2007年11月26日

驚き

 フィジカルとアイディアの融合した、実に梶山陽平(FC東京)らしいアシストだった。
 大宮戦の47分。コーナーキックのカウンターからボールを受けた梶山は、相手の激しいチャージに一瞬バランスを崩しながらもすぐさま持ち直し、右サイドの徳永悠平に展開。リターンパスを受けると、ダイレクトで前方の石川直宏へヒールパス。この試合の先制点を演出した。
 この後大宮に逆転を許し勝利にはつながらなかったが、改めて梶山の潜在能力に驚かされた。

 今シーズンの梶山には、何度も驚かされた。これまでの梶山のイメージは、能力は高いが消えている時間も多い、好不調の波の激しいプレーヤー。だが8月の神戸戦で、パートナーの今野泰幸に見劣りしないほどに走り回る彼の姿を見た時、確実に一段階上のプレーヤーへと脱皮しているのを感じた。
 その後五輪予選カタール戦で負傷、全治3ヵ月の診断を受けたのは残念だった。今季絶望と伝えられたが、先週末のガンバ大阪戦で復帰。予想を遥かに上回る2ヵ月余りでの復帰だったが、投入直後に退場者が出て1人少なくなる試合展開の中、持ち前の強さと技術で反撃の原動力となった。

 そして、この大宮戦での見事なアシスト。原博実監督から「日本のジダンになれる」と評されていた逸材が、運動量を増やして好不調の波を減らして、今シーズン急成長を遂げた。

 この成長は、福西崇史の存在抜きには語れないだろう。ジュビロ磐田からやってきた経験豊富なMFとの、お互いを認め合っての激しいポジション争いが、梶山を一段上のステージへと導いた。
 その福西が、今シーズン終了を持って退団する。また今野の去就も不透明であり、激しい争いから一転、来季は梶山がチームの中心を担う可能性もある。
 才能を高く評価する原博実監督が去り、偉大な先輩が去り、池上礼一ら新しい力が台頭する――。そうした中で、梶山に求められるものもまた変化するだろう。それが新たな刺激になり、来シーズン、梶山陽平がまた新たな「驚き」をもたらしてくれることを期待している。

posted by taka911 |02:07 | Jリーグ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年11月23日

【U-22】 守り抜いたもの 【サウジ戦】

 気がつけば立ち上がり、拍手を送っていた。試合結果は、0-0の引き分け。しかしピッチ上には、明確な「勝者」が存在していた。

 U-22日本代表が、北京五輪の出場権を獲得した。

 引き分けでも北京五輪出場が決まる状況で迎えたサウジアラビア戦。4-0で快勝したベトナム戦のメンバーを敢えて変更し、青山敏弘(広島)と細貝萌(浦和)が守備的MFに並ぶ陣容を見れば、反町康治監督が「引き分けもやむなし」と考えていることは容易に想像できた。
 序盤はサウジアラビアの身体能力に振り回され、ピンチの連続だった。6分にはゴールライン上で、青山敏が相手のシュートをブロックする危ない場面もあった。一方で細貝がフリーで放ったシュートがGKワリードのスーパーセーブに阻まれるシーンもあって、日本も最初から引き分けを狙っていたわけではない。
 しかし後半ロスタイムに突入する前から水野晃樹(千葉)と柏木陽介(広島)がコーナーフラッグ付近で時間稼ぎに入り、その後は全員が自陣に戻って専守防衛に徹するなど、最後は執念で過去5試合でつかんだアドバンテージを守り抜いた。


 これほど批判され続けたU-22代表も珍しかったのではないかと思う。
 2次予選のうちから、勝っても「内容がない」「気持ちが入っていない」と叩かれ、川淵三郎キャプテンからは「ピチピチ感がない」と切り捨てられた。U-22代表監督の解任論が叫ばれたのは、少なくとも僕が記憶する範囲では初めてのことだ。

 しかしサウジ戦では、見違えるほどの強い気持ちで守り抜いた。
 その象徴が、マン・オブ・ザ・マッチ(MOM)に選ばれた柏木だろう。前半から運動量の多さは目を引いていたが、後半になっても衰えず、何度か決定的なチャンスを演出した。消耗は想像に難くない後半終了間際にも右に左に走り回ってプレッシャーをかけ、相手のサイドをつぶした。この試合の文句なしのMOMであり、今後細かいミスを減らし、シュートへの意識を高めれば、もっと良い選手になれると思う。

 ただ今予選のMVPには、水本裕貴(千葉)を推したい。青山直晃(清水)と共に全6試合にフル出場し、ゴール前に堅陣を築いたキャプテン。7得点2失点という数字が示す通り守備力でつかんだ出場権であり、2得点の青山直ほどの派手さがあったわけではないが、豊かなスピードとブレのない判断力で相手を押さえ込み、青山直以上の安定感を誇った。サウジ戦後には鼻骨骨折など度重なる負傷と途中から任されたキャプテンとしての重圧を告白しているが、彼がそれらの困難に打ち勝ってくれたからこそ、日本は北京五輪出場を祝うことができた。タイプは違うが、闘莉王(浦和)、中澤佑二(横浜FM)に続く存在としてA代表にも推したい選手だ。


 強い気持ちで守り抜いて、日本は北京五輪へ行く。彼らは強い意思でアドバンテージを守り抜き、自分たちのプライドを守り抜いた。激しい戦いの中で、成長も見られた。一人でも多くの選手が、この成長を将来へとつなげてくれればと願う。

posted by taka911 |09:31 | 年代別日本代表 | コメント(1) | トラックバック(0)
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2007年11月21日

さようならヘディングの巨人

 現代サッカーはより器用で、何でもできる選手を欲する。
 それはしばしば、FWに守備やポストプレーを求めるとの文脈で語られるが、DFも例外ではない。病床に臥すイビチャ・オシム監督が坪井慶介よりも阿部勇樹を重宝するように、現代サッカーはDFにも器用にパスをつなぎ、チャンスには攻撃参加できる能力を求める。

 ただしオシムは、それを日本に持ち込んだ最初の人物ではない。フィリップ・トルシエは、中田浩二をDFにコンバートしたように、すでにDFのロングパス能力の重要性を訴えていた。
 だがトルシエ自身は、ボール扱いは下手で不器用なDFだったという。そんな自分を称してトルシエは言う。
「私は秋田のような選手だった」

 秋田豊(鹿島-名古屋-京都)が、今シーズン限りでの引退を発表した。Jリーグ創設の93年からプレーする数少ない一人である秋田は、現在37歳。J1で391試合、J2で14試合、日本代表で44試合でプレーしたキャリアに幕を下ろすことになった。今は「すがすがしい気持ち」だという。
 キャリアのハイライトは、3冠王者に輝いた00年、Jリーグで2年連続の年間王者に輝いた01年か。個人的にも01年のチャンピオンシップは印象深く、第1戦では福西崇史に競り勝ってヘディングで得点し、第2戦では肩を外しながらもテーピングしてフル出場した。中山雅史とのやり合いは当時のJを象徴する名勝負で、この00年、01年には2年連続でJリーグベストイレブンに選ばれている。
 惜しむらくはこの全盛期に、日本代表監督がトルシエだったこと。前述のようにロングフィードの精度をDFに求めていたトルシエは、秋田を評価しながらも重宝しなかった。
 ただそれで、秋田の実力が否定されるわけではない。ポジショニングが良く、強靭な肉体を持っていた秋田の対人能力の高さは、日本サッカー史上屈指のもの。180cmとDFとしては決して大柄な選手ではなかったが、空中戦では無類の強さを誇った。

 印象的なエピソードを挙げれば、1997年のワールドカップ予選でのこと。移動のバスの中で、各選手の良いプレーを集めたビデオが流されたのだが、「秋田はヘディングばかりで笑ってしまった(名波)」という。
 またバスの中で、いきなり秋田が「あー、ヘディングしてえ」と叫んだという逸話も残っている。練習熱心で真面目な性格で、ヘディングという武器を磨き、その武器に絶対の自信を持って日本代表まで上り詰めた努力の男だった。

 その姿勢は若手からの尊敬と、多くの監督からの信頼を生んだ。トルシエが日韓ワールドカップの最終メンバーに秋田を加えたのも、そうした姿勢への信頼と敬意からだろう。
 秋田豊がピッチを去る。人に強いがボール扱いは不得手な、前近代的なセンターバック。だが僕は、このヘディングの巨人のことを忘れない。

posted by taka911 |00:25 | 人物 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2007年11月17日

良いリズム、良いゴール ~U-22ベトナム戦~

 もっと点が取れた、とは思う。だが両チームの力量や、これまでの戦い振りを考えれば、4-0はこれ以上ない結果ではないか。
 U-22代表の、ベトナム戦のことだ。

「もっと点が取れた」というのも、後半に日本は、少なくとも2度の決定機を逃した。73分、梅崎司(大分)のシュートの跳ね返りに詰めた岡崎信司(清水)はもたついてシュートを打てず、88分にこの日2度目のPKを蹴った本田圭佑(名古屋)のキックはGKに阻まれた。
 ベトナムに攻め込まれ、追加点のチャンスを逃した後半は、後味の悪さを残す。だが3点を奪った前半はリズムよく攻撃を仕掛け、これまで4試合で3得点、セットプレーでしか点を取れなかったチームとは思えない戦いだった。

 良いリズムを生んでいたのは、左サイドの本田圭だ。以前はゲームから消えてしまうことも少なくなかったが、この日は左サイドだけでなく中央、右と自由に動いてパスをさばいた。24分に李忠成(柏)の2点目をアシストしたクロスの精度はさすが。またもゲームから消えてしまった後半にチーム全体のリズムが悪くなったことが、逆に彼の存在の大きさを証明していた。

 その本田圭のアシストも含め、2点を決めた李忠成のプレーもまた、チームに良いリズムをもたらしていた。9月の2連戦ではほとんど出番がなかった李だが、Jリーグではこのチームで唯一、二桁得点を挙げている選手。その好調を買われてか、先のカタール戦からFWの一番手に浮上してきたが、1トップで先発したそのカタール戦ではマークが集中し、なかなかシュートに持ち込めなかった。
 そのカタール戦でも体を張ってボールをキープし、最低限の役割はこなしていた李だが、本来はスピードを生かしての1.5列目からの飛び出しを得意とする選手。柏でもフランサの後方から飛び出す動きでゴールを量産している。
 この日のパートナーの岡崎が、フランサ並みのポストプレーをしたわけではない(それができるなら、今すぐにでもA代表に入れると思う)。だが相手のマークと献身的な仕事を岡崎と分け合った李は、カタール戦よりずっと自由に動き、数多くのチャンスに絡んだ。
 2得点はいずれも左からのクロスに勢いよく飛び込んだもので、49分には水野晃樹(千葉)の決定機も演出したほか、身体を張ったボールキープで貢献もした。彼もまた、攻撃の良いリズムを作った選手だ。

 勝利か引き分け以上で北京五輪出場が決まる、21日のサウジ戦。サウジ戦でも良いリズムからの、良いゴールが見たい。

posted by taka911 |00:54 | 年代別日本代表 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年11月11日

ラモス・ヴェルディに真価を問う

 このサッカーでJ1に上がって、何が残るのか。

 9月以降の12試合で9勝3分けと好調の東京Vの試合を見ながら考えたことがある。
 4月の初めから5月にかけての7連敗など様々な紆余曲折を経て、ラモス・ヴェルディは極めて現実的なサッカーにたどり着いた。フッキ、ディエゴの強烈コンビの攻撃力を十全に引き出すために、後列が献身に徹するサッカーである。

 その成果は、数字に如実に表れている。9月以降、ディエゴは12試合に出場し、5得点2アシスト。フッキは12試合で13得点3アシストを記録し、79本(1試合平均で6本以上)のシュートを放っている。その間のチーム総得点が29点だから、東京Vの攻撃における2人の重要性は推してしるべしだろう。12試合のうち、2人が先制点、同点ゴール、決勝点のいずれかに絡まなかったのは山形戦の1試合だけだ。

 だが2人が来季も東京Vにいるという確証はない。ディエゴは柏からの、フッキは川崎Fからのレンタル移籍。特にフッキについては、「本人が川崎Fへの復帰を希望している」「浦和が獲得に向け10億円を用意している」などの報道がある。

 そのフッキが、仙台戦で警告を受けた。
 2試合の出場停止にリーチがかかっていたフッキにとっては、絶対に避けたかった今季累積14枚目のイエローカード。これで東京Vは、残り2試合をエース抜きで戦うことになった。

 3位仙台との直接対決をディエゴのゴールで引き分け、両者の勝ち点差は5のまま。東京Vは昇格にまた一歩近づいたが、残り2試合の結果次第では、入れ替え戦の出場権さえ逃す危険性がある。絶対的なエースが不在とはいえ、連敗だけは避けたいところだ。

 ただここまできてJ1昇格を逃すようなら、来季フッキが流出した場合に、J1に残留するのは不可能ではないか。逆にいえばそれだけフッキの存在は大きく強烈だということだが、1人いなくなっただけで連敗して昇格を逃すようなチームに未来はない。

 残り2試合、ラモスヴェルディに真価を問う。

posted by taka911 |15:01 | Jリーグ | コメント(10) | トラックバック(0)
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2007年11月07日

西野の申し子・明神智和

「クラブ全体として、さらにステップアップしていく時期にさしかかろうとしていると思う。6年間でさまざまな経験を積むことができた。この経験をもとにクラブとしてさらに、大きく可能性を広げる機会を与えていただいたと思っている」(時事通信より)
 G大阪の西野朗監督が、新たに2年契約を結んだ。2002年からG大阪の指揮を執る西野監督は、来季が7年目。トニーニョ・セレーゾ監督(鹿島・00~05年)の6年を抜いて、Jリーグの監督最長記録を更新する。


 西野監督といえば、「攻撃志向」のイメージが強い。2年前のリーグ制覇は、アラウージョ、フェルナンジーニョ、大黒将志の3トップの攻撃力を軸に、「3点取られても4点取るサッカー」でもぎ取ったもの。今年も「超攻撃」をスローガンに、相手を能動的に崩せる美しいパスワークを展開している。

 だがこの人、実は攻撃志向以上に、相当の“リアリスト”(現実主義者)であると思う。今年の強さのベースにあるのは攻撃力よりむしろ、明神智和、橋本英郎に支えられた中盤の守備力。96年のアトランタ五輪では、相手との力関係を冷静に見極めた結果、守備的な布陣を選択し、中田英寿と衝突したエピソードも残っている。
 そのアトランタ五輪での選択を、若い選手にあるまじき消極性、として「Cランク」と評価されたのが、今日(こんにち)の攻撃志向につながっている、という話もある。だが現在のG大阪を見る限り、攻撃志向に傾きつつも本来の守備のバランス感覚は失われていない。

 その西野監督が、柏時代から常に明神を重宝しているのが象徴的だと思う。かつてトルシエに「10人の明神と1人のクレイジーがいれば勝てる」と言わしめた明神はバランサー、黒子役の代名詞のような存在。来年30歳になるが、危険なスペースをさりげなく埋める戦術眼には磨きがかかる一方で、パスワークに関してはG大阪にきてむしろ上手くなっているのではないか。
 現在「オシムの申し子」として鈴木啓太(浦和)がクローズアップされているが、明神もまた水を運ぶ選手であり、ガンバには欠かせない「西野の申し子」だ。


 西野監督は「6年間でさまざまな経験を積むことができた」と言い、「この経験をもとにクラブとしてさらに、大きく可能性を広げる機会を与えていただいた」と言う。
 今までの経験が、圧倒的な攻撃力で勝ち取った05年のリーグ優勝であり、プレッシングをベースにした今年のナビスコカップ制覇であるとすれば、今後の大きな飛躍とは、プレッシングと攻撃力の高いレベルでの融合ではないか。つまりバランス感覚を維持しながらの攻撃力のさらなる向上だが、そのキーマンが明神であることはいうまでもない。

 10人の明神はいなくても、1人の明神はバランスをとって、攻撃サッカーを黒子として支える。

posted by taka911 |05:00 | Jリーグ | コメント(1) | トラックバック(0)
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