2008年08月17日
●FC東京 0-1 浦和レッズ @味の素スタジアム
浦)相馬/後22
【FC東京】
カボレ5.5
(川口 ― )
エメルソン5 平山5 石川5
(赤嶺4.5)
羽生5.5 浅利6
(梶山6)
今野6 長友5
茂庭6 佐原6
塩田5.5
城福4.5
【浦和レッズ】
高原6 田中達5.5
(ポンテ6)
永井5.5
(堤 ― )
相馬6.5 平川5.5
(細貝6)
阿部6 鈴木6.5
堀之内6 闘莉王6 坪井6
都築6
エンゲルス6
試合終了の笛とともに力尽き、バタバタと倒れこんだ浦和イレブン。
・・・・・・・・・・。
東京の11人は・・・・・・元気そうだった。
その差かな。
では、ここで言う 「その差」 ってナンだ?
運動量の差。
MOVING FOOTBALLを掲げるチームがそれではいただけない。
個々の頑張りの差。勝ちたいと思う気持ちの差。戦う姿勢の差。
サッカーうんぬん以前の問題。そりゃあ負けるでしょ。
それが一番大事なモノでしょうが。
北京五輪の男子代表に文句言ったばかりだが、ウチもさして変わらん。
こんなちっぽけなブログを、いちいち見ているとは思わないけど、
FC東京の関係者に言いたい。
サポーターは本当に悔しいですよ。
ライバル相手に4年も勝ってない。
いくら商店街に旗を飾ったところで、飛田給で結果出さないと
レッズ党にどんどん人を獲られていくような気がして。
「We are daiamonds」 はしばらく歌ってなかったんですよ。
まさか味スタで復活させてあげるなんて思いませんでした。
前回対戦の時も、浦和はしばらく勝ってない時だったような。
またウチが浦和に元気と勇気を与えてしまったんですよ。
当ブログで 「最近存在感がない」 と指摘した啓太まで元気にしてしまった。
試合内容は去年の2試合と、こないだの埼スタの試合と比べても
良い内容だったと思います。
ただ、さっきも書いたように、
試合終了後の両チームの、対照的な姿を見てしまうと、
「まだまだやれんだろ」 と言いたくなるんですよね。
もう、ムービングがどうとか言う以前の問題です。
ちゃんと戦ってください。
死ぬほど走って、ボロボロになって力尽きてぶっ倒れるまで、
戦ってください。
「結果を出すのは小平」
それは青赤のユニフォームを着る男なら当たり前なのです。
その上で、死に物狂いで、飛田給で結果を出せ。
(次節は国立なんだけど)
▼長友
中2日にもかかわらず、それなりに動けていた。
でも失点シーン、相馬のマークを外したのは残念。
▼茂庭
今季見た中では一番の出来。ノーミス。東京の中でも1番良かった。
でもまだまだいける。セットプレーも上がっちゃえばいいのに。
もっと良い選手になって、もっと相手から嫌われてほしい。
▼エメルソン
何がしたいのかわからない。
▼梶山
出来は良かった。でも北京での悔しさは感じない。
▼石川
中に絞って裏への動き出しを模索するのはいいけど、
自分自身の一番の武器を忘れてはいませんか。
それならば相馬にあんなに思い切りDFの裏を狙われる事もなかったかも。
▼カボレ
飛田給で結果を出してください。
posted by tacleau7 |19:33 |
■ FC東京 |
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2008年08月17日
堀井学というアスリートを、皆さんは覚えているだろうか。
「清水宏保」という名は簡単に覚えていても
「堀井学」という名を記憶の片隅から引っ張り出してくるのは
困難だという人が多いかもしれない。
堀井は清水と同時代に活躍したスピードスケートの選手だ。
1994年のリレハンメル五輪、500mで銅メダルを獲得(清水は5位)。
1996年のW杯では、500mで総合優勝。
世界トップクラスのコーナーリング技術を武器に
90年代の日本スケート界を牽引した。
ところが1997年にスピードスケートの歴史を変える“発明”があった。
スラップスケートである。
従来のスケート靴のように、靴と刃が固定されたものでなく、
キック時にかかと部分で、靴と刃が離れる構造のもので、
刃と氷が接する時間が長くなり、よりスピードが出るスケート靴である。
このスラップスケートをいち早く取り入れて
スターダムにのし上がったのが清水宏保。
持ち味のロケットスタートに磨きをかけ、
1998年の長野五輪で世界の頂点に立った。
だが、コーナーリングが持ち味の堀井は、
このスケート界の急速な進化に対応できなかった。
スラップスケートへの転向に時間を費やし、
清水と共に期待された長野五輪では500mで13位、
1000mで17位と、不本意な成績に終わったのである。
4年後のソルトレーク五輪でも結果を残せず、そのまま引退した。
なぜ夏季五輪の真っ只中で、かつての冬の王者、堀井学の話なのか?
僕がこれまで見てきたオリンピックで、堀井学以上に感動を覚えた選手がいないからだ。
僕は「オリンピック」と聞くと真っ先に1998年の堀井学を思い出す。
長野五輪の1000m。銅メダルを獲得した清水宏保の印象が強かったこの種目で
17位に終わった堀井学がミックスゾーンに姿を現す。
「今回のオリンピックを振り返ってみて、いかがですか?」
インタビューアーの問いかけに、堀井は言葉を詰まらせた。
スラップスケートの出現で、
アスリート人生の歯車を狂わされた男の目は、赤く染まっていた。
だが次の瞬間、彼が搾り出した言葉は、今でも鮮烈に、
僕の記憶に焼きついている。
「この長野オリンピックで、たくさんの子どもたちに、
オリンピックの素晴らしさは、僕自身伝えることは出来たんじゃないかと思います」
傍から見れば、不甲斐ない敗者――、ただそれだけかもしれない。
それならば、前述のコメントの真意を汲み取るのは難しい作業だ。
ただ、リレハンメル以降の彼の苦悩と葛藤を知っている人間は違う。
どれだけ努力して、どれだけベストを尽くして長野のリンクに立ったのかを知っている。
彼が流す涙の理由も理解できる。
だが、堀井学は “ただの敗者” ではなかった。
敗れてもなお、観ている者を魅了できる術をもっていた。
たった一度でも、
世界の頂を見てきた男だからこそ発せられる “スピーチ” だったのだ。
だから、僕は長野以降、いつもオリンピックで「敗者」を見ている。
2002年、スタートで転倒し結果を出せず泣きじゃくったソルトレイクの大菅小百合。
2006年、表彰台に届かない悔しさを笑顔で必死に押し殺そうとしていたトリノの上村愛子。
彼女たちは、今も戦っているのだ。
夏季五輪でも、1人忘れられない敗者がいる。
2000年のシドニー、男子柔道100kg超級――。
「これは一本でしょう!」
テレビの実況・解説の2人が声を揃えて叫んだ。
僕には何が起こったのかさっぱり分からなかったが、
高校時代、柔道部に籍を置いていた父が
「内股すかし」の詳細を説明してくれた。
そして、こう付け加えてくれた。
「完全な一本。主審の見間違えだな」
現在の篠原信一は、
バラエティ番組で笑いを誘うキャラクターで人気になっているが、
僕は8年前のシドニーで、銀メダルを首にぶらさげながら、
虚ろな表情で立ち尽くした、表彰台の篠原信一の姿を忘れられない。
隣では、シドニー五輪以前にも不可解な判定で敗れたことのある相手、
フランスのダビド・ドゥイエが金メダルを掲げていた。
その時の篠原の表情を説明できる言葉は、
おそらく世界中の国語辞典を調べてもないだろう。
彼は、心にぽっかり穴を空けながら、ただ立ち尽くしていた。
そして記者団のインタビューに対して、こう答えただけだった。
「自分が弱いから負けました」
この一連の誤審問題を伝えるスポーツニュースをNHKのアナウンサーは
声を詰まらせ、必死で涙をこらえながら、原稿を読んでいた。
テレビを見ていた僕も、似たような感情になった。
それは1998年、長野での堀井学のコメントを聞いた時の感情とも似ていた。
オリンピックで重要なことは、メダルを取ったとか取らないとか、
メダルの色がどうということではないと思う。
“オリンピックで何を感じたのか”、
“オリンピックでベストを尽くしたのか” ではないだろうか。
その上で、観ている人の感動を呼んだり、メダルという結果がついてくるのではないだろうか。
堀井はベストを尽くした末に敗れた。
だが、五輪の素晴らしさを伝えたという実感だけは手にした。
篠原は “世紀の大誤審” の渦中にいる中でさえ、
銀メダルを手にしてさえ、それでもなお、
「自分が弱いから負けた」という事実を認めようとしていた。
2008年。
北京五輪男子サッカー代表は、何かを感じることが出来たのだろうか。
アトランタ大会以降の五輪では、初めての3戦全敗。
一様に「悔いはない」とか「大きな差は感じなかった」というコメントを残す選手たち。
本当に悔いはないのだろうか。
本当に大きな差はなかったのだろうか。
本当に彼らはベストを尽くしたのだろうか。
2004年のアテネ五輪。グループリーグ敗退が決まったイタリア戦後、
人目をはばからず号泣する2人の選手がいた。
2人は悔しさを、涙という形で露にした。
そのうちの1人は、アテネ五輪後、スペインの地でプレーした。
果敢なドリブル突破とキープ力、日本人FWとしては突出した決定力、
闘争心剥き出しのプレーが魅力のファイタータイプのFWに成長した。
もう1人は、卓越した身体能力と技術で近年の日本代表に欠かせぬ存在、
DFながら突出した得点力を誇り、昨季は所属チームをアジア王者に導いた。
彼も常に戦う姿勢を忘れない “闘将” である。
この2人は、アテネでベストを尽くした選手なのだと、僕は思っている。
もちろん「涙」がそれを証明する上で決定的な証拠になるわけではない。
だが少なくとも、彼らはアテネでの敗退を人一倍悔しがっていた。
だから、今がある。
アテネでの経験を自らの糧にした彼らは、現在の日本代表を牽引している。
北京五輪の男子サッカーで敗者となった選手たちの中に、
僕の印象に残るような表情見せた敗者は、残念ながらいなかった。
湧き上がる悔しさを滲ませる選手も、
不甲斐なさに泣きじゃくる選手も、いなかった。
(唯一、指揮官だけはそうだったが)
どうしても、僕には淡白に映ってしまう。
アトランタ、シドニー、アテネ。過去の3世代と比べても淡白に映ってしまう。
心配でしょうがない。
彼らが「谷間」だろうが、そうでなかろうが、
現在のアテネ世代がそうであるように、
北京世代がA代表の中心として、世界のトップを目指す時代は必ず来る。
その時までに、
この世代は世界と戦える強固なメンタリティを持つことが出来るのだろうか。
そもそも、チーム内に核がいないと揶揄された世代である。
今回北京に帯同した18人の中で、川口能活や中田英寿、中村俊輔や小野伸二、
大久保嘉人や田中マルクス闘莉王のような存在になれる選手が
この先出てくるのだろうか。
その候補と思しき選手を僕は2人ほど知っているが、
1人はアタッキングサードでパスミスを連発しながら
オランダ戦後に「大きな差は感じなかった」とコメントした。
もう1人に至っては、2000年の篠原信一とまったく逆の類のコメントを残した。
この2人を「頼もしい」と期待すべきなのか、
「もっと現実を直視しろ」と指摘するべきなのか。
僕は、今回の五輪代表が展開したサッカーそのものには
それほど落胆したわけではない。
やろうとしていたサッカーは一貫していたように思うし、
方向性も間違っていないと思う。
ただ、18人全員がプロという立場に身を置きながら
観ている人間、応援している人間に対して、
何か心を揺り動かされるようなプレーや態度を示していたのか。
それだけが、もの凄く気になったチームだった。
「観ている人たちに感動を伝えるプレーが出来たと思います」
胸を張って試合後にこう言える日本代表選手が、
いつかきっと出て来てくれるだろう。
posted by tacleau7 |11:33 |
■ サッカー日本代表 |
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