2008年03月29日
桑田真澄へ
多忙で、引退発表から数日経ちましたが、ようやくコメントできます。 急な発表だったから、上手く記事を書く自信はありません。 ただ、貴方の引退に関して、僕が思ったことを色々と書いてみたいと思います。 無常というか、悲しいです。残念です。 美意識なんて感じられません。 「まだやれる」としか表現できません。 貴方のいないマウンドなんて、想像できると思いますか? 貴方が立っていないマウンドなんて、この世に存在しないと思っていましたから。 若い頃の貴方を思い出しています。 僕の視界に貴方が初めて飛び込んできたのは夏の甲子園の池田高校戦です。 貴方の同級生のスラッガーも強烈でしたね。 僕は当時、幼稚園に通っていましたが、 小学校に進学したら野球を始めようと決めていました。 きっかけは貴方たち2人です。 ただ、貴方たちの運命を左右したドラフト会議の結果、 僕はジャイアンツが大嫌いになりました。 貴方の親友がドラフト会議後の会見で泣いていたからです。 それまでは巨人が大好きだったのですが、ライオンズファンになりました。 でも、貴方だけは別でした。 貴方のピッチングだけは、目を輝かせて見ていました。 スワローズファンになった時もありました。(気が多くてすいません) 巨人戦だけは「負けてなるものか」と必死で応援していました。 でも、貴方だけは別でした。 貴方のピッチングで、僕の愛するスワローズが敗れても、悔しくはありませんでした。 「桑田だからしょうがない」、そう思えたのです。 貴方が完全に僕のヒーローになったのは、 右肘の手術から復帰した1997年、やはりスワローズ戦だったと思います。 貴方は、 右肘を手術したきっかけであるダイビングキャッチを、 その復帰戦でも、しましたね。 飛び込もうとしている貴方を見て村田捕手は「やめろ!」と怒鳴ったそうですね。 でも、飛び込みましたね。 貴方はベンチに帰ってから「身体が勝手に動いた」と言ったそうですね。 それ以来、貴方は僕のヒーローです。 アメリカへ行った貴方の動向も気になっていました。 「日本のマダックス」と報道されていたようですが、違いますよね。 向こうの方が「サンディエゴの桑田」ですよね。 貴方がメジャーのマウンドでイチローや松井秀喜と対戦している姿には 目頭が熱くさせられました。 日本のテレビ番組では、貴方の親友が「アメリカでは見られないだろうから」と コブクロの「桜」のCDを送るエピソードも紹介されていました。 本当に貴方たち2人の友情というものには、たまらない美しさを感じてしまいます。 本当に、もうマウンドに立たないのですか。 決断してすぐだから、また気が変わるということはないのですか。 どのチームとは言いませんが、 日本には投手陣に欠陥を抱えているチームも存在するのですよ。 貴方の投球術は、今後の日本プロ野球を担う若手の模範にもなるのですよ。 貴方が引退するなんて、やっぱり信じられません。 昨年は古田敦也も引退しました。 僕の大好きな野球選手が次々といなくなっていって、寂しいばかりですが、 貴方の言う、「不変なもの、永遠なものというものはない」 そして「悔いはない」という言葉を自分に言い聞かせ、 現実の野球を見ていきます。 でも、貴方の言う野球の神様が本当にいるならば、僕はこう祈りたい。 「また日本で、桑田真澄のピッチングが見たい」 往生際の悪い「友」ですいません。 ♪エースーナンバーよーく似合う、 くーわた、くーわた、くーわたーーー!
posted by tacrow7 |02:36 |
■ プロ野球 |
コメント(2) |
トラックバック(1)


