2006年08月15日
グランドスラムでも遂にビデオ判定導入
ここ数年、あらゆるスポーツでビデオ判定の導入が話題となっているが、テニス界もしかり。 すでに今年、フロリダで行なわれたナスダック100オープンからビデオ判定が導入されており、間もなく開催されるUSオープンでの導入もすでに決定がなされている。 確かに、特にハードやグラスコートでは、ライン際のボールの判定は非常に難しい。しかも、プレーをする選手は世界トップクラス。サーブ、ストローク、彼らはここぞというとき、どのショットもラインぎりぎりを狙って打ち込んでくる。その上、ボールのスピードも尋常ではない。 すでにグランドスラムの大会では、3Dアニメーションによるリプレイを見ることが可能になっていたし、テニス史上、重要な一戦で判定をめぐってもめるシーンは現在でもなくなる気配はないことを考えると、自然な流れなのかもしれない。先のウィンブルドンでも、微妙な判定をめぐって、選手が審判に詰め寄るシーンは何度も見かけた。 とはいえ、まだまだ課題は残っている。
まず、何台ものカメラを設置し、リプレイが可能なコートに限りがある(センターコートと1番コートのみ)。つまり、ビデオ判定の恩恵を受けられる選手は限られてしまい、公平さに欠ける。 ただ、すべてのコートにカメラを設置するという問題は、コスト面を考えれば、まだまだ解決されないと思う。そもそも、テニスは、実際にプレーをする人間が2~4人に対して、審判はその倍以上の人数を擁するという競技。その上に全コートにカメラを設置して、果たしてそこにかかったコストを興行収益やスポンサー収入で回収できるかどうかは疑わしい。グランドスラムのような大きな大会では可能かもしれないが、それ以下の大会となるとそれも難しくなる。 しかし、この点を改善しなければ、ビデオ判定の導入の本当の成功はないだろう。 であれば、逆に、グランドスラムの4つの大会だけビデオ判定を導入すべきだったような気がしないでもない。現在では公式サイトをはじめ、インターネットで全試合の中継が見られるようになりつつある。それを上手く利用することだって不可能なことではないのではないか。 ビデオ判定に否定的な選手がいる(NO.1ランキングのロジャー・フェデラーも反対派)ことについてはどうだろうか。どの競技でも問題になるが、試合がその都度ストップし、選手の集中力が切れてしまうことを心配する声もあるだろうし、試合そのものの流れに影響を与えると考える人も多い。 ただ、審判の微妙なジャッジが逆に試合の流れをとめてしまうほうが多いように思うし、集中力が切れてしまうのは、ほとんどがそのジャッジの犠牲になったほうの選手だったりもする。ランキングがトップに近ければ近いほど、自分に不利な判定をされても、執拗には抗議しない=集中力を切らさない傾向があるようにも思う(1999年全仏オープンでのマルチナ・ヒンギスは違いましたが……とはいえ、彼女の場合はすべての観客を敵に回し、しかも優勝を逃したという、別の意味での大きなペナルティはありましたが)。 これについては、プロ野球改造計画でも少し触れたが、やはり何らかのペナルティは与える必要がある。 ちなみに、今回のチャレンジルールは以下の通り。
- どの選手にも1セットにつき、2回のチャレンジが与えられる。
- 判定が覆った場合、チャレンジを要求した選手は、また2回のコールが可能となる。
- 判定が覆らなかった場合、要求した選手のチャレンジの権利が1つ減る。
- タイブレークでは、1セット2回のチャレンジとは別に、それぞれの選手に1度だけチャレンジの権利が与えられる。
- チャレンジの権利は、次のセットには繰り越されない。
チャレンジの回数が多いと思うのは私だけだろうか。 NFLのチャレンジルールを各セットに振り分けただけのようなこのルール設定。 そんな換算はあまりにも短絡的であるような気がしてならないし、試合の時間制限がある競技とは違うのだから、権利が1つ減るというだけでは、ペナルティには実際にならないような気がする。 もちろん、今後、少しずつルール改正も行なわれるだろうし、ビデオ判定そのものの是非についても議論されていくことになると思う(というよりも、もっと議論が必要だと思う)。 このルールを悪用する選手が出てこないこと期待しつつも、まずはUSオープンを静観するしかない。 いずれにしても、最先端のテクノロジーに敏感なアメリカだからこそ実現したと言えるかもしれない今回のビデオ判定の導入。クレーコートの全仏オープンや、伝統を重視するウィンブルドンが果たしてそれに追随するかどうかは訝しく思っているが、まずはUSオープンでの状況(と選手の声)が、今後の方向性を左右するものになることは間違いないだろう。
posted by takezoh |19:31 |
スポーツカルチャー |
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Re:グランドスラムでも遂にビデオ判定導入
難しい問題を取り上げられましたね。
よくまとまってわかりやすかったです。
ここ最近、スポーツ界では誤審やミスジャッジが取りざたされ、それに伴いビデオ判定の是非が頻繁に議論されていますよね。
私は基本的に否定派のスタンスを取り続けています。そもそも人のやるスポーツは人がジャッジするべきだという単純明快な理由です。
誤審やミスジャッジも含めて判定、そしてスポーツ。完璧であればあるほどおもしろくなるケースもあると思います。高校野球の審判員がプロやったらおもろくないんでしょうね。
確かに選手たちにとって、ジャッジのせいで自分の苦労や頑張りが不意になることは耐え難いことでしょう。私もスポーツをやってきて痛いほどわかります。
でも、それを受け入れることがスポーツマン(アスリート)になる第一歩でもあるような気がします。今ではそう思えます。
最近、プロ野球の誤審騒動で球団が意見書を提出していたりすると、なんか虚しくなります。現場にいない人間がその判定に難癖つける権利があるんでしょうか?甚だ疑問です。
ビデオ判定肯定派の人の多くは、NFLのチャレンジシステムの成功を例に取っている場合が多いですよね。
確かにあの制度を取り入れたNFLという組織は凄いですし、あそこまで成熟したものを最初から作り上げたのは感嘆の声しか出ません。
でもあのシステムが他競技に安易に移行されるのにはどうも納得できません。所詮二番煎じでは誤審の防護策とは言えないと思います。
でも、結局の所は「ギスギスせんと、スポーツは楽しもうや」というのが私の思う所です。
最後に頭悪いのバレてしまったかな?
posted by uzura176 | 2006-08-16 02:17
uzura176さんへ
コメント、ありがとうございます。
ビデオ判定については、いちばん気になるところは、議論がちゃんとなされているのか、ということです。
安易にビデオ判定を導入しても、逆に審判のレベルや意識低下を招きかねないか、と。
おっしゃる通り、人間のすることに完璧なことはありません(そして、機械も必ずしも完璧ではないと思います)。人間がするものだからこそ、そこにドラマが生まれるものだと思いますし、不利な判定に対しても集中力を切らさない精神力を持つ者こそがトップにのし上がれるのだ、と。
NFLのルールは見事だと私も思います。ただ、NFLという競技や仕組み、ルール自体がかなりシステマチックなので、あのチャレンジルールが適用されても違和感がないのですが、それ以外のルールに関してはただ流用するのは、uzura176さんの言われる通り危険だと思います。その危険な例がまさに今回のテニス界の導入なのですが(苦笑)。
また、USオープンの公式サイトのニュースでは、誇らしげに(いかにも、我々が歴史を作るといったような)今回のビデオ判定導入について語っているところも非常に気になっています。
それでも、テニス界に関しては、徐々にテクノロジーに支配されていくのかなぁ、と思ってしまっているところもあります(いつの間にやら、サーブのコードボールやぎりぎりフォルトでセンサーが鳴るようになりましたから)。
全仏オープンはあくまでも否定的な態度をとるような気がしないでもありませんが、とりあえず、やるのであれば、上記のチャレンジルールはいっこくも早く改正してもらいたいと思います。
posted by takezoh | 2006-08-16 03:31
TV文化との摩擦
NFL チャレンジで検索をかけて参りました。
VTRの再審制度をテクノロジー判定、機械判定と捉えず、
TVリプレイ放送で培われた文化との摩擦を鑑みた誤審保険の制度
、とみたらどうでしょう。
つまり放送されていない、録画されていないプレイは
それは最初の判定でなにも問題ないということになります。「無いモノは見れない」で。
重要なのは「放送されてるから体感での誤審が増える」
というリプレイ文化の本質です。
グラウンド別に設備が公平かどうか、はあまり考える必要がないと思います。ビデオならなんでもいい。
(チャレンジする権利は選手にあれど)
必ずしも選手のための再審ではなく、
まず視聴者の手元に残る証拠のための再審、と捉えれば、考え方がよりスムースになると思います。
さもなくば逆に、主催者側から
TVでリプレイを流すのはやめてくれ
とTV局に願い出るべきでしょう。
posted by ジョエーウ | 2006-08-20 00:57
ジョエーウさんへ
はじめまして。
コメント、どうもありがとうございます。
ジョエーウさんの考察、なかなか面白い視点だと思いました。
確かに、TVのリプレイがさらに誤審における問題を増長させていると思います。
ただ、やはり、再審そのものについてはあくまでも審判と選手の問題だと思います。
もちろん、ジャッジによって試合がぶち壊しになり、いい試合(質の高い試合)を見たいと思っていた私たち視聴者・観戦者は、それを裏切られることになります。しかし、私たちがジャッジするのは、ボールのインかアウトではなく、いい試合だったかどうか、ではないでしょうか。
そういう意味では、ビデオ判定導入は私たちの満足度に大きく関与すると思いますが、だからといって、放送のない試合はビデオ判定の必要がないとは言い切れないと思います(ちなみに、日本ではテニスの大会の放映が非常に少ないですが、例えば、ウィンブルドンではBBCが約100試合ほど放映していますし、公式サイトでは全試合、有料のインターネット中継が行なわれています。ATPマスターズ・シリーズでも、TVサイトを持っていて、有料ではありますが、全試合中継が見られます。放映の有無でビデオ判定導入を捉えてしまうと、結局はすべてのコートで導入せざるを得なくなってきてしまうと思います)。
私が本当に問題にしたいのは、ビデオ判定導入以前に、審判のレベル向上はもちろん、選手と審判の意識向上(そしてある程度の線引き)です。
この続きは改めて、記事として投稿したいと思います。
もし見当違いのコメントになってしまっていたら、申し訳ありません。
そのご指摘も含めて、また、ご意見(もちろん反論も)などがありましたら、ぜひ、お聞かせください。
posted by takezoh | 2006-08-20 12:19
レスありがとうございます
>私たちがジャッジするのは、ボールのインかアウトではなく、いい試合だったかどうか
曖昧さのヴェールに隠れているウチはそれで良いのですが
より開かれた社会、開かれた興行体となっていくと曖昧ではいられなくなります。
モラルが役に立たなくなり、ルールによって明確さと透明さを獲得していかねばならなくなります。
ですから、逆に「曖昧なまま」で済ましておきたければ
TV放送をすべきではないのです。
あるいはリプレイ放送を自粛して貰うよう要請するべきなのです。
(サッカーはこれをやっているようです)
文明の光には当たりたい、しかし「見なかったことにしてもらないと成立しない」部分がある、
というのは解消すべきダブルスタンダードだと考えます。
学生スポーツなどは「教育」と「勝利」というダブルスタンダードではありますが
学生は途上者であり「閉じつづける」事が許されるという点が挙げられます。
しかしプロは違う。「万人に見て貰う=開かれている」事こそがアイデンティティである以上、
言語化できないものを標榜し続けるのは、いずれ無理が出てくるでしょう。
プロの選手だけでなく、興行主も審判も、
「どんな風に見られているのか」という点に鈍感であること、だけは許されません。
TV放送の歴史の中で育ってしまったリプレイカルチャー自体を無視する事だけは。
ゆえに、リプレイ文化を積極的に肯定するか、積極的に排除するか、
の択一に、現代スポーツは立たされてると考えます。
>全てのコートに同じレベルのビデオが必要になる
これは格差があって大丈夫です。何事もコストには上限がある、で終わりです。
注目度が高い試合は、自然と証拠が沢山残る、だけにすぎません。
アメリカでシングルAの野球では2名しか審判が居ないのと同じです。
あくまでNFLやテニスのVTR再審は「誤審の保険」でしかありません。判定機械ではありません。試合内での判定に不均衡が起きるわけではありませんから、
性能差は不問に近くて大丈夫です。
もっともこの次は「高速カメラを導入しろ!」という声が挙がらないとも限りませんが、それは逆に
「TV放送のリプレイ程度しか必要ない!」と突っぱねられます(逆に公共性が味方になるのです)。
ただ、TV局に「高速カメラでリプレイ放送はやめてね」と諭す事になるかもわかりませんw
まあ、いたちごっこになるのは当然です。
TV放送を始めた時点…というかプロ化の時点で
避けられない事なのだと考えます。
そしてもう歴史は戻れない…という感じですか…。
posted by ジョエーウ | 2006-08-20 21:19
ジョエーウさん(その2)
再び、コメントいただきまして、ありがとうございます。
ジョエーウさんのおっしゃることはもっともだと思います。
私は、すべてのコートに同じレベルのビデオを導入しろ、と言っているわけはなく、そこはおっしゃる通り、簡単なビデオシステムでいいと思います(ちなみに、テニスでも大会によって審判の数は異なります。グランドスラムのような大きな大会では審判は最大数の9人が務めますが、それ以下の大会になれば人数が減ります)。
ただ、「私たちがジャッジするのは、ボールのインかアウトではなく、いい試合だったかどうか」というのは、曖昧さのなかでの「いい試合だったかどうか」ということではなく、当然、審判のジャッジの精度を踏まえた上での話であるべきだと思っています。
審判のレベルの高さは試合の質の高さを左右する要素のひとつだと思いますので。
つまり、私たちはどんな試合だったかを「ジャッジ」できるかもしれませんが、ひとつひとつのボールのジャッジは、私たちにとっては試合の質を左右するものに過ぎない(あくまでも傍観者の立場でしかない)、という意味で上記のように述べたしだいです(言葉が足りず、申し訳ありません)。
リプレイはTV観戦者のためのものであるかもしれませんが、ジャッジそのものは観戦者のためのものではない。言い換えれば、「誤審騒ぎ」は「リプレイ」による弊害であるかもしれませんが、「誤審」は「リプレイ」が生んだものではない。
ビデオ判定導入の本質は、そこにあるのではないでしょうか。
本来の問題は「誤審」と「誤審による弊害」であって、ビデオ判定導入という方法ではない、と。
私はビデオ判定には肯定的な立場でいますが、ビデオ判定ではなく、他の解決方法があるのであればそれでもいいと思っています(その選択肢には、必要無し、というのも含まれます)。「誤審」と「誤審騒ぎ」という問題が軽減されるのであれば。
もちろん、この問題を語る上で、リプレイカルチャーは無視してはならないことだと思います。
しかし、現代ではTV中継の進化(?)によって、「誤審」がビデオ判定という方法に直結してしまっているだけのことと思います。
入れ物だけでなく、その中身についてももっと議論が必要なのではないか、そう私は思っています。
posted by takezoh | 2006-08-21 00:00
機械判定
おっと、失礼いたしました。
機械判定とVTR判定を区別することを説明する必要性が
一応導入目的の上ではあると思うので
余計な事を書きすぎてしまいまして。ご容赦ください。
ビデオは必ず「再審」になりますので
進行性の欠如を必ず伴いますし、正確性も大したことありません。
なのになぜVTRなのか?
という点をTV放送という内在する弱点から突くわけですが、
しかしすでにセンサーを使っているテニスでは
ビデオ以外も受け入れる土壌はあるのかもしれません。
正確性・透明性だけならビデオに拘る必要はないと、確かに思います。
するとやっぱりアメリカ的(司法取引的)な
「抗議権」および、それを迅速に納める、
という関連の改革なのかも、と考えられますね。これは。
posted by ジョエーウ | 2006-08-21 20:51
ジョエーウさんへ(その3)
こんにちは。
コメント、またまたありがとうございます。
TV放映とリプレイによるビデオ判定導入の盲点ともいえるジョエーウさんの視点は、現在の誤審問題を語る上で大いに重要なものだと思いますので、コメントいただけるのはとても嬉しい(ありがたい)です。
スポーツでは100%正確にジャッジを瞬時に行なうというのは不可能に近く、それはそれでプレーする側も見る側も承知の上でスポーツ観戦するわけですが、一部のひどい誤審とその影響によって、いつの時代もこういった議論がつきないですよね。
そして、競技によっては果たして、安易に「ビデオ判定」という方法を選択するのが懸命なのか、という疑念も出てきます。また、再審制度は競技の特性も考慮する必要があるという議論も必要なのかもしれません。
テニスに限って言えば、ビデオ判定はリプレイというTV中継が生んだ文化というよりも、そもそもは詳細なスタッツを観客にも提示するため、というのが発端なような気がします。そして、それによって観戦者の知識がさらに高まったことも否めません(そして、私自身、それをかなり楽しんでいるところがあります。ほとんどのファンはそうじゃないかと思うのですが、どうでしょうか)。それと平行してリプレイも存在する、と。
昨日までのATPマスターズ・シリーズを見た限りでは、テニスでは再審はすぐに大型スクリーンに映し出され(ビデオというよりも、それをアニメーション化した映像ですが)、意外とすんなり試合が再開されています。4月のナスダック100でも概ね好意的に受け入れられたというのも頷けます。私もその点、違和感なくTV観戦できました。
ただ、数ミリ程度のジャッジミス(これはミスとは言えないですよね)により判定が覆ったり、ほとんど審判のジャッジが正しかったことを見ていると、改めてテニスの審判のレベルの高さ(まぁ、大きな大会ではあれだけ要所に審判を配置しているので当たり前かもしれませんが)と、これって本当に必要なことなのか? 大騒ぎするほどのことじゃないやんか、とちょっとばかばかしく思えてきたりもしました(笑)。
それに、チャレンジコールを効果的に使えているかどうかも疑わしく……まぁ、これは選手が慣れていけば、状況も変わるのでしょう。
ただ、やはりこれだけ多くの試合を年間通してやっていると、数年に1度は「世紀の大誤審」みたいなものが出てくるんですよね。残念ながら。次の投稿で序章として書こうと思っていますが、今回のビデオ判定の最大のきっかけが2004年のUSオープンだったわけで、不利な判定が影響して負けたセリーナに大会側から正式に謝罪、主審の更迭まで発展しました。
と、ダラダラ書いていってしまいそうなので、今日はこの辺にさせていただきます。
ちょっと1週間~10日ほど、仕事が忙しくなるので、なかなか記事投稿できないかもしれませんが、またジョエーウさんといろいろ議論させていただきたいと思います。
コメントいただくことで、私自身、改めて違った視点から考察し直すことができますので。
今後とも、お付き合いいただければ幸いです。
posted by takezoh | 2006-08-22 00:59


