2008年07月20日

トルネードは永遠に

もう既に至るところで野茂英雄へ賛辞の言葉が送られていますが、
やっぱりファンとして、
こういうブログを管理する者として、
例え他所のブログと内容が同じだとしても、書かないとダメでしょうね。
 
 
池山隆寛がいなくなり、
古田敦也がいなくなり、
桑田真澄がいなくなり、
とうとう野茂英雄までいなくなってしまう。
僕が大好きだった野球人が、スタジアムから去っていってしまう。
 
 
なんでだろう。
ダルビッシュ有も、岩隈久志も、藤川球児も、岩瀬仁紀も
素晴らしいピッチャーだけど、個人的には何かもの足りない。
桑田や野茂のような 「味」 が無いというか。
「味」 はあるんだけど、桑田や野茂と比べたら酷なのか。
 
 
“平成の名勝負” を演じた清原和博は 「サムライ魂をもった男」 と評した。
戦前の日本に野球が根付いたのは、アメリカから伝えられた歴史的な背景もさることながら、
“投手 対 打者” という構図が “斬るか斬られるか” という武士道に通じるものがある
という個人的な持論をねじ込むと、
日本を代表するスラッガーが 「野茂英雄は侍」 とコメントするのも頷ける。
ホームランか、三振か― 。
ひょっとすると日本プロ野球史上、
豪速球にフルスイングで対抗する最後の戦いになってしまうのかもしれない。
ただ、それは当時の野球界、というかパリーグが醸し出す独特の雰囲気が
実現させた対決だったのかもしれない。
 
 
もちろんそれには野茂が近鉄に入団した要因も挙げられるが、
野茂英雄と近鉄バファローズという球団の関係について、
ウィキペディアに明確な書き込みがあるので、今さらグダグダ言いたくない。
片やメジャーリーグへの門戸を開いたパイオニア。
片や日本一に一度もなれないまま、ずさんな経営体制からギブアップを申し出て、
日本プロ野球界の存続を危ぶませたお荷物球団。
出来ればもう一度、日本で野茂のユニフォーム姿を見たかったが、
日本プロ野球界での優先交渉権が近鉄=現オリックスにあるという事実、
今のバファローズのチーム状況から考えると、
アメリカでキャリアを終えるのにも、なんとなくホッとする。 
それでも 「野茂の絶頂期はいつだったと思うか」 という質問を投げかけられれば、
僕は 「近鉄時代」 と返答するだろう。
とてつもなく速くて重いストレートと、
リアルタイムで見た中では、佐々木主浩の活躍以前、最高級の代物だったフォークボール。
近鉄時代の野茂はギラギラしていた。
海を渡った野茂には、少し 「大人のピッチング」 という要素が加わったように思う。  
 
 
1995年5月2日、サンフランシスコ・ジャイアンツ対ロサンゼルス・ドジャース。
西海岸を代表するチーム同士の伝統の一戦。
まだジャイアンツが、本拠地の右翼スタンド後方に海が無く
今はアメリカンフットボールの名門、49ersの本拠地として使用されている
キャンドルスティックパークでホームゲームを行っていた時代。
まだ 「メジャーリーグ」 が 「大リーグ」 という変な呼び方をされていた時代。
 
 
1回裏。
ブラウン管越しに、マウンドに向う背番号16の姿を瞼に焼き付けた。
 
「今日は歴史的な日でもあり、新たなスタートの日。
いつか、こういうことが当たり前になる。
日本人投手がマウンドに立ち、日本人打者がバッターボックスに立つ。
それがメジャーリーグにとって特別じゃなく、日常となる日が必ず来る」
 
そう想いながらドジャースの背番号16のピッチングを見ていたのは僕だけじゃないはず。
 
 
その後、長谷川滋利から佐々木主浩を経て松坂大輔に至るまで、
その投球スタイルに関係なく、日本を代表する投手が海を渡った。
やがて新庄剛志、イチロー、松井秀喜ら野手陣も活躍の場をアメリカに移した。
城島健司は 「野茂さんがいなければピアザを知ることもなかった」 とも言った。
野茂が日米野球界に与えた影響は、計り知れない。
 
 
オールスターでの先発。2度のノーヒッター。
アメリカで積み上げた123回の勝利と1918個の三振という数字よりも、
記憶に残るピッチャーだったはずだ。
日米通算201勝という成績も、
野茂英雄という人物が偉大すぎてもの足りなく感じてしまう。
トルネードの身体の捻りは、近鉄時代よりなくなった。
ノーワインドアップで投げる姿さえ珍しくなった。
だが18.44メートルの空間を切り裂くような豪速球の代わりに
身につけた制球力と投球術。
それが数々の偉業を達成させ、彼自身のキャリアを伸ばしたと言っても過言じゃない。
もちろん立花コーチと行ったトレーニングも忘れてはいけない。
 
 
だから、桑田真澄が引退する時に 「まだ早い」 とすがった僕も、
野茂英雄の引退に関しては 「お疲れさまでした」 と心の底から言えるのです。
そして、野茂のように観る者を魅了し、
清原との対決のような手に汗握る名勝負を演出できる「サムライ」 が
また日本の土壌に出現することを、切に願います。
もちろん、そんな野球人を野茂本人が輩出するようなことがあれば、
こんなに素晴らしいことはないでしょう。
 
 

posted by tacleau7 |18:34 | ■ プロ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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