置いています。三週間前の暴力沙汰のときに、「それは、我々のファンとは一切関係が無い、単純に犯罪だ。こういった行動によって、クラブに損害を与えようとする連中によるものだ。なぜなら、彼らはクラブをネオナチと暴力のクラブにすることができなかったからだ」と取材に応じ、反ナチ、反暴力の立場を改めて強調しました。
どうも、街には、色分けがあるようです。僕が見た限りでは、市の中心から見て、南東側の、ある地域までは青色のチームのテリトリー。北西側は、緑のチームのテリトリーといった具合に。で、路面電車の中で、見かけるのが、街の中心に近づくと、チームのマフラーを外すんですね。これには、なるほど、と納得しました。どこに敵がいるか分からないぞ、というわけです。危険ですね。さっきも言いましたが、実際に普通に暮らしていると、平和でのどかな街なのですが・・・。知らないところで、暴力は潜在しているんですね。
そんなわけで、迂闊に、その街の地元クラブのマフラーなどのグッズを身につけると、危険な場合もありますので、ご注意ください。
ちなみに、現在5部のクラブが4部に昇格して、もう一方のクラブとのダービーになった場合、最高で1200人の警官が必要になるだろう、という見通しが出ているそうです。
それでは、よいお年を。
グーテ’・ルッチュ・インス・ノイヤーレ!
Gute’ Rutsch ins Neujahr!
posted by tazu |08:07 |
ブンデスリーガ |
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2007年12月09日
こんにちは。
今回は、サッカーとは一切、関係ありません。
以前コメントをいただいた方の、ブログ(http://blog.goo.ne.jp/bongore789/d/20071209)を読ませていただいているうちに、ステキな記事を発見したので、書いておこうと思います。
1クリックごとに1円を、このサイトのアイデアに賛同した、協賛企業が、慈善団体に寄付する、という仕組みです。このアイデアが優れているところは、僕ら自身が払うのではなく、企業が払う、というところです。
詳しくは、こちらをどうぞ。
http://www.dff.jp
別に、広告でもなんでもないので、あまり細かいことは言いません。
もし、興味がある方がいらしたら、サイトの説明を読んで、自分で好き嫌いを判断してください。
僕は、賛同します。
賛同しなくても、それはそれで自由主義ですので、いいと思います。
つまるところ、好き好き、趣向の問題です。
posted by tazu |22:12 |
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2007年11月17日
こんにちは。ドイツは寒いです、吹雪です。
本当に、なんと言っていいのか・・・
脳梗塞・・・身近に(祖父母ですが)、脳梗塞で倒れた人間がいるので、分かるのですが、脳のどの部分か、治療までにどれぐらい時間がかかったのか、というので、症状の重さが変わってくるようです。
日本代表の監督うんぬんといった問題ではなく、彼が人間としての自身の人生を、再び自らが望むように、生活できるようになることを、切に願います。はっきりいって、日本代表監督のポストなんて、この際、どうでもいいです。
***
ポリバレントについて。「ポリバレント」という言葉を使って、いかに人の気を引くか、ということに頭を使っている文章を多々、見かけるが、そもそも「”ポリバレント”って何?」という問いに答えてくれる文章を見たことがない。「サッカーに関しては、いろんな役割をこなせる選手のことだ」ということを言う人はいるだろう、要は”Multi Roll=Poly Valenz”だと。では、なぜマルチ・ロールではなく、ポリ・ヴァレンツなのか。
化学をやっている方は、漠然と分かるだろう。言語学も、化学からのアナロジーで、Valenzという言葉を使うようになっているので、まあ、なんとなく理解できる。
Valenzとは、「結合価」ということを指す。言語学上の、簡単な説明としては、要は、文を作るときに、動詞にどの言葉(主語、目的語)が結びつくか、ということを言う。Monoとは、「1、単数」を指し、Polyとは、「多・複数」ということを指す。要は、Mono Valenzは、あるひとつの対象としか結びつかないのに対して、Poly Valenzとは、いろんなものと結びつく、という「関係」のことを言うのだろう。
では、この結合間における「関係」とは何を指すのか?グラウンド上に目を移せば、ポジションの前後、左右の関係、バランス関係、敵との相対的な位置関係・・・いくらでも、恣意的に切り取って見ることができるだろう。
あるいは、チームをひとつの行動を長い間共にする、ユニットとして見た場合はどうだろう。人間関係、クラブとの関係、メディアとの関係・・・こちらも、いくらでも恣意的に切り取って、取り出すことが出来る。要は、サッカーの能力はもちろんだが、人間として、さまざまな面での組み合わせによって、チームというのが構成されていることがわかる。
再び、グラウンド上に目を移そう。今度は、原子と原子の組み合わせとしてのPoly Valenzを考えてみよう。「水を運ぶ」と関係するのかどうかは分からないが、水とは、H2Oの連続体から構成されている。水素と、酸素は、このValenzの基本となる。つまり、化学変化の溶媒として、もっとも単純で、シンボリックなものが「水」なのである。つまるところ、「水を運ぶ」とは、さまざまなレベルで交錯する関係を適切な形で結合させ、途切れさせないこと、と言える。
そうすると、「あれかこれか」という選択、「なぜ、これであって、あれでないのか」という問いに、自ずから答えられるようになるだろう。具体的な例を出そう。なぜ、鈴木啓太、遠藤、阿部であって、他の選手でないのか、ということだ。それはつまり、チーム、ユニットとしてのコンセプト・デザインを忠実に理解し、アウトプットできるインテリジェンスとパーソナリティ、それをピッチ上で体現するフィジカル、テクニカル、メンタルレベルでの組み合わせの「バランス」が、相対的に優れているということに他ならない。
posted by tazu |16:55 |
サッカー |
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2007年11月12日
こんにちは、今回は、また、サッカーと少し離れます。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/headlines/20071109-00000002-spnavi-socc.html
アントニオ・ネグリがサッカーについて語ったそうです。
僕の記憶が正しければ、結構、左寄りの人でしたね。講演集を読みましたが、哲学者というよりは、活動家、といった感じの内容だった気がします。
彼の、地理学的な文化圏に基づいて考察した『帝国』という概念は、素晴らしい、と思いますが、未来に関しての急進的な感じには、ちょっと違和感があります。
22人のロボット、なんて表現も時代が時代なら、ステキに響いたのではないか・・・というわけで未来派(Futurisums)です。スポーツナビにも、コラムがありますね(『未来派宣言』愛読してます)。たしか、1910年代の終わりぐらいから、1930年代の初めに掛けて、主にイタリアで隆盛だった気がします。このパラダイムの妙な興奮した感じは、翻訳でも十分伝わってくるので、暇な方は、読んでみてください(Amazonで、新書で「未来派」と入れれば、入門編がいくつかでてくるでしょう)。ネグリと聞いて、連想されるのは、未来派の妙な高揚した感じです。なんとなく、イタリア人って、サッカーでも、車でも、このスピード感が好きなんだろうなあ、と勝手に思っています。
この興奮した感じは、科学技術のドラスティックな進歩、あるいは、技術が理論に追いついて、現実化されていったことに基づいている、と勝手に思っています。人類が飛び、音速を射程に捉える速度で走るようになる、変化。これは、現代の僕らには、想像も出来ないほど劇的なものだったのだろう、と思います。『速度』とは、瞬間Aと瞬間Bの間にある差異の大きさを知覚することによって、二つの時点間の変化を感じられるもの、とするならば、この時代に比べれば、現代は、なんとも鈍重に感じられるのではないか、全てが遠い世界の出来事のように(=Virtuelle)に感じられる、この閉塞感のようなものはなんなのだろう、と漠然と感じています。かといって、別に、憂鬱なわけでも、回顧主義なわけでもありません。なるようになるだろう、という感じです。
そんなわけで、民族的集合体としてのネーションが解体されるのは、すでに始まっているとして、ワールドカップが、現在のような意義を持つのはいつまでだろう、ということを漠然と考えたりしていました。
posted by tazu |05:46 |
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2007年11月12日
自分で、問題を提起してしまったので、経過を追っていくことにします。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/jtoto/headlines/20071107-00000046-kyodo_sp-spo.html
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/headlines/20071108-00000046-kyodo_sp-spo.html
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/jtoto/headlines/20071109-00000181-jij-spo.html
日付は、上から順に11月7日、8日、9日となります。
印象としては、クラブ側とドクター側の意見が食い違っている、ということと、これまでサッカー協会にドーピング規定が無かった、かつ、そのことに関して、これまでに国内の上の管轄(文部科学省)、国外の上からの管轄(FIFA)の両者から指摘を受けていた、ということに驚いた、というところでしょうか。
というのも、FIFAの権限に関しては、おそらく、何らかの形で公式に明文化され、定義されているはずであり、クラブ側にしろ、ドクター側にしろ、180度反対の、解釈は、この場合、し難い。にもかかわらず、ここでの(断片的ではありますが)やりとりは、それが起こっている。争点のひとつになりそうです。
ドーピング規定が、ようやく出来始めたことに関しては、基本的にポジティヴに捉えていいと思います。この問題が無かったら、もっと先送りになったはずですから、仮にドクターが敗訴したとしても、ここでの論争は、一定の価値があったのではないか、と個人的に思います。とはいえ、Jリーグのみに関わらず、スポーツドクターの、何らかの連盟や組織はないのだろうか、という疑問が湧きます(ありますか?)。というのも、この問題は、スポーツに限定されるものだけではなく、労働法にまたがってもおかしくない、ドクターの雇用問題であり、その場合、その職業上の自らの権利(と義務)を守る、あるいは主張する組織があってもおかしくない、と感じたからです。
個人的な意見ではありますが、「我那覇問題」というのも、あまりいい呼称ではないように思います(字数の省略の都合もあるのでしょうが)。というのも、この問題は、選手が個人的に行ったわけではなく、チーム管轄の行為の一環であり、かつ、この問題に関して、Jリーグ管轄のクラブ、ドクター間で現在係争中であることを考えると、Jリーグ・ドーピング問題、としておくのが無難なような気がします。
今年の天皇杯を含め、我那覇選手の今後の再起を期待しております。
posted by tazu |04:52 |
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2007年11月07日
こんにちは。
今回は、結局、何がなんだかよくわからない(ぼくの知識不足も相まって)、我那覇選手に対するドーピング問題に関してです。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/jtoto/headlines/20071106-00000028-kyodo_sp-spo.html
ぼくの記憶が正しければ、この我那覇選手に対する注射についての解釈、違反か、そうではないか、の判定は二転三転した、あるいはダブルバインド(同時に、同じレベルで起こる矛盾のこと、ここでは、ある機関は違法である、といい、またある一方は、適法である、という矛盾した状態を指す)。
たしか、Jリーグ側は、違法である、と判断し、国際ドーピング委員会(合ってますか?)は適法である、という見解を示した、と記憶しています。
Jリーグ側が示した見解としては、「静脈への直接の注射」がドーピングに相当する、という判断であり、国際ドーピング委員会は、それは許容できる基準の範囲内である、という見解を示した、と覚えています。
この場合、国際基準との違いがあるのは受け入れられるとしても、Jリーグ側は、何を根拠として、それをドーピングである、と判断したのか、かつ、何を基準にして、罰金、出場停止処分(自主謹慎もありましたが)を決定したのか、というプロセスが、僕ら一般の人々にまで伝わって来ていない。
この場合、医師が自らの正当性を主張することは、妥当なことであって、雇用者であるクラブが(仮にその権利があるとしても)、そのことで不当な圧力を掛けたとするならば(というのも、クラブ側からの意見を、まだ読んでいないので)、むしろ、僕のようなへそ曲がりは、Jリーグとクラブ側の関係の不均等性に眼が行ってしまいます。
結局のところ、何も解決もしていないし、それどころか、何もはっきりしていない。この問題に関して、というよりは、AFCの件もそうですが、Jリーグ側は、それぞれの件に関して、何らかの形で改めて明文化する必要性があり、かつ、クラブ側は、自立自営を基にすることで、不当な干渉を拒否できる権利を主張できるはずです。
極端な話、Jリーグは、今、過渡期であり、サッカー協会には新たな法整備が必要なのかもしれません、法の前には誰もが平等であり、会長であれ、誰であれ、裁かれる、という法の原理に則った。
なんだかまとまらなくなってきましたが、この問題に関して、どれだけ掘り下げられるか、また、どのような視点を提示できるか、という点に注目してジャーナリストの動向を窺うのも、ひとつの視点でしょう。
というより、この問題をうやむやなまま放置して、忘れ去られるものにしてしまったのなら、サッカー・ジャーナリストと名乗る人々の責任もまた、問わざるを得なくなるでしょう、「あなたがたは、何をしていたのか?」と。
「ファンやサポーター」という言葉は、便宜的に使われるだけの表現ではない、ファンやサポーターは実体であり、彼らは見ている。継続的に、かつ、詳細に。
なんだか長くなってしまいましたね、それではこの辺で。
posted by tazu |08:52 |
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2007年11月04日
おひさしぶりです。
大学生活が始まって、一ヶ月、ものの見事に、なにも書きませんでした。というより、日本語のWEBページをじっくり見るのも、こうやって文章を書くのも、やけに久しぶりな気がします。
8時半には家を出て、帰宅すると、21時を回っている。その後、友人に呼ばれて飯を食うか、サッカーをしに、体育館まで、街の反対側までチャリをこぐ日々・・・日によっては、のべ30キロぐらい自転車で走っている気がします・・・182cm64kgだった、華奢な体型がますます細く・・・目標は、60Kg台キープです。
そういえば、いつ勉強しているのでしょうか、ぼくは。
ところで、そうなんです、今学期から、大学が運営しているインドア・サッカーに参加しているのです。
アジア人がいるだけで妙に浮くわけですが、やはり、最初はパスなんかくれないわけです。
ただでさえ新顔、しかも(ステレオタイプかもしれませんが)アジア人、どれだけボールを扱えるのか、向こうからすれば、未知数なわけです(まあ、数年ぶりのインドア・サッカーに、僕自身も未知数だったわけですが:笑)。
さて、どうするのか、といえば・・・走るしかないわけです。徹底的に走る。前線からのチェック・チェイシングして、中盤を突破されたら、ゴール前まで、DFのフォローに戻って、ボールを奪ったら、またゴール前へ・・・この繰り返しです。なおかつ、始めの時点では、イージーなミスは致命傷です、「コイツはアカン」と思われたら、一日中、信頼されません。
そんなわけで、アシストするとか、なにかしら、「コイツやるやんけ」と思わせるようなプレーをするまでは気が抜けません。とは言っても、足技が上手いとか、そういうのではなく、いわゆる「サッカーを分かっている」というプレーをする必要があるわけです。
チームにとって、どのプレーが一番効果的に還元されるのか、ということをベースに、献身的にプレーしていれば、自ずからパスは回ってくるようになるでしょう。
守備をしないFWは、ロナウドのように、2本に一本以上の確率で点を取るのでない限り、まず、チームで信頼されないでしょう。逆に、チームメイトは、追い込まれた状況で、痒いところに手が届くような、”気の利いた”プレー、例えば、中盤でサイドが崩されかけ、かつDFの枚数が足りなくなりそうなときに、前線から戻って、ボールを遅らせる、あるいは相手の攻撃の眼を潰してしまうようなプレーを覚えているものです。
パスが流れの中で自然に回ってくるようになれば、ようやく次のステップに進めるようになるわけで、日常の(ボールを使わない状況、休憩中や、ゲーム前)コミュニケーションが必要になってきます。
普段は、「外国人に言葉を教える」ことを専門とする学科なので、まあ、アジア人の発音に慣れているドイツ人や、そもそも世界中から来た人間を相手に会話をするので、相互間の歩み寄りがあるので問題がありませんが、ドイツ人のコミュニティだけで生活してきた人と会話をするとなると、勝手が違います。極端な話、ぼくが話している言葉を、ドイツ語として、認知しないわけです。
もともと、日本語でも日本人に通じないような発音の悪さなだけに、外国語なら尚更、というわけです。
とはいえ、少しずつではありますが、何人かとコンタクトを取れるようになってきたので、まあ、少しずつ前進しているような気がします(例えば、学食でばったり出会って、「おお、日本人!」と話しかけられるようになったりとか)。
次は、いつ、書けるようになるのか・・・
定期的にチェックしていただいてる方々、すみません。
なんだか、Blogのタイトル「Kicker~」から離れてきましたね。でも、まあ、SportsNaviで大概のことは伝えられているので・・・ぼくが翻訳する必要もないですね(笑)
P.S.ガンバ大阪の皆さん、ナビスコカップ優勝、おめでとうございます!
posted by tazu |03:47 |
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